Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    n_kabosu

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 4

    n_kabosu

    ☆quiet follow

    ぽいぴく使ってみたかっただけ

    #五伏
    fiveVolts

    五の許嫁に嫉妬する伏くん 俺と義姉を幼い頃から見守ってくれていた後見人兼保護者の男に許嫁がいると知ったのは10歳になったばかりの頃だ。
     御三家と呼ばれる呪術界の名門家系のひとつ、五条家の嫡男であり、現当主でもある男だった。
     相手は御三家ではなかったが、同じ呪術界ではそれなりに名前の知られた家系の一人娘。男より3つ下の朗らかな女性との事だった。その話を聞いた時、俺は正直言って「まぁそうだろうな」と思った。
     男は性格の悪さは置いておいても顔はいいし家柄もいい。そして今の呪術界では最強と呼ばれる男だ。
     そんな相手に嫁ぎたいと願う女性も、嫁がせたいと思う願う親も一定数はいるはず。だから、この話を聞いても別段驚くことはなかった。むしろそうなるよなって納得したくらいだ。
     ただ……ただひとつだけ。たった一つだけあるとすれば――
     やっぱ男の俺にチャンスなんてあるわけないよな。
     と、7つからの男への片思いを諦めた事だろうか。

    「ねーねー恵ぃ。明日お前休みでしょ。ご飯連れてったげるから時間作りなよ」
    「無理です。明日は虎杖と釘崎と映画に行く予定なんで」
    「は、なにそれ。僕より優先することなんてあるの?」
     何を当たり前な事を言ってるんだろうか。
     思わずため息が出そうになるのを堪えながら、目の前で頬杖をつく白髪碧眼の男を見やる。
     整った容姿にすらりと長い手足。モデルのようにスタイルの良い体躯を持つ美丈夫。呪術界の御三家のひとつ、五条家の当主にして最強の術師。六眼持ちの無下限呪術使いである『現代呪術師最強』の異名を持つ男。
    それが今現在、俺の目の間に座っている男、五条悟という人間だ。
    「ひどーい、僕は恵のために時間空けるのに恵は作ってくれないんだ」
     イケメンだのスタイルがいいだの持ち上げるだけ持ち上げてみたが、ただひとつ言いたい。性格を除いて、だが。
    「あんた今日琉璃さんと面談の日でしょ。俺をダシにしてサボろうとするな」
     琉璃さんとは前述した五条先生の許嫁の女性だ。結婚に乗り気ではないこの人は、昔からことある事に彼女とその両親との交流日を俺をダシにして逃げようとする。
     先生の好きそうな可愛らしい女性だ。それに性格も控えめで好みそうなのに、何が嫌なんだと1度聞いたことがある。すると
    『僕、一人の女の子に誠実になれないんだよね〜……』
     なんて見事なクズ発言を投げて寄こしたのだ。
    「最低だなあんた」
     いや、わかってた事だけど。
    「とりあえず交流日には参加して下さい。五条家にも琉璃さんの家にも睨まれるのは俺なんだから」
    「めんどくさぁい……」
     めんどくさい、じゃねえ。人の気もしらねーで……本当にタチ悪い。
    「……恵さぁ、最近冷たいよね」
    「どこがですか?いつも通りでしょう」
    「だって昔はもっと僕の言う事聞いてくれたじゃん」
     ……あぁ、もう。これだからこの男は……。
    「ガキの頃の話を持ち出すんじゃねぇ。俺だって高専に入って友人が出来たんだ。いつまでもあんたの事ばっか考えてらんないですよ」
    「……ふぅん。へぇえ、そぉう」
    「なんですか」
    「別にぃ」
     不機嫌な態度を顔全体に出しながらコーヒーを飲むその姿はまるで子供だ。
     その顔を向かいの席で眺めながら、ふと。
    「そんなに嫌なら断ればいいのに」
     なんて事をボソリと呟いてみる。
    「……恵」
     途端にこちらを見る目がスッと細められる。
    「……断れるものなら断ってるよ」
     はあ……と深いため息を吐きながらそう言った彼の表情はどこか疲れているように見えて。
     俺は黙ってコーヒーを口に運んだ。
     断れないのは俺も知っている。なんせ相手の親は……。
    「でも珍しいですね。今のご時世いとこ同士での結婚なんて」
     そう、琉璃さんは五条先生の叔母にあたる女性の娘さん。つまりは五条先生にとって従妹に当たる人なのだ。
    親戚同士との結婚は珍しくはない。ただ先生の場合、親族が厄介すぎる。
    まず五条家当主の妻になるには相応しい血筋でなければならないという決まりがある。そしてその条件をクリアしたのが、先生よりも年上の親類しかいなかったらしい。
    そこで白羽の矢が立ったのが琉璃さんのお母さん。そしてその血筋を受け継ぐ琉璃さんが先生の許嫁になったわけだ。
    「無駄に血筋にこだわるからねえ御三家って。僕もまさか自分がこんな目に合うとは思わなかったよ」
    「それはまぁ、お気の毒様です」
    「ほんとだよ。恵みたいに普通に恋愛してみたかったな〜」
     そう言ってテーブルに突っ伏す姿はとても28歳とは思えない。
     いや、というかちょっと待て。
    「そこで俺を引き合いに出すのやめてください」
    「え〜? だって恵はこれから好きな子作って恋愛なんかしちゃったりして、んで結婚とかするわけでしょ」
     いいなあ、青春だねえ。そう言って笑う先生の笑顔は少し寂しそうだ。
    「……恋愛なんて、しませんよ」
     ポソりと呟いた声に、先生が「えー?」っと間延びした声を返す。
    「恋愛なんてしませんよ。呪術師になると決めた時から、普通の人間の人生なんて諦めたつもりです。だから、恋愛だとか結婚だとか……そういうのは考えてないです、俺は」
    「でも、ずっと1人は寂しいよ恵」
     いつもとは違う声音でそう言われ、クスリと笑みをもらす。
    「大丈夫です。俺は一人じゃないんで」
     ゆらり、と足元の影がその存在を主張するように揺らめいた気がした。
     それを五条先生も横目で見て、苦笑いにも似た微笑を浮かべる。
    「……そっか」
    「はい」
     それ以上は何も言わず、俺たちはただ静かにコーヒーを飲んだ。


