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    massun_gs

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    massun_gs

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    社会人七マリ。
    高校卒業してから数年後の話。
    マリィちゃんのお名前は「小波美奈子」です。

    七ツ森くんがマリィちゃんにとあるサプライズを仕掛けます。
    風真くんと本多くんは七ツ森くんの協力者です。
    あと、名前は出してませんがGS1の王子っぽい人の存在を匂わせてます。
    この人も七ツ森くんの協力者です。
    彼と七ツ森くんは知り合い、という前提。

    七ツ森くんのミッションは成功するのか…?

    #七マリ

    幾星霜を経ても—6月某日

    "カランカラン"
    来客を知らせるベルの音がする。

    「あ、リョウくん!こっちこっち!」
    「本多。なんだよ?急に呼び出して。」
    「オレもミーくんに呼ばれたんだ。」

    俺は高校時代からの親友たちを呼び出していた。

    「あー、悪いな、2人とも。忙しいのに…。」
    「いいよ。で、どうしたんだよ?」
    「2人に、聞いて欲しいことがあって…。」
    『?』
    「あの、さ。俺…」

    ----------

    「ミーくん…!!!」
    「…マジかよ、七ツ森。」

    ダーホンは見たことないものを見つけた時のように嬉々として目を輝かせ、
    カザマは心から穏やかに、でも少し寂しそうにも見える柔らかい笑顔で言ってくれた。

    「ああ。それでカザマにはさっき言ったもの、探して欲しいんだ。」
    「わかった。父さんの知り合いに、それ専門の人、何人かいるからさ。できる限りあたってみる。」
    「ホントか!?サンキュ…!」
    「ああ。任せとけ。…そっか、お前らやっと…。」
    「いや、まだ…俺が、がんばらないと。」
    「大丈夫だよ。あいつのことだから。」
    「カザマにそう言ってもらえると、安心するわ。」

    「ねね?ミーくん、オレは?オレは何をすればいいの?」
    「あ、ダーホンには教えてほしいことがあって…」
    「うんうん、なになに?」

    ダーホンが身を乗り出して聞いてくる。

    「星。見に行きたいんだ…12月くらいに。その時期って…」
    「うんうん!星はね、冬が1番キレイなんだ。」

    “星“と聞いて、ダーホンが食い気味に話してくる。
    まだ俺喋ってたんだけど…まぁいいか。

    「1等星の星を持つ星座が1年で1番多いからね。12月だと流星群も見られるよ!ふたご座流星群とこぐま座流星群。中でも、ふたご座流星群は“しぶんぎ座流星群“と“ペルセウス流星群“と並んで三大流星群って呼ばれててね…」
    「あー、わかった。で、その“ふたご座流星群“だけど、どっか見られる場所あんの?星、詳しくないやつでもちゃんと見られるようなとこ。できれば近場で。」
    「あるよ?確か隣町の…」

    「…サンキュ。参考になったわ」
    「うんうん!オレ、応援してるから!また何か知りたいことあったらいつでも言ってよ!」
    「ああ、サンキュ。」
    「ミーくん、がんばってね。美奈子ちゃん、絶対喜んでくれると思うよ」
    「うん。そうなるように、がんばるわ、俺」

    「今日は2人とも、ありがとな。」
    「おう。気にすんなよ?…さっきのやつ、手に入ったらまた連絡する。じゃあな。」
    「じゃね、ミーくん!今度は美奈子ちゃんも一緒に、4人で集まろうね!」
    「ああ、美奈子にも言っとく。」

    こうして俺は親友2人に挨拶をして
    美奈子が待つ家に向かって車を走らせた。

    ◆◆◆◆◆◆◆

    —8月末

    今日は3ヶ月に一度のフリマの日。
    早々に商品が売り切れ、閉店作業をしている
    店の前に俺は立っていた。
    手にはカザマに探してもらっていた
    あるものを持って。

    "シルバーアクセサリーの製作、承ります"
    その立て札をみて、店主に声をかける。

    「あの、スミマセン。」
    「…あ、ごめんなさい。今日はもう…。あれ?君は…。」
    「どうも。あの、貴方にお願いしたいことがあるんですけど。」
    「…ああ。どうした?後輩。」

