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    さざれゆきオールキャラ
    1班→7班→2班→3班→6班→4班5班→幻

    #さざれゆき又鬼奇譚

    デイドリームビリーバー

     過去を夢見ることがある。

     かつて、気を許せる友ができた。
     余所者の自分にも優しくて、気のいい奴で、『年齢差』も感じないぐらい話が合って、一緒にいると楽しくて。
     だから――
     魔が差した。

    「実は――」

     己の、人間では有り得ぬ年齢のこと。
     己が、もう人間ではないこと。
     己は、人魚に呪われていること。

    「そうなんだ……」

     友は神妙に頷いて、「話してくれてありがとう」と慰めるように笑ってくれた。
     嗚呼――打ち明けてよかった。独りずっと抱えていた心の闇を、少しだけ解き放つことができて、ほんの少しだけ、肩が軽くなったような気がする。本当のまま、もう少しここに居てもいい気がする。
     ありがとう。そう返して、己もまた、微笑みを返した……心からの感謝を込めて。

     その日の夜だった。

     いつものように、友の家で世話になり、眠っていた時のことだった。友が振る舞ってくれた酒で、深い眠りに落ちていた。

     ――全身に、凄まじい激痛が生じた。

     目を開ければ、友と、その家族と、村人達が、
     ……己の全身に、ありとあらゆる刃物を突き立てていた。

    「人魚の肉を食えば――」
    「俺達も不老不死に――」
    「おっかあの病気も――」
    「死ぬなんていやだ――」
    「何も怖くなくなる――」

     引き抜かれる得物、振り上げられる凶器。人々のギラついた目は、人間を見るそれではない。

     あんなに楽しかったのに。
     友達だと思っていたのに。
     信じていたのに。
     やっと居てもいい場所を見つけられたと、思っていたのに。

     一体、誰のせいなんだ?
     何が悪くて、何の罪で、何の罰で?
     どうしてずっと――こんな目に遭わねばならないのか?
     安らぐことすら赦されないのか?

     ――問いに答える声はない。

     ゆっくりと立ち上がる。
     暗闇。超人の『拒絶領域』に昏倒した有象無象が倒れている。
     一瞥。もうこの村には居られない。歩き出しながら、体に刺さったままの鎌を引き抜いた。包丁を引き抜いた。血が出た。この程度の傷で超人は死なない。傷に手を置き一拍置けば、時が巻き戻るように傷は消える。痛みも消えていく。痛くて苦しかった事実だけが消えない。濡れて、穴だらけの着物だけが残る。
     月が綺麗だった。こんな夜闇でも月だけは照らしてくれるのか。血濡れた手をその円に伸ばして、握り込んで――掴めるはずもない。あの光は綺麗なだけで、己を救ってはくれないのだ。あれは傍観者、結局己は独りだ。俯いて、誰も居ない道を歩いていく。これからも、この先も。

     ●

    「あ゙ッで」
     ごん、とソファから落ちて目が覚めた。
     その音で、冷蔵庫から麦茶を出そうとしていた奉一が振り返る。
    「何やってンだお前」
    「いぢ〜〜……見たら分かるでしょ」
     床に落ちたまま頭を擦って答えると、「まあな」と奉一はフッと笑った。
    「そういえば久々に悪夢見たよ」
     身を起こして、枕にしていたクッションを元に戻して。ちゃぶ台前の座布団に座る奉一が、隻眼を向けてくる。「どんな?」と聞いてこないのは、シンプルに夢になど興味がないのと、嫌なことを掘り返すのもな、という気持ちからだろう。尤も僕の予測だけど。だから僕は続きを勝手に話すことにした。
    「まあ内容は忘れちゃったんだけどね!」
     これは本当。頭打ったからかな? いや、多分……すごく何気なく当たり前に奉一が生活圏にいる景色を見て、「ああ、なんか、よかったなぁ」ってほっとしたから。
    「そうか」
     奉一はすいと目線を外すと、硝子コップに注いだ冷たい麦茶を一口飲んだ。僕も何か飲もうか。甘ったるいカルピスソーダとか……。

     ●

    「あ゙ッで」
     ごん、とソファから落ちて目が覚めた。
     その音で、冷蔵庫から麦茶を出そうとしていた清志郎がビクッと肩を跳ねさせて、冷蔵庫も麦茶もそのままに「大丈夫か」と心配そうに覗き込んでくる。
    「えれえ音したが……」
    「頭打った……」
     床に落ちたまま頭を擦って答えると、「そんな不安定なとこで寝っから……」とぶ厚い手を差し出してくれる。ご厚意に甘えて起き上がる。どっこいしょ。
    「そういえば久々に悪夢見たよ」
     枕にしていたクッションを元に戻して。そうすれば清志郎の心配そうな眼差し再び。だからカラカラ笑ってやる。
    「まあ内容は忘れちゃったんだけどね!」
     これは本当。頭打ったからかな? それから……もう僕の人生にとって『どうでもいいこと』になったからだろう。
    「そうけ。……伊緒も麦茶飲むか?」
    「あー、じゃあ頂く……てか君、冷蔵庫開けっ放しじゃん」
    「あっ」

