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    十三
    アルカナのタロット13が死なので、最初はEXレネゲイド化したタロットカードで戦うのありかも〜みたいなのを考えてました

    #暗殺者は天使と踊る

    No.13 ●

     豪奢なトイレの手洗い場で手を洗っている、気取ったスーツの男。鼻歌。水の音。
     ふと、足音がしたので男は顔を上げた。初老の清掃員が、作業をせんとしていた。別になんてことはない、トイレでよく見かけるありふれた光景だ。だから男はすぐ意識から清掃員を外した。清掃員が、黒いプッシュダガーを袖の中から出したことに気付かないまま。

     ――鏡に映るのは凶器が喉と心臓に刺さる男。喉をやられて悲鳴はない。見開かれる自分の目と見つめ合う男。抜ける刃物。飛び散る赤。崩れる身体。見下ろす清掃員。清掃用カートの中に投げ込まれ隠される死体。そして、鏡へ振り返る清掃員の姿は、『気取ったスーツの男』に変身する。

     ●

     華やかな立食パーティー。着飾った男女。アンダーグラウンド。
    『気取ったスーツの男』が戻ってくる。そうすれば待っていたと言わんばかりに周囲の人間が寄ってくる。会話。それはFHに関する情報。酒を飲み交わしながら、スーツの男は相手をうまく乗せて喋らせる。
     そうして会話が一段落した頃、スーツの男はひときわの人集りを一瞥した。この場で最も力のある男が、取り巻きを侍らせて談笑している。そして贅を尽くした料理を口にせんと、銀のフォークを手に取って――

     その時だった。

    「…… あ?」
     男の手から一人でに滑り落ちたフォークが、その喉に深々と突き刺さっている。
    「なっ、ん 」
     強引に――まるで見えざる手が力尽くでそうしているかのように――肉を掻き裂く、銀。パーティーの投げテープのように迸る、赤。ぐりんと目が上を向き、血泡を吹く男がくずおれる。

     阿鼻叫喚。

     意志の弱い女がひたすら金切り声で喚き散らし、それが更なるパニックを生み、我先に、人々が会場から脱出せんと走り出す。
     気取ったスーツの男もその中に居た。彼の両袖の中からプッシュダガーがするりと落ちて、狂乱する人混みに紛れていく。
    「あ゙ッ」
    「いぎっ」
    「ごえっ、」
     逃げ惑う人の流れの中、一人、二人、三人、喉から血を噴いて倒れる。ますますの混乱。怒号。悲鳴。
     助けを求めようにも携帯は繋がらず、監視カメラも機能せず、電子ロックは出鱈目に、遂には停電すら起きて。
     暗闇。一人また一人死んでいく。
     恐怖がそこを支配して、人々の正気を磨り潰す。見えざる死神が、殺戮の宴を繰り広げている。

     ●

     ガラガラガラガラ。
     カートを転がす若い男の清掃員が、地下駐車場を歩いている。
     コンクリートの柱を通り過ぎれば――その姿が、小柄なスーツの中年女へと『変身』した。彼、彼女? は、組織が用意した車に乗る。発進。夜の都会の暗い道路。
    『――No.13、任務達成しました。これより帰還します』
     口が動かないまま、彼女はそう言った。合成丸出しの男の声で。
     街灯の切れ目で車内が暗闇に閉ざされた瞬間、その者は『天使の外套』――ウロボロスシンドロームによって模倣した、光の異能――を脱ぎ捨てる解除する。昏い目をした、血色の悪い無表情の男が、いつの間にかハンドルを握っていた。
    『“声”の出来栄えはどうだった、13番?』
     後方支援班の一人が、通信機の向こうで得意気に笑う。殺し屋の為の『変装時用ボイス』をAIなどで予め合成して作ったのは彼だった。
     纏う光の屈折で殺し屋は見た目を偽ることはできるが、声まではどうにもならない。そこで、殺し屋のオルクスシンドロームによる機械操作能力『機械の声』も併せ用いて、変装予定対象の声を科学で再現しているのである。
    『問題なく運用できました』
     その機械を操る異能を用いて、スマホの読み上げアプリの声で13番は答える。これが彼の普段の声である。そして――現代社会において、この機械操作の異能はあまりにも万能無比であった。携帯端末、コンピュータ、電子ロックや監視カメラ等を軒並み自由に支配して無力化できるのだから。
     この機械操作と、光の屈折による変装とを用いるやり方が、この殺し屋の専らの手段であった。
    『それより。情報は拾えたのか?』
     別の者が問いかけてくる。13番は『はい』と応え、気取ったスーツの男の時に集めたFHに関する情報の概観を仲間達に伝えた。
    『詳細は帰還し次第、天使へ報告致します』
    『分かった。ご苦労さん、大将。しばらくドライブを楽しんでくれ。オーバー』
     ぶつり。通信が切れたので、13番は片手を懐へ。取り出したのは煙草、……ではない。よく似たラムネ箱だ。片手と歯で封を切ると、一本の棒ラムネを咥えて引っ張り出した。ぽりぽり。甘いソーダ味。砂糖の魔法が口に広がる。甘いのは好きだ。ウロボロスの異能でノイマン因子を有しているゆえ脳を使うからなのか、そんなものは関係なしに個人的嗜好として甘いものが好きなのか、理由は分かっていない。

