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    ataryusei

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    ataryusei

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    夏と殺りん

    水浴び 季節というものは人間にとって脅威であるらしい。
     らしい、と言うのは、殺生丸もそのことを知ったのが最近だからである。そもそも強大な妖力によって身を守っている彼には季節の移り変わりや、それに伴う環境の変化など全く影響は無いし、そもそも興味の無いことであった。春に咲き誇る花々、夏の厳しい陽射し、秋の移ろう彩り、冬に吹き下ろす風。何百年とその眼に映し、その身に感じてきた記憶はある。
     しかし、だからどうしたと。季節が巡るからと言って暑いとも寒いとも、心地よいとも不快だとも思わない。ただ、そこにあるだけ。そうした認識。

     それを変えたのは、一人の少女との出会い。




    「そーーれっ!!」
     ばしゃんと、派手な水飛沫が上がる。穏やかな川が唐突な衝撃によってその流れを散らして、周囲にこれでもかと降り注ぐ。清涼な川の水は陽の光を浴びて輝き、見ている分には涼しげで眩しい光景であった。しかし、それを頭から被った人物はそれどころではない。案の定濡れ鼠となった邪見は、短い腕を振り回して怒りを露にしている。
    「何をするんじゃ!」
    「邪見さまがそんな所に立ってるからいけないんだよー!」
    「りん!お前と言う奴は…ぶっ!?」
    「えへへー!邪見さま隙ありー!」
     今度は顔に水をかけられている。暖簾に腕押しとは正に今の状態を指すのだろう。水飛沫を立てた張本人であるりんは、邪見の怒りを意にも介さずけらけらと笑っている。


     夏。それは暑さというものが、人間に牙を剥く季節のことらしい。
     肌に突き刺さるような陽射しは人間だけでなく、空気でさえも熱するという。それによって水分を多量に含んだ空気は熱されて、つまりは蒸し釜の中に居るような状態なのだと。殺生丸に比べれば暑さへの耐性が無い邪見は評していた。
     そして人間であるりんも、ご多分に洩れずここしばらく続く暑さに辟易している。今こうしてわざわざ足を止めているのはりんのため。暑さというものは人間から体力を奪うらしく、日頃うるさい位に囀る彼女でさえ静かになってしまったほど。
     妖である殺生丸からすれば、ほんに人間とは弱い生き物よと思うばかりで、夏の暑さに人間の脆弱さを再確認した程度のこと。しかし、それがりんにも降り掛かるとなれば話は別だった。




     殺生丸は水浴びに興じるりんを観察する。よほどこの暑さが耐え難いのだろう。これ以上の幸せは無いと言わんばかりの表情で水に体を沈めて、暑さという不快感が取り除かれた彼女の声は、いつも通り鈴音のようで心地よい。
     しかし、同時に感じるのは若干の呆れ。見慣れた赤い市松模様の着物を脱ぎ捨てて、まだ幼い肢体をさらけ出すりん。彼自身にそうした趣味は断じて無いが、この世には熟した果実より青い果実を好む者もいると言うのに、その恥じらいの無さは幼気な彼女の心を表しているのか。
     筒のような手足に、まだ凹凸の無い胴。紛れも無く青い肢体。いずれはこの身体も果実のように熟していくのだろうか。身体と同時に心も熟していくのならば、いつかは恥じらいも覚えるのだろうか。


     それはまるで、季節の移り変わりのようだと思う。殺生丸にとってただそこにあるだけという認識であったとしても、季節と同様にりんは否応なしに変化していく。しかし、季節は春夏秋冬巡ったとしても、りんは進んで行くのみ。今この瞬間彼の眼に映り、その身に感じているものも、いつかそこには無いのかもしれない。それは人間であるりんにとっては当然のこと。ならば、今この瞬間を見逃したくはない。
    「殺生丸さまも入ろーよ!!」
    「……入らぬ」
     今は夏の暑さに辟易しているが、秋へと移ればどんな表情をするのだろう。さすがに水浴びをする必要は無くなるか、ならば変わりゆく色彩に目を輝かせたりするのだろうか。
     巡る季節も悪くない──などと。殺生丸は初めてそんなことを考えた。