    「じゃ、いってくるね」
    「いってらっしゃい」
    「あ、そうだ恵」
     高専の門で先生を見送る。その際、ふと思い出したように先生がくるりと踵を返し俺を呼んだ。
    「はい?」
    「3人でご飯いくなら僕のカード使いな」
     はい、と普通に差し出されて「え」と声をもらす。
    「いや、流石に本人いないのにカードだけ預かるのは」
    「なんで? 何か問題?」
     首を傾げる大人に、俺は呆れたような視線を送る。
    「別にいいでしょ、恵だし」
     それに、悠二と野薔薇だし。と結局押し切られる形でカードを預かる事になる。
    「ちゃんと野菜も好き嫌いせず食べるんだよ」
     とまるで親みたいなセリフをはいて去っていく大人を見送りながら、俺はため息をついた。
     いつまで子供扱いしてんだあの人は……。
     俺が誰かと出かけるとなると、いつもこうやってお小遣いと称して自分のクレジットカードを預けてくるあの男の性格を俺は正直苦手としていた。
     いくらなんでも、これは過保護すぎないか? と何度も思った。
     使わなかったら使わなかったでなんで使わなかったのかと怒られて、自腹で使った現金より倍の金額を経費だとかなんとかわけのわからない理由をつけて補填されるし、だからって使えば使ったで俺は申し訳なさと自分の不甲斐なさに頭を抱える羽目になる。
     どちらにせよ損しかないのだ。
     使わなかったのを怒られのは本当に理不尽だなと思うけど、仕方がない相手はあの五条悟だと諦めることにした。それくらいしかこのストレスから逃れる方法がなかった。
    とりあえず、今日はお言葉に甘えて使ってしまおう。



