メリーバッドエンド「キス……してください」
「ダメだって言ってんじゃん〜そういうのは好きな人としなって」
屈折なく笑う顔に何度目かの失恋をする。せめてもの負け惜しみで「嘘ですよ。冗談です」と唱えると彼は優しく微笑んだ。
身体は重ねても口付けはしない。セックスなんかよりキスの方がよっぽど深い愛を感じられる。
これが彼の掲げる信念だ。
互いの体の隅々まで知っておきながら唇の温度は知らない。伊弉冉一二三と夢野幻太郎はそういった奇妙な関係だった。
好きな人と、ね。伊弉冉一二三は今までも事あるごとに線引きをしてきた。お前とはあくまで遊びなんだぞ、という線引き。こちらが本気にならないように細心の注意を払って。そんなものは無意味なのに可笑しな男だ。
何故なら出逢ったときから、幻太郎は一二三に恋をしていたのだから。とはいえ伊弉冉一二三も幻太郎の気持ちには気付いているのだろうけど。
「この関係に終わりはあるのでしょうか」
「ん〜〜どちらかが飽きちゃったり?それか恋人ができたときじゃね?」
「……ですね」
貴方と以外に恋人になるつもりはないのに。
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「今日でバイバイ〜って何か寂し〜って思わね?夢野センセ」
「いえ、むしろ清々します」
「えー!超塩対応じゃん!」
思ってもないくせに〝寂しい〟なんて口にして、思ってもないくせに〝清々する〟なんて口にして。最初から最後までわたしたちはちぐはぐだった。
「てか夢野センセに恋人とはねー!相手どんな人なん?」
「……貴方とは正反対の方ですよ」
嘘。これ以上、傷付きたくなくて一二三から離れるための嘘。貴方以外に恋人にしたい人なんていないのだ。
叶わない願いが自身を蝕みはじめた。
「正反対か〜!なるほどね〜!」
不意に前髪が揺れる。彼の手が触れていた。
「……俺っちのことは忘れてね」
「……何ですか、それ」
ひやりと変わった空気が喉に張り付く感覚がする。やっとのことで絞り出した声は枯れてはいなかっただろうか。
「そのまんまの意味」
前髪から目尻、目尻から頬。白い手が肌の上を滑ると、それを追うように涙がこぼれ落ちた。
「夢野センセ、泣かないでよ。悲しい別れじゃないじゃん」
「泣い、て、ないです」
「……嘘」
一二三の手が一瞬だけ離れていくような気配がした。というより何か躊躇いのようなものを感じた、が本当に一瞬だけだった。
彼との距離が縮まると唇が重なった。知らなかった温度を最後に知ったのだ。
「……何で、キス、するんですか。慰めのつもりですか?」
「……酷いっしょ?今まで夢野センセがどんだけ頼んでもキスしなかったくせに、最後の最後にするとかさ。だからこんな酷い男なんて忘れなってこと」
「……本当に酷い」
そんなことしたら余計に忘れられなくなるではないか。口には出せないが睨み付けて心の中で訴える。彼がへにゃりと情けなく笑った。
悔しくて、腹立たしくて……負け惜しみで今度は自分の方から唇を重ねた。何度も、何度も。