好転帰ろう。依頼を終えたリメアティアは小雨が降り少し柔らかくなった土を踏みしめる。
依頼は、リメアティアに回ってくるものは主にベビーシッターや雑用等。冒険者とはなんだろうと首を傾げたくもなるが、そこはリメアティア。冒険者登録こそすれど一切冒険をしないのでwin-winと言ったところだろう。
ここは黒衣森であるから、家に帰る前に一度グリダニアに寄ろう。そう考えて何気なく空を見上げた。
ふと目に飛び込んだのは木々の隙間から見える七色の束。虹だった。
それを見た瞬間リメアティアは目を見開く。
虹がこんなにきれいなものだったなんて知らなかった。
いつもは気にもとめない七色のそれが空にこんなに映えるなんて
なにか特別なものを見ているような、そんな心地すらする。
無意識に手はリンクパールに伸びていた。
実のところ、木々の隙間から見える虹に人を魅了する力なぞ無い。開けた空で見る大きな虹であれば誰もが指差し立ち止まるだろう。
しかしこの虹は細く、木に遮られた小さいキャンバスの間を縫うように光っていたので、リメアティア以外に気付かれることはなかったのだ。
それでも、リメアティアにとっては十分すぎるほど鮮やかな虹であった。
パールから呼び出し音がなる。その間も虹から目をはなさず、ただじっとその場に立っていた。
コール音が切れ、呼び出した相手の名前を呼ぶ。
どうしてもこの美しい虹があったことを共有したい、と思ったのだ。
「シラノ」
「うん。どうしたのメア」
「今、虹が」
「うん」
「虹が綺麗なんだ。東部森林のほうで、枝の隙間から見えてる。」
「わ!それはすてきだね」
「………おう。」
しまった。
リメアティアには、語彙がなかった。
読み書きを覚えたのは最近で、育った環境に詩なんてものはなく、あまつさえ最後に聞いた歌は祖母の子守唄だ。
どれだけ美しいかを説いても、馬鹿の一つ覚えのように綺麗としか言えない。
自分以外を攻撃する手段しか学んでこなかった自分をこれほどまでに憎らしく思ったことはないだろう。
「まぁそれだけだが。なんか、言いたくなって」
「…うん。うれしいよ。ありがとう。」
ないものは仕方ないと諦めて話を締め、シラノはいつもよりさらに柔らかな口調で感謝を述べた。
おう、と軽く返事をして沈黙が流れる。
よく考えれば(考えなくても)おかしな話だ。虹が見えるから来いでもなく、グルポを取って見せるでもなく、ただ虹を見たというだけの報告。
大体の人間は「は?」ってなるだろう。
こいつどこまでも俺に甘いな。
そんなことをぼんやり考えつつ虹を眺めていると色が薄れ始めていることに気づく。
「……あ、消える」
「虹ってすぐ消えちゃうからね」
「いつもは気にしねーからな、知らなかった。消えたわ」
「そっか。でもきっといいことあるよ」
「虹見たぐらいで大袈裟だろ。じゃあ切る」
「あ、うん。気をつけて帰ってね」
「言われなくても」
ぷつ、と通話を切る。
きっといいことがある、ね。
どうだか。
そう考えるリメアティアの口角は上がっていた。
リメアティアは気づいている。
いつもは気にしない虹に気づいた、ならば、見落としてきたなにかに気づけるのだと。
そう、気づいている。
変わっていく自分自身に気づいているのだ。