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    幻班〜おうち襲撃イベントあれ〜

    #さざれゆき又鬼奇譚

    夜襲と防人 ●

     昭和が終わり、少しして、超常現象――レネゲイドウイルスが世界中に拡散して。
     異能という非日常が、確かに日常を蝕み始めていた。

     とはいえ。
     呪われた二人の生活は変わらない。
     世界の片隅の旧い邸宅、広い食堂、今夜みたいな寒い日にピッタリのシチュー。合わせる手と組まれる手。「おいしいのう!」「ええ」と上機嫌な声。
     いつもと変わらない、冬のある日。
     に、なるはずだった。

    「それでなあ―― ……」
     ニコニコと今日の出来事を話していた侠太郎の顔から、唐突に表情が消えた。
    「……?」
     急に会話が途切れたので、伊緒兵衛が顔を上げる。侠太郎は口を引き結び、探るように目線を彼方へ向けて――カトラリーを置いた、瞬間だ。
    「なんや外におる、 ……!」
     入って来た。それを理解した瞬間、侠太郎は立ち上がると同時に放電する。バシ、と音が鳴った瞬間、電気系統がショートして家の中は暗闇に。
     その刹那も経たず、侠太郎は伊緒兵衛を掴み担ぎ上げ闇の中を疾駆する――何がなんやら、伊緒兵衛には分からない。暗闇で急に担がれたから視点も定まらない。
    「っおい、!」
    「侵入者や。四人。『人魚の肉』『永遠の命』やら言うとった。狙いはおまえや」
    「なッ」
    「アレちゃうか、UGNの言うとった……FHファルスハーツとかいう」
     言葉終わりに、階段下の物置前に到着。かつての使用人部屋に伊緒兵衛を押し込む。乱雑な扱いに彼がよろめく。
    「侠太郎さん!」
    「ワレはここでじっとしとれ、俺が『お客様』を鏖殺おもてなししてきたるよってのう!」
     停電の闇の中、星を宿した赤い瞳が爛々と輝いた。狩人の目。かつて交わした「おまえの嫌なものをブチ殺してやる」という約束に従って、侠太郎は笑う――そのまま扉を閉めようとするので、「待て!」と伊緒兵衛は彼を呼び止め――……
     ざざざ。それは波の音のような。どこからともなく集まる砂が、侠太郎を覆う鎧となる。西洋の趣のある、痛みを受け止める為の拵えだ。
    「! ……おおきにの、ほなええこにしとれよ?」
     わしっ、と無遠慮に伊緒兵衛の頭を撫でて、侠太郎は返事も待たずにドアを閉めた。

     ――耳を澄ませる。

     暗闇は、侠太郎にとって懐かしき故郷。見えなくとも音で『見える』。音が風が、壁すら無意味にして輪郭の世界を作り出すのだ。
     獲物の足音も。身動ぎも。息遣いも。心音も。骨や肉の擦れも。全て全て、見えている――かつてはこの世界が、青年の全てだった。

     FHの四人は、手分けをして標的を探し始めた。情報によればここに特殊な古代種が住んでいるという。その古代種は『人魚』で――その血肉には、永遠の命を授ける力があるらしい。
     一番最初に見つけた奴は『味見』をしていい、ということになっていた。老いや死から解放されるとは、なんて素晴らしいんだ! 誰も彼も、野心に目をギラつかせて暗い邸宅を進んでいた。
     停電が起きた理由を、彼らは理解していない。標的が気付いたのかもしれないが、どうでもよかった。彼らは更なる力を欲していた。
     そんな彼らの一人が、2階の廊下を歩いている。今夜は雲で星も覆われ、暗い暗い夜である。念の為と持ち込んだフラッシュライトが役立った。廊下の彼方を照らす。窓が疎らに開いていた、凍てた風がヒュウヒュウと唸るように吹き込んでいる。寒さに身震いをしてそのまま歩き――開いた窓の前を通りかかった、瞬間だった。
     ゆらり。
     窓の外に赤い光。
     雲で見えないはずのオリオン座。
     振り返ったのと、窓の外から何かが飛び込んできたのは同時。
    「なっッ――」
     声は、顔を掴む手に口ごと塞がれ、そして。