     ●

    「ターゲット全員の抹殺に、期待以上の情報収集――交戦も発生せず、正体も露見せず、か。流石だね。十三じゅうぞう、君は本当に優秀だ」
     子飼いの殺し屋より報告を受けて、ソファに座している天使は隣の彼を抱き寄せる。あれだけ殺しておいて十三は一滴も返り血を浴びておらず、一滴も汗をかいてはいなかった。
    『恐縮です』
     抱き寄せられて傾いた上体の、少し猫毛気味の黒髪を、天使の手が遠慮なしに撫でている。殺し屋は無表情のまま、されるがまま、受け入れていた。
     天使は大人しい殺し屋を静かな笑みで見守り――
    「ただ、たった一つ残念な点を挙げるなら――」
     その言葉の瞬間、十三の身体が露骨に緊張を走らせる。一見して分かりづらいが、天使にはお見通しだった。
    「――君の美しい手腕を、傍で見られなかったことかな」
     そう言って、抱き寄せる手に力を込めて、膝枕のように膝上に横たわらせる。されるがままの殺し屋は、ほっと安堵に弛緩した。
    『恐縮です』
     スーツのポケットから電子の声。褐色の手指が頭を優しく撫でる心地に、十三はゆっくりと瞬きをする。
    「今回もよくやってくれたね、ありがとう」
    『恐縮です』
    「君が集めてくれた情報のお陰で、またたくさん殺せる――次もよろしく頼むよ、素敵な死を見せて」
    『命令を受諾しました』
     無機質な音声と、同時に。
    「 …… ふ、 っフ、 ……」
     天使の膝に横たわったまま、ほんの小さく、微かに、殺し屋は笑っていた。FHの実験体として、様々な『実験』と『調教』のせいで声も表情も削がれて、それでも、尚残っていたモノ。殺戮の血の甘美を、死がもたらす地獄絵図を想い、ぞくぞくして、指がぴくりとだけ動いた。
     ――こんなに感情表現をするのは天使の前でだけで。
    「君は本当に可愛いなあ」
     くつくつと優しく笑う天使は、殺し屋の青白い頬を愛しげに撫でるのであった。


    『了』
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    DOODLE十三 暗殺お仕事
    初夏に呪われている ●

     初夏。
     日傘を差して、公園の片隅のベンチに座っている。真昼間の公園の賑やかさを遠巻きに眺めている。
     天使の外套を纏った今の十三は、他者からは子供を見守る母親の一人に見えているだろう。だが差している日傘は本物だ。日焼けしてしまうだろう、と天使が持たせてくれたのだ。ユニセックスなデザインは、変装をしていない姿でも別におかしくはなかった。だから、この日傘を今日はずっと差している。初夏とはいえ日射しは夏の気配を孕みはじめていた。

     子供達の幸せそうな笑顔。なんの気兼ねもなく笑ってはしゃいて大声を上げて走り回っている。きっと、殴られたことも蹴られたこともないんだろう。人格を否定されたことも、何日もマトモな餌を与えられなかったことも、目の前できょうだいが残虐に殺処分されたことも、変な薬を使われて体中が痛くなったことも、自分が吐いたゲロを枕に眠ったことも、……人を殺したことも。何もかも、ないんだろう。あんなに親に愛されて。祝福されて、望まれて、両親の愛のあるセックスの結果から生まれてきて。そして当たり前のように、普通の幸せの中で、普通に幸せに生きていくんだろう。世界の全ては自分の味方だと思いながら、自分を当然のように愛していきながら。
    2220

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