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    雨野(あまの)

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    雨野(あまの)

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    ひふ幻ドロライ3月お題『春の嵐』
    お題お借りしました。
    モブ女主人公ですがひふ幻に対して恋愛的な絡みはしません。

    #ひふ幻
    hifugen

    花信風吹き荒れる「はあ〜〜〜〜」
     廊下に特大のため息が響き渡る。言うまでもなく自身の口から出たものだ。ああ、胃が痛い。
     女性誌のライターとして配属された新人だ。過酷な仕事である上に編集長から叱られることも少なくないがやりがいを感じている。何より書くことが好きだから続けられている。
     有名人にインタビューをすることも多く、大御所の女優に冷たく当たられることもあったが、今日の仕事はそれとは別のベクトルで気を遣うこととなるだろう。
     女性誌の大型企画として九ヶ月限定の連載が始まる。イケブクロ、ヨコハマ、シブヤ、シンジュク、ナゴヤ、オオサカのディビジョンラップバトルの代表者をシャッフルして、二名ずつに分かれて対談を行うといった企画だ。それに数名のライターが当てられる。本来なら自身は新人ということもあり、こういった大型企画を担当することはないのだが〝勉強のため〟という編集長のありがた〜いお言葉により一組だけ担当することになった。
     そして担当する一組というのがシブヤディビジョンFling Posseの夢野幻太郎とシンジュクディビジョン麻天狼の伊弉冉一二三なのだ。
     同じ二番手で小説家とシンジュクナンバーワンホスト。一見、和やかそうな組み合わせの二人だがその実は犬猿の仲である、というのは業界の中でも有名な噂だ。いや、業界だけでなく巷でもすでに広がっている噂だろう。その険悪さは、かの有名な山田一郎と碧棺左馬刻とも引けを取らないとか何とか……そんなに険悪なら最初からその組み合わせは避けるようにしといてくれ!と編集長に言ったものの「相手方からはどの組み合わせになっても大丈夫、NGなしって聞いてるし大丈夫!大丈夫!それに夢野先生も伊弉冉一二三もいい大人なんだから対談でバチバチにバトルすることなんてないない!」と呑気に返されてしまった。
     くそ〜!インタビューする立場じゃないからって他人事のように言いやがって。ああ、四十物十四と躑躅森盧笙のペア担当になった先輩が羨ましい……。
     再び特大なため息を吐くとついに二人が待つ会議室に着いてしまった。深呼吸、深呼吸。ああ、胃が痛い。もう一度深呼吸を繰り返し、意を決してドアをノックする。
    「はい」「どうぞ」
     柔和な声と色気を纏った声が聞こえた。もう逃れられない。ええい、ままよ!
    「は、初めまして。今回、対談を担当させていただく喪武島と申します!よろしくお願いします!」
     部屋に入るとテーブルを挟んだ向こう側に夢野幻太郎と伊弉冉一二三が立っていた。ひいぃ〜、本物だ。
    「初めまして。夢野幻太郎です。今日はよろしくお願いします」
     にこやかな笑顔で挨拶され安堵する。ああ、良かった。案外、何事もなく終わるかもしれない。
     と思ったのも束の間。伊弉冉一二三がこちらへ近寄り「初めまして、子猫ちゃん。今日は一緒に楽しい時間を過ごそうね」と言った途端に夢野幻太郎の眉間の皺が深くなったのを見逃さなかった。
     うわ〜!険悪だよ〜!帰りたい〜!叫びたい気持ちを何とか押し殺して「じ、じゃあ。さっそくですが、始めましょうか」と口に出した。


