花吐き症「コノエ艦長。失礼します!」
ふざけた部屋にチャンドラ中尉と閉じ込められたとわかった時は、死ぬ覚悟を決めた。
チャンドラ中尉は、私の汚い下心を教えて近付かない様にと言えば部屋の隅で壁にくっ付いている姿が可愛らしい。しかしこちらを見てくれないのは寂しいのだが。最期ぐらい彼の顔を見ていたかった。
「ぐ……ぅぅっ……」
ついに花が気管に詰まったようだ。どうやら吐き出す力も無くなったのか。いや、なんかデカくはないか?全く喉から出てこないんだが。
いつの間にか壁から離れて隣に来ていたチャンドラ中尉が背中を摩って声をかけてくれているが、息苦しさにぼんやりしてきて何を言っているのかわからない。背中を摩る手の力が強まる。これは…背部叩打法か?しかし花は出てこない。
ここまでか、と滲み暗くなる視界でチャンドラ中尉を見れば、いつの間にか私の上体を抱え起こして顎に手をかけていた。まさか指を突っ込んで引っ張り出す気なのか?
「○○○○○。○○○○○!」
チャンドラ中尉の声は聞き取れなかった。
直後、私の口が彼の口で塞がれて驚愕に目を見開く。花吐き症に感染させてしまうと焦り引き離そうにも酸欠の体には力が碌に入らず、彼の腕を掴んだだけに終わった。
彼の舌が口内に侵入し喉の辺りを探っている感触に呻くが、彼はお構いなしにそのまま強く息を吸い込んだ。喉に詰まった花が動いた感覚がある。一度口を離した彼はもう一度同じ事を繰り返す。やはり花は動き、ついに喉のから出て口内に移動して漸く鼻から息が出来た。
しかしなんなんだこれは。大き過ぎて口から吐き出せない。口を離し様子を看ていたチャンドラ中尉も不思議そうな表情をしている。
噛み砕いて出そうにも大き過ぎて噛めず、四苦八苦している私に再びチャンドラ中尉が顔を近づけて、今度は舌と唇で噛み付く様に口付けしてきた。花を噛み切り離れていく唇との間に銀の糸が繋がりカッと頬に血が上るが、彼の唇から覗く花弁にギョッとした。あの黄色い小さな花弁を持つ大型の花と言えば。
「まさか…向日葵!?」
吐き出した物を見てチャンドラ中尉が叫んだ。向日葵かぁそれは喉に詰まるな…いままでそんな話聞いたことも無いんだが?人体の神秘に呆然としている間に、チャンドラ中尉はせっせと唇を合わせ舌で引き摺り出した分を噛み千切り吐き出していく。
おかげで何とか自力で吐き出せる大きさになった。咽せる様に吐き出し息を整えると、二人で顔を見合わせて揃って大きな溜息をついた。危うく死因が向日葵になるところだった。チャンドラ中尉のお陰で助かった。しかし。
「君を感染させてしまった。すまない私の落ち度だ」
彼に確実に感染させてしまった。私を見捨てられるような子では無いとわかっていたのに。自責の念に襲われていると、彼がおずおずと話しかけてきた。
「コノエ艦長。あのですね…自分は花吐き症に以前から感染していまして艦長のせいではありません。あと、あの、下を見てもらえますか?」
そこには、ぽろりと白銀の百合が2つ落ちていた。
バッと顔を上げると、頬を染めサングラス越しに見える水色の瞳を潤ませてもじもじしているチャンドラ中尉の姿が。彼は目を逸らしたまま。
「コノエ艦長。今自覚したのですが…自分は貴方の事が、好きみたいです…」