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    1班議事録

    #さざれゆき又鬼奇譚

    完全犯罪 ●

     はぁ。はぁ。

     荒い吐息。震える身体。暗い山の中。その者は必死に土を掘る。その傍らには頭から血を流した死体が、夜空に目玉を見開いていた。

     ――そんな、昼下がりの刑事ドラマのワンシーンを、ソファの伊緒はドーナツを齧りながら眺めている。
     そのすぐ傍のちゃぶ台では、奉一がUGN関連の書類の確認をしていた――偶に眉間を揉みながら。隻眼は書類を向いているが、耳はたまに刑事ドラマの音声を拾っていた
    「山に死体を埋めるのって定番ネタじゃん?」
     おもむろに、テレビを見たまま伊緒が言う。ちょうど死体に土がかけられていく――じゃっくじゃっくとシャベルの音。奉一は無言だが意識をちょっと伊緒に向けて、言葉の続きを促した。彼はドーナツを飲み込み、こう言う。
    「でもさあ、山って木の根っこだらけだから、掘るの凄い大変なんだよねえ。浅いと野犬に掘り起こされちゃうし……」
    「……まるで、やったことがあるみてえに言うンだな」
     ここで奉一は視線を伊緒へ。
    「うん」
     即答。薄いテレビの中では、犯人が死体を埋め終えていた。画面は暗く、犯人の顔は視聴者には分からない。
    「……」
     沈黙。奉一の隻眼がじっと伊緒を見ている――その視線と、そして沈黙と己の発言とにワンテンポ遅れで気付いた彼は、「あ!」と慌てて奉一を見た。
    「僕が殺人したワケじゃなくて! 山を歩いてたら、ご遺体を埋めて弔いたいから手伝ってって言われて手伝ったことがあるの! 犯罪どころかボランティアしたんだからね 善行!」
    「……そうか」
     必死な弁明に一言だけ返して、奉一は書類に目を戻した。「嘘だと思うなら『読んで』いいよ」と伊緒が言うので、「別に、必要ない」と変わらぬ物言いで返した。

     それからしばらく、特に会話なく、時間が流れて――

     刑事ドラマはクライマックスを迎えようとしていた。その前にCMが流れる。通販の、本当に効くのかどうか分からない健康茶の効能を、見るでもなく見ながら――伊緒は、ポツリと呟いた。
    「……人を殺したことは、あるよ」
     焦点の外で奉一の眼差しを感じる。言葉を続ける。
    「ずっと昔にさ……山道で襲われたんだ。野盗か落ち武者か……ワーディングが効かなくて……今にして思えばジャーム化してた、と思う。別に、ジャームなら人間は殺していいって意味じゃないんだけど、」
     思い返す。正気のない目。獣じみた唸り声。振り回される凶器。――傷と出血を全身に抱えて、藪の中を走って逃げたっけ。
    「必死に……逃げてる内に……追いつかれて、取っ組み合いになって……風を……いつも使うだろ? 吹かせたら――」
     死にたくなくて、遮二無二、両手でめいっぱい突き飛ばしながら、異能の突風を吹かせたのだ。すると相手は――バランスを崩し、たたらを踏んで――
    「そいつ崖から落ちちゃってね。……覗き込んだら、死んでた」
     はぁ。はぁ。荒い吐息。震える身体。暗い山の中。覗き込んだ遥か眼下、血だらけの、手足がありえない方を向いた、目玉の飛び出した死体。その眼球と――目が合って――
    「それで、ちゃんと弔ったのか?」
     奉一の声が、静かに響いた。
    「……」
     長い――……沈黙。
     ……懺悔のように項垂れ俯いた伊緒は、正直に、弱々しく、告白する。
    「怖くて……逃げた……」
    「そうか」
    「……」
     寸の間、CMが終わった。伊緒はパッと顔を上げる。
    「あ。犯人解明パートだよ。誰が犯人なんだろうねえ」
     その明るい声が、無理をして出した声音なことぐらい、煙に巻こうとしていることぐらい、奉一の隻眼にはお見通しであった。だから流されてはやらなかった。
    「どうして、今さら己に言ったか分からないが、……それは、お前がケリをつけるべきことだ」
     毅然と。静かに。良いとも、悪いとも、言わない。一人の人を殺した。人生を終えさせた。その事実と責任は伊緒自身が抱えるべきモノであり、奉一のモノではないがゆえに――共犯者にも、弁護士にも、裁判官にも、なってやるつもりはなかった。
    「どうして、……なんでだろ……やっぱり後ろめたかったのかな……」
     独り言のように伊緒が呟く。刑事が、犯人を追い詰めていく。ビルの屋上への非常階段を登る。よく晴れた東京の青空。
    「ケリかあ……たぶん室町時代ぐらいの話だからなぁ……場所も覚えてないし、遺体は残ってないだろうし……う〜ん……今度、お地蔵様にでも手を合わせておくよ」
     ねえ知ってる、奉一? 地蔵菩薩って、地獄に落ちた人を救済してくれる菩薩でね――お地蔵様と閻魔大王を一緒に祀ってるお寺もあって――お地蔵様と閻魔大王を同一視する考えも――……そんな伊緒の話の裏側で。
    「犯人は、あなたです」
     テレビの中、カメラワーク、刑事が伊緒を指さしていた。


    『了』
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    DOODLE十三 暗殺お仕事
    初夏に呪われている ●

     初夏。
     日傘を差して、公園の片隅のベンチに座っている。真昼間の公園の賑やかさを遠巻きに眺めている。
     天使の外套を纏った今の十三は、他者からは子供を見守る母親の一人に見えているだろう。だが差している日傘は本物だ。日焼けしてしまうだろう、と天使が持たせてくれたのだ。ユニセックスなデザインは、変装をしていない姿でも別におかしくはなかった。だから、この日傘を今日はずっと差している。初夏とはいえ日射しは夏の気配を孕みはじめていた。

     子供達の幸せそうな笑顔。なんの気兼ねもなく笑ってはしゃいて大声を上げて走り回っている。きっと、殴られたことも蹴られたこともないんだろう。人格を否定されたことも、何日もマトモな餌を与えられなかったことも、目の前できょうだいが残虐に殺処分されたことも、変な薬を使われて体中が痛くなったことも、自分が吐いたゲロを枕に眠ったことも、……人を殺したことも。何もかも、ないんだろう。あんなに親に愛されて。祝福されて、望まれて、両親の愛のあるセックスの結果から生まれてきて。そして当たり前のように、普通の幸せの中で、普通に幸せに生きていくんだろう。世界の全ては自分の味方だと思いながら、自分を当然のように愛していきながら。
    2220

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