    「では、まず初めにお二人の仲から教えていただきたいのですが、普段お会いすることはありますか?」
     ないですよね〜!だって仲悪いんですもんね〜!でも質問内容は編集長が決めているんです〜!ごめんなさ〜い!
     内心ではそう思いつつも平然と質問してしまうからわたしも同罪か。
    「なるほど。ないですね。プライベートで会うことは全くありません。顔を合わせるのはこういった取材やディビジョンラップバトルのときだけです」
     夢野幻太郎が淀みなくそう述べると伊弉冉一二三が「〝全く〟か」と呟きくすりと笑った。含みのある言い方に再び夢野幻太郎の眉間に皺が寄る。
    「そ、そうですよね。シブヤとシンジュクですしね」
    「あーでも一回だけ〝偶然〟幻太郎くんと会ったことはあるよ」
    「は?そんなことありましたっけ?」
    「おや。あんな刺激的なこと忘れたのかい?寂しいね」
    「さあ。小生は毎日を刺激的に過ごしていますゆえ」
    「へぇ〜」
     二人ともニコニコと笑っているが言葉に棘がある。怖い、怖いよ〜!だが仕事なので逃げ出すわけにもいかない。
    「お、お話しているうちに思い出すかもしれませんね。伊弉冉さん。そのときのお話伺ってもよろしいでしょうか?」
    「うん、もちろんだよ。そのときは家電量販店で〝偶然〟会ってね。幻太郎くんが困っているようだったから話しかけたら電子レンジを探しているということで選ぶのに付き合ったんだ」
    「へぇ〜!良いエピソードですね!」
    「……別に小生は頼んでいないんですが、この男がしつこくてですねぇ」
    「う……。ご、ごほん。でも、誰かと一緒に選ぶのも楽しいですよね!」
    「うん、僕は楽しかったよ。こう見えても幻太郎くんは機械に疎いようでね。可愛いよね」
    「わ〜!そうなんですね!意外です!」
    「……小生は嘘つきなんで疎いように見せていただけですよ。それに温める機能だけで良かったのにこの人が『スチーム機能が付いたやつが良い』だの『オーブンが付いたやつが良い』だのうるさかったんですよ」
    「ひぇ……。じ、じゃあ伊弉冉さんがオススメしたやつは結局、買わなかったんですか?」
    「いえ、買いましたけど」
     買ったんかーい!夢野幻太郎、想像以上に掴みにくい人物だ。
    「そうそう。美味しいご飯が食べたいからってことで買ったんだよね」
    「あ!ということは、夢野さんは料理されるんですね!」
    「え、ええ。まあ……ひと通りの物は作れますよ」
    「得意料理とかあったりしますか?」
    「得意……料理……」
     そう言って黙り込んでしまった夢野幻太郎を伊弉冉一二三がおかしくて仕方がないといった様子でニヤニヤと見つめている。いつも華やかな微笑みを見せている彼にしては珍しい表情だな、と感じた。……何か違和感。
     いくら待っても夢野幻太郎からは明確な答えが出そうにないため次は伊弉冉一二三にフォーカスを当てる。
    「一つに絞るのは少し難しいですかね。そういえば伊弉冉さんも料理をするのが得意なんですよね」
    「そうだね。料理している間は無心になれて良いストレス発散になっているよ。それに『美味しい、美味しい』って食べてくれる〝人〟がいると尚更、作るのが楽しくなるよね」
    「へぇ〜!そんな人が!あ、観音坂さんですか?」
     たしか二人は同居していたはずだ。自信満々で観音坂独歩の名を出すも伊弉冉一二三は肯定も否定もせずに優しい笑みを浮かべるのみだった。あれ?
     そして夢野幻太郎の方を見ると彼の方は何故か薄らと頬が赤く染まっていた。……何だ?何か違和感が。

    「こ、こほん。あーじゃあ美味しく食べてくれる人がいるって答えから関連して、読者も気になっているであろう質問をしたいと思います!付き合うならどういった方が良いですか?好きなタイプなど教えていただけたらなと思います」
    「そうだね。僕は全ての子猫ちゃんの恋人だからね」
    「は!?」
     いきなり大きな声が鼓膜に届いて驚きに肩が跳ねる。声量もそうだが、何より驚いたのはその大声を出したのが夢野幻太郎であることだ。な、何なんだ。夢野幻太郎。
    「ん?何か僕が変なことを言ったかい?」
    「……いえ。別に」
    「あ、あの。続けますね!では、夢野さんはどんな方がタイプですか?」
    「タイプですか。そうですねぇ〝物静かな女性〟ですかねぇ」
    「あー!夢野さんに合いそうですね!」
     その答えに合点が行き、声を上げると今度は何故か伊弉冉一二三の眼光が鋭くなった。一瞬だったが思わず「ひっ」と声が漏れてしまうぐらいには鋭かった。
     何なんだこの二人!怖い!怖いよ!誰か助けてくれ!
     心の叫びが聞こえたのかタイミングよく部屋のドアをノックする音がした。二人に断りを入れてからドアを開けると、そこにいたのは同僚のライターであり、急ぎで記事の修正を頼みたいとのことであった。
    「す、すいません。急ぎの仕事があって少しだけ席を外してもよろしいでしょうか?」
    「ああ、僕たちは構わないよ。ね、幻太郎くん」
    「ええ、ごゆっくりどうぞ」
    「あ、ありがとうございます!お菓子やお茶もあるのでくつろいでてくださいね!では失礼します!」
     二人のにこやかな笑顔に見送られながら廊下へと出ると対談前と同様に深呼吸を繰り返す。たしかに二人と対面すると居心地の悪さを感じるのは感じるのだが……それが二人の険悪さゆえだとは断定はできなかった。うまく説明できないが纏っている空気感が険悪のそれ、とは少し違うような。しかしその違和感の正体がはっきりとしない。まあ勘違いかもしれないな、と考えながら自身のデスクへと急いだ。



