アカネという光私は誰かを愛することを知らなかった。
昔は普通の子供と同じように家族を愛していたのかもしれないが、今となっては忘れてしまったようだ。
兄様に向けていたこの想いは愛ではなかった。私に感情など必要ない、兄様の思い通りに動く奴隷の他ならなかった。
でもそれで満足だった。兄様の望みに気づかず救えなかった私が、兄様に何かを望むなど出来るはずがなかった。
兄様の思い通りに動き、感情を殺し、絶対服従を胸に。私を囲んでいた償いの壁は時と共に分厚くなり、光を遮断した。
「ミセル!」
そんな壁を彼女は壊した。
償いの壁を無遠慮に壊し、彼女は私に手を差し伸べた。長い時見ていなかった光を背に、彼女は芯の通った丹青の瞳で私を射抜いた。
「なん、で」
「お前の光になりにきた」
私達の出会いは決して良いものではなかった。
兄様の為と言い彼女に危害を加えた。嫌われて当然なのに、憎まれて当然なのに、なのに、なのに彼女は私に会いに来た。
『お前の中身は兄様だけなのかよ!?お前の意思はどうした!ミセルはミセルだってのに、レベリオばっか考えて、哀れんで!
オレはそんなお前が一番哀れに思える!!!』
以前彼女に言われた言葉だ。その時は煩わしいと切り捨てたが、今思えば的を得ていた。
復讐に取り憑かれている兄様を哀れむ私が、そんな私が一番哀れだった。
「やめてくださいよ!!私に構わないでください!!」
「ミセル」
「何も知らないくせに!!私達のことなんて本当はどうも思ってないくせに!!図々しいんですよ!!!」
「ミセル!」
「ッほんとう...!私達には光なんて...いらないんです......ッ!」
私の言葉とは裏腹に償いの壁は脆く崩れていく。
彼女が一歩、またもう一歩踏み出す。そして私の目の前へ来た。彼女の傷だらけの手が私の頬に触れた。
「オレを見て」
「...............」
「ミセル、お前はレベリオの奴隷なんかじゃない。
お前は、ミセル・アーテルでしょ?」
何も飾らない、真っ向な言葉で彼女は私に言った。
何も、本当に何も飾っていない、変なお世辞も思惑も何も無い、彼女の純真な心から出てきた綺麗な言葉。
私は彼女に抱きついた。縋るように、泣きつくように。
彼女が、アカネちゃんが私の光になった瞬間だった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日から私は彼女が忘れられなかった。
感謝でいっぱいだった心には、感謝とは違う何らかの感情が混ざっていた。
「アカネちゃん...ッ」
彼女を想うと身体が熱くなる。彼女に触れられた箇所に触れると鼓動が速くなる。彼女の笑顔を思い出すと思わず口元が緩む。
こんなこと初めてだった。もっと一緒に色んな所に行きたい、色んな表情が見たい...欲望が溢れる。
でもこの想いの正体を私は知っていた。
"恋"だ
この想いを自覚したその日、私は死のうと思った。
私の光に、恩人にこんな醜い感情を抱くなんて耐えられなかった。
彼女を想うと仕事にも支障が出てしまう。普段しないようなミスが目立ち兄様に叱られてしまった。
私は『アカネ・インカーズに恋する私』を殺すことを決めた。
仕事も終わりいよいよ殺す準備が整った深夜。ドレッサーの前に立ち、目を閉じて深呼吸をする。
純真な心の彼女の笑顔、愛しくて崩したくない笑顔を思い浮かべて、私は片手に持ったナイフを鏡に向かって突き立てた
はずだった。
「ミセル」
「.........兄様?」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「...へぇ。だから最近お前はおかしかったのか」
「はい。ご迷惑をかけて申し訳ございませんでした。明日にはこの想いを断ち切り、普段の責務を全うしていきます」
兄様に隠し事は不可能だ。ベランダへと連れ出されたあと、私の光になった彼女のこと、そしてこの醜い恋情のことを兄様に話した。
「...断ち切れるのかよ」
「はい?」
「だから、その醜い恋情とやらはそんなことで断ち切れんのかって聞いてんだよ」
「.........」
「お前にはない光を持ち、異なる種族で、女同士で...常識とはかけ離れている。おまけに、傷女は馬鹿で鈍感だから向けられている好意に気づかねぇ。
でも、お前はそんな傷女が好きなんだろ」
「...はい」
「報われねぇかもしれねぇけどやってみろよ。
最初から弱気になるな。強気で、傷女を奪ってみろ。下手に出るんじゃねぇ、何を使ってでも奪い取ってモノにしてみせろ」
「!......それは暴行罪で訴えられそうですね」
「犯罪上等」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
兄様は私の醜い恋情を肯定してくれた。
私の全てだった兄様に、私の想いを認めてもらえた。
『何を使ってでも奪い取ってモノにしてみせろ』
「彼女を、モノに...」
私の胸の中で笑う彼女、手を繋いで歩く彼女、綺麗な声で私の名前を呼ぶ彼女。
あぁ、兄様。私は、私は...
「奪い取ってみせますよ」
兄様にも負けないように、ね。