     ●

    「コタツで寝たら低温火傷になりますよ」
     凛とした声で目を覚ます。
    「あ〜……」
     寝てた。人んちのコタツで。もそもそとコタツから脱出。やれやれ、とあざみさんの溜息。
    「気を付けてくださいね」
    「は〜い……」
    「私、ちょっとお買い物に行ってきます。二度寝するならコタツ以外ですよ」
    「は〜い、行ってらっしゃ〜い……」
     目を擦って、あったかい部屋でぼーっとして。ミカンに手を伸ばしながら、そういえば悪夢を見た気がするが、そんなことなど今はどうでもいいと思えた。あたたかくて落ち着ける場所に美味しいミカン、これ以上何を望む?

     ●

    「……伊緒兵衛、伊緒兵衛」
     肩をつつかれ、ハッと目を覚ます。
    「バス、次で降りるんだろ……」
     車内だから小声で、隣席の銀次が言う。「ああ、うん」と眉間を揉んで姿勢を正した。
    「……バスで寝るなんて珍しいな」
    「ん〜ここんとこ本業が忙しくて……ちょっと寝不足かも……」
    「大変だな」
    「まあね〜……」
     なんて答えつつ。すっかり、誰かの隣で無防備に眠るようになっちゃったなあ、なんて思いつつ。……もう二度と他人の前では眠るまいと、かつては誓ったというのに。
     彼なら大丈夫だという確信がある。裏切られるかも、なんて不安は微塵もない。あの悪夢はもう過去だ。未来予知などではない。
     バスが到着する。「行こうか、銀次」と荷物を持って立ち上がった。

     ●

    「……伊緒先生、おい、先生」
     肩をつつかれ、ハッと目を覚ます。
    「バス、次で降りるんだろ」
     寝過ごしちまうぞ、と隣席の権之助が言う。「ああ、うん」と眉間を揉んで姿勢を正した。
    「先生がバスで寝るなんて珍しいな」
    「ん〜ここんとこ本業が忙しくて……ちょっと寝不足かも……」
    「『先生』も大変だな」
    「まあね〜……」
     なんて答えつつ。すっかり、誰かの隣で無防備に眠るようになっちゃったなあ、なんて思いつつ。……もう二度と他人の前では眠るまいと、かつては誓ったというのに。
     彼なら大丈夫だという確信がある。裏切られるかも、なんて不安は微塵もない。あの悪夢はもう過去だ。未来予知などではない。
    「降りた先のカフェーで珈琲でも飲もうか。眠気覚ましも兼ねて」
    「あいよ」

     ●

     ホテルのベッドで目が覚めた。
     隣のベッドには友人が眠っている。
     旅行しようよと言い出したのは自分。
     今日も本当に楽しかった。
     観光地を巡って、美味しいご飯に温泉に……部屋であれこれ話していたら、いつの間にか眠ってしまったようで。
     ……こんなふうに……『友達』と呼べる存在と楽しい時間を過ごせるようになるなんて、思わなかったな。
     明日もまだ旅行の日程がある。楽しみだな、と思える。さっき見た悪夢なんか、どうでもいいやと思えるぐらい。
     友の無垢な笑顔に、一つ微笑んで。
     おやすみ、友よ。いい夢を。

     ●

     普段あんまり夢を見ない。
     だけど久々に夢を見た。
     過去の、子供の頃の、あのさざれ雪の――赤い惨劇。無力な自分。痛みと寒さ。握る為の手も、見る為の目も、帰る家も、大好きな家族も、思い描いていた未来も夢も、全部全部なくなった、あの日。
    「――、」
     目を覚ました。カーテンの隙間から日の出を迎えんとしている早朝が見えた。白いベッド。洋風な趣の部屋。ここはもう過去じゃない。深呼吸を一つ。
     ふっと、喪失を思い出してしまったからか、小さな不安のような、そんな感情が湧いた。耳を澄ませる。彼の寝室を音で探る。ベッドの中の輪郭が見える。……もっともっと異能を集中させれば、小さな寝息が、一定の脈拍が、聞こえた。
     生きている。生きて、居る。
     ただそれだけで、なんだか安心して、あと少しだけ眠りに落ちる。




    『了』
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