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    nashireonnn

    @nashireonnn

    なしれおです。
    名前をよく間違われます。
    文字を書きます。
    その時好きなものをもちょもちょ

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    nashireonnn

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    閣下に仕える喜びを忘れられない月島が鯉登を芸能人にしてマネージャーする鯉月。
    至って真面目なギャグです。細かいことは気にしてはいけない。

    ##鯉月

    仕えることが至上の喜びですので 掴まれた手に伝わる掌からの熱が、燃えるように熱いと感じる。それは薄暗闇でもわかるほどに赤く染めた面持ちと、迫真の台詞からも気の所為ではないと思わされる。
    「月島……」
     名を呼ばれ、飛んでいた思考を戻せば、己が見初めた端正な顔が相当の至近距離にあることに気が付く。眼前に迫る男の顔を見て、月島は思う。ああ、めちゃくちゃ顔が良い……──と。
     すばらしい造形美。昔から周囲に美形がいたせいでとんだ面食いになってしまったが、それでもこの顔は死んで生まれ変わっても見飽きない。いくらでも見ていられる顔を自分だけで占領するのは、吝かではないが非常に勿体無い。彼を芸能界という道に引っ張り込んだのは我ながら英断、素晴らしき慧眼と行動力だったと自画自賛せざるを得ない。
    「つきしまぁ……」
     もう一度名前を呼ばれ、再び飛んでいた意識をハッと現実に戻せば、うっとりするほどの美貌が眼前に迫っていた。これは拙い、そう判断して不敬ながらその唇を掌で防いで叫んだ。
    「ごめんなさい! 俺は貴方に仕えることができればそれで良いんで気持ちにはこれっぽっちもお応え出来ません!」
     死に物狂いに紡いだ答えが、どう聞いても最低だと気付いたのは掴まれた腕を振り切って家まで走り帰った後だった。缶ビールのプルタブを起こして一気に半分程飲み干してから、「やっちまったなぁ」と他人事のように呟いたのだった。

