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    幼少期十三

    #暗殺者は天使と踊る

    彼我彼岸 ●

    「何やってるんだお前ッ!」

     がつ、と火花が散るような衝撃。
     なんとか倒れずに踏み留まったが、じんと痛む鼻から、歯とぶつかった唇から、血が、じわじわ、つぅっと、流れ始める。
     そんな出血とは比にならないほど血だらけの死体が、少年十三の足元には転がっていた。喉を心臓をナイフで刺され裂かれ、見開かれた目が空を永遠に凝視している。
    「……、」
     滲む血をそのままに、十三は目の前の少年を上目に見上げた。歳上の、背が高い、このUGNチルドレンチームのリーダーだ。
    「ッ……俺達の任務はあくまでも情報収集だったハズだ。交戦は避けるようにと」
    『すみません』
     スマホの読み上げ音声が無機質に響く。幼い見た目には不釣り合いな、デフォルトのままの成人男性声。

     このFHエージェントは油断していました。奇襲が成功すれば一撃で仕留められます。我々の進路近くに居たので万が一接触した際に弊害とならないよう排除した方が有利と判断しました。

    (――って言っても聞かなさそうだな)
     チームリーダーの叱責を聞き流しつつ、十三は頭の中でそう結論付ける。合間合間に『すみません』『申し訳ございませんでした』『ご尤もです』と相槌を打つ。俯いているのはしおらしく反省しているように見せかけて、目を見るのが面倒臭いだけだ。
    「なんで……なんで殺したんだよ」
     チームリーダーが声を震わせる。
    「殺すまでやらなくてよかっただろ、確かにこの人はFHエージェントで、組織としては敵対してるけどさ、だけど、だけど同じ人間を、こんな……簡単に……」
     十三は教え込まれた合理を用いることもできたが、口を噤んだ。感情論に理屈で反論したら、また拳が飛んできそうだったからだ。天使から賜った服が汚れぬよう鼻血と唇の血を手で押さえたまま、幾度目かの電子音を返す。
    『ごめんなさい』
    「ごめんなさいごめんなさいって、謝って済む問題じゃないだろ!」
    (じゃあなんて言えばいいんだよ……)
     倦んだ気持ちを噛み殺す。チームメイトの女子の啜り泣きが沈黙を埋める。彼女の肩を抱いて慰めているもう一人の女子が、批難の目を十三に向けている。目。目。目。敵対的な嫌悪の目。
    (ああ、コイツらは……そうか、殺人をしたことがないのか。死体を見ることってないのか)
     味方が居ない状況で、十三は天啓的に気付く。
    (オーヴァードって、みんな普通に殺人ぐらいしたことあるのかと思ってた、……違うのか。コイツらは、誰かを殺さなくても殴られたりしないのか。それが……普通なのか、世間的には……)
     彼我の距離が嫌に遠く感じる。かつ、透明で見えない壁が分厚くそびえているような気がした。
    (コイツらにとって……命って、自分以外のモノでもすごく特別なものなんだ……だから殺人をこんなに禁忌扱いするのか……殺人はいけないことなのか……悪いことなのか……普通は、そうなのか……)

     じゃあ――殺人の為に造られた自分は、なんなんだ?

    (在ってはならないもの、なのだろう、普通は……)
     これ以上の暴力が飛んでこないことを祈りつつ。
     始まった彼らの『普通の一般論』を――悪人だって更生のチャンスがある、敵だからって殺してたらそれこそジャームと同じだ、平和と秩序の為には許して分かり合うことが第一歩で――を、十三は脳内で円周率を暇潰しに数えつつ、時々「さっさと終われよ面倒臭え」「帰りてぇ、もう任務は終わったっつーのに」「謝ったんだからもういいだろ」など心の中で愚痴を言いつつ、やりすごしていた。

