Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    雨野(あまの)

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 🌹 📚 💛 💜
    POIPOI 30

    雨野(あまの)

    ☆quiet follow

    付き合ってないひふ幻。酔っ払い幻太郎が見たくて書いた。んー力不足。供養。シチュエーション被りとかもあるかもしれない。受が心を通じ合わせるのに戸惑う様子や一回拒否するシチュエーションが好きなのかも。この小説から他の小説にも引用するかも。

    #ひふ幻
    hifugen

    ビジネスの話「おやおや、おばんです〜いらしてたんですね〜」
     この家の家主は引き戸を開けて中に入るといつもより間延びした声を出した。赤ら顔。とろんとした目。おまけに体から発せられるアルコール臭。てか、俺の家じゃないのに何故、俺が出迎えているんだ。深くため息を吐き出しながら「『いらしてたんですね〜』じゃなくてさ〜話聞かせてくれって呼んだの夢野センセじゃん」と彼を咎めた。
     俺と夢野幻太郎のこの妙な交流は三ヶ月前から始まった。新作の参考にしたいからホスト業のことを聞かせてくれ、と一二三と独歩の住むマンションに訪れたときは本当に驚いた。何しろ一二三は以前、幻太郎の服装のことに口を出し、逆鱗に触れてしまっていたからだ。激昂した相手に縋るほど困っているのか幻太郎は「以前のことは水に流すので協力してもらえませんか」と頭を下げてきたのだ。一二三はその依頼を快く引き受け、それから度々、夢野邸に呼び出されては仕事内容だったり、客とのやり取りだったりを彼に教えている。そして今日も例に漏れずに呼び出された……は良いが家に入って早々、「ちょっと野暮用がありまして……少しの間待ってていただけませんか?」と言って彼は出かけてしまったのだ。まあ今日は仕事も休みだし、何の予定もないし、少しの間なら……と思ったのが間違いだった。彼は一時間待っても二時間待っても帰って来なかった。その間も着信を入れたりメッセージを送ったりするものの一二三のスマートフォンは律儀に沈黙していた。
     三時間経った辺りでもう帰ってやろうか、と思ったが何か事件や事故に巻き込まれている可能性もなくはないと考え、帰るに帰られなかったのだ。そんな一二三の心配を余所に幻太郎は出かけてから五時間後に帰って来て、現在に至る。時刻は二十三時。しかも何処かで酒でも飲んできたのだろう。べろんべろんに酔った状態で。さすがの一二三もこれには苛つく。というか苛ついて当然だろう。
    「あれ〜〜そうでしたっけ〜?それはすみませんなぁ〜」
     そう言いつつ玄関の上がり框にドカッと座った幻太郎は緩慢な手つきでブーツに手を伸ばす。が、酔っ払っているため、なかなか上手く脱げないようで「あれ?あれ?」と混乱している。一二三は再びため息を吐くと幻太郎の前に跪いてブーツを脱がせてあげる。
    「おやまあ、王子様みたいだこと。わっち惚れてしまいそうでありんす〜〜」
    「はいはい。あんがと。……てか何回も連絡したんだけど〜返信ないし危ない目に遭ったのかと心配してたわ」
    「それは大変失礼いたしました」
     幻太郎は今にも閉じてしまいそうな目をしたままペコリと頭を下げた。その表情があどけなくて思わずふふっと笑ってしまう。
    「ほら、脱げたよ。立てる?」
    「はいはい。立てますよ。おわっ」
     幻太郎が大きくよろけたため咄嗟に支えた。自身とそう体格差のない男を支えるのは容易なことではないがギリギリで受け止められたのでジムで鍛えてて良かった、と安堵した。
    「ちょ、立てないじゃん。ほら、捕まって」
     幻太郎の片腕を首の後ろに回し支えながら一緒に家へと上がり込んだ。近い距離からか幻太郎からはアルコール臭に加えふわりと甘い匂いが漂ってくる。香水でも付けているのだろうか。甘い匂いに惑わされて一二三の鼓動は速まるばかりだった。
     いや、香水のせいなんかじゃない。
     俺は彼のことが好きだからこんなにドキドキしているのだ。思えば初めて会ったときから目を奪われていた。綺麗な顔をしているのに時代遅れな服装をしていて勿体ない、と思ったのが彼の第一印象だった。気付いたら彼の服装のことについて口出ししており、激怒されて……もう二度と親密な関係にはなれないのかと絶望していた。何度か謝罪もしたが受け入れてもらえず仕舞い。そんな中で彼から取材させて欲しい、と頼まれたもんだから二つ返事で了承した。チャンスとばかりに夢野邸を訪れては取材を受けた後に食事を作ったり掃除をしたり話し相手になったりと甲斐甲斐しくアピールをした。
     しかし結果はと言うと何の手応えもなかった。先程のような冗談で一二三に対して好意的な発言はするものの結局いつもすぐに「嘘ですよ」と付け加えてくる。
     それでも彼のそばにいられるだけで良かった。以前のような嫌悪感を向けられずに普通に話せるだけで幸せだった。それだけで良かった。……良かったはずなのにこんな風に一二三を呼び出しておいて遊びに行かれたら独占欲が芽生えてしまうじゃないか。彼の一番になりたい。彼の特別になりたい。そう思ってしまうのは紛れもなく恋である。そして彼はそんな関係を望んではいないことを察して胸が痛むのも恋だろう。幻太郎にとって自分はただの取材相手だ。そんな彼の一番になりたい、だなんて……自分の卑しい考えをかき消すように頭を横に振った。
    「てか、いつもこんなんになるまで飲んでんの?」
    「ん〜〜。今日はちょっと愚痴を聞いてもらってたからお酒が進んでしまいましたねぇ〜」
    「ポッセの子たちと?」
    「そうですよ〜〜〜」