     詳細は省くが月島には前世の記憶がある。色々と思うことはあれど、時間をかけて全ての記憶を受け入れた上で抱いた感想はこうだ。
    「鯉登閣下に仕えたい……」
     何を言っているのかと眉を顰める人間が大多数だということはきちんと理解している。けれど、月島が真っ先に思ったのはそれなのだ。
     自らが補佐として育て、時に己の手の内から離れて成長し、部下の想いを捨てさせるでもなく塗りつぶすでもなく受け入れ包んで、その凝り固まったものをゆっくりと解いてくださる程までに立派になられた閣下。
     今の月島の心情は、そんな立派になり過ぎた鯉登閣下に仕えた快感が忘れられないといった部分に振り切っていた。仕えたい。これ以上ない程に御立派になられた御方の右腕として、その役目を全うできた悦楽が忘れられない。布団から起き上がった月島は徐に携帯を手に取ると、わかりやすく権力を持っている人間へと電話を掛けた。
    「鶴見さん、芸能プロダクションを立ち上げましょう」
     早朝で尚且つ意味のわからない部下の電話に、かつてと今現在の上司は「いいね〜」とぽやぽやした声で答えていたので、この時の世界線は大方狂っていた気がする。
     あれよあれよという間に月島の上司は会社内に芸能部門を立ち上げ、月島にも迅速に異動が告げられた。新規プロダクション故に伝手などそうあるはずもないのに、何故だかあっという間に世間を賑わす芸能事務所になっていったのは、偏に上司の人脈と月島の並々ならぬ情熱のお陰だったかはわからない。
     運営や業績が軌道に乗った頃合いで、月島は鹿児島へと飛んだ。根拠はないが、確信があった。ここに、鯉登音之進閣下がいる──と。
    「君! 芸能界に興味はないか?」
     斯くして運命は月島に味方した。鹿児島に降り立って二時間で月島は鯉登を発見し、さらに三時間後にはご両親の承諾を経て契約を滞りなく進めたのだった。迅速、余りにも迅速。
     様々な準備期間を終え、遂にデビューを果たした鯉登音之進、当時十四歳。新進気鋭の若手俳優は、端正な顔立ちに高貴な振る舞い、それを裏付けるバックボーンに当人の少々古風なキャラクターがウケにウケ、あっという間にお茶の間のアイドルと化したのだった。勿論、月島はそんな鯉登の付き人、マネージャーの地位を獲得していた。鯉登閣下の隣は俺だ、誰にも譲らない。
    「鯉登さん、撮影お疲れ様です。はいこれ水、はいのど飴、あと先月撮った雑誌の献本届いたんで一応目を通してくださいね」
    「ん、わかった」
     ゴクゴクと喉を鳴らしながら水を飲む姿に、月島は心底惚れ惚れする。なんという麗しさ、神が創りたもうた絶世の美男子。コロコロと口の中で飴を転がしながら雑誌を読む姿も様になっている。スゴい、この姿だけで日本経済が回る。好景気待ったなし。
     脳内でそんな強火の感想を抱きながらも、鍛え上げられた月島の表情筋はぴくりとも動かない。「月島は感情が死んでいるのか?」と鯉登に眉を顰められたこともあるが、感情が死んだ人間ならばこんなに必死こいて仕事は取ってきていない。
    「月島ぁ、次の休みっていつだ?」
    「はい、丸一日の休みは三日後ですが、スケジュールを見直したので明後日の午後からお休みいただけます」
    「ん、そうか。そうだ、兄さあが東京で話題のラーメン屋巡りをしたいと言っておったのだが、月島はいいところを知っているか?」
    「生憎私はあまり存じ上げませんが、確か前山が詳しかったと思うので、あとで訊いてリストアップしておきますね」
    「うん、頼んだ」
     雑誌から顔を上げて月島に尋ね、会話が終わると再び雑誌に目をやる。その一連の流れを死んだ目で見つめながら月島は、これだよこれ、と内心悦に入っていた。鯉登が自分を頼りにしてくれているという喜び、鯉登の手助けが出来ているという歓び、再び閣下に仕えることができているという快感。しみじみとその幸運を噛み締める。
     再会した鯉登には、月島のように前世の記憶は存在していなかった。数年が経った今でも、何かを思い出したりするような兆しはない。しかし、それでも彼は鯉登音之進であったし、月島が他人行儀を嫌えばあの頃と変わらぬ笑顔で「月島」と呼んでくれた。同じ過去を共有できないのは少々寂しい気もするが、あったらあったで少しばかり面倒臭そうなのでこれで良かったのだと結論付けた。
    「……なあ、月島」
    「はい、なんでしょう?」
    「……いや、やっぱいい」
     まただ、と月島は訝しむ。ここの所、鯉登は月島に何かを問いかけようとしてはやめるというのを繰り返している。しかも、その度にどこか憂いを帯びたような表情をするものだから堪ったものではない。出来ることならば肩を掴んで揺さぶりながら「貴方にそんな表情をさせているのはどこのどいつですか! 汚れ仕事は俺の役目! 頼ってください!!」と叫びたいが、鯉登がそんなことを望んでいないのは理解できているので拳を握るに留めている。
     この御方の憂いを消し去るのは己の役目、役割、至上の歓び。そうと決まれば彼の身辺を洗い直し、原因を探らねば。心中で決意を固めたところで、もう一度鯉登に問い掛けられる。
    「月島……オイん誕生日覚えちょっか?」
    「十二月二十三日ですよね、勿論把握しています」
    「うん……あんな、月島」
    「はい」
    「その日、休みに出来るか?」
    「出来ます」
    「まこち!?」
    「任せてください、鯉登さん」
     パアア、と効果音がつきそうなほどに顔を輝かせる鯉登に、眩し過ぎて目が潰れそうだと思いながら返事をする。正直、年末に向けての特番や初夏発刊の雑誌撮影などが入っており目が回りそうなほど忙しいところではあるが、鯉登のためなら月島は死ぬ気で、いや死んだ気で仕事をして休みを捥ぎ取る覚悟を決めていた。
    「じゃあ、月島も一日予定を空けておけ!」
    「はい! ……ん?」
    「あー、わっぜ楽しみじゃ! うふふ!」
     至極嬉しそうにしながらスマホで何かを操作し始める鯉登を見つめながら、月島は脳内で怒涛のスケジュール調整をし始めた。閣下の為、粉骨砕身するしか月島には選択肢がない。死んだ気でやればなんとかなる──月島は鯉登に一言添えてから静かに楽屋を後にすると、上司に電話を掛けた。
