演目「おとぎ話」「司くん、おとぎ話の原義を知っているかい?」
ふと投げかけられた言葉。司は広げたノートにやっていた視線をあげて、目の前に座る類の顔をじっと見た。
放課後、司の教室で2人は対面に机をくっつき合わせると次のショーについて打ち合わせをしていた。
今回はえむの「メルヘンでキラキラ〜でふわふわ~っのわたあめみたいな夢がみられるショーをやってみたい!」という声により、おとぎ話や童話をテーマとするところまでは決まっていた。
本当ならば今日、メンバー全員で演目の内容をディスカッションする予定だったが運悪くえむと寧々の都合が悪くなったとそれぞれ連絡が入り、後日へと延期することになってしまった。
だがせっかくならば少しでも話を進めておきたい。
そこで司と類は教室に残り、希望の戯曲や演出について話し合うことにしたのだ。
最初はちらほらいたクラスメイト達も、議論が白熱していく変人ワンツーフィニッシュに巻き込まれまいと去っていき、しばらく前に最後のグループが「雨降りそうだから気をつけろよ!」と親切な一言を残して教室を後にした。
ひと通り議論を交わした後、一息つくと少し肌寒いことに気づく。
窓の外を見遣れば重い雲からついに雨が降りだし、強く地面を打ちつけていた。
これはすぐには帰れなさそうだ。
視線を類に戻すと、頬杖をつきながらこちらを見つめる金瞳とかちあった。
先程まではワクワクを隠しきれないはしゃいだ色を浮かべていたその瞳に滲んだ欲を感じる。
類からそういった視線を向けられていることに気づかないほど司は鈍くはないし、類自身も隠す気がないのだろう。
だって自分も同じ欲を浮かべているのだろうから。
お互い、きっとそうだろうとは思いつつ言葉にする勇気がない。
そんな臆病な気まずさを隠すかのよう、司は広げただけになっていたノートに、先程まで交わされていた案を箇条書きしていった。
類からの問いはそんな時だった。
「所謂童話以外に何かあるのか?」
「あぁ、もともとは退屈した人の気を紛らわすためにする話のことをいうらしい。どうだい?僕も原義にならってこの雨が少しでも弱くなるまでの間、退屈なキミへのおとぎ話をしようかと思うのだけど」
いつもの芝居がかった口調ではあるが、その目はまっすぐに司を見据えていた。
「いいだろう。聞こうじゃないか」
腕を組み、わざと偉そうに答えれば「ありがとう」と返ってくる。
「あるところに孤独な魔法使いがいました。魔法使いは自分の魔法でたくさんの人を笑顔にしようとしたのだけれど、人々は魔法使いの力を恐れて近寄ろうとはしませんでした。
そんなある時、旅の王様が魔法使いを訪ねてきました。
王様は国民を笑顔にするため、魔法使いの力を借りたいと言うのです。それは魔法使いもずっと願っていたことでした。
王様と魔法使いは様々な冒険を繰り広げ、どんどんみんなが笑顔になる魔法を生みだしていきました 。
魔法使いは、どんなに危険な目にあおうとも国民を笑顔にしようと努力する王様にどんどん惹かれていきました。
魔法使いは王様に恋をしていました」
そこまで話すと、類は一呼吸おいた。
あぁ、顔が熱すぎて嫌になる。
「魔法使いは王様に言いました。
『この気持ちを受け取ってくれるならどうか手をとっていただけないでしょうか?』」
すっと差し伸べられた手。
それを無視し、類のネクタイをグッと掴み引き寄せる。
珍しく驚いたその顔に気を良くし、勢いのまま頬に口づけてみせた。
雨はまだ、やみそうにない。