     ●

     支部が異なるチルドレン同士で簡単な任務をさせて、支部同士やチルドレン同士の交流を図り、成長を促す。
     ……というプログラムの一環だった。
     その報告をすべく、支部長室に向かう――前に、十三は手洗い場へ向かった。鏡に映るのは自分。暗い顔の少年。その顔を見る。痣はできていない。よかった。一応は加減された殴打だったらしい。唇の傷は唇の裏側だから、口に指でも突っ込まれない限りは露見しまい。それに任務とは関係のないことでついた傷だ。わざわざ報告をしていたずらに心労をかけるまでもないだろうし、変に告げ口めいた報告をして、支部間にわだかまりが生じては大きな損失だ。
    (服も……汚れてない)
     身なりを再確認して、そして、天使のもとへ。

     ――ノックをして、扉を開ける。
    『No13、只今帰還しました』
    「おかえり、僕の殺し屋。……まあ、今日は『殺し屋』としての仕事はなかったろうけれど」
    『お戯れを』
     普通の想定からすると『異例』の死体処理が発生したのだ、支部長の耳にも届いていることだろう。確信犯的な含み笑いに少しだけ首を傾け、そして、電子の声は淡々と報告を行った。『任務外』のことは口にしなかった。
    「そう。怪我は?」
    『ありません』
    「質問の精度を上げようか。君がこの支部を出発して帰ってくるまでに、負傷はした?」
    『…… はい』
     なぜ分かるのか。血の匂い? 雰囲気? それとも、さては殴ったアイツの支部から話が回っているのか? 十三は無表情のまま、内心で顔をしかめる。
    『チーム間で方向性の齟齬から衝突が。それで少し揉めただけです』
    「殴られたの?」
     支部の面子やらを慮り、大事にせぬよう敢えてボカしたのに、天使がデフォルトの笑顔のまま追求を行う。十三の唇が微かに動く。「ご心配なく」、という言葉で流されてくれなさそうだ。少年は諸々を諦めた。
    『左頬を殴打されました。鼻血が少し出たのと、唇の裏側が歯と接触して切れました。今は血は止まっています』
    「そう。どうして殴られたの?」
    『殺しはいけないことだと』
    「――そう」
     一間。
     十三は無表情のまま突っ立っているが、内心は酷く緊張していた。もし、天使にまで「殺しは良くない、普通はそんなことしない」と叱られたら――殴られたら――もう、倫理的異物の自分は、どうしたらいいのか、分からなくなる。
     かくして、亜ノイマンたる思考速度がなまじ早いだけに、少年にとって無間じみた数秒が流れて。
    「疲れた?」
     天使の声は優しい。少年はゆっくりと俯く。
    「…… ん」
     微かな肉声は未だ声変わりしていない。――疲れた。本当に今日は疲れた。もう何もしたくない。何だか、もう全部が嫌だ。世界が嫌だ。全てが煩わしい。
     俯いて立ち尽くして停止してしまった少年を、天使の両腕が抱き上げる。されるがままの少年が、俯いたまま天使の服を微かに握った。背中に手を回されるまま、普段はやらない行為を――天使の身体にぽすっと身を預ける。肩口に額を埋めて甘えつく。
     世界は敵で。自分という異物の命を倫理から赦してくれなくて。自分を拒絶して、遺伝子レベルで居てはいけないと敵視して。
     でも天使は赦してくれる。受け入れてくれる。唯一の後ろ盾、無二の庇護者。どこにもいけない人造生命の、たった一つの居場所。
     安心に泣きそうになる。泣いてはならないと徹底的に刻まれた身体が生理現象を抑圧する。天使の肩に顔を埋めたまま、本当はまだ少し痛い唇を少し噛んだ。
    「ッ…… ん 、っ、 ぃ、……」
     お願いします、どうか見捨てないでください。
    「いいよ」
     優しい声が耳元で聞こえた。
     少年は酷く安心して、安心して、――天使の腕の中で、そっと目を閉じた。


    『了』
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