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    雨野(あまの)

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    雨野(あまの)

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    ひふ幻ドロライ2月お題『バレンタインデー』にまつわる話です。いつもリアクションありがとうございます。励みになっています。

    #ひふ幻
    hifugen

    恋が溶けた バレンタインデー。チョコレート会社の策略うんぬん言われているが、この国では好きな相手にチョコレートを渡す日という認識だ。好きな相手だけではなく友達やお世話になっている人へに対しての友チョコ、義理チョコなんていうものも存在している。幻太郎も例に漏れず行きつけの喫茶店のマスターから、お世話になっている出版社の編集長から、読者から等々、いたるところでチョコレートをもらった。そのどれもが本命ではないだろうが悪い気はしない。
     幻太郎自身は、というと毎年お返しを考えることに精一杯なので〝あげる〟ことに関しては専門外だ。
     しかし今年は例年と違ったバレンタインデーになりそうだ、とも予感していた。
     伊弉冉一二三という男がいる。シンジュクナンバーワンホストでありシンジュクディビジョン代表麻天狼のメンバーである。いわば幻太郎のライバルにあたる。しかもちょっとした〝トラブル〟から幻太郎は一二三のことがとりわけ苦手だった。
     それにも関わらず一二三は幻太郎のことが好きだ、とぬかしてくる。ライクではなくラブの方で。いつ、どのタイミングで、何故、と尋ねる暇もなく一二三の熱烈アピールが始まった。
     顔を合わせれば「好き」と告白をされ「夢野センセ、夢野センセ」と纏わりついてくる。最初の方は鬱陶しさから追い払っていたがキリがないので今では好きにさせている。それどころか夢野邸に上がり込んで家事や幻太郎の世話までするようになった。彼の気持ちを利用しているようで罪悪感を覚えて「良いんですか。貴方の気持ちには応えられないのにこんなにしてもらって」と聞いたこともあったが、当の本人は「へ?何で?俺っちがしたくてしてるだけだし。夢野センセが迷惑ならやめるけど」とあっけらかんと答えたため、今は気にせず世話をしてもらっている。
     まあそんな愛を擬人化したような人間なのでどうせ「夢野センセ、チョコちょーだい!」と騒ぐに違いない。そうでなくとも伊弉冉一二三特製のチョコレートケーキを持ってくるぐらいはするだろう。そんなことをひとり考えながらやれやれ、とため息をついた。

     しかし予想に反して伊弉冉一二三は何のアクションも起こさなかった。バレンタインデー当日も翌日も翌々日も。バレンタインデーの〝バ〟の字もチョコレートの〝チ〟の字も出てこなかった。
     はて。小生に対する想いはもう諦めたのかしら、とも思ったが、相変わらず夢野邸に訪れてはせっせと幻太郎のために動いているのでそれはないだろう……多分。では何故。
     ホストという職業柄……というよりは伊弉冉一二三の性格上こういったイベントはやりたがる方だろう。現にクリスマスの日、勝手にパーティーを開催したことだってある。バレンタインデーともなれば人一倍張り切ると思っていたのに……。
     う〜む、と唸っていると「夢野センセ〜、飯出来たよ〜!」という能天気な声が聞こえたため、ちゃぶ台にもそもそと移動した。

     伊弉冉一二三は仕事を終えると自宅に帰って仮眠を取り、昼過ぎに夢野邸へ訪れて家事をする。そして一緒に夕飯を食べた後は出勤のために再びシンジュクに向かうのだ。こんな生活をもう数ヶ月は繰り返している。エネルギッシュというか健気というか。よく続けられるなぁっていうのが正直な感想だ。伊弉冉一二三の猛アピールは幻太郎のチームメンバーである乱数や帝統にもすでに知れ渡っており「愛だね〜」なんて茶化されたこともある。
     愛……本当か?それならばチョコレートの一つや二つぐらい用意するだろう、普通。どこか釈然としない思いを抱えたまま食事をしていると「夢野センセ、どした?口に合わなかった?」と一二三が心配そうに見つめてきた。人の顔色をうかがうのは得意なくせに変なところで鈍感というか……。「いえ、美味しいですよ」と言って意識的に笑みを浮かべる。「そ?良かった」と安堵する顔にすら苛立ちが募ってきた。
     そのとき付けっぱなしにしていたテレビから軽快な音楽が流れた。どうやらバラエティ番組が始まるようだ。MCであるお笑い芸人がお馴染みの挨拶を述べたところでバレンタインデーをテーマにトークが始まった。MCが若手俳優に「たくさんチョコレート貰ったんじゃないの?」なんて質問をしている。これ幸いと自身も乗っかることにした。
    「伊弉冉さん。貴方もナンバーワンホストならさぞかしたくさんチョコレートをいただいたのではないですか?」
     少し声がうわずったような気もするが上手く質問できたと思う。湯呑みを手に取り何でもないように装いながらこくこくとお茶を飲むが、内心では心臓が悲鳴をあげていた。どくんどくん。このままでは彼に聞こえてしまうのではないかと思うほどの強い鼓動だ。そんなこちらの内心はつゆ知らず一二三は「あー、バレンタインね!」と軽やかに喋り出した。
    「うちの店は食べ物のプレゼント禁止にしててさ〜代わりにブランド品貰うことが多いかな〜!あとはバレンタイン限定でチョコレートファウンテンがメニューに入ってんだけどそれ頼んでもらってお客さんと一緒に食べるって感じ〜!お店に来た子ほぼ全員頼んでくれたからマジ一年分のチョコは食べたって感覚〜!」
    「ふぅん。そうですか」
     そうですか、そうですか。チョコレートはもう飽き飽きでいりませんか。貴方が日頃好きだ好きだ、と言っている相手からのチョコレートもいりませんか。
     というかそもそもお前がこっちに好意を抱いてんだからお前がチョコレートを用意しろよ。
     もう知るか、と半ば自棄になりながら食事をしていると向かいからくすくす、という笑い声が聞こえた。言うまでもなく伊弉冉一二三の笑い声だ。
    「何がそんなに可笑しいんですか?」
    「え〜?可笑しいってか〜夢野センセ可愛いなぁ〜って思って」
     そうやって可愛いだの、好きだの言うくせにチョコレートはくれないのだからこの男も嫌な性格をしている。お前の好意はそんなものだったのか。
    「はいはい、お世辞は結構です」
    「ホントだって〜!だって夢野センセ、バレンタインのこと気にしてるんでしょ?」
    「……は、はあ〜!?」
    「それがバレバレで可愛いって言ってんの!ちなみに俺っち、本命の子にはもう渡しちゃってんだよねー!」
    「……本命」
     やはり自分のことを好きだ、と言ってくれていたのはホストの戯れだったのか。本命……本命か。
    「俺っちの本命が誰か知りたい?」
     知りたいけど知りたくない。相半ばする感情はどちらも真のものである。
     ……ならば、チョコレートを溶かすようにどろどろに混ぜ合って、彼に対する想いすら全て混ぜ込んでしまい見ないふりをしよう。
     ただの好奇心、と自身にすら言い訳をして「シンジュクナンバーワンホスト様の本命が知りたくないわけないでしょう」と呟いた。

