黒竜の唯一 代々青柳家では成人を迎える際に、生涯を共にする竜を選ぶ。長い歴史の中、人々と竜は争い傷付け合うこともあったが、今では互いに歩み寄り共存する道を選んだ。
今向かっているのは城内の地下。遂に自分も16の歳になり成人を迎え、生涯を共にする竜を選ぶ時が来たのだ。しかし、この風習に冬弥は抵抗があった。他種族のましてや竜族の時間と命を縛る契約。物心ついた頃から一人前の竜騎士となるべく厳しい鍛錬と教育を受けて来た。けれど、それは自分の歩みたい人生とは異なるものだった。本当は何者にも縛られず、剣など捨てて自由に生きてみたかった。自身が縛られた人生を歩んで来たというのに、それを自ら課すというのは皮肉なものだ。
気付けば地下の扉の前に到着していた。ここから先は竜達がいる領域だ。国章の刻まれた黒く重たい扉を押して入ると、人ならざるものの気配を感じ緊張感が増す。唯一の灯りであるランプの炎がゆらりと揺らめいた。
「へえ…お前が新しい主候補か」
「今日はお前の顔を見に来た」
「お前達はオレ達を選ぶ側だと思ってるみてえだが、契約を結ぶかどうか決めるのはオレ達の…オレ自身の意志だ。そこを履き違えるなよ」
「……」
暗闇から返ってくるその声は想像よりも若い男の声だった。猛禽類のような瞳に射すくめられじっとりと冷や汗が流れる。俺は今品定めされている。
「まあそんなに緊張すんなって。お前の事は話に聞いてる。お前も名前ぐらいは聞いているだろうがオレは東雲彰人だ、この国に長らく仕えてる」
「俺は青柳冬弥だ」
暗がりから現れたその姿は人の形をしていた。フードからオレンジの癖毛が見え隠れしている。背格好は自分と同じ位に見えた。竜の個体によっては高度な術を扱えると聞いた事はあるが、ここまで繊細に魔力を扱えるとは。
「よろしくな、第3王子の冬弥サマ。まずはお近付きの印にここはひとつ握手でも」
「あ、ああ…」
そうっと牢の前に近付き右手を差し出した瞬間、強い力で引き込まれ思わず体勢を崩す。
「…ッ⁉︎」
ぬるりと生暖かい感触が頬を伝い、本能が警鐘を鳴らす。振り解けない程の力で腕を掴まれ、その場から動く事が出来なかった。
「綺麗な面してるな、美味そうだ」
「な、何を…!」
先程の軽薄そうな雰囲気とは打って変わり、地を這うような低音が鼓膜を打つ。
「ははっ、ジョーダンだよ」
「とても冗談とは思えなかったが…それに俺を食べても美味しくは無いと思う」
そう言うと何故か相手はぽかんとしたまま固まってしまった。
「…ふっ、お前マジか、気に入った。さっきは悪かったな、ほら手出せよもう何もしねえから。オレの事は彰人でいい」
「改めてよろしく頼む…彰人」
今度は優しく右手を握られ握手を交わす。その手は存外温かかった。
「そんじゃ、こんな所早く出ようぜ冬弥。久々に外の空気吸いてえ」
いつの間にかポケットに忍ばせていた鍵が無く、慣れた手つきで彰人が檻の錠を開けていた。
「彰人、手癖が悪いぞ」
「そもそも、こんな鉄格子いつでも壊して出られるんだよ。行儀良く出て行くだけでも褒めてもらいたいぐらいだ」
「…そうか」
「納得するのかよ…」