すべてはアンタをスターにする為に「司くん!!『司!!』」
えむと寧々が彼の名前を咄嗟に呼びかけ、敵軍の指揮官がこの戦で勝利を確信し大きく口角を上げたのは同じタイミングで。
『チッ、だから僕は嫌だったんだ!!』
そしてこの都のシンボルであり観光名所の時計塔から大きな銃声がしたのもほぼ同時の出来事。
一瞬の出来事が次から次へと重なった結果として、司の頭を撃ち抜くはずだった弾丸は、何者かに撃ち落とされ地面に転がっている。何が起こったのか、それを瞬時に理解したのはえむと寧々、そして類と今戦でターゲットにされた司の計4名のみ。敵軍の指揮官に至っては空いた口が塞がらない、この言葉がぴったりな様子だった。
「類、このままだとショーはあと何分で終われそうだ?」
類の左耳に付けられたインカムからは数秒前に殺されていたかもしれない司の声。
「15分後。敵陣に設置した時限爆弾が起動するよ」
「…類、何か怒っているか?」
「別に」
類は司の疑問を否定する。
しかしこの類と言う男、嘘が下手である。
実のところ類はとても怒っていた。
決して自分が発砲した弾丸のおかげで司を致命傷から守りその挙げ句本人からお礼が一切無かったから怒っている訳では無い。司に攻撃される隙を与えた部下達に怒っているのだ。過酷な実戦の経験が豊富である部下たちを率いれた作戦でもこの有様だ。類にとって部下達の過半数は足でまといの存在でしかなかった。
司を守るのは僕だけで良い、司を輝かせるのはえむと寧々さえいれば良い。
それなのにーーー
□■□■□■□■
「今回の作戦は当初の予定より少し人員を増やす方向で行こうとしている、…だから」
「却下」
「まだ何も行ってないんだが?」
「また団員達に顔出せでしょ?…ほら正解」
自前の拳銃のメンテナンスをしながら背中で返答する類の一方的な台詞に司はため息を吐いた。そして類は背後から聞こえる司のわざとらしいため息に、その提案に自分が首を縦に振る日は未来永劫無いからいい加減諦めて欲しいと思う頃だった。
「なぜ類はいつもそう頑なに拒むんだ?」
「言ってどうなるんだい?」
「言ってくれるまで聞くぞ?」
どちらとも引かないこの展開。こうなってしまえば折れるのは大抵いつも類である。
(さて、何て言っておこうか。)
「そうだねぇ、…”ショー”を汚されたくないから、かなぁ」
大雑把で且つ遠回しな言い方だが決して嘘は言っていない。
「オレは団員が増えればお前の好きなド派手なショーだって出来ると睨んでいるが?」
「司くんは何か勘違いをしているよ?僕の目的はショーをド派手にすることじゃない。あくまで司くんをスターにしたいだけで、ド派手はただの手段に過ぎないよ」
”いつか僕の演出で必ず司を戦場のスターにする”
類は誰よりもそれを強く願っている。部外者なんていらない。演出だって団員が多ければ良いってものじゃない。しかしそう思う類が提案する演出(作戦)の採用か不採用かは本人が完璧と言えど決めるのは司と上層部の人達だ。提案した演出を大幅に変更されたことだって過去に幾つか存在している。その時の類の機嫌ときたら、、、それは変更された内容にもよるが。さて、今回の本人は…至って冷静である。傍から見れば。
「類が何と言おうが今回のショーは既に増員することは上層部の方でほぼ確だ。それともお前はこの程度のプラン変更でそれを応用した演出が思い浮かばないとでも言うか?」
パァンッ____
一発の銃声が響く。
パリ、と司の背後にある窓ガラスにはヒビが入る。防弾ガラスじゃ無ければ今頃窓ガラスは木っ端微塵だっただろう。そのほどの威力を持った弾を司に当てる気は無くとも司の横へ打ち込んだ類はというと。
「ごめん司くん、手が滑っちゃった♡」
などと割った窓や司への謝罪は一切無く、表情は反省の顔からは程遠い。それは瞳さえ見せないニッコリ笑顔だ。司にはわかる。こいつは今、冷静ではないと。
「長い付き合いだからってそんな挑発するような言い方はやめてほしいな」
「そうか?ここで類を挑発するのもまたオレをスターにしてくれる為の手段に過ぎないと思ったまでだが?」
「そんなこと繰り返えされたら司くんをスターにする前にうっかり殺しちゃいそうだよ」