     寝室に到着すると幻太郎はずるりと畳に寝そべった。「あ、こら。そこで寝ちゃダメ!布団敷いてあげるから待って」と言いつつ布団を広げる。その布団からも幻太郎の匂いが漂ってきて再び脈が速くなるのを感じた。そんなこちらの気も知らず幻太郎はむにゃむにゃと夢の世界へと旅立ちそうなため慌てて体を起こしてやる。
    「ほら、布団!こっち!てか、服そのまんまで良いの?シワになるよ」
    「う〜〜ん。良くないです〜。着替える」
    「おけ。俺っち水取りに行ってくるから着替えてな。出来る?」
     そう尋ねるとこくりと頷いたため不安を感じつつも台所へと足を運んだ。冷蔵庫にあるミネラルウォーターを手に取り寝室に戻ると……予感的中!!彼は座ったままうつらうつらと船を漕いでいた。てか、器用だな。
    「こらー!起きて!はい、着替えるんでしょ!」
     はっ!とした彼が目を丸くしてこちらを見た。あ、こいつ半分夢の世界に行ってたな。
    「ね、寝てませんよ。めちゃくちゃ起きてました」
    「秒でバレる嘘つくなっての。着替えたらもう寝て良いから」
     そう言ってやるが彼は布団にごろんと寝転がってしまった。何なんだ、もう。軟体動物かよ。そう思っていると不意に彼が手招きをした。訝しげに思いつつ布団に近付くと彼は
    「小生、一人では着替えられないので伊弉冉さんが手伝ってくださいよ」と言ってのけた。
    「は……」
    「水……ください」
    「ああ……はい」
     水を手渡すと幻太郎は上体を起こし美味しそうにごくごくと水を飲んでいる。白い喉仏が上下に動く様が艶めかしい。状況を忘れて見惚れてしまうほどに。口から零れた水が布団の上に落ちて「あっ!」という声が耳に届いたことで現実に引き戻される。「あーあーもう……」とタオルで水滴を拭き取りながら彼の台詞を思い出す。着替えを手伝ってくれ、と言ってきた……よね。え、良いの?いや、相手は酔っ払いだし介抱だって思えば悪いことではじゃないはずだ。
     それなのに躊躇してしまうのは自身が幻太郎に抱いている恋心のせいか。彼の衣に触れるとどうしても邪な感情を持ってしまうに違いない。そんな醜態は晒したくなかった。