    ****


    「ふぅ………」
     息をついてゆっくりと水の中に踏み出すと、ちゃぷ、と微かな音と共に水が跳ねる。浸かった足先から冷たさが駆け上って思わず身震いしてしまうが、この季節にはぴったりだろう。昔は邪見さまと水浴びしたっけ、と懐古しながら、りんはかつてと同じく産まれたままの姿で身を沈めていく。
     とは言っても、かつてと違うこともある。かつての女の童は、もう少女だった。青い肢体はすっかり熟して、艶かしい曲線を描くように。童の無邪気さを残しつつも心は恥じらいも覚えて、人前で肌を晒すようなことは決してしない。今彼女が産まれたままの姿でいるのは、この泉の湧く森に夫が守りの結界を施しているために、妖も人間も容易に近づけないと知ってのことであった。




     時は半刻ほど遡る。陽射しの強いこの日、屋敷の一番影が濃くなる部屋。そこに寝そべっていても、人間のりんにとってこの夏の暑さは耐え難いものであった。
     こうも暑いと、働き者である彼女も身体を動かすのが億劫になってしまう。誰かと話していれば多少はこの暑さも紛れるかもしれないが、生憎この日夫の殺生丸は不在。その従者の邪見も夫の命を受けて外出している。つまり、広い屋敷には現在りん一人。洗濯もあるし、畑の様子も見なきゃ、あと夕餉に向けて仕込みを、など。やるべき事はたくさんあるのに、どうにも身体は動かなかった。
     そこで、りんはこの泉へとやって来たのである。避暑と水浴び。両方が叶えられるこの場所は彼女のお気に入りで、殺生丸ともよく散歩に訪れる場所だ。加えて食用の木の実や珍しい薬草など、自然の恵みも豊富。避暑目的ではなくても、この森にいれば時間はいくらでも過ぎてしまう。
     殺生丸も邪見も不在の今日、ここで何をして過ごそうか。そう考えながら岸へと身体を向けたとき───何かが目に入った。


    「っっ!?」
     それは、泉に向かって歩いてくる人影。上背があって、肩に何かを担いだような妙な形。何だか見覚えがあるような無いような。人影は無駄な揺らめき一つせずにその姿を現した。
    「随分と無防備な姿だな、りん」
    「せ、殺生丸さま…!?どうしてここに…」
     現れたのはこの日不在のはずの夫。身体を戻した拍子にばしゃんと勢いよく跳ねる水が、りんの慌てぶりを表している。それくらい、その人物の登場は予想外だった。
    (何で?どうして?)
     混乱しながらも殺生丸を見遣ると、その口元に珍しく微笑みが湛えられているのが見えて。それを見た瞬間に、りんの背筋には何故か悪寒が走り抜けた。このままではいけない、逃げた方がいいと、脳内では警鐘が鳴り響いている。しかしあれこれと考えているうちに、彼はいつの間にか武装を解いて泉の中へと入って来るではないか。
    「ちょっ…そのままだと濡れてしまいます!」
    「なんだ。昔は私にも入れと誘っていただろう」
    「それは…!りんも子どもだったから…」
    「子どもではないと言うなら、男の前でそのような姿を晒すな」
     水の中でも易々と足を進めて、りんの眼の前までやって来る。揺蕩う細い身体を軽々と引っ張り上げて、彼女の小さな悲鳴は気にも留めない。代わりにほんの少しの不埒な思いを込めて、身体へと手を滑らせる。
    「は、恥ずかしいです…」
    「夫婦なのに何を恥じらうことがある。今更だろう」
     水分を含んだ肌は、吸いつくように殺生丸の手に馴染む。いつかは遠くから観察するだけだった、今となっては知らぬところなど無いその身体。掌の下、昔には無かった曲線が、りんがもうかつてとは違うことを教えてくれる。
    「…あの…殺生丸さまも……水浴び、したいのですか…?」
    「………いや」
    「んっ」
     指先が曲線をなぞってきて、艶めいた声が零れる。涼んでいるはずなのに、ほんのりと紅の差した顔。どこか幼さの抜け切れない、しかしかつてよりは幾分大人びたその表情。彼女が時を経た証。
     そんな姿も、きっと───


    「…お前は変化していくのだな」
    「え?」
     脈絡の無い言葉に二度三度と瞬きをして、りんは彼の顔を覗き込む。その金の瞳はいつもより深い色をしている気がして。じっと見つめていれば、まるで鏡のように己の姿が映り込む。
     成長したと、自分でもそう思う。決して大人びた顔立ちではないかもしれないけれど、昔と比べれば顔の輪郭は丸みが落ちて、身体も……もうとっくに大人にされている。そのようにした張本人は、彼女が幼いときから何も変わらず美しいまま。
    「今も昔も……お前が生きる時は早すぎる」
    「殺生丸さま…」
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