     ――落雷が如き爆音。

    「今の音は……⁉」
     流石に、他の三人も気付いた。銘々が音の方へと走り出し――その中の一人が照らすフラッシュライトに人影が。金髪碧眼の男。標的だ!
    「いたぞ」
     ブラム=ストーカーである闖入者は、手の中に血のナイフを作り出した。迫り振り上げて――稲光。迸る電光が、その者の右手の肘から先を焼き潰している。
     悲鳴、の敵を風に乗った飛び蹴りで吹っ飛ばし、電気を纏う拳で「オラァ」「ボケゴルァ」と容赦なく追撃し。血だらけの男の髪を掴んでを引きずって、床に落ちたフラッシュライトに照らされながら、侠太郎がズンズンと伊緒兵衛の前にやって来る。
    「おいコルァ! ワレェなに勝手に飛び出して来とるんじゃ! 待っとれ言うたやろ! 危ないやろがい!」
     返り血で真っ赤な指先を突き付けてくる侠太郎に対し、伊緒兵衛はまるで悪びれない。
    「こっちを狙って来ているのだから、出た方が視線が集まりますよ」
    「おまえなぁああ〜〜〜〜」
     だが抗議はそこで終わった。残った二人がやって来たのだ――伊緒兵衛を暗闇へ突き飛ばす侠太郎は、真っ向から放たれる何発もの弾丸をその身に受け止める。砂の護りで勢いは削がれるが、体に鮮血の華が咲く。しかし侠太郎は怯みも後退りもしない、額に弾丸が掠めても瞬き一つしなかった。
    「たっすい攻撃やのうううう」
     唸り、笑うような風が吹く。室内だというのに、ぞっとするような風がカーテンを揺らし、闖入者の照明を吹き飛ばす――何も見えない恐ろしい闇の中――吹き荒れる風の中には、黒い、塵のような砂が混じり、擦れて電気を放っていた。砂が擦れる波のような音も相まって、大海原での嵐のような音が、轟く。
    「攻撃っちゅうのはぁあ〜〜〜こうするんじゃあああああああッ」
     両掌を向ける。「殺せ」と風が謳う通りに放つのは、高出力の大放電。荒れ狂う雷神が如く、慈悲無き雷霆で相対者共を打ち据える。
     余りにも激しい音、光に、闇の中にいた伊緒兵衛は思わず腕で顔を覆った。そして――静かになったので、足元にコロコロ転がってきた懐中電灯を拾い上げて辺りを照らす。稲妻の衝撃に部屋の窓が全て砕けていた。しかも焦げ臭い。侠太郎に支援の雷を分け与えた伊緒兵衛だったが、過剰火力だったかなと今更思った。
    「侠太郎さん?」
     彼を探す。赤い光が見えたのですぐ分かった。
    「ハハハハハ――!」
     照らし出されるのは……雷に穿たれ気を失っている連中へ、今まさにトドメを刺そうとしている侠太郎の後ろ姿。一人の顔面を掴んで持ち上げ、殺戮衝動に身を委ねて、昂揚しきっている。
    「ほなおまえから殺したろかのうう! 今からオドレの顔を電気でバンッしてなああ! 砕けたザクロみたいにしるからなああ! 脳ミソと血ぃの花火やでえ! ははは! ガハハハハ」
     伊緒兵衛の独自研究、そしてUGNの調査によると、侠太郎はオーヴァードの中でも特に深刻な衝動を持っている。変異暴走と名付けられたそれは――レネゲイドが暴走し始めたら、もう頭の中が「殺す」だけになるのだ。血を浴びなければ気が済まなくなるのだ。……まあ、伊緒兵衛からすれば侠太郎のこれは今に始まった話ではなくて。
     ――パチン。
     指を鳴らす。その音に反応して、ふっと侠太郎の動きが止まった。
    「ここから先は僕達の仕事ではありませんよ」
     死体を作られても後処理が面倒だ。落ち着かせる為に静かな声で呼びかければ、ギラリと侠太郎が振り返る。炯々とした血走る双眸、凶星が如き真っ赤な光、獣のように剥き出しの歯列、鬼の形相。
     常人であれば恐れたじろぐであろうその様相に――ギラギラとした殺戮者の赤い瞳に――伊緒兵衛は落ち着くような心地を覚えていた。
     ……寸の間の沈黙。
    「――……、……、……」
     青年が目を閉じる――そうすれば、赤い星の光がフッと消える。深呼吸で、彼は己のレネゲイドをどうにか鎮静化させた。
    「……おまえがそない言うならそうするわ」
     俺はおまえが嫌なものを殺してやると約束した、が、そのおまえが殺すなと言うのならそれに従う。それが侠太郎の『義』だ。掴んでいたFHエージェントを床に放る。
     やれやれ。伊緒兵衛は小さく息を吐いて、割れた窓を見やった。まずはUGNに連絡と……掃除は侠太郎に任せよう。修理はモルフェウスである伊緒兵衛の領分だ。片手を窓へかざせば、床一面に散らばっていたガラス片がカタカタ音を立てて浮かび――逆再生のように窓枠へと修復されていく。
    「侠太郎さん」
    「なんや」
    「治療を」
     アドレナリンが切れて自分の傷にようやっと気付きはじめた青年を手招く。「うん」と、侠太郎は素直に伊緒兵衛へと歩み寄った。
    「またなんかあったら、俺がどいつもこいつもぶち殺したるよ。おまえを護ったる」
     呪われた血で銃創を塞がれながら、伊緒兵衛を真っ直ぐ見つめる侠太郎は目を細くして獰猛に笑った。まだ少し、戦いの興奮が抜けていないようだった。
    「また襲撃があればいいのに、みたいな顔をされても……」
    「ふふふ」
     笑って。そして、治療に「おおきに」と礼を言った。


    『了』
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    Xpekeponpon

    DOODLE十三 暗殺お仕事
    初夏に呪われている ●

     初夏。
     日傘を差して、公園の片隅のベンチに座っている。真昼間の公園の賑やかさを遠巻きに眺めている。
     天使の外套を纏った今の十三は、他者からは子供を見守る母親の一人に見えているだろう。だが差している日傘は本物だ。日焼けしてしまうだろう、と天使が持たせてくれたのだ。ユニセックスなデザインは、変装をしていない姿でも別におかしくはなかった。だから、この日傘を今日はずっと差している。初夏とはいえ日射しは夏の気配を孕みはじめていた。

     子供達の幸せそうな笑顔。なんの気兼ねもなく笑ってはしゃいて大声を上げて走り回っている。きっと、殴られたことも蹴られたこともないんだろう。人格を否定されたことも、何日もマトモな餌を与えられなかったことも、目の前できょうだいが残虐に殺処分されたことも、変な薬を使われて体中が痛くなったことも、自分が吐いたゲロを枕に眠ったことも、……人を殺したことも。何もかも、ないんだろう。あんなに親に愛されて。祝福されて、望まれて、両親の愛のあるセックスの結果から生まれてきて。そして当たり前のように、普通の幸せの中で、普通に幸せに生きていくんだろう。世界の全ては自分の味方だと思いながら、自分を当然のように愛していきながら。
    2220

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