     水を飲み終えると彼はブーツのときと同じく緩慢な手付きで書生服に手を伸ばす。が、やはり眠気と酔いでふらふらしており上手く脱げない様子だ。仕方ない、と彼を支えつつ書生服に触れる。心臓は破裂しそうなほどにばくばくと音を鳴らしてた。
    「夢野センセ、脱がすよ」
    「やん。小生を抱きたいのですか?」
    「……ふざけないで」
     今、その冗談は洒落にならない。マジで。素数を数えよう。なるべく彼の肌を見ないように薄目で着替えさせれば大丈夫だ。そうやって意を決したところで幻太郎が突として「おお、伊弉冉一二三よ。貴方はどうして伊弉冉一二三なの?」と呟いたのでピタリと動きを止めた。
    「……ロミオとジュリエット?」
    「よく知っていましたねぇ〜〜」
    「まあ、有名だしね」
     何故、急にロミオとジュリエットなのだろう。彼はよく突拍子もないことをするからここで一二三があれこれ考えても無意味だと思うが疑問を抱かずにはいられなかった。
    「伊弉冉さんは学がないように見えて実は聡明な方ですよねぇ〜〜」
    「うーん。貶されてんのか褒められてんのか分かんないけど一応お礼言っとくわ。ありがと」
    「そういうところ可愛げがなくて本当、憎たらしいですよねぇ〜〜」
    「はいはい。可愛くなくて憎たらしくて良いから着替えるよ」
     そう伝えると彼は急に黙り込んで俯いてしまった。少し伸びた前髪が彼の顔を隠してしまって表情が読み取れない。え、もしかして気持ち悪いとか?
    「夢野センセ、大丈夫?吐きそ?」
     顔を覗き込むと幻太郎は顔を真っ赤にさせて目に涙を浮かべていた。
    「えっ。ちょっ……何で泣いてんの?具合悪い?何か悲しいことあった?」
     好きな子の泣き顔なんて見たくない。必死な思いからとりあえず泣き止まそうと彼を抱きしめて背中をさすってやった。少しでも彼の悲しみが去りますように、と願いながら。しかし、その願いも虚しく幻太郎はひくひくと嗚咽を漏らしながら涙を流した。ぽろぽろと流れていくそれは一二三のシャツを濡らす。温かい雫に何故か夕立を連想した。生ぬるい風の中で落ちる雨を。雨がアスファルトに落ちて匂い立つのを。連想される情景に、これは悲哀の涙ではないんだろうな、と何となく気が付いた。
    「どーしたの?何か話したいことあるなら言ってみ〜お兄さんが聞いてあげるから」
    「…………いざなみさん、な、んで帰って、ないんですか……五時間、も待ち続けるなんて」
    「……何かあったんじゃないかって心配だったんだよ」
    「……お人好しすぎるんですよ。そんなことする必要ないのに……一二三さんの、そういうところが可愛げがなくて、憎たらしくて」
    「……うん」
    「……でも、好きなんです。大好きなんです」
     幻太郎が体を離しゆっくりとこちらを見上げた。ゆらゆらと光る翡翠の瞳にこの告白が嘘ではないことを悟った。その証拠にお得意の嘘ですよ、という言葉も付け加えてこない。
    「マ、マジ!?」
     幻太郎はこくりと頷くと一二三の肩にもたれかかった。片思いじゃなかったんだ、両思いだった。浮き立つ心を静めるために深呼吸をして、俺も好き、と伝えようとしたところで肩の重みに嫌な予感がする。そろりと顔を覗き込むとあろうことか幻太郎はそのまま眠ってしまっていた。
    「は!?え。今!?このタイミングで寝る?普通!」起こそうと体を揺するが彼はすぅすぅと規則正しい寝息を吐き出し深い眠りに入ってしまっている。
    「えー……生殺しじゃん……」自身の情けない声に当たり前だが返事はなかった。



    「おやおや、おはようございます。いらしてたんですね」
     昨日と同じような台詞を吐いた彼に眉を顰める。
    「……おはよ。昨日も会ったんだけど覚えてない?」
    「はて。そうでしたっけ?乱数たちとテキーラ対決したとこまでは記憶にあるんですが……」
     俺は大きなため息を吐いて「具合悪いとかない?」と尋ねた。彼は「少しだけ胃がムカムカします」と答えると腹をさすっている。
    「顔洗っておいで。蜆汁作ってるから飲むと良いよ。多分すっきりする」
     はぁ〜い、と間伸びした声を出した彼はのろのろと洗面所へと向かった。あんなに人を翻弄させるような告白をしといて覚えてないとか……いや、でも彼の好意を知ることができたから俺から告白したら良いのか。そうか、そうだよな。そうと決まれば自然と鼻歌が出る。蜆汁を器に注ぎながら彼が戻ってくるのを浮き立つような気持ちで待った。早く俺からも〝好き〟って伝えたい。