    ふっと笑うその人は、俺のことを“後輩“と呼んだ。
    相変わらずスゲーカッコいい。

    「あの、俺…」

    ----------

    「それで、これ使って作ってもらいたいんです。お願いします!」
    手にしていたものを見せ、必死に頭を下げる。

    「…わかった。いいよ、引き受ける。そういうことなら。」
    「ホントですか!?ありがとうございます!」
    「ただ…。ちょっと時間、もらえるか。3ヶ月もあれば、できると思う。」
    「ハイ!大丈夫です!ホントに…ありがとうございます、こんな無茶なコトいきなり言って…。」
    「いい、お礼はまだ。うまくいってから聞く。…頑張れよ。」
    「…ハイ!」

    憧れのアノ人に“頑張れよ“って声をかけてもらえた…。
    それだけで俺は泣きそうになりながら帰った。


    ◇◆◇◆

    高校を卒業して数年。
    気づけば20代も半ばを過ぎる頃になっていた。

    今はフリーランスのクリエイターとして活動している。
    モデルも続けているといえば続けているが、
    そっちの仕事は昔からの顔なじみやお世話になっている人など、俺にとって特別な人たちからのオファーであれば受ける程度になった。

    撮影現場の雰囲気スキだし、クリエイターとしてもいっぱい刺激もらうから本当はもっとやりたいのだが、ありがたいことに本業が忙しくてそちらの仕事はなかなか入れられない状態だ。
    贅沢な悩みだな。

    専門学校を卒業したばかりの頃は
    当たり前だけどクリエイターの仕事なんて全然なくて。
    最初はモデル時代の人脈や紹介なんかでちょこちょこやっていた。
    でも、それだけじゃゼンゼン食えなかったから、専門学校時代は学業優先でセーブしていたモデル業も再開させなんとか生活をしていた。
    収入面は圧倒的にモデルの仕事の方が多かったが、それが逆転したのが大体2、3年前。

    高校卒業と同時に付き合いだした彼女とは、その頃から同棲を始めた。
    思うようにうまくいかなくて、“全然ダメだ“って弱音を吐いたり、カッコ悪いとこも情けないとこもたくさん見せてしまったけど、彼女は全部受け止めてくれて、愛想尽かさずずっと一緒にいてくれている。

    「…ホント、どんだけイイコなんだよ。」
    隣でぐっすり眠っている彼女の髪を撫でてポツリとつぶやく。

    「待たせてゴメンな。」

    明日は久しぶりに泊まりがけで遠出のデートだ。
    はばたき市から出て、俺の生まれ育った街へ。


    ◆◇◆◇

    “今度のデートだけど、ちょっと遠くてもイイ?“
    “星、見にいこ?“


    彼にそう言われたのは1週間くらい前だったかな。

    大型のSUVが彼の愛車。
    昔から人気のある車種で根強いファンが多い車らしい。
    背が高く手足の長い彼にすごく似合っていると思う。
    色も深みのある赤。彼の好きな色でもあるし、私もすごく好きな色。

    実くん自身、特に車に詳しいわけではないけれど、車内には彼なりのこだわりが随所にあって、乗っていると彼の部屋にいて優しく包み込まれているような、そういう感覚になる。

    買った当時、何故この車にしたのか聞いたところ
    「仕事のために荷物をたくさん積める車がいいと思ったから」だそうだ。

    クリエイターって言うから、家での作業が多いのかと思っていたけど、イメージに合う写真や資料に使う映像の撮影とか自分で出かけて取材したり撮ってくることも多いみたい。
    だから機材を積み込める広さと、街中でも山道でも場所を選ばず走ってくれる頑丈さも欲しかったのだと彼が言っていた。

    あとは…
    「身長に合わせると狭い車や小さい車は最初から選択肢に入らなかった」
    らしい。なるほど。背が高いのも大変なんだな。

    一度“実くんくらい背が高くなってみたい!“と言ったら
    「普段の生活で得することってあんまナイよ?」
    と苦笑気味に言われたっけ。

    おしゃれやファッションが好きなのに、既製品の服では体に合うものが少ないだとか
    電車の吊り革に顔をぶつけるとか、街中で他人の目印にされるとか、なんとか。
    1番困るのは子供が近くにいるのに気づけないことって言ってたな。
    視界に入らないから急に走ってこられると避けられない、って。