「誰かさんがいる限り死に場所も選ばせてくれないオレにとったら戯言すぎるな」
司は生かされている。本人が死にたくなっても無理矢理にでも生かされる存在で。
「”僕がいる限り”ね」
類はまるで司の命は自分の手の内にあるかのように言う。
「そうだ、だからつべこべ言わず改めて増員した人数での演出の案を明日までに提出してくれ!オレをスターにする最高な演出、期待している」
司は真っ直ぐな眼差しのまま類の左胸に拳を当てた。
オレの命は類の命だ、そう言われている気がした。
「ほんと君は僕をやる気にさせるのが上手いよね」
「そう言うお前はオレを生かすのが上手いよな」
全ては、
司くんをスターにする為に。
オレをスターにさせる為に。
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「あーあ、やっぱり類くんへそ曲げちゃったね」
「類が舌打ちするとか相当キレてる…かも、司どんまーい」
一方、時は戻りえむと寧々はひとまず先にインカムから聴き慣れた男性陣の会話をBGMにしながら自分達がすべきショーを閉幕させたばかりだった。少女達の足元には幾つかの死体と弾丸が転がっている。
「司くん大丈夫かなぁ?」
「司だし大丈夫でしょ。えむ、私達はさっさとここから離れよ」
「あいあいさー!」
えむと寧々は自分達が銃声と悲鳴と共に踊り散らかした舞台に向き合い手を合わせる。
あと10分もすればこの舞台ステージは類が設置した時限爆弾が起動し塵と化す。悲痛が残る舞台は出来る限り何も残さない。それが私達の戦争のやり方だ。
「えむ、そろそろ」
舞台ステージをいつまでも名残惜しそうに見つめていたえむは寧々の呼びかけを合図に舞台ステージに背を向けた。
「うん……ほよ?」
振り向いた際、目の端に何かが映ったような。砂埃や塵で鮮明には見えなかったが、目を細め凝らして見るとそれはぼやけていたが人影だった。たった2人しかいないはずのステージに何故人がいるのか。違和感にえむは足を止め、それに続いて寧々も足を止めた。
「どうしたの?」
「あそこに…誰かいるの」
えむが指差す方向を寧々も一緒に目を凝らし、えむと同じ方向を見つめる。確かに、そこにはえむの言う通り人影が。その人は戦闘帽のつばの影で顔はよく見えなかったが、チラチラ見える髪はオレンジ色をしていた。寧々はふと、その特徴を持った人物が脳裏に浮かんだ。
「…しののめ?」
そうだ、東雲だ。でもどうして彼がここにいるのか。それは寧々にとって疑問と言うより違和感で、その違和感の先で生まれたのはとても居心地の悪い胸騒ぎだ。彼は私達と同期でまだ単独行動なんて許される立場ではない筈で。その筈なのにたった1人その場でぽつんと、下を向いて、立ち尽くしていた。
「寧々ちゃんどうする?司くんに報告する?」
えむの提案に寧々は首を横に振った。
「その必要はない…かも。攻撃対象でもないし」
そんなことを言う寧々だが、本音はただ東雲と関わりを持ちたく無いだけだった。寧々にとって東雲はどうでもいい程興味が無い存在であり、寧々の中にある東雲像は”凄く動ける二重人格を持つとっても面倒くさくて怖い人”。結論ここに時限爆弾が起動されたところで彼の身体能力なら生きて帰って来れる可能性は多いにあるということ。しかし、この胸のザワつきは何を意味しているのか。違和感で、不自然な、嫌な予感は寧々からなかなか剥がれてくれないままだ。
「…ゃん!!、寧々ちゃん!!」
「ッ!!、あ…ごめんえむ」
「寧々ちゃん大丈夫?、あ!そうだ!!」
こういう時、えむの存在はとても大きいと寧々は思う。不安で押し潰されそうな時、えむは寧々にいつも手を差し伸べる。小さい手のひらがとても大きく見える。
「ありがとう、えむ」
「えへへ、じゃ!寧々ちゃん!私達は予定通り類くん達と合流しよ!」
女子というだけで周りから甘く見られ馬鹿にされるこの業界。入団したての頃はそれはもう大変だった。だけど今は違う。寧々は司に感謝していた。えむに会わせてくれた事に、類に生きる目標を与えてくれた事に、そして自分達に踊る場所と歌う場所と生きる場所を与えてくれた事に。だからこれは寧々なりの恩返しだ。
その為に私達が出来る、すべき事。
「そうだね、今日も私達で司をスターにしよう」