お題:「バカップル」「たばこ」7/16「キスしたときにたばこの味がすると、オトナのキスだな、て感じがするってむかし同級生の女の子が言っていたんだけど」
「……女とそういう話するのか、意外だな」
「ハイスクールのときだよ。隣の席の子が付き合いはじめたばかりの年上の彼氏の話をはじめると止まらなくて……それでさ、アーロンはどんな味がした」
「何」
「僕とキスをしたとき」
午后の気怠さのなか、どうでもいい話をしながら、なんとなく唇がふれあって、舌先でつつくように唇を舐めたり、歯で唇をかるく喰んだり、唇と唇をすり合わせて、まるで小鳥が花の蜜を吸うように戯れていた二人は、だんだんとじれったくなってどちらからともなくそのまま深く口吻けをした。そうして白昼堂々、リビングのソファで長い々キスをして、ようやく唇を離したが、離れがたいとばかりに追いかける唇と、舌をのばしてその唇をむかえようとする唇は、いつ果てるともわからぬ情動のまま口吻けをくりかえした。このままではキスだけではすまなくなると思った二人はようやく唇を解いて呼吸を整えた。身体の疼きがおさまってきたそのとき、ルークが意味不明な問答を仕掛けてきた。アーロンは、まだ冷めやらぬ肉体の熱を無理矢理に抑込みながら寝起きでも元気に庭を走りまわる犬のような顔をしたルークの顔をまじまじと見た。
「……あまい」
「……それは、僕とのキスは、その、チョコ五倍がけドーナツみたいに、君にとってあまいあまいキスだった、ってこと……?」
「そんな何かを期待するような顔すんじゃねえ。チョコ五倍がけドーナツみたい、じゃなくてそのものだよ。あのクソ甘ぇクソいまいましい甘味の味がすんだよてめぇのキスは」
「アーロン……、ご免、さっきチョコ五倍がけドーナツをみっつ食べました」
「……それだけじゃねえだろ」
「え?! すごいな?! なんでわかるんだ? 実ははずれまんじゅうも二個ほど食べたんだ」
凄い! さすがアーロン! などとはしゃいで笑っているルークの、その甘味まみれの唇にどうしようもないほどに欲情してしまった自分が忌々しく、アーロンは静かに戦闘態勢の型をとった。それに気付いたルークは慌ててアーロンを制しながら、ソファの上で二人は仔犬と仔猫のようにじゃれあった。
「バカップルぶりもいいかげんにしていただけませんでしょうかねぇ」
「チェズレイ?!?!」
「はい、ボス、こんにちは」
午后の陽光を受け、その先端に黄金の光をたたえたようにきらめく長い睫毛をふるわせて嫣然と、そう形容する他に例えることができないほどに美しく微笑むチェズレイがソファの上で戯れている二人の前に立っていた。足音ひとつせず、何の気配もなく、いくら目のまえにいる恋人に夢中であったとしても、声を発するまで気がつかないなどということがあるだろうか。ルークとアーロンは愕然として、ソファの上で呆、とチェズレイを見上げていた。
「、てめぇ、イツから、」
アーロンがようやく喉から声をしぼりだすように問いかける。その声音に混じる憤怒と屈辱の心地よい音色に気分を良くしたチェズレイは、なおいっそうと艶やかに微笑えんだ。
「お二人がとるにたらないどうでもいい会話をしながら、怪盗殿が物欲しそうにボスの唇を強請ったあたりからでしょうか」
「どんだけ前からいやがるんだよ! 物欲しそうに強請ってなんかいねえ!」
あわや詐欺師と怪盗、全世界を巻込む大戦闘となるところをルークが全力で止めに入りハルマゲドンはなんとか回避することが出来た。
「チェズレイ、いつエリントンへ来たんだ? 何かあったのか?」
「つい今しがた到着いたしました。いいえ、特に何かがあったというわけでもありませんが、久振りにボスに会いたいなと思いまして」
遅い春をむかえたヴィンウェイの野に咲く花のようにルークに微笑みかけるチェズレイにつられてルークも、久方ぶりに大切な仲間と会えた喜びを顔いっぱいにたたえて微笑った。
「いつまで滞在できるんだい? 夕食は勿論食べていくよな? 連絡をくれたらいろいろと準備をしておいたのになあ」
「驚かせようと思いまして……まあ、少々、驚かされたのは此方の方ですが。まさか昼間から二人で目も当てられぬほどの過剰なスキンシップに耽っているとは……」
「黙れ!!」
唸るアーロンを必死で押さえつけてルークも口のなかでもごもごと何か言い訳めいたことを言いながら、チェズレイに、耳まで真っ赤ですよボス、などど揶揄われ、それを見たアーロンが更に怒り心頭で暴れようとするものだからルークは檻を喰いやぶって逃げようとする猛獣をなだめる猛獣使いの如く渾身の力でアーロンにしがみついた。
「と、ところで、モクマさんは一緒じゃないのか? チェズレイひとりだなんて、めずらしいなあ」
「何を言っているんですか、ボス。私とモクマさんは地獄の果てまで同道を誓った仲ですよ。当然、」
「……い、いるんだな~実はおじさんも。……やあ、ルーク久振り。そして、ご免よ……アーロン……」
チェズレイの後ろから煙の如く現れたその様子はまさに忍者の登場シーンに相応しいというべきであったが、当然、アーロンの身体中の血は沸騰寸前、血管は二、三本既に切れているかもしれない活火山となり、ルークは吃驚しながらも久振りの再会に嬉しく、そしてアーロンの噴火を止めようと奮闘しているうちになにがなにやらわからなくなってもはや笑うしかないとばかりに笑った。
「何、笑ってやがるてめえは! はなせ!!」
「アーロン! 愛してるよ! ほら、こうやって抱きしめていてあげるから僕の腕のなかでおとなしくしていてくれ、僕の愛しいキティ!」
「……な、何、言ってやがる、……クソ! バカ! バカドギー!!」
「いやですねえ、これだからバカップルは」
「仲が良くていいじゃない、喧嘩するほど仲がいいってね」
「私とモクマさんのように?」
「おじさんがチェズレイと喧嘩したらおじさんしんじゃうよお」
「大丈夫ですよ、ちゃんと手加減しますから」
「バカップルはてめえらのほうだ! もう帰れ!!」
「アーロン、今日はみんなでパーティだぞ、アーロンの大好きな肉もたくさんたくさん焼くからな、楽しみだなあ!」
空の、そのはるか宇宙の彼方で燃える太陽は地上のあまねくすべてを知らぬ顔で眺めながら今日も気怠く欠伸をしている。窓からほそくながい午后の陽が射込むある家の、騒がしくも何ということはない一日も、やがておとずれる優しく静かな夜が来れば今日というかけがえのない、一日となることでしょう。
「なるわけねえだろ!!!!!」
終!