    平均的な身長の私にはわからない感覚だなぁ…。
    うーん、と唸ってそんなことを考えていると、

    「あんたは、そのままでいて?」

    って優しく微笑んで、ぎゅっと抱きしめてくれた。
    実くんに包み込まれるのは心地がいい。
    そういう時、私は自分のサイズに少し感謝するのだ。

    ◆◆◆◆◆◆◆

    トランクを開け、撮影用の機材を積み込む。
    他には、防寒具なんかも。
    でも今日は仕事のためじゃなくて…

    「実くん、おまたせ!」
    「ん。コッチもOK。」

    助手席のドアを開け、彼女に乗るよう促す。

    「どうぞ、女王様ローズクイーン?」
    「えっ?…もうっ、何年前の話?」

    いつものように「ふふっ」と彼女が笑う。

    「ありがと、ナイトさん?」
    「ハハっ。ま、確かに。俺はあんただけのナイトだな?」

    美奈子が座ったのを確認してドアを閉める。
    俺も運転席へと向かい、車に乗り込んだ。

    シートベルトをし、エンジンをかけミラーの位置を確認してドライブレンズをかける。
    とはいえ運転するときは基本コンタクトだから、このレンズ自体に度は入っていない。
    サングラスほど暗くならず、余計な光だけをカットしてくれて目も疲れにくい。
    ここ最近運転するときはもっぱらお世話になっている。
    ちなみに美奈子からのプレゼントだ。
    超超超…∞、気に入っている。

    マンション専用の駐車場は平面の駐車場で
    規定で壁に排気ガスをかけてはいけないことになっていて、出庫するときは一旦バックで出る必要がある。
    いつもは美奈子に待っていてもらうのだが
    寒い外で待たせるわけにはいかないので
    今日は先に車に乗せている。

    俺は助手席に手をかけ後ろを確認する。

    「………。」
    「……ジーッと見てるね?」

    美奈子の視線に気づき、後ろを見たまま声をかけると
    視界の端で美奈子がハッとして、真っ赤になって俯いているのが見えた。

    「どしたの?」
    「え…。か、カッコいいなと…思いまして。」
    「そりゃどうも。てかなんで敬語?」

    あー…。カワイイな、もう。
    努めてなんでもないような口振りで言ったけど、正直ヤバい。
    そんな顔でずっと見つめられると、事故りそう…。

    チラッと見ると「うう…」と言いながらまだ赤くなってる。
    ハンドルを切り換え、前進する前に助手席にかけていた手を
    そのまま美奈子の頬に添える。

    「カーワイイ。」
    引き寄せて、ちゅ、と音を立てて唇にキスをすると

    「!! もうっ!運転中はダメだよ?」
    と真っ赤になって睨んでくる。
    ハイ、ソレもっとダメなやつ。あおるだけー。

    「大丈夫、今は停車中。」
    「うっ…。で、でも今はダメ…」
    「ふーん、今じゃなかったらいいんだ?」
    「もう…実くん、いじわるだ。」
    「しょうがない。美奈子がカワイイから」
    「え…。も、もう!そんなこと言って…。誤魔化されないんだから!」

    あんまりからかってスネられると
    しばらくキスさせてくれなくなるから
    そろそろやめておこう。

    「ハイハイ。…女王様の仰せのままに。」
    「ふふっ。よろしい。では安全運転でお願いします♪」

    と花がほころぶに笑うから、
    俺はまたキスしたくなってしまって
    ぐっと堪えるのに…困った。


    ◆◇◆◇

    今日は実くんとデート。
    1泊2日で星を見に行く。


    —1週間前

    「今度のデートだけど、ちょっと遠くてもイイ?星、見にいこ?」
    「え?星?」

    この時期はふたご座流星群が見えるらしい。
    けど、実くん、寒いのキライなのに…どうして急に星?

    「高校ン時、言ったろ?いつかホンモノ見せるって。どうせなら写真じゃなくて、自分たちの目で見ようぜ?」

    あのプラネタリウムでのデートのこと?
    実くんが「人工の星空でも写真撮りたくなる」って言ってて。
    私が「いつか本物撮って見せて」って言ったこと、覚えててくれたんだ…。

    「わ!嬉しい!天体観測だね?」
    「ああ。けど、写真も撮る。星空の写真、撮りたかったし。」
    「資料にもなるし?」
    「そ。仕事の話になって悪いんだけど、こういうチャンスなかなかないしさ。」
    「ふふ。いいよ?実くんと一緒にいられるなら、お仕事でもなんでも。」
    「またそういう…カワイイこと言いやがって…」
    「え?」
    「なんでもなーい。…来週、晴れるといいな?」


