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    さざれゆき6班小噺
    クリア者向け

    #さざれゆき又鬼奇譚

    とわのきみへ 時代は移ろう。
     今の時代は令和と呼ばれている。
     かつて超人はほとんどいないものだったが、約20年前に『レネゲイドウイルス拡散事件』が発生して以来、超常現象は日常にまで侵蝕するようになってしまった。
     ――そして、異能から日常を護る為の世界的組織、『UGN(ユニバーサル・ガーディアンズ・ネットワーク)』は設立された。

    (全く、こんな時代が来るとは思ってもみなかったな)

     伊緒はUGNと協力関係を結んだイリーガルオーヴァードとして、この令和の東京を生きていた。
     UGNは規模に見合った情報収集能力を持つ。伊緒は700年の知識をカードに、UGNにうまく取り入り悪くない地位を得ることに成功していた。

     ――で。
     今日はそのUGNの『えらいひと』と少し話をする機会がありまして。
     今度ランチでもいかがでしょう、という流れになったので。

    「それなら、いい店を知っているんですよ」
     パンツスーツにレースシャツ。一日たりとて老いない体。時代に合わせたメイクにヘアセット。微笑みに合わせて、大振りな耳飾りが煌めく。
    「小さな店なんですがね。友人の店で――今は彼の弟子が継いでいるのですが――本当に、美味しい店でして」

     彼が店を開いた時のことを、伊緒は今も鮮明に覚えている。
     緊張しきった顔で料理を運んできた大きな体。無骨な手が、真っ白なテーブルクロスの上に料理をそうっと置いて。
    「そう緊張されたらこっちまで緊張してしまうよ」と笑ったら、「しょうがねえだろ」と返された。
     あの時に食べたのはデミグラスソースのオムライス。
     野菜の甘味と鶏肉の旨味に満ちたチキンライス、とろりとした玉子、そして得も言われぬほどコク深く、様々な味が調和したデミグラスソース。――これまでの、彼の出会った「美味しい」の集大成が……彼の歩みが、生の歓びが、人生が、心が、そこにあった。
     そう、初めて食べた時、なんだか気付いたら涙がぽろぽろ伝っていたっけ。あんなにあったかくて、おいしい食べ物は、初めてだったから。
    「泣くほどマズかったか!?」――青い顔で慌てふためいた彼に、指先で涙を拭いながら「泣くほど美味しいんだよ」と答えたのだ。
    「なんだよもう」――あの嬉しそうな、安心したような、泣きそうな、誇らしげな、幸せそうな笑顔は、今も色褪せず心の中に。

     以来、あの店は伊緒の行きつけであり、伊緒の心の寄る辺であり、無間の中での止まり木になった。
    『店長』が頑なに代金を受け取ろうとしないから、伊緒が如何にさり気なく代金を置いていくか――それに気付いた店長が突き返すか、そんな攻防が、店長の代が変わっても行われている。
     ……あれから長い時が流れて、昭和が終わって平成が終わって。彼は弟子に店を譲って。今は、空の向こうにいる。
     彼はこの世にもういない。だけど、彼の遺した味は、彼の感じた美味への感激は、命への賛歌は、料理として生き続けている。そしてそれは、今を生きる人間に「おいしい!」の感動と喜びとを与え続けている。

     ――次に行った時は何を食べようか。なあ、権之助?


    『了』
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    DOODLE十三 暗殺お仕事
    初夏に呪われている ●

     初夏。
     日傘を差して、公園の片隅のベンチに座っている。真昼間の公園の賑やかさを遠巻きに眺めている。
     天使の外套を纏った今の十三は、他者からは子供を見守る母親の一人に見えているだろう。だが差している日傘は本物だ。日焼けしてしまうだろう、と天使が持たせてくれたのだ。ユニセックスなデザインは、変装をしていない姿でも別におかしくはなかった。だから、この日傘を今日はずっと差している。初夏とはいえ日射しは夏の気配を孕みはじめていた。

     子供達の幸せそうな笑顔。なんの気兼ねもなく笑ってはしゃいて大声を上げて走り回っている。きっと、殴られたことも蹴られたこともないんだろう。人格を否定されたことも、何日もマトモな餌を与えられなかったことも、目の前できょうだいが残虐に殺処分されたことも、変な薬を使われて体中が痛くなったことも、自分が吐いたゲロを枕に眠ったことも、……人を殺したことも。何もかも、ないんだろう。あんなに親に愛されて。祝福されて、望まれて、両親の愛のあるセックスの結果から生まれてきて。そして当たり前のように、普通の幸せの中で、普通に幸せに生きていくんだろう。世界の全ては自分の味方だと思いながら、自分を当然のように愛していきながら。
    2220

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