独白鮮明ではないにしても、断片的に家族が壊れる様を覚えている。
雲の上から赤い月が降りてきて、その破片が周囲を焼いた。
ぼくらはその様子が遠いながらよく見える位置にいて、父と母が居るはずの街が燃え上がるのを見ていた。
思い出した記憶が確かなら、この先に父さんと母さんの…。
頭の中の断片的な景色を頼りに、獣道にすらなっていない山道を歩く。
あの時はシルビアに出会う前だった。
話しかけても反応しない兄さんと焼けた父と母の遺体を前に、これからどうすればいいのかわからなくて、ひとまず二人を見晴らしのいい場所に埋葬しようと二人を引きずってフラフラと坂を上っていた。
エオルゼアに行ったのはあの5年前が初めてで、土地勘なんてなかったし、誰もが混乱していて、死体を引きずる少年の事なんて気に留めることも声をかけることもなかった。
山頂には子供が抱えて運べるギリギリの大きさの石が二つ、故意的に並べられていた。
いつか見た光景と同じ。違うのは、自分の視点が高くなったことと空の色。
「久しぶり、遅くなってごめんなさい」
墓石に向けてそう声をかける。
本当はもう少し早く来る予定だった。そもそもエオルゼアにもう一度足を運んだのは二人に会うためだったから。
クガネでは墓参りはどうするんだったっけ?
母さんはクガネの人だったみたいだから、それに倣ったほうがいいかと思ったのだけど故人と人の再開に水を差すのも悪いと思ってあまり見ていないのが仇になったな…。
それはまぁ、次でいいか。
「兄さんは…まだちょっと二人に合わせるの心配だから…大丈夫そうになったら連れてくるよ。あ、しまった…。手土産なんにも持ってないや。次来るときはお花でも持ってくるね。」
園芸師の鎌取り出して、周囲の草を刈り始める。
まるまる5年間放置していたせいで、生え散らかしている雑草は途方もないぐらいあった。
墓石を傷つけないように意識しながら鎌を動かす。
何か特筆して話すことはあっただろうか?いろんなことがあったのに、どれも突飛で一言では言い表せない。
話のオチを考えずに言葉を吐く。
「…いろんなことがあったよ。何から話せばいいのかわかんないぐらい。でも、あの時と同じような思いをずっとしてる。昔と違って成長したとは思うけど、その成長よりもずっとずっと速い速度で助けたい人達が居なくなっていって…。」
「全部、俺のせいだ…」
そういって、急に目頭が熱くなる。
自分のせいだと周囲に話しても、みんな優しいから絶対に「そんなことないよ」とか「シラノだけのせいじゃない」とか言ってくれるんだ。
俺は、それが嫌だった。いっそお前のせいだと非難してくれる名前も知らない人の声のほうがありがたいとすら思っていた。
自分自身が許せていないのに、他人に許されることで一層自分自身が醜く感じるからだ。
でも、ここには俺を肯定する人は居ない。
死んだ人間がもう戻ってこないことは十二分に知っているし、魂は体に留まらないことも知っていた。
目をきつく瞑って、涙が出るのをこらえる。
もう二度と泣いたりしないと決めたのに5年たっても涙腺は緩いままだ。
感情の波が収まってから、深く息を吐く。
「こんな話してごめんなさい。でも、二人にもちゃんと謝っておきたくて。…俺は二人が死んだのは自分のせいだと思ってる。母さんが最後に言った、もういいわって言葉がずっと俺に対する失望だったんじゃないかって。今になってはもうそれを問いただすことはできないけど、でもあの時の俺が今ぐらい強かったら今でも家族4人で笑いあってられたんだ。きっと。もう終わって過ぎてしまったことを嘆いて立ち止まってるなんて俺にはできないから、俺は昔の俺みたいに強くない人の力になろうと頑張ってるんだ。……あんまり、うまくいってないけど…。」
草刈りもなあなあに、鞄に入っていたミネラルウォーターをかけて、これもまた鞄に入っていた何かの布で磨いていく。
これであってるのかな?次に来る時までにちゃんと調べておこう…。
今まではここを探すので頭がいっぱいで何も調べるとかできてなかったから、母さんはクガネ式の、父さんはケスティル族式の供養ができたらいいなと思った。魂はここにないけれど、敬意を払うのは大切なことだと思うから。
「よし、きれいになった!」
そこらへんに転がっていた石を水で磨いたところで何が変わるわけでもないが、心なしかキリッとしているように思える。
石を磨いた謎の布の正体は結局思い出せなかったけれど、まぁ大切なものとかではない…はず!
「じゃあまた来るね。今度はお供え物とかちゃんと持ってくるから!兄さんもいつか、連れてこれたらいいな…。」
じゃあね、と声をかけてきた道を引き返す。
道というにはあまりに人の足跡がないけれど。
帰り路、母さんの手が頬を撫でたみたいに暖かい風が一吹きしていたのが印象的だった。