    —2時間前

    「あ。ゼッタイあったかいカッコで。スゲー寒いと思うから。あとできれば動きやすい感じの…パンツスタイルで。スカートとヒールの靴はNG。」
    「うん、わかった。」


    「あったかいカッコで」と言われたので
    何を着ようかクローゼットを開けて考える。

    う〜ん、あったかいパンツスタイルか。
    じゃ、青のクルーネックTシャツと緑のアランセーターを重ね着して…。
    下は黒のスキニーデニムでいいかな。靴はムートンブーツを合わせよう。
    アウターはモッズコートを羽織ろっかな。
    これだと実くんの好きなモード系にもなるし、防寒もバッチリだよね。
    あとは手袋と、念のためニットキャップとマフラーも…
    あ、でも膝掛けにもできるストールの方がいいかな…?

    姿見の前で、ヘンなところはないか確認していると“コンコン“とドアをノックされる。
    部屋のドアを開けて実くんがひょこっと顔を出した。

    「カッコいい。モデル顔負けだ。」
    「あ、実くん。今日のファッション、どうかな?」
    「うん、イイ。スキ。いつまでも見ていられる…。けど、出かけなきゃな?」

    実くんがふっと微笑んで「おいで?」と私を呼び寄せる。
    何かな?と思って近づくと、おでこに軽く口付けられ

    「ホント、スゲーカワイイ。じゃ、駐車場で待ってるから。」
    私の耳元でそう囁くと先に行ってしまった。

    バタン、と玄関のドアが閉まる音が聞こえた途端、

    「〜〜〜〜!」

    囁かれた方の耳を押さえて私はその場にうずくまる。
    うう…。やっぱり慣れない…。

    私は実くんの声に弱い。
    …最初に好きになったの、声だからかな。


    初めて出会った頃の実くんは、人と関わるのが本当にイヤって感じで。
    話しかけると面倒くさそうにされたこともたくさんあったし…。
    ちょっと怖い人なのかなって思ってた。

    それでも見かけるたびに声かけたり、興味ありそうなスポットへ
    遊びに誘ってるうちに、だんだん表情も声色も柔らかくなってきて。
    多少人を選ぶけど、ものすごく気配り上手で本当に優しい人なんだってわかって。

    初めて下の名前で呼ばれた時はびっくりしたけど、それ以上にすごく嬉しかった。
    あの声で名前を呼ばれるたび、ふわふわした気持ちになって
    “ああ、私、実くんのこと好きなんだな“って自覚して。

    あれからもう何年も経つけど、今でもずっと実くんにドキドキしっぱなしだ。
    付き合ってるのに片想いしてるみたいな気持ちになる。

    「はぁ。もう、ズルい…」

    ペチペチ、と頬を軽く叩いて立ち上がると
    実くんが待つ駐車場へ向かった。

    「実くん、おまたせ!」
    「ん。コッチもOK。」

    ◆◆◆◆◆◆◆

    自宅を出てどのくらいの時間が経過しただろうか。
    高速に乗り、車を走らせる。
    あたりはうっすらと暗くなってきている。

    途中のPAでご当地限定のグッズやスイーツを見つけては2人で思いっきりはしゃいだり。

    翌朝の朝食用の食材も調達した。
    今日の宿泊先はコテージ。
    今日の晩ご飯は夕食付きプランにしたから
    大丈夫なんだけど、翌朝のご飯は
    自分たちで準備しなくてはいけない。
    朝採れ卵と食パン、サラダ用の野菜を買って行く。飲み物もいるな。水と、コーヒーと、美奈子には紅茶。
    なんか肉っぽいのも欲しかったからウインナーもついでに買った。

    「よし、明日の朝のご飯はこれでいいよな」
    「そうだね」
    「あ。アレ、食べよう」
    「ん?え、寒くない?」

    そう。
    “SA限定スイーツ“といえばソフトクリームだ。

    「あったかいとこで食べればヘーキ。こたつでアイス食ったりするだろ?あれと同じだよ」
    「えぇ?そうかな…?」

    限定味がたくさんある…!
    あー全部食べたい。

    けど……。
    さすがに真冬のソフトクリームは
    なかなか寒かった…。暖かい室内で食べても
    やっぱり冷たいものは冷たい。

    でもさ。“限定“って言われたら…ねぇ?そりゃ食べるデショ。
    ま、美味しかったし食べた後、あったかい飲み物で温まったからいいけど。

    「限定ソフトクリーム、いろんな味あったなー」
    「もっと食べたかったね?」
    「まぁ、季節がな…。」
    「そうだね…。ちょっと今は…たくさんは無理だね?」
    「また夏来てみる?」
    「うん!来たい!」