    「鶴見さん、死んだ気になって頑張るんで休みください」
    「いいぞ〜」
     今にも死にそうな声音でそう言う月島に、電話の向こうの上司はぽやぽやした声でOKを出した。柔らかくて軽い返事だが、月島には死刑宣告にしか聞こえなかった。
     それから数ヶ月の間、月島は本当に死にかけながら仕事をこなしていた。鯉登を自宅まで送り、会社に戻って事務作業とスケジュール管理や営業をこなして、そのまま会社で夜を明かし、一瞬自宅へ戻って仮眠とシャワーを済ませると鯉登の自宅へ迎えに上がる。周囲の人間が心配して「もう休め……!」と引き留める様子が三日に一度見られたが、それでも月島は止まらなかった。
    「鯉登さんの……願いを叶えるためにっ!」
     俺は休んでなどいられん──!! その鬼気迫る様子に新人は怯え、同僚は頭を抱え、上司はさりげなく仕事を減らしていた。月島の机にはエナジードリンクが並び、それがその内に野菜ジュースへと変わる。
    「知ってるか、前山……エナドリが効かなくなったら野菜ジュースを飲むと良い。元気になる」
     ボロボロの雑巾のようになった月島が笑顔でそう言うと、前山は「月島さんは自分の限界を過信しすぎだよ~」と微笑みながら背後に回り鮮やかな手つきで月島を絞め落とした。哀れにもその様子を見てしまった新人は心に固く誓った。誰よりも、何よりも、前山さんには逆らわないようにしよう、と──。
    「月島ぁ! もうすぐオイの誕生日だな!」
    「ソウデスネ」
     師も走るほどに忙しい月に突入して半月。月島は時々前山に絞め落とされながらも着々と仕事をこなし、業務を片付けていった。その反動でブリキのロボットのようにぎこちない返答が多くなっていったが、上司から鯉登の誕生日の前日から有給消化の為の十日間の休みを確約されていたので心はそこまで壊れてはいなかった。
     輝かんばかりの笑顔でドラマの撮影現場を出た鯉登が、その笑顔を月島に向けながら言う。
    「ふふ、この休みのために仕事もボディメンテナンスも頑張った! 偉いだろう!」
    「鯉登サン、トテモ偉イデス」
     鼻高々、といった風に胸を張る鯉登を、月島はぎこちない口調のまま褒める。実際、月島が無茶をしたところで鯉登の仕事量がそこまで減るわけでもなく、鯉登自身が調整された仕事を少しも狂わずに行えたことで休みが確定したのだ。月島が「やっぱ無理かもしれない」と諦めかけるたびに、鯉登は難題をするりと解決していくのだから月島はもう堪らない気持ちになった。なんと御立派、なんと有能。そんな姿は恥ずかしくてとても見せられないが、月島は握り拳を掲げて滂沱の涙を心の中で流していた。
     いつも通りの表情筋が死に絶えたような顔の月島に、鯉登は向き合ってその手を取る。突然の行動に、死滅したかに思えた表情筋が息を吹き返し驚愕と困惑の入り混じった顔を作る。それを頬の内側を思い切り噛み締めることで、瞬間的にいつもの無表情に無理矢理戻した。
    「月島も、よく頑張ってくれたな」
     優しい声音で、鯉登は真っ直ぐ月島の目を見て言う。その瞳が星のように瞬いて煌めいていて、月島はまた表情が緩みそうになる。
    「月島がオイん為に一生懸命頑張ってくれたの知っちょ。ほんのこてあいがと!」
     鯉登の太陽も斯くやという笑顔に、月島は心中叫んだ。ウワ〜〜〜ッ!! 顔が!! めちゃめちゃ!! イイ!! と。少年らしさと成長途中の青年らしさが入り交じった顔付きは、幼くもありながら完成されつつあり、これからの更なる成長が恐ろしいと月島の背筋を震わせた。
     月島は軽く咳払いをすると、鯉登の目を見返してほんの少しだけ頬を緩める。表情は変わらず固いままだが、首の後ろがじんわりと熱を持っているのが自分でもわかった。
    「貴方の為なら、俺はなんだって出来ますよ」
    「……うん」
     月島の言葉に鯉登は眉を下げ、らしくなく小さな声で返事をした。
    「鯉登さん、お待たせしました」
    「待っておったぞ月島ぁ!」
     あっという間に忙しい日々は過ぎ去り、約束の日となった。いつも通りに鯉登を迎えに行こうとしたら、「今日は待ち合わせをしたい」と言われたので月島は言われた通りに指定された場所へと一人で赴いた。約束の時間より三十分も早く来たというのに、待ち合わせ場所には既に鯉登がいたので月島は大いに慌てながら合流したのだった。
    「随分とお早いですね」
    「そうか? そうだな、うん……今日が楽しみ過ぎてなぁ! 早く来過ぎてしまった!」
     うふふ、と鼻を赤くしながら笑う鯉登に、月島は困ったように眉を下げ鯉登の耳にそっと手を触れる。
    「まったく……どれだけ早く来ていたんですか。こんなに身体を冷やして」
     しょうのない人ですね、と僅かに微笑めば、鯉登の顔全体があっという間に赤くなっていく。パッと首を横に振って月島の手を離させると、そっぽを向きながら「表情筋、生きとったんだな!」と藪から棒に言い放った。その言葉に、月島は自分が顔を緩めるほどに気を抜いているのだと気が付く。
    「すみません、俺も少しばかり浮かれていたようです」
    「何? そうなのか!?」
    「ええ、そのようです」
     月島が淡々と答えれば、鯉登は小さく「そうか、そうか……!」と呟きながら拳を握る。なんだかよくわからないが、鯉登が楽しそうだと月島は嬉しいので深く考えないことにした。成人したばかりとは思えぬほどの無邪気さにほっこりとしていると、鯉登は月島の腕を掴んで「行くぞ!」元気よく歩き始めた。少し足をもつれさせながら、月島は鯉登に掴まれた腕を見てまた少しだけ頬を緩めた。
     鯉登に連れられるまま向かった先は、最近話題の新規ブランドショップだったり、いつかの撮影で訪れた神社だったり、月島が気になっていた定食屋だったり、穴場の絶景スポットだったり……とても当たり障りのない「お出掛け」だった。ああでもないこうでもないと最近のバラエティについて語りながら珈琲を飲んだり、鯉登の見立てで月島の服をオーダーメイドされそうになったり、「ご飯おかわり自由」と聞いて白米が山盛りに乗った五杯目の椀を月島が嬉しそうに抱えているのを見て鯉登が笑ったり。