    「へぇ……貴方の恋人は子猫ちゃんたちなんですね」
    「あの場はああやって言うしかなかったんだし仕方ないっしょ〜俺っちホストモードだったし〜」
     いつの間にかジャケットを脱いだ一二三が〝いつものように〟肩を抱いてこようとしたため、その手を思いきりつまんでやった。「いってぇ〜!!」と騒ぐ声は無視して紙コップにお茶を注ぐ。〝いつもなら〟この男の分も注いであげるところだが今日は無視した。
    「つか、それ言ったら幻太郎だって〝物静かな女性〟とか俺っちの特徴と真逆のこと言ってたじゃん!」
    「〝あの場ではああ言うしかなかった〟ので」
     一二三の台詞をそのまま引用して吐き出してからそっぽを向くと「もう〜!」と抗議の声があがった。しばらく何か喚いていたが相手にしないでいるとはあ、というため息とともに沈黙が訪れる。
     カチッとアクセサリーがテーブルに当たる音が響いた。音に誘われ隣を一瞥するとテーブルに頬を預けた彼と目が合う。
    「ねぇ、まだ怒ってる?」
     幾許か低い声色と艶かしい上目遣いに心臓がどきりと跳ねる。普段と違う声と表情に弱いことをこの男は見抜いているのだ。自身の武器を最大限に活用してくるなんて何て狡いのだろう。
    「怒って、ますよ」
     絞り出した言葉にくすくす、と揶揄うような笑い声を浴びせられた。
     怒りなど既に鎮火しているが後に引けなくなったこともこの男は見抜いている。
    「だってさぁ〜あんなに紙が散らばってたら片付けなきゃって思うじゃん」
    「だからって無断で片付ける人がいますか?まだ読むつもりで広げていた資料なのに」
    「じゃあその資料はどこに広げてた?」
    「……廊下です」
    「廊下って歩くとこっしょ?だったら散らかってたらフツー片付けるよね?」
    「……くっ」
     勝ち誇ったようににやりと歪んだ口元が憎い。何も言い返すことが出来ない故にせめて、ときつく睨みつけてやる。だがそれすらも彼にとっては痛くも痒くもないことぐらい、自分にだって分かっている。もう負けなのだ。戦っても仕方ない。言葉にするのは悔しいが伸びてきた彼の手を受け入れることで負けを認めた。
     頬を撫でる手の美しさたるや花のようで。その手が触れるところは全て浄化されるような気がして、自身の素直になれない心も浄化してくれないだろうか、と願いを込めて手を重ねた。
    「ちゃんとさ、決まり作れば良いんじゃね?」
    「決まり?」
    「そ。幻太郎の資料をばぁー!って広げて読みたいって気持ちも分かるからさ、せめて仕事部屋と居間だけにする、とかさ。俺っちは仕事部屋と居間の資料はいくら散らかってても触れないようにするとか……どう?」
    「ふむ……悪くないですね」
     一二三が柔らかく微笑むと、指と指が絡み合った。もう片方の手で頬杖をつく姿が様になっており、この人が好きだ、という思いが溢れてくる。好きで好きで仕方がない。
    「……俺っちは幻太郎とずっと一緒にいたいから衝突してもお互いが納得できる道を探していきたいって感じ」
     幻太郎は?と静かな声が響き、絡んだ指同士がじんわりと互いの体温に馴染んでゆく。
     何も言わないでいると「キスして良い?」と問われたため「そろそろ喪武島さんも戻ってくるでしょうから駄目です」と答えた。
     せめてもの埋め合わせで彼の手を引いて、その甲にそっとキスを落とす。「小生もずっと一緒にいたいです」と添えて。

    「ねえ、やっぱりキス……」
    「は駄目ですよ」
     彼の言葉を遮り拒否の気持ちを示す。
     しかしそんなこともお構いなしに今度は彼の方から手を引いてきた。ぐらりと一二三の方へと体が崩れる。
    「わっ。ちょっと危ない……」
    「〝して良い?〟って聞いてんじゃなくて〝するよ〟って言ってんの」
     顎を軽く掴まれると即座に口唇が触れる。灼けるほどの熱は彼の情熱の温度だろうか。そんなことを思いながら男のキスを受け入れた。