    ニコニコしている美奈子を見て、俺もつられて破顔する。
    絶対だらしない顔してんだろうな〜。
    美奈子以外には見せられない。

    ちょこちょこ休憩を挟みつつ、ドライブを楽しむ。


    だんだん街灯が少なくなり、景色がかわってくる。
    急勾配の山道を走り、目指す場所は峠の上。

    "ようこそ星の故郷『星のくに』へ"

    施設の看板が見えてきた。
    それを見つけた彼女が声を上げる。

    「あ…!“星のくに“って書いてるね?ここ?」
    「そ。ココさ、ダーホンに教えてもらったんだ。」

    ここは俺が生まれ育った街の山側にある施設。
    はばたき市とは逆方向の街との境界の峠にある。
    俺、地元なのに全然知らなかったな…こういうトコあんの。
    道の駅も併設されていて、かなりの規模だ。

    “星のくに“の名の通り、天体観測に関する施設がたくさんあり天文ファンの間では有名なところらしい。
    (…だからダーホン知ってたのか)
    プラネタリウムや天文台があり、定期的に天文観測会が行われている。
    特に流星群の時期には特別観測会も開かれているそうだ。

    それ以外にも子供用のアスレチックゾーンがあったり、雨でも大丈夫なバーベキュー施設があったり。
    家族連れや大人数で泊まれるロッジやコテージ、バンガローもある。

    俺たちが泊まるのは屋根にドーム型の観測室があり、1階にはキッチンもある、プライベートな空間が確保されているコテージだ。
    寒い外に出なくてもキレイに星が見られるらしい。
    天体望遠鏡も貸出してもらえる。

    お風呂やトイレも個別についているし
    食事も用意してもらえる。まさに至れり尽くせり。
    まぁそれなりに値段は張るけど、2人でのんびりと過ごすことができると思えば、安いものだ。


    「あ、予約していた七ツ森ですけど…」
    「はい。2名様でご予約の七ツ森様ですね?お待ちしていました。」

    受付に出向き、チェックインする。

    「では、本日お泊まりいただくコテージにご案内いたしますね。」
    受付の男性が案内してくれる。

    コテージは全部で4棟。
    それぞれ青・赤・白・黄の4色に分かれていて
    春夏秋冬の1等星をイメージした色になっている。

    春=スピカ(おとめ座):青
    夏=アンタレス(さそり座):赤
    秋=フォーマルハウト(みなみのうお座):白
    冬=カペラ(ぎょしゃ座):黄

    俺たちが案内されたのは
    “夏“のアンタレスの棟だった。
    ちなみに東西南北の方角では南に位置している。

    俺の好きな色だ、なんて思っていると
    「実くんの好きな色でよかったね?」
    と美奈子がいう。
    「え…ああ、うん。そうだな」
    「?」

    こういうなんでもないようなコトとか
    ホントよくシンクロするんだよな…。
    心、読まれてる?


    係の男性が鍵を開け、屋内設備について説明してくれた。
    お風呂は天然温泉を引いており、源泉掛け流しが自慢なのだという。
    広い!そして湯船が檜!

    「おお〜。贅沢…!」
    「うん、すごいね!」
    「夏場ですとこの窓を開けて露天風呂のご気分を味われる方もいらっしゃるようですよ。」

    と、係の人がベランダのガラス扉ほどの大きな窓を指して言う。
    「…まぁ、流石にこの季節にやる人はいらっしゃいませんけどね」

    ウン、でしょうね。
    凍え死ぬよな?この時期に窓全開とか…。

    「本日はお食事付きプランでご予約いただいておりますので、この後すぐご用意できますが、いかがいたしますか?」

    「うーん…。あ、特別観測会って何時からですか?それに間に合うようには食べたいんですけど…」
    「特別観測会は22時頃を予定してますよ。今からお食事されますと、ちょうど良い時間かと思います。」
    「じゃ、これから食べます。」
    「承知いたしました。それではご用意いたします。」