     なんでもない、当たり前のような普通が二人にとっては新鮮で、月島にとってはあまりにも輝かしい時間だった。日々の忙しさや、煌びやかな芸能界の中でつい忘れがちだったが、この人は、この御人は、こういった小さな日常を昔から好んでいたのだと思い出す。
    「見ろ、月島ぁ!」
     ペットショップでゴールデンリトリーバーの仔犬を抱き抱える姿は、いつかの旅で見たような幼さと陽気さを思い出させる。あの時の己は、そこまであの方に期待はしていなかったなぁと少しばかり反省するが、「いや重要任務中なのに緊張感がなさすぎたから仕方ないな」と撤回した。月島基、鯉登閣下に仕える喜びを至上とするが駄目なものは駄目と判断できる男なのである。
    「ふふ……むぜ~!」
     わしわしと仔犬の頭や背を掻いてやる姿を、月島はぼんやりと眺める。小さな命を愛でる手は大きく、出会った頃とは全く違うものになっている。背丈は伸び、声音も男性らしさが増し、顔付きに幼さは残るものの大人と言って差し支えない。いつの間にか大人になっていった姿に、ほんの僅かな侘しさと、かつてのような成長を夢見る。
    「月島も抱っこしてみろ!」
    「えっ、いや俺は」
    「ほれ、こうやって尻を抱いてやって……」
     ぼんやりとしていると、鯉登に無理矢理仔犬を抱かされる。人慣れしているのか大人しく腕の中に収まる仔犬に、月島は肩肘を強張らせながらもぎこちなく頭を撫でてやる。仔犬は心地良さそうに撫でる手を受け入れ、うとうとと微睡むような様子を見せた。ドクドクと人間よりも遥かに早い鼓動と熱い体温が腕から伝わってくる。
    「わっぜむぜなぁ……」
     鯉登が慈しむような目でそう言う。月島は一瞬自分がそう言われたのかと思いかけたが、すぐに仔犬のことだと思い直した。
    「ええ、とても愛らしいです」
     ずっと昔に、酔った閣下が自分に「むぜ」、と言ったことを思い出した。国言葉はそこまで理解していなかったが、その言葉の意味は知っていた。こんなむくつけき男に何を言うのか、と小言が出そうになったがそれは飲み込んだ。それは、月島を見る目がとても優しく、仄かに熱を帯びていたからだ。
     同時に、小さな命を腕に感じながらコタンで抱いた幼子を想う。その柔らかな命を抱くはずだった親の命を奪っておきながら、懸命に生きているその鼓動を抱きとめてしまった。小さな身体に流れるその血潮を感じた瞬間に、月島の覚悟や使命はヒビ割れていたのだと思う。
     命を奪うことに意味はあるのか。この生き方を己は誇れるのか。いいや、そもそも自分には誇りなんてものは疾うに消え失せていたし、意味のない生に意味を見出されたから生きていただけなのだ。月島という男は三度死んだ。一度目は彼女を失った時に、二度目は意味を見出してくれた人の手を取らなかった瞬間に。そして三度目は──。
    「月島?」
     こちらを覗き込む鯉登の目に、不意に現実に引き戻される。時々こうして過去の自分に引き摺られてしまうのは些か面倒で困ると思いながら、返事と共に仔犬を店員に返す。
    「……鯉登さん、犬飼いたいんですか?」
    「ん? いや……可愛いとは思うが実家にもおるしな。それに、今は寂しいとか恋しいとか思う暇もないし」
     そう言って笑う鯉登に、月島は内心滂沱の涙を流しながら決意する。鯉登さん……貴方の心のゆとりと休みを、俺は必ずもぎとります……!! 月島がそんな決意を固めているとは露知らず、黙り込んだ目の前の男に鯉登は首を傾げるだけだった。
    「大分暗くなっていましたね」
    「そうだなぁ、日が短いとは言え、もうすっかり暗がりだ」
     ペットショップを出れば外は既に夜へと差し掛かっており、夜道を照らす街灯やイルミネーションが街を行く人々を導いていた。世間はすぐそこまで迫ったクリスマスに浮かれていて、その浮ついた空気に流されそうになるが、月島にとっては今日は敬愛すべき御方の生誕祭であり、今生での大切な人の誕生日なのだ。よく知らん聖人を祝う気など毛頭ないが、煌びやかなイルミネーションの下を御機嫌に闊歩する鯉登の姿はこの世の奇跡の詰め合わせの様な尊さを感じさせるのでその辺りは礼を述べなくもない。
    「月島」
    「はい」
     いつの間にか二人はイルミネーションや人々の喧騒から離れた公園におり、鯉登は月島を真っ直ぐに見つめていた。声を掛けられ、反射的に返事をした先に見えた鯉登の顔はどこか固く、何か緊張したような面持ちだった。
    「……月島」
     もう一度名を呼ばれる。そして、返事をする前に手を取られる。両手でぎゅう、と月島の右手を握る掌は熱く、指先はひんやりとしていた。鯉登の行動に呆気に取られながら目線を上げると、頬を赤く染めた美しいかんばせ が見える。形の良い唇から、小さな声でたった一言が吐き出された。
    「好いちょ、月島」
     熱い、熱い一言だった。それが何を意味するのか、それがどんな想いから吐き出されたものなのか。呆気に取られながらも、月島は瞬時に理解する。だから、逃げたのだ。その想いに応えることはできないと、最低なお気持ち表明でもって返したのだった。
    「……どうしよう」
     半分飲み干した缶ビールを机の上に置き、ムン、と口を曲げて考える。どこでどう間違ってしまったのだろう。行き過ぎた献身は見られることなどなかったはずだし、出来る限り表情は表に出さないようにしていた。問われれば答える、願われれば応える、仕事はできるがつまらない男だった筈なのに。
    「どうしたもんか……」
     下手したらマネージャーを外されてしまうかもしれない。それだけは嫌だ、今生でも鯉登閣下に仕える為にここまでしてきたというのに。
    「どうした……もんか……」
     悶々と考えても、何もよい案は浮かばない。悩んでも答えが出ない時は、もう寝るしかない。幸か不幸か、月島には奇跡のような長期休みがある。年明けの仕事まで、鯉登に会うことはない。その時までに、なんとか良い妥協案を生み出そう。
     と、投げやりな考えに至った瞬間、月島の携帯電話が静かに震えた──。


