愛猫 ●
夢の中で、己は無力で小さく見窄らしい鼠で。
震えながら見上げているのは、ふわふわで艶々の黒猫一匹。見透かすような美しい瞳。
その前足が鼠の身体を上から押さえつけている。圧力に手足をバタつかせてもがくも、黒猫の前足からは逃れられない。それどころかもがくほど、出された黒猫の爪に身体が引っかかって、痛みを生んだ。
と、やおら黒猫が前足を退ける。鼠は慌てて逃げんとする。その体が、黒猫の前足で簡単に転がされる。それでも逃げる。逃げられない。何度も何度も、ちょいと小突かれ転がされる。終いには尻尾を踏み付けられて縫い留められて、虚しく床を掻くだけになった。
にゃあーん。黒猫は甘えるような楽しげな声で鳴く。そして鼠は理解する。これは捕食の為の狩りなどではなく、猫が鼠を玩具にしているだけなのだと。
黒猫が顔を寄せてくる。ごろごろ喉を鳴らしながら。目の前の生命をこれっぽっちも顧みないまま。開かれた口に真っ白な牙。鋭い白。それが鼠の小さな体を突き破る。猫は機嫌良く喉を鳴らしながら、咥えた玩具をお気に入りの場所へと運んでいく。牙に貫かれたまま、猫の口からぐったりと垂れ下がった鼠は、これから食べられることもなく、死ぬまで、ふかふかの猫の巣で、弄ばれるんだろう。
意識が浮上した。
夢の中で鼠だった男は、白い天使に抱き締められて、天蓋に閉ざされたベッドの中に居た。
少し身動ぎすれば、どこまでも静かな天使の寝顔が見える。艶々とした黒髪に、夢の中の猫を思い出していた。そういえば現実でも、この『猫』に散々噛まれて引っ掻かれて弄ばれたっけ。
なんとはなしに、『鼠』は手代わりの触手を伸ばして『猫』の喉下を撫でてやった。満足気な含み笑いは、まるで猫がごろごろ喉を鳴らすようだった。
『了』