    「晩飯なんにするー?」
     映画を見終わり、3人で夕刻の街を歩く。虎杖がスマホで近場の飲食を検索しながら口を開いた。
    「どうせ五条の奢りならたっかい店にしましょ。おフランス料理とか!」
     目を輝かせる釘崎にオイオイとツッコミながら、2人の意見に耳を傾ける。
     確かに、高い店の方が美味しいものにありつけるだろう。
     俺も本人がいる場なら遠慮をする方じゃないんだが……。
    「おフランスかぁ。あ、じゃあここは?」
     パパっと店を検索して画面を出してくる虎杖のスマホを、釘崎と覗き込む。画面に表示されたのは、最近出来たという五つ星レストランだった。流石に学生の身分では行きずらい値段設定だが、まぁあの人の懐事情を考えると大したことは無いのかもしれない。
    そんな事を考えていれば、虎杖に肘でつつかれた。
    なんだ、と顔を上げればニヤッとした笑顔を浮かべる。
    その表情に嫌なものを感じて眉を寄せる俺を他所に、釘崎と虎杖が「おフランス!!」とテンションを上げていく。
    「おい、流石にここは」
    「いいじゃない。奢りだって言ってたんでしょ?」
    「だからって」
    「俺フランス料理って初めて!!」
    「おい、だから」
    「「おふらんす!!」」
    「……」
     最終2人の圧に押し負けて、俺は肩を落とした。
    「……わかった。でもとりあえず確認だけはさせろ」
     いいな? そこを動くなよと二人を
    その場に待たせて俺はスマホを取り出す。そして電話帳から目的の番号を呼び出して、コールボタンを押した。
     数回の呼び出し音の後に聞こえてきた声は、いつも通りのんびりとしていて、でもどこか楽しげだ。俺は小さくため息をつく。
    「交流会中にすみません」
    『いいよ、どうしたの?』
    「釘崎と虎杖と……あー、今晩の飯の話をしてて」
    『うん』
    「フランス料理が食べたいって……言ってて」
    『うん。いいじゃん、食べておいで』
     僕も今日それと似たような店連れてこられてる、と笑う声に俺は再度ため息をついた。
    「先生がいいなら……」
    『いいよ。好きな物たべな』
     その為にカード預けたんだから、再度笑い声が聞こえる。
    『もしかして確認の電話なのこれ? 恵は真面目だねえ』
     あっけらかんと言う声に俺はもう何も言えなくなる。
     この人の金銭感覚には長い付き合いの今でもついていけなくなる。もう少し自分の稼ぎは大事にするべきだと思う……なんていうのは野暮か。
     幼い頃に染み付いた貧乏性は、そう簡単に消えてくれるものではないのだ。
     俺は、わかりましたとだけ答えて通話を切った。
     そのまま、2人にフランス料理を食べることを伝えると、2人は嬉しそうな顔をする。そして更にテンションをあげて飛び上がった。
     それを見て、以前先生に言われた一言が脳裏を過ぎる。

    「恵はさ、まだ子供なんだから大人に甘えるって事覚えなよ。例えば悠二や野薔薇みたいに」

     甘える……甘えるってどうやるんだろうか。この2人みたいに……望みが叶ったら喜ぶ、とか? それはちょっと違う気がするが……。
     俺が難しい顔をしているのに気がついたのか、釘崎は俺の背中を思い切り叩く。
    「なに難しい顔してんの! ほら、早く行くわよ!!」
    「痛い。加減しろバカ」
    「はいはい。行こうぜ伏黒!」
     釘崎に続いて虎杖が俺の手を引く。
    2人に同人に手を引かれ驚いているうちに、目的地へと歩き出していた。