    「良い匂いですね」と言いながら戻ってきた幻太郎に「あのさ」と声をかけるとそれに被せるようにして彼も「取材は」と口にした。
    「ん?取材が何?」
     話を譲ると彼はこちらを一切見ずに食卓へと着いた。何故か嫌な予感がした。何でかはうまく説明出来ないが、こういうときの勘はよく当たる方だ。
    「取材は今日で終わりにしましょう。今までありがとうございました」
    「は……どういうこと」
    「そのままの意味ですよ。貴方への取材は終わりました。お役御免です。あ、そうそう貴方以外のホストにも話が聞きたいので誰か紹介していただけませんか?先輩でも良いですし、同僚の方とかでも良いですよ」
     いただきます、と言うと幻太郎は蜆汁が入った器を手に取り、中身にふぅふぅと息を吹きかけている。呑気な彼とは対称的に俺は言葉がうまく理解出来ずにぐわんぐわんと頭が揺れる感覚に襲われていた。終わりって……何?俺のことを好きって言ってくれたのに何でそんな突き放すようなことを言うの?やっぱり昨日の告白は嘘だったの?頭には彼への疑念しか湧いて来なくて、そんな考えをしてしまう自身にも嫌悪感を抱く。
     しかしふと彼の表情に違和感を覚える。こちらを一切見ない様子はいつも以上によそよそしさを感じた。もしかして……そう思ったときには彼の手を掴んでいた。「……何ですか」と呟いた彼はやはり一二三の方に顔は向けなかった。
    「昨日のこと覚えてんでしょ?」
     彼の長いまつ毛が一瞬だけ揺らいだ。やっぱり……。
    「……何のことでしょうか」
    「俺っちのことが好きって話」
    「……おやおや。貴方、幻聴でも聞いたんじゃありませんか?」
    「誤魔化さないでよ。……俺っちも好きなんだって」
     途端に弾かれるように幻太郎が一二三を見る。やっと目が合った。
    「何と……おっしゃいましたか?」
    「だから好きなの!夢野センセのことが!」
     言った瞬間に自身の頬が赤く染まる予感がした。それに呼応するように幻太郎の顔もみるみるうちに赤くなっていく。
    「う、嘘……」
    「嘘じゃないって、ホントに好き。なんなら初めて会ったときから好きだった」
     一度口にすると彼への気持ちがなお一層深まる気がした。〝好き〟が溢れて、溢れ返って気付けば「好き、大好き」と再び口にしていた。普段、着飾った言葉を巧みに操る一二三も彼を前にすると率直な言葉でしか愛を伝えられなかった。幻太郎はというと熱に浮かされたようにぼんやりとしていたが、はっと我にかえると顔を引き締めた。
    「そんな……駄目ですよ」
    「駄目って?夢野センセーも俺っちのこと好きじゃないの?」
    「好き……ですけど」
    「じゃあ良いじゃん」
    「……良くないですよ。……何度も考えたんです……小生が観音坂殿の立場なら、あるいは貴方が帝統の立場なら容易に想いを通わせることが出来ただろう、と」
     彼の言葉に頭の中は疑問符でいっぱいになった。
    「え、ただディビジョンが違うだけで付き合えないの?」
    「……そう、ですけど」
     あはは、と声をあげて笑うと今度は彼の方が頭に疑問符が浮かんでいるような目でこちらを見た。その間抜け面ですら可愛いと思ってしまうのだから本当に自分は彼に骨抜きにされているらしい。掴んだままだった幻太郎の手をゆっくりと開く。彼の心も一緒に解くようにゆっくり、ゆっくり。幻太郎は躊躇いのためか一瞬だけ手を震わせたが「大丈夫」と囁くと俺の手を徐々に受け入れた。手のひらと手のひらを合わせて少しだけずらせばそのまま指を絡み合わせる。潤んだ瞳に彼の愛を感じた。
    「それこそロミジュリじゃねぇんだからさ、ディビジョンが違っても良いじゃん」
    「で、でも」
    「ポッセの子たちが反対する?」
     幻太郎がぶんぶんと音が鳴るほど首を横に振った。
    「乱数たちには……昨日相談したんです。貴方が神宮寺氏のチームメイトなので難色を示したことは示しましたが、小生の気持ちを尊重する……と言ってくれました」
    「じゃあ良いじゃん」
    「良くないですよ、だって……自分が自分でなくなる気がして。……このままじゃ貴方への愛が溢れてしまう。ラップバトルでうまく戦えなかったら?自分がPhantomじゃなくなってしまう。それが怖いんです」
    「…….あのさ〜それ、わざとしてんの?」
     幻太郎が何かを口にする前に自分の方へ引き寄せて抱きしめた。いきなり立たされた彼はちょっと!何してんですか!なんて抗議してくるが頭を撫でると途端に大人しくなった。それがたまらなく愛おしい。
    「そんなの夢野センセからの愛の告白にしか聞こえないんだって。殺し文句じゃん」
    「あ、愛のって……!」
    「だってそうじゃん?我を忘れるぐらい俺っちのことが好きってことっしょ?」
    「な!そこまでは……」
    「違うの?」
     その問いに彼はえっと……と狼狽えた後に小さく「違いま、せん……」と呟いた。もうここまできたらこっちのもんだ。
    「じゃあさ〜付き合おうよ。俺っちは夢野センセに恋人になって欲しいな」
     彼を抱きしめたままゆらゆらと体を揺らす。
    「大事にするよ。だって夢野センセのためだったら五時間だって何時間だって待つことも出来るし、酔って醜態見せつけられても可愛いって思えるんだから」
    「……昨日のことはすみませんでした」
    「ジョーダン、ジョーダン!でもどんな夢野センセも大好きなのはホント。……ラップバトルのときだけは伊弉冉一二三の恋人じゃなくて宿敵になってしまえばいい。ビジネス不仲ってやつ?夢野センセ、何かに成り代わるの上手でしょ?」
     短く「えっ」という声が腕の中から聞こえた。職業病みたいなもので観察眼には自信がある。幻太郎は〝それ〟を隠すのが非常に上手で初めは気が付かなかったが接していくうちに分かったのだ。彼は何者かになりたがっているのだと。
    「大丈夫だよ。夢野センセの元の姿がどんなんであろうと、俺っちと過ごす中での夢野センセは〝本物〟の夢野センセだって分かってるから」
    「あの……」
     幻太郎は戸惑うように口に出すがそれ以上は何も言葉に出来ない様子だった。それで良い。別に正体を明かして欲しいわけじゃない。表情や仕草、反応、匂い、触れる温度で彼の本質を探ってみせるから大丈夫。そういう意味も込めて腕の力を少しだけ強めてみせる。
    「どう?俺っちとビジネス不仲してみる気になった?」
     腕の中からくつくつと微かな笑い声が聞こえる。
    「最後の最後の口説き文句がそれですか」
    「え〜だって、もう好きとか大好きとかちゃんと言ったしぃ〜!駄目?」
    「……ええ。正直言って足りません。もう一度、目を見て言って下さいな」
     良いよ、と返事をすると二人の間に少しだけ隙間を作った。彼の瞳を完全に捕らえて口を開く。
    「幻太郎、大好きだよ。俺の恋人になって」
     明確な返事はなかったが「仕方ありませんね、ビジネス不仲の成立です」なんて可愛くない言葉を合図に唇が触れた。
    「可愛くないなぁ」
    「おや、どんな小生も大好きなんでしょう」
    「……そうだよ。可愛くない幻太郎も大好き」
     くすくすとした笑い混じりに「惚れた弱みですね」と言う可愛くない唇に再びキスをした。


