居待月舞台裏奇譚 ●
奉一の得物は村田銃。
お父様から受け継いだ誇りで、お父様が彼を護った愛のしるしで、気高き又鬼の矜持そのもので、人生を共に過ごした魂の片割れで、数多の怪物を撃った戦友で、ゆえにこそ『武器』とか『仕事道具』なんて言葉で簡単に片付けていいものではなくて。ましてや、人殺しの兵器などではなくて。
「『ジャーム』はこちらで対応しましょうか」
UGNの偉い人が僕に言う。
ジャーム、『なんて言葉で簡単に片付けられている』けれど、それは人間で。
僕は悩んだ。
UGNに全て任せれば、奉一は人間を撃たずに済む。だけど第三者が関与すればするほど、僕らの血の秘密が露呈する危険性があり、第二第三の『清井奏事件』や『ゼミ事件』が発生しかねない。また、僕ら以外のオーヴァードが対応したことでプライドの高そうなヘッドノッカーが癇癪を起こして、無差別殺傷にやり口をシフトする危険性もある。奴の狙いは僕らなのだから、無関係な人間が危険な目に遭うのは嫌だった。
だから……考えるほど、僕ら二人でケリを付けるのが好手で。だけどそれは、奉一の嫌なことを強いる結果になることは分かっていて。
ごめん、奉一。僕は心の中で彼に詫びながら、相対したスーツの男に「我々だけで片付けます」と答えた。
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UGNと関わるようになって、たくさんの異能を知って、武器を作り出す術が幾つかあることを知った。そして、僕の能力ならそれを模倣できることも。
だから、ちょっと前からコッソリと、僕は武器作成の異能の特訓をしていた。
奉一の村田銃は、現代において携帯には難がある。例えば休暇でのんびり外を出歩く時とか、ご飯を食べに行く時とか、彼は丸腰だ。しかしジャームはそんな状況でもお構いなしに襲撃してくる危険性がある。――そういう時に、戦えるように。
そして。彼の『誇り』を、闘争や殺傷という業で汚させない為に。
……しかし言うは易く行うは難し。
モルフェウスのハンドレッドガンズ。どう頑張っても拳銃サイズしか作れない。スナイパーウェポンという術があればかなり狙撃銃に寄せられるけれど、二重模倣は物凄く難しくて、全然、上手くいかなかった。
バロールの斥力の矢。これは比較的簡単に模倣できた。でもこれ……銃じゃない。ふよふよ浮かんだ『魔眼』の前で、僕は眉間を揉んだ。似たように「これ、銃じゃない」でハヌマーンのソニックブリッツ、サラマンダーのフレイムリングも没になった。
エンジェルハィロゥの光の銃……影と光は相性が悪い! 少なくとも僕は『天使』とは分かり合えないようだ。上手くいかないので、没。
エグザイルの骨の銃。……渡せない! 体内で生成して自分の骨を撃つんだもんこれ!
で、割りとすぐにブラム=ストーカーの赫き猟銃に行き着いた。長いこと奉一と一緒にいるから、ブラム=ストーカーの因子なら幾つか持っているし、その異能もいっぱい見てきたし……上手くいくだろう、と思っていた。
結果は散々だった。
形自体はすぐ作れたけど。
とにかく不安定だった。しかも射程も短いし、火力も出ない。一発撃ったら崩れる、ならまだマシな方で、水鉄砲みたいに血がどろっと出るだけとか、何も出ないとか、集中しても5秒で溶けるとか、制御に失敗して血をどっと消費してしまうとか、とにかく、戦いに使えるレベルではなかった。
そして厄介なことに、この銃は血を使うから――僕はブラム=ストーカーでもないのに――負担が大きくてそんなにたくさん練習ができないのだ。
それでも、銃の構造とか挙動とかを見て、勉強して、どうにか練習を繰り返した。
血を使ったらにおいでバレちゃうから、訓練した日は念入りにシャワーを浴びてから帰った。
……奉一にこのことは、なんだか言えなかった。
期待させるだけさせて「やっぱり出来なかった」なんてカッコ悪いこと言いたくなかったし、僕みたいなのが「君のために頑張ってまーす」なんてアピールするのはシンプルにキモッて思ったし、誰かの為にせっせと努力してるなんてなんだか恥ずかしかったし。
だから、ちゃんと完成してから、こういうのどう? って提案しようと思ってた。要らないって言われたら言われたで、戦えない僕の護身銃にはなるしね。
……まあ。まだ完成してないから机上の空論なんですけど。
しかし……嗚呼。
もっと早く努力しておけばよかった。700年もあったんだからさぁ。
――会合が終わり、彼が居るだろう資料室へ向かいつつ、努力の日々の回想も終える。
彼の隻眼は疲れてるだろうから、疲れ目用の目薬と使い捨てのホットアイマスクも買った。ちなみに彼がくれたチョコレート菓子はとても美味しかった。
そして資料室へ。静かだ。利用者は他にいないらしい。見回せば、椅子にもたれて眉根を寄せている奉一だけが見えた。よそであんなぐたりとした動作をするなんて珍しい。よほど大変だったらしい。
そんな彼に、僕は声をかける。
「ほういちー どう?」
『了』