     前略。前世の記憶がある。経緯は割愛する。
     万全の準備を重ねたはずだった。手応えはあったし、相手も自分のことを憎からず思っていることは手に取るようにわかった。それでも、一世一代の告白は緊張したし、子供のように顔が赤く、熱くなってしまったのは恥ずかしかった。けれど、相手が必ず自分の手を握り返してくれると確信していたから、そんな恥ずかしさはすっかり忘れかけていた。
     前世のようなしがらみはなく、自由を謳歌できる今生でこそ共に愛し、睦み合うことができると信じていた。だと言うのに。
    「ごめんなさい! 俺は貴方に仕えることができればそれで良いんで気持ちにはこれっぽっちもお応え出来ません!」
     そう叫んで、風のように走り去っていった背中を茫然と見守るしかなかった。
     何故だ。お前も私と同じ気持ちではないのか。独り置いていかれた公園で佇みながら自問自答を繰り返すうちに、沸々と怒りのような、興奮のような、とにかくなにか熱くてどろどろとした感情が湧き出てきた。
    「……オイを見つけたんなわいだぞ、月島ァ」
     かつてよりも若く、かつてよりも輝きに満ちた目でこの腕を掴んできたのはそちらなのに、どうして今更突き放すのか。許せない、と言うよりも、解せない。自分を見つけたのだから、きっと月島も記憶を持っているのだろうと考えていた。だが、月島は徹底的に自分のプライベートを見せないし、"奥"に踏み込まれることを恐れていた。だから、何も知らないふりをしていたのに。
     ぎゅう、と強く拳を握る。駆け出した月島を追うように、ゆっくりと足を動かす。携帯電話を取り出し、歩みを止めることなく幾度となく掛けた番号を呼び出した。きっかり三回目のコール音の後、いつもよりほんの少し小さな声で応答する男に、鯉登は言った。
    「今から行く。逃げるなよ、月島軍曹」
     息を呑む音に、鯉登は嗤う。大人しくするのはもう馬鹿らしい。仕えるよりも愛される方が幸福なのだと、頭の硬い男に教えてやらなければ。
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    Replies from the creator