    そういうと係の人はキッチンに向い、
    備え付けのでっかい冷蔵庫を開ける。

    「?」
    「ではこれから調理いたしますね。」
    「えっ!?」
    「目の前でやってくれるんですか?」
    「はい。本日はボタン鍋です。」

    「マジか…。スッゲェ…。」

    詳しく聞いてみるとこの人は調理師免許も持っている猟師さんで、ボタン鍋の材料の猪も自分で仕留めてきたのだと言う。
    え、ガチのワイルド系じゃん。

    昆布と鰹節でとっただし汁に、味噌や砂糖、味醂、酒などの調味料が加えられ
    地元で採れた新鮮な野菜とスライスしたイノシシ肉を加え煮立たせていく。
    その間に追加の野菜と、まるで本当の牡丹の花のように皿に盛り付けられたおかわり用のイノシシ肉が準備されていた。
    俺たちがぽけーっと口を開けて見とれている間に、ボタン鍋が完成した。
    プロの手際、スゲェ……!!!

    ダイニングテーブルに鍋を設置してもらい、美奈子と舌鼓を打つ。

    「うまっ!マジうま!臭みもないし、野菜も美味しい…!」
    「うん、すっごく美味しい!猪のお肉って柔らかいんだね?」

    「イノシシ肉は煮込んでも固くならないんですよ。それに高タンパク低カロリーの健康食材でね。特にビタミンB群が豊富で、ダイエットに効果があるとかお肌がキレイになるとか、美容効果もあって近年は女性にも人気なんですよ。」
    と、にこやかに説明してくれる。

    「えっ!美容効果!?」
    「美奈子…。食いつきすぎ。」
    「だって実くん!あの、これってお土産とかで買えるんですか?どこにありますか!?」

    “美容効果がある“と聞いて、美奈子の目がハンターになっている。
    まぁでも。やっぱ女子は気になっちゃうよな、そういうの。
    別に女子じゃないけど、俺も気になるし。

    「併設の道の駅で販売していますよ。今日はもう営業終了してますので、また明日ぜひ。」
    しっかり営業されてしまった。

    物腰柔らかいのに、抜け目ないな…。
    なんか、ヤノさんぽい。


    「いやーお腹いっぱいだなー。」
    「ほんと、美味しかったね〜。」
    「それはよかったです。獲ってきた甲斐がありました。」
    ニコニコ微笑みながら、俺たちが平らげた鍋をサクサクと片付けてくれた。

    「観測会の時間になったらお知らせしますね」
    と言い、颯爽とコテージを後にした。

    あんな柔和な人がイノシシ仕留めるのか。
    ホンモノのワイルド系男子…カッコイイ。

    ◆◆◆◆◆◆◆

    ふたご座流星群の特別観測会まではまだ少し時間があるので、腹ごなしついでにコテージ内をウロウロする。

    「すっごく素敵なところだね!実くん、連れてきてくれてありがとう!」
    「どーいたしまして。てか俺が美奈子と来たかっただけだから。にしてもスッゴク広いな?ココ。」

    本来は4〜5人ほどの定員らしいので
    2人だとかなり広めだ。
    寝室のベッドも大きめのが2つ並んでいる。
    その上にはガラス張りの、大きなドーム型の天井があった。

    「うわ、スゲー…。寝ながら空、見られるんだな?」
    「うん…すごい。」
    「これが1番贅沢かもな?」
    「ふふっ、そうだね?お風呂もすごかったけど、こっちのがびっくりだね?」
    「だな?」

    2人で一通り室内を探検し終えて観測会の準備をしていると、玄関のチャイムがなった。
    ドアを開けるとヤノさん(仮)が呼びに来てくれていた。

    「そろそろ観測会始まりますよ。」
    「わかりました。ありがとうございます。…美奈子。」
    「はーい」
    「そろそろ始まるって。準備OK?」
    「うん、OK!」

    毛布とあったかい飲み物と、車に積んでいた撮影機材を持って広場に集まる。
    他の宿泊客も合わせて20人ほどがいた。
    天文マニアっぽい人とか、俺と同じく撮影機材を持ってる人、学生らしきグループや家族づれなど。

    「カップルで来てるのは俺たちだけか…」
    ぼそっと呟