    「申し訳ございません。未成年の方のみでのご入店は……」
     深々と頭を垂れて申し訳無さげな声で謝罪する老年のウェイターの男性に、釘崎と虎杖が心底残念そうな顔で項垂れる。
    「そう、だよな……うん、そうだよ俺ら未成年だし……」
    「はは……当たり前よね……」
    「…………」
     嬉々としてやって来た店前で、先程とは真逆のテンションで立ちすくむ2人。今にも地面へめり込みそうなほど落ち込んでいる2人を居た堪れない気分で眺めつつ、俺はもう一度スマホを取り出す。
     画面に五条先生という文字を表示させて、はあ……と溜息をついた。
     ちょっと待ってろ、と2人に声をかけて電話をする為にその場を離れようとした時だ。
    「あら、貴方……禪院の坊っちゃま?」
     と鈴の転がる様な声が後ろからかけられた。
    振り返るとそこには着物姿の女性が1人。
     歳は60代前半といったところか。艶やかな髪を高く結い上げていて、綺麗な赤い牡丹柄の振袖を着ている。
     俺を禪院の名前で呼ぶのは御三家関連の人間だけだ。
    「え……っと」
    「あら、突然ごめんなさいね。私は……」
     と言いかけた所で「恵?」と聞きなれた声が聞こえた。
    「五条先生?」
     俺の声に、虎杖と釘崎の2人もバッと俯いていた顔をあげて「五条先生!!」と声をあげた。
    「なにやってんすかあんたこんな所で……」
     と、いいかけてはたりと口を噤む。先生の隣に立つ控えめな彩りの着物を身に纏う女性の存在に気づいたからだ。
    「琉璃さん」
     俺が名前を呼ぶと、女性は顔を綻ばせ「恵くん」と微笑んだ。
    「お久しぶりです」
    「本当に……随分とお会いしておりませんでしたもの。お元気でしたか」
    「えぇ、琉璃さんもお元気そうで」
    「お陰様で」
     琉璃さんは五条先生に寄り添うように腕を回している。それを平然とした顔で見ないようにする。
    「どうしたのこんな入口で」
     五条先生が固まる後ろの2人と俺を交互に見て不思議そうに尋ねる。
    「未成年だけで入れないそうです」
    「ああ、そういう事……」
     言いながら、俺の手に握られたスマホを一瞥し
    「もしかして僕に連絡しようとしてた?」
     と笑う。俺はそれに返事をせずに肩をすくめた。
    「可愛い生徒の頼みなら叶えなくちゃね。瑠璃、ちょっといい?」
    「ええ、悟さま」
     琉璃さんの腕をゆっくり解いて、俺たち3人に「おいで」と手招きする。
     先程のウェイターの前までいくと、難波さんと声をかけた。
    「これはこれは五条様。本日はお楽しみいただけましたか?」
    「うん。相変わらずここのシェフは腕がいいね」
    「勿体ないお言葉ありがとうございます」
     深々と頭を下げる男性に、「また来るよ」と言って「それで」と何故か俺の肩に腕を回してくる。
    「この子達なんだけどさ、僕の教え子なの。お店入れてやってくれない?」
    「五条様のお知り合いの方々でしたか。それはそれは知らずに……」
    「そ。ちなみにこの子は禪院の相伝の子だよ。僕が面倒みてる子」
     言いながら親指を立てて俺を指す。
     その様子に、ウェイターの男性は目を丸くして
    「なんと……」
     と呟く。そして、チラリと俺を見つめた後
    「承知致しました。すぐに席の準備をさせますので、少々お待ちください」
     と慌てる様に店内へと入っていく。それをポカンとした表情で眺めながら、先生へと視線を流す。
    「知り合いなんですか?」
    「ここのシェフ。元々高専の生徒でね、僕の教え子だった子」
    「は!?」
     この声は釘崎だ。虎杖もぽかんとした顔で話を聞いている。
    「さっきのウェイターのおじさんは窓の人だよ。だから禪院の名前がわかるってわけ」
    「はあ……」
     情報が多すぎて頭痛がしそうだ。
    「同じ店だって知ってたら席用意してあげたのに」
    「いや、だってあんたがここにいるなんて知りませんでしたし」
     それに彼女も……と後ろで先程の60代の女性と立つ琉璃さんをちろりとみる。
    「東京観光したかったんだってさ、僕と」
     面倒くさい……と俺に耳打ちする様に呟いた言葉に、オイと突っ込みそうになる。
    「やめてくださいそういうの」
    「え?」
    「あんたを大事にしようとする人間を蔑ろにするみたいなこと。俺は先生のそういう所が嫌いです」
     言って、肩に回った腕を振りほどくように離す。
    先生は一瞬キョトンとした後、あははっと笑い出した。
    「お前、言うようになったねぇ」
