演目「ぽかぽか」 おそらく、寧々がたまたま見かけたそれがきっかけだったのだろう。
「…む?類、なんだかちょっと腕のところ、妙にあたたかくないか」
「あぁ、さっきまで日向にいたからかな。セカイには特に気温の変動を感じることは無いけれど、あちらでは陽の当たる場所ならかなり暖かくなっているからね」
「なるほど、失礼」
「…!?」
それは、放課後になってすぐ、セカイにやってきたときの事だった。全員が揃うまでの間、類と司は脚本について話し合っていて、寧々はそろそろえむが来るだろうかと思いながら喉の調子を確かめていた。視界の端で他愛もない会話を繰り広げるふたりをぼんやりと捉えていたのだが。
なにかの拍子で司が類の腕を触った時に、その腕、というか類の言うところによると日光で温められた服がかなりあたたかかったらしい。だからなのか、本当に珍しく、普段はあまり自分からスキンシップをとるタイプではない司が、類の背中に手をつけてほぼくっついたほうがいいのではというくらいの距離まで近づいているのがわかった。
レアケースに、それまで普通に話していたはずの類がビタリとフリーズしている。
「おぉ、太陽のせいか……干したての布団みたいでいいな、ぽかぽかしてる」
「そ、そうかな」
不自然にどもる類を見て、うわ、バレバレじゃんと心の中で呟いた。役者なので予想している接触は耐えているのを知っているが、不意打ちにはまだまだ弱いらしい。そんなことは知りたくなかったけど。
どうやら類は、…いつからかはさすがに知らないが、司のことが好きらしい。
これはもうだいぶ前から気がついていたことでもあるのだが、なにはともあれ幼馴染の良いニュースだ、それについて寧々が何かいうことは特にない(本人からはまだ何も言われていないし、なんならバレていないと思っていそうだ)。ふたりが幸せならどこに落ち着いたとしてもなんでもいいか、とも思っている。
だが、それは寧々のいない時の話だ。少なくとも目の前でイチャつかれる謂れはない。
「…ちょっと、人がいる時に妙なことしないでくれる?もうすぐえむも来るんだからね」
一応割ってはいったところできょとりと分かっていない顔で司がこちらを見る。え、まさか距離がとうてい適正とは言えないレベルに近くなっていることに気付いていなかったのだろうか。
でもそれはじっくりじっくり日をかけて、少しずつバレないように距離感を縮めに縮めている類のせいな気もする。そんなふうに自分からは司にどんどん触れにいっているのに反対に触れられるのには弱いのは、……がんばれとしか言えない。これはある意味自業自得であろう。
まぁ、その時はそれだけで終わった。
司も声をかけた時はいまいち分かっていないようだったが、ひととおり温もりを感じた後だったのだろうからすぐに類から離れたし、残念そうな類には少しだけ悪い気がしたがその後えむもすぐ来たからどちらにしろ終わりは近かったのだ、ということにしておこう。次はふたりっきりでうまくやりなよね、なんて心の中でちょっと応援しながらその日はさっさと練習にうつったのだが。
(…あ、また)
その日から、やたらと日向にいる類が目につくようになった。
元々そんなに暑い寒いが得意ではないはずだ、体力は寧々より遥かにあるが、屋上のような遮るものがほぼない空間以外ではわりと涼しい木陰にいるようなイメージがある。けれど、最近は見かける度に陽の当たるベンチだとか、日光が入る窓際にいるような気がする。
……嫌なことに気がついてしまった気がしないでもない。
「お、類。今日もぽかぽかだな!」
「ああ、いい天気だったからねぇ。ついつい日光浴をしてしまったよ」
「ほんとだ、類くん、とってもぽかぽかだね!」
そもそも、そのただの勘違いかもしれない気付きがもしかして、までになってしまったのはこうして司がよくそのことについて触れるからだ。その度に類は嬉しそうにはにかむし、司も非常に満足そうな顔をする。さすがに初めに見たときのようなひっつくようなことはないようだが、それでも温度を確かめるように司が類の背中や腕に触れることはあった。
はぁー。思わず溜め息を吐く。
