甘いくちびる 買い物をした2人きりの帰り道。
ちょっとだけ離れたところへ阿絮と寄り道をしてきた。
二人並んで歩く影の長さは同じくらい。
夕日が何もかもを茜色に舞って、美しい阿絮の横顔も照らしていた。
あまりにも阿絮がお正月飾りを売っていた店の娘に色目を使ったと言って不機嫌になるから「阿絮、私のこと好きなの?」とふざけて聞いてみたら、「そうだ」とあっさり返されたから、慌てて「私も」と答えた。
共寝はしているけれど、そのような気持ちで抱きしめることから逃げていたから、たまにこうやって好きの気持ちでくっつくようにしている。
そういうときの阿絮も普段見せる顔とは全く違っていて新しい表情を見せてくれいた。
例えば。
口には出して言わないけれど、阿絮は手を繋ぐのが好きみたいだ。本人に聞いたわけじゃないけどわかる。出会ってからも見つめていたから。俯いている顔。髪の隙間から見える耳はほんのり赤くて、どうして今まで気が付かなかったんだろうと思うぐらいわかる。だから阿絮と手を繋ぐたびに嬉しくて、満ち足りて幸せで、でも少し胸が痛くなる。本当は好きで大好きでたくさん抱きしめたいけれど、成嶺の前と外ではしないことを約束しているから我慢した。
笑顔を絶やさずに、抱きしめたい衝動をこらえていると俯いていた阿絮がこちらを伺ってきた。その顔すらもかわいいと思っていた。
「老温?」
目が合うと阿絮は溶けるように可笑しそうに笑った。
いつもおしゃべりな私が黙っていたのがおかしかったのかも。
2人だけのときに見せる顔。
阿絮は何気ないことで、好きだと伝えてくる。
言葉で言ってくれない分、表情と仕草は雄弁だ。
阿絮が私を意識しているのが空気を通して伝わってくれるのが嬉しいから。
「老温」
もう一度呼ばれた。
「なに?阿絮」
「そろそろ帰るか」
「そうだね、成嶺が待っている」
そうだ、成嶺が待っている。
何をすることなくぐるぐると街を歩いていたから、手を離してそろそろ帰った方がいいのかもしれない。
名残惜しいけれど、ぎゅっと阿絮の手を握りしめてから離す。
そうして帰る方向へと方向転換しようとした。
なのに阿絮は俯いて動かなかった。
正面から向かい合う。
「阿絮?帰らないのか?」
夕日を背にした阿絮を覗き込むとなぜだか無表情だった。
「どうしたの?」
「老温やっぱり……もう少し手を…繋ぎ…」
どさっ
手の力が抜けて、思わず落としてしまった荷物を慌てて拾い上げて、阿絮の手を握り引っ張った。
「は、老温、どこへ行く」
急に手を引っ張られた阿絮は目を丸くしている。
人のいない細い路地へと入ったところで、ぎゅうっと抱き締めた。
「おいっ、老温、ここは外だ」
腕から抜け出そうとしていた。それでもぎゅっと腕の中へ閉じ込める。
「阿絮、阿絮のせいだからね。とっても我慢してたのに」
耳元で囁いてずっと抱き締めていたら大人しくなった。
それどころか胸の辺りに顔を押し付けるようにして頬ずりをしてくる。
心が揺れる。
キスは許されるだろうか。
周りと確認すると誰もいない。
「阿絮?ちょっとだけ顔あげて?」
顔を一瞬止めてから、おずおずと顔を上げた阿絮にすばやく唇を合わせた。
心臓がばくばくする。
目の前が真っ赤な阿絮の顔でいっぱいになった。