    「はあ〜〜〜〜」
     廊下に特大のため息が響き渡る。言うまでもなく自身の口から出たものだ。デジャヴ。記事の修正に思った以上に時間がかかってしまった。疲れた……でも夢野幻太郎と伊弉冉一二三のインタビューがまだ残っているのだ。ああ、どうせまだギスギスしてんだろうな。
     ノックをして「お待たせしてすみません」と侘びながら二人が待つ会議室へと入る。あ〜ほら〜二人とも笑顔だけど絶対に顔は合わせようとしてないよ〜!怖いなぁ……怖いなぁ……。
    「お仕事ですし仕方ありませんよ」
    「そうそう。少し休憩してはどうかな?」
    「あ!いえ!大丈夫です。ありがとうございます!インタビュー再開しますね!」
     二人の気遣いにお礼を言いながら椅子へ腰掛けようとするとボールペンが床へと落ちてしまった。
    「うわっと……」
     もう鈍臭いな、と自分を叱咤しながら体を屈める。あったあった、テーブルの下に……。目を疑った。体を起こして、テーブルの反対側の二人を見る。互いに顔を逸らしている。明らかに険悪ムード……なのに……再びテーブルの下を見やる。
     おかしい。何故、何故なんだ険悪のはずのふたりが……伊弉冉一二三と夢野幻太郎が、手を繋いでいるのだ。
     あまりの衝撃に暫くテーブルの上と下を忙しなく見比べる。間違いない。やはり手を繋いでいる。え、ということは仲悪いのはビジネス不仲……?と考えていると伊弉冉一二三と目が合ってしまった。
     やばっ。いや、違うんです。ふたりの仲を詮索しようとした訳では。頭の中で様々な言い訳が浮かんでは消え、浮かんでは消え。時間にしては数秒もなかったはずだ。
     彼は人差し指を自身の唇に持っていくと「な、い、しょ」と口パクで唱えた。
     ないしょ、ないしょ……内緒!合点がいきました!と全力で首を縦に振った。すると伊弉冉一二三は麗しい笑顔を浮かべた。

     なるほど。ふたりは恋仲で、仲が悪いふりをしていたのだ。付き合っていることを隠すためのカモフラージュで。
     言われてみればそっぽを向いている夢野幻太郎の頬が心なしか赤く染まっているように感じる。
     そういうことならここはライターの腕の見せどころだ。とびっきり仲が悪そうに書いてやりますよ、と俄然やる気が出てきた。
     ふたりの肩がそっと触れ合った。

     あれから期間限定の連載企画は好評を博して終えた。特に伊弉冉一二三と夢野幻太郎の対談は誌面からでも仲の悪さが伝わる、と評された。そのうち他のメディアもふたりの仲を面白がり、ラジオやテレビでもセットで呼ばれることが多くなったようだ。
     今日も例に漏れず、ふたり揃ってバラエティ番組に出ている。テレビを見ていたパートナーがわたしに向かって「このふたりにインタビューしたんでしょ?どうだった?やっぱり仲悪かった?」と聞いてきた。
     今頃、あの人たちは会う機会が増えて喜んでいるかな、なんてことを考えながら「うん、ものすご〜く仲が悪かったよ!」と答えた。

     周りを巻き込んで散々と騒ぎ立てるが、どこか憎めない暖かさとときめきを持つ……春の嵐のようなふたりがわたしは大好きだった。


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    雨野(あまの)

    DONEひふ幻ドロライお題「逃避行」
    幻太郎と幻太郎に片思い中の一二三がとりとめのない話をする物語。甘くないです。暗めですがハッピーエンドだと思います。
    一二三が情けないので解釈違いが許せない方は自衛お願いします。
    また、実在する建物を参照にさせていただいていますが、細かい部分は異なるかと思います。あくまで創作内でのことであるとご了承いただければ幸いです。
    いつもリアクションありがとうございます!
    歌いながら回遊しよう「逃避行しませんか?」
     寝転がり雑誌を読む一二三にそう話しかけてきた人物はこの家の主である夢野幻太郎。いつの間にか書斎から出てきたらしい。音もなく現れる姿はさすがMCネームが〝Phantom〟なだけあるな、と妙なところで感心した。
     たっぷりと時間をかけた後で一二三は「……夢野センセ、締め切りは〜?」と問いかけた。小説家である彼のスケジュールなんて把握済みではあるが〝あえて〟質問してみる。
    「そうですねぇ、締め切りの変更の連絡もないのでこのままいけば明日の今頃、という感じですかね」
     飄々と述べられた言葉にため息ひとつ。ちらりと時計を見る。午後9時。明日の今頃、ということは夢野幻太郎に残された時間は24時間というわけだ。
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