当の本人たちは気付いているのかどうなのやら。すくなくとも類の遠回りすぎるアプローチであの司が気付くとも思えないのだが、だとして巻き込まれたくもない。どうせならばさっさとくっついてくれたほうがコチラとしてもイチャつくなとか文句を言いやすいのだが、この調子だとまだまだ先になりそうだ。
(……というかなんでわたしが見守ってあげなきゃいけないんだか)
別に相談されている訳でもないのにおかしな話だ。ただ、まぁ、困って頼られたら手助けしないでもないが。せめてこの暖かな春の陽気が暑すぎるぎらぎらした日差しになる前に何とかして欲しいものだ…と考えたところで、ふと今朝テレビで見た天気予報を思い出した。
スマホを取り出し週間予報を開く。うわぁ、どうやらその記憶は正しいようだ。
「おい、寧々?どうした?」
思考の渦に浸っている間に、いつの間にか類とえむが視界から消えていて、司だけが寧々の方へと近付いてきた。ふたりはどこに行ったのかと聞いたところ、今日の演出のために持ってきていた品をセッティングしに、手伝いを買って出たえむと類が舞台裏に行ったらしい。昨日そういえば隣家から謎の轟音がしていた気がするが…いや、その事について考えるのはやめておこう。
嫌な予感とともによぎった思考を閉ざすと同時に、せっかく司がこちらにきたので、何の気なしに今調べたことを共有しておくかという気になった。
「……ほらこれ、見て。来週から夏日だって」
「な、もう30度近くまで上がるのか!?これは熱中症に気をつけねば……」
「うん、さすがに夜はまだ上がりきらないみたいだけど…昼の練習の時は危ないかも」
「だな、注意するとしよう。……類にもほどほどにするように言わなくてはな」
「え?類に?」
「あぁ、最近やたらと日光浴をしているだろう」
帰ってきた返答に少し驚いた。まさか気付いていたとは。
「そうして、あのままじゃ暑くなったら倒れそうだし」
「流石にそれはないと思うが…まぁ、伝えておこう。寧々からも言っておいてくれ」
「はいはい」
「しかし残念だな…もうあの類とお別れか」
「え?」
小さな声でポツリと呟かれた言葉を思わず聞き返す。無意識にこぼれたものだったのだろう、聞き返されてハッとした司は、目をうろうろとさ迷わせたあと、覚悟を決めたようにこちらを見てきた。
「類に言うなよ…ほら、あいつが何故か日光浴をし始めてからなんだが、それを指摘するとな、妙に嬉しそうにするのが、その、癖になってしまったというか」
「……へえ」
「ぐう!そんな目をするな!甘やかしている気はオレもしているが、実害はないしいいだろう!」
いや驚いた。まさか甘やかしていると自覚があって、類が喜ぶからいつもわざわざ指摘していたとは。
バツが悪そうにする司を見つめる。そこまでして相手の嬉しそうな顔をみたいと思うのは普通の好意とはちょっと違うのではないかとおもうのだがどうなのだろう。生憎寧々にはまだそこまでの機微は分からないが、ただ、寧々の幼馴染はさっさと次の手を仕掛けるべきだとは思う。
「おーい!司くーん!寧々ちゃーん!」
「ふたりともー!ちょっとこちらに来てくれないかい?」
「おお!わかった、今行く!」
タイミングよく、裏にいっていた類とえむからお呼びがかかる。それに勢いよく返事を返す隣に立つ司を見て、もう一度類を見て、この恐らく寧々だけが理解している状況を噛み締めると同時に大きく溜め息を吐いた。
「おい寧々、人の横で思いっきり溜め息を吐くんじゃない!」
「うるさい。さっさと爆発して」
「こ、怖いことを言うな!」
実はこの爆発はそういう(物理的な)意味では無いのだが、当然ながら通じるはずもない。……全く面倒くさくて回りくどいふたりだ。
もしこの先ふたりが結ばれることがあったなら、類の小さなアプローチも、司の甘やかしも、全部ぶちまけてやろう。せいぜいその時には、寧々がずっと傍観者に徹してやっていたことに感謝をするといいのだ。でも、あんまり待たされてしまうときっとそう思っていたことも忘れてしまうから。
このもどかしさに対する文句が薄れてしまう前に、その時が早くやって来ることを祈りながら、今は司とともに舞台裏へと向かうのだった。