     伊弉冉一二三は尚も可笑しげにくすくす、と笑いながら「本命は夢野センセだよ」と甘く囁いた。
    「冗談はやめてください。小生はチョコレートなんてもらって……」
     不意に視線を下げて深皿を見つめる。とある考えが頭をよぎり、スプーンでビーフシチューをすくって口に入れた。とろとろと柔らかい牛肉とこくの深い味の奥底に若干の苦味と甘みが混在しているように感じた。言われてみれば、というやつだろう。なぜなら言われるまで気付かずに口に運んでいたのだから。やられた。まさか隠し味にチョコレートとは。
    「……ビーフシチューにチョコレート入れたんですね?」
    「そうさご名答〜!全然、気付かなかったっしょ?」
    「まんまと引っかかりましたよ」
    「いつもの告白とは違う変化球ってやつ〜みたいな」
     先ほどの苛立ちすらも忘れて思わず微笑んでしまった。ああ、良かった……伊弉冉一二三の恋心は偽物なんかじゃなく本物だったのだ、と。
    「てっきり貴方は直球に渡してくるかと思っていました」
    「んーまあそれも考えたけどさ、直球で告白しても無理なこと分かってたから……惚れ薬を混ぜる的な?」
    「……おお、怖い」
     大袈裟におどけてみせると一二三が「惚れ薬の効果はいかがですか?」と恭しく尋ねてきた。もう勝ちを確定しているような満面の笑みが腹立たしい。
    「惚れ薬なんていう可愛い物じゃないです。毒ですよ毒」
    「そっかぁ〜毒か〜!じゃあ今なら解毒剤も用意できるけどどうする?」
     ビーフシチューはまだ残っているがそれよりも先に、とスプーンを置いた。また温め直せば良いし、一二三が作った食事は冷めても美味しい。
     だから今は、生まれたばかりの感情を確かめなくてはならないのだ。
     ふたりの影が近付いた。
    「解毒剤なんていりませんよ。可哀想な小生は一生、毒に蝕まれたまま生きてゆくのです。ああ、本当に可哀想」
     わざとらしくふらつくとその肩をそっと支える腕があった。
     自分は捕まってしまったのだ、この男に。
    「一生って?俺っちの傍で?」
     それ以上何か声に出すのも小恥ずかしくて、こくりと頷くとチョコレートよりも甘い口付けが降ってきた。


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    雨野(あまの)

    DONEひふ幻ドロライお題「逃避行」
    幻太郎と幻太郎に片思い中の一二三がとりとめのない話をする物語。甘くないです。暗めですがハッピーエンドだと思います。
    一二三が情けないので解釈違いが許せない方は自衛お願いします。
    また、実在する建物を参照にさせていただいていますが、細かい部分は異なるかと思います。あくまで創作内でのことであるとご了承いただければ幸いです。
    いつもリアクションありがとうございます!
    歌いながら回遊しよう「逃避行しませんか?」
     寝転がり雑誌を読む一二三にそう話しかけてきた人物はこの家の主である夢野幻太郎。いつの間にか書斎から出てきたらしい。音もなく現れる姿はさすがMCネームが〝Phantom〟なだけあるな、と妙なところで感心した。
     たっぷりと時間をかけた後で一二三は「……夢野センセ、締め切りは〜?」と問いかけた。小説家である彼のスケジュールなんて把握済みではあるが〝あえて〟質問してみる。
    「そうですねぇ、締め切りの変更の連絡もないのでこのままいけば明日の今頃、という感じですかね」
     飄々と述べられた言葉にため息ひとつ。ちらりと時計を見る。午後9時。明日の今頃、ということは夢野幻太郎に残された時間は24時間というわけだ。
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