    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💯💯💯👏😭❤❤❤💯💯💯💯💯👏👏👏👏👏😍💘💯🙏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    雨野(あまの)

    DONEひふ幻ドロライお題「逃避行」
    幻太郎と幻太郎に片思い中の一二三がとりとめのない話をする物語。甘くないです。暗めですがハッピーエンドだと思います。
    一二三が情けないので解釈違いが許せない方は自衛お願いします。
    また、実在する建物を参照にさせていただいていますが、細かい部分は異なるかと思います。あくまで創作内でのことであるとご了承いただければ幸いです。
    いつもリアクションありがとうございます!
    歌いながら回遊しよう「逃避行しませんか?」
     寝転がり雑誌を読む一二三にそう話しかけてきた人物はこの家の主である夢野幻太郎。いつの間にか書斎から出てきたらしい。音もなく現れる姿はさすがMCネームが〝Phantom〟なだけあるな、と妙なところで感心した。
     たっぷりと時間をかけた後で一二三は「……夢野センセ、締め切りは〜?」と問いかけた。小説家である彼のスケジュールなんて把握済みではあるが〝あえて〟質問してみる。
    「そうですねぇ、締め切りの変更の連絡もないのでこのままいけば明日の今頃、という感じですかね」
     飄々と述べられた言葉にため息ひとつ。ちらりと時計を見る。午後9時。明日の今頃、ということは夢野幻太郎に残された時間は24時間というわけだ。
    4524

    related works

    recommended works