    nashireonnn

    DONE一個前のやつの続き。
    間に合わなかった鬼太郎と親父が水木の肉と骨をせっせと集めてる話。
    ほぼ鬼太郎しかいない。鬼→水への愛を語るだけの話。
    このままならずっと一緒にいられるけどやっぱり生身の身体にも触れたい、心がふたつある〜!って話。
    もう一個オマケが出来たらまとめるかもしれない
    美味なるものよ、此処へ ──カラン、カラン。
     蛙がゲコゲコと鳴き、鈴虫がリィリィとさざめく。天辺には青白く輝く満月がいて、薄暗闇の世界を照らし続けている。
     ──カラン、カラン。
     小さな生き物たちの声だけが支配する空間に、鉄の筒に木を打ち付ける軽快な音が響き渡る。使われなくなって久しい廃工場のタンクの上に、一人小柄な少年が座って夜空を眺めていた。
     何かを待っているような、ただただぼんやりとしているような、どちらとも取れる様子の少年はカランカランと一定のリズムで足に履いた下駄の踵をタンクに打ち付けて鳴らす。
     ──カラン。
     足を動かすのを止めれば、途端に世界の音は自然のものだけになる。ゲコゲコ、リィリィ、さざめく音と、ザァとゆるやかに吹く風が少年の髪を揺らす。それらをジッと肌で感じながら、少年は腕に抱いた桐の箱をするりと撫でた。
    4144

    nashireonnn

    DONE「しつこくて頑固なシミみたいなもんですよ、困りますね!」

    人外鯉登対人間鯉登×人間月島(転生パロ)
    夢の中で黄泉竈食ひさせようとするヤンデレ味の強い人外鯉登と、人間らしい感情で月島を愛してる鯉登がバチバチしてる話。またしても何も知らない月島さん
    (細かい設定はついったに画像で投げます)
    白無垢に落ちた血のように 広く、広く。果てなどないように見える白い空間になんとはなしに佇んでいると、不意に声を掛けられた。
    「どうした、月島軍曹?」
     掛けられた言葉に、ぼんやりとしていた意識を取り戻す。目の前にいつの間にか現れた男が、椅子に腰掛けながら優雅な手付きでティーカップを持ち上げている。静かにカップを傾けて中身を飲む仕草をすると、男は月島を見上げて言った。
    「突っ立っていないで貴様も座れ。上官命令だ」
    「……は」
     軍服に身を包んだ男にそう言われ、月島は椅子を引いて向かい側に腰掛ける。被っていた軍帽を脱いで机の端に置き、背筋を正して向かい合う。月島が着席したのを見て、男は机に置かれたティーポットを傾けてその中身を空いていたもう一つのカップに注いだ。それを月島に差し出し、男はもう一度手元のカップの中身を煽った。
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