     クツクツと笑う先生を横目で見て、少し後悔した。
     先生にとって、俺の言葉なんかきっと痛くも痒くもない。ただの戯言だとわかっているから。
    「ま、楽しんでおいで。ここのご飯は本当に美味しいから。恵も連れて来てあげようと思ってたんだけど……」
     悠二と野薔薇に初めてとられちゃったね、と苦笑しながら俺の頭を撫でる。
    「じゃ、僕行くから。野薔薇〜悠二も、門限はちゃんと守るんだよ」
    「え、先生もう行くの!?」
    「いやてか隣の人誰よ。もしかして彼女?」
     再度琉璃さんと腕を組んで去っていく背中を見送った後、要約意識を取り戻したのであろう2人が矢継ぎ早に
    詰め寄ってくる。
    「彼女ってか……許嫁?」
    「「許嫁!?」」
    「え、え、先生結婚しちゃうの!?」
    「まぁ、そりゃ、一応御三家の当主って立場だし。するんじゃないのか?」
     あの人もいい歳だし、と付け加えると2人は絶句する。
    「なんだよその顔」
    「えー、だって五条先生ってさ……」
    「ねえ?」
     と2人で顔を見合わせてコソコソと話す。
    「なんだ」
    「いや、別に」
    「なんでもないわよ」
     そんなやりとりをしている間に、先程のウェイターの男が戻ってきて俺たちを席へ案内してくれる。個室の様な造りになっており、中は落ち着いた雰囲気だ。椅子は革張りのゆったりとした作りになっている。
    「では、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
     恭しく礼をして去っていく男に軽く会釈をし、メニュー表を見る。
    「ぎゃお……」
     踏み潰された怪獣のような声を出して釘崎がテーブルに倒れ込む。
    そこには値段が書かれていないのだ。
    「ね、ねぇ虎杖。これいくらだと思う?」
    「知るわけないじゃん。俺だってこういうとこ来るの初めてだっての…っ」
    「ひぃ……」
     何やってんだかこいつら……。
    「お前ら好き嫌いある?」
     パタンとメニューを閉じて2人に問うと、首を横に振る。
    「私は特にないけど」
    「俺も。伏黒は?」
    「俺も無い。シェフのおすすめコースでいいか?」
    「え、でもそれ金額……」
     ヤバいんじゃ……と口籠る虎杖に、「大丈夫」と言ってやる。
    「金なら腐るほど持ってるからあの人」
     そう言うと、2人とも納得したように「なるほどね」「確かに」と言った。
    「それに、ここが先生の知り合いの店なら変に遠慮すると後々めんどくさいから好きな物食べた方がいい」
    「な、なるほど?」
    「まあとりあえずシェフのおまかせでお願いします」
     かしこまりました、と一礼してウェイターが部屋を出ていく。
    「ふぅ……」
    やっと落ち着けると息を吐いて背もたれにもたれ掛かると。
    「流石伏黒。こういう所慣れてんの?」
    「別に慣れてるって程じゃ……」
    「私、今心臓バックバクよ……」
    「俺も俺も」
     はあーっと深くため息をつく2人を眺めながら、初めて外食に連れていかれた時の事を思い出していた。
     あれは確か……津美紀の誕生日の日だったか。

    『今日は津美紀の誕生日だから何でも好きな物食べな』
     高級料亭の一室。何畳あるかわからないほどのだだっ広い和室に並べられた料理の数々を前にして、俺と津美紀はただ呆然としていた。
     目の前には見たこともないような豪華な食事。
     綺麗な着物を着た女将さんが頭を下げている。
    『ほら恵。何がいい? お前も好きなもの食べな』
     ほら、と箸を渡されても、俺はどうしたら良いのかわからなかった。
    ただ、こんなに沢山のものを一度に見るのは初めてで。
     しかもそれが俺と津美紀の為だけに用意されているのだと知った時、恐怖すら感じた。
    そして、それを当たり前のように享受しているこの人も。
     住む世界が違う。子供心に漠然とそう思った。
     あまり食事のマナーだとかそういう細かい事を言ってくる様な人ではなかったけれど、反対に言わないからこそこの大人に恥をかかせてはいけないと必死でテーブルマナーも覚えた。
     今でも思い出す。あの時俺が食べたものはなんだったか。味なんてほとんどしなかった気がする。
     でも、その時の事は鮮明に覚えていて。多分一生忘れられないだろう。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💕☺🍩🙏🙏🙏💴💴💴💴💯💯💯☺🙏🙏🙏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works