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    血のにおいがわかるっていいですねえ って話

    #さざれゆき又鬼奇譚

    真っ赤な嘘ではないですよ ●

     UGN設立以前の数百年、とうとう例外を除いて『自分と似たようなの』と出会したことがなかったから、自分は超人の中でも珍しい部類なのだろうとは薄々察していた。
     ……が、蓋を開けてみれば、不滅を感染させる不滅とは他に例がないことを、平成になってから知った。

    『希少』。
    『不老不死』。
    『しかも、感染可能性がある』。

     その言葉は、ありとあらゆる人間を惹き寄せる。時代遡れば、中国の皇帝が無間を求めて水銀すら飲んだように。……過去に実際、僕も人魚の呪いを明かした相手に刺されたことがあるし。
     レネゲイド拡散事件以来、UGNという頼もしい味方と後ろ盾は増えたが、同じぐらい敵も増えた。FHなんかその筆頭である。油断をすればUGN内でも頭のイカれたマッドサイエンティストが手を伸ばしてくる。

     ――奉一は、そこに『腕っ節が強い』という要素も加わってくる。

     どうも超人連中には一定数、喧嘩の強さでしか命の価値を実感できない脳筋バトルジャンキーがいるようで。
     そういった連中は、奉一が古強者と知ると目をギラギラさせて喧嘩を売りたがる。その為ならどんな手段だって使ってくるし、周りの破壊もお構いなしで。

     なので。

     僕は、僕らに降りかかる火の粉を最低限にする為の戦いに、日々身を投じている。
     戦いといっても殴り合いのそれじゃなくて、いわゆる『情報戦』の類だ。時に、ペンは剣よりも強い。

    「――うん、確かに受け取りました」
     渡された茶封筒の中身の書類をパラパラと見て――速読は得意だ、そこには僕にとっての『敵』と呼べる組織の偉い人の弱みが記載されている――それを封筒に戻した。ニコリ。微笑みかける先には、某組織の某氏。正直、彼の所属する『某組織』はUGNとはあまり友好的な組織ではない――だからこそこうして密会しているのだ。
     ここは都内某所バーのVIPルーム。テーブルの周りには熱帯魚の水槽。バブルが水を揺らし、その向こうの景色を歪ませる。卓上には小洒落たカクテルが二つ。
    「それで」
     相対する某氏は紳士的に微笑む。手品のように、卓上に乗せられた手は空っぽの注射器を置いた。彼は対価を要求していた――僕の血という生体サンプルを。
    「あはは、注射キライなんですよ僕」
     冗談めかして笑う――相手が用意した針を自分に刺すことを警戒するのは『たしなみ』だ、毒かなんか塗られてたらヤダし――握り込んだ右手を差し出した。苦笑して肩を竦ませた某氏がスライドガラスを差し出すので、僕はグッと拳を握り込む。爪で掌を切り裂いて――透明なガラスの上に血を数滴、くれてやった。たくさんはあげない。すぐに異能で止血して、「では今後ともよろしく」と、笑いながら掌の血を舐め取った。
     舌に広がる鉄臭さを、手に取ったカクテルグラスの、しららかなマルガリータで押し流す。すっきりとした味わい。カクテル言葉は「無言の愛」。

     ●

    「ただいま~」
     今夜はこんな感じだったから、奉一と晩ごはんは別個になった。時間的にまだ同居人は寝ていないタイミングだったので(明かりがついていた)、ドアを開けながら帰宅の言葉を発した。
    「……ああ」
     風呂上がりの奉一が一瞥をくれる。寝間着姿で、まだ髪がしっとりしていた。対する僕はキッチリカッチリスーツ姿である。早々にネクタイを緩め始めてるけど。
    「奉一~ごはん何食べた~?」
    「近所の、あのうどん屋で」
    「あ~あそこね~。奉一あしたUGNの……いつもよりちょっと早いんだっけ?」
    「ああ」
    「じゃ、明日は早めにお弁当作るね。なんか入れて欲しいのある?」
    「…… 高野豆腐」
    「は~い。ああ洗濯物ありがとう」
    「裏返して脱ぐな」
    「へいへ~い今夜は気を付けますよー」
     ぽいぽい服を脱いで、風呂場に向かおうとして――
    「―― おい」
     奉一が後ろから呼び止めてくる。少し声が低い。咎めるようなニュアンスの。
    「なに? 服、裏返してませんよー」
     なんだ? なんかしたっけオレ。いやまあパンツ一丁にシャツとかいうだらしないカッコだけどさ、今から風呂入るしセーフじゃん。なんて思いつつ振り返る。結構目の前に奉一がいたのでちょっとビックリした。
    「うお。どしたどした」
    「右手と口」
    「はい?」
    「なンで血のにおいがするんだ、お前の」
    「――」
     嘘でしょ分かるの⁉
     いや……確かに奉一はブラム=ストーカーだからさ! 血のにおいがバレたら説明が面倒くさいから、『あのあと』ちゃんと石鹸で洗ったし……服にもついてないか確認したし⁉ それでも分かるのコイツ⁉ ていうか舐めたのも分かってんの⁉ 血ぃ舐めた後お酒飲んだのに⁉ ピュアブリードのブラム=ストーカーやべえなオイ⁉
    「あ、あはは~……」
     そんな内心のテンヤワンヤを苦笑でどうにか誤魔化しつつ。
    「僕の為に頑張ってくれた人に、ちょっとご褒美で生体サンプルをあげただけだよ。戦ったとか襲われたとか怪我したとかじゃないから、安心して。手でこう、ぐっとやって……ビビらせてやろ~ってパフォーマンスで舐め取った感じ……」
     嘘じゃない。詳細でもないが。
    「……」
     無言。隻眼がジッと僕を見下ろしている。ひえ~。威圧感ヤベ~。でもけっこ~男前なんだよなコイツ。モテるんだろ~な~。いいよな~オレもっさりしたツラだからさあ、オレから愛嬌を取ったらただの陰キャのクソですよクソ。
     あ~~~さておきまして。
     奉一には薄々……バレてるというか勘付かれているというか。僕が裏でアレコレしていること。深く掘り探ってはこないけど、少なくとも「ありがとう伊緒♡」って思われてないことは明確に分かってる。
    「退き時は弁えてる、踏み込みすぎないし危ないことはしないよ。僕がこれまで血だらけで帰って来たことあった? やらかしたから助けてくれって電話したことあった?」
    「……、」
    「でも、心配してくれてありがとう。君は優しいね。そういうところ好きだよ」
    「……はぁ……」
     その手には乗らんぞ、が奉一の溜息に凝縮されていた。感謝と好意で状況を有耶無耶にする僕の作戦はとっくに手の内がバレている。まあ、分かっててやったんですけどね、僕の方も。その溜息を引き出す為に。
     だから次の発言は割と本気のつもりで言った。奉一の目をちゃんと見た。笑ったり搦め手なしでちゃんと告げた。
    「ほんとに、大丈夫だから……だって何もしないとガンガン火の粉が降りかかってくるんだもん。僕にも、君にも」
    「……己の分は己でなんとかする」
    「ついでにできる範囲だから『ついでに』やってるだけだよ。それに、君にトラブルがない方が結果的に僕の日々も安泰だしね。……君の為に無茶するとか、そんなことはしないから。奉一様に身も心も捧げま~す! みたいなドロドロのエグい関係じゃないだろ、僕ら?」
     最後のは冗談めかして言った。冗談めかした部分以外は、本気で言った。あといい加減、下がパンツ一枚なので肌寒くなってきた。
    「喧嘩よえ~クセに700年独りでやってきた男だぜ、信じてくれよ」
     ニッと笑って、指先で彼の胸板をツンとつついた。そうすれば奉一は一先ずそれ以上何も言ってこないので――「じゃお風呂行ってきまーす」と僕は風呂場へと向かった。

     ――別に、喧嘩じゃ護れないからそれ以外で護りたいって思うぐらい、いいだろ。
     もう70年ぐらいつるんでるんだから。湧くだろ、情の一つや二つぐらい。こんな日々がずっと続けばいいなって、もうちょっと一緒にいたいなって、それを第三者に邪魔されたくないなって、思うぐらいは勝手だろ。
     ま、言わないけどね。恥ずかしいし。変な顔されそうだし。



    『了』
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    DOODLE十三 暗殺お仕事
    初夏に呪われている ●

     初夏。
     日傘を差して、公園の片隅のベンチに座っている。真昼間の公園の賑やかさを遠巻きに眺めている。
     天使の外套を纏った今の十三は、他者からは子供を見守る母親の一人に見えているだろう。だが差している日傘は本物だ。日焼けしてしまうだろう、と天使が持たせてくれたのだ。ユニセックスなデザインは、変装をしていない姿でも別におかしくはなかった。だから、この日傘を今日はずっと差している。初夏とはいえ日射しは夏の気配を孕みはじめていた。

     子供達の幸せそうな笑顔。なんの気兼ねもなく笑ってはしゃいて大声を上げて走り回っている。きっと、殴られたことも蹴られたこともないんだろう。人格を否定されたことも、何日もマトモな餌を与えられなかったことも、目の前できょうだいが残虐に殺処分されたことも、変な薬を使われて体中が痛くなったことも、自分が吐いたゲロを枕に眠ったことも、……人を殺したことも。何もかも、ないんだろう。あんなに親に愛されて。祝福されて、望まれて、両親の愛のあるセックスの結果から生まれてきて。そして当たり前のように、普通の幸せの中で、普通に幸せに生きていくんだろう。世界の全ては自分の味方だと思いながら、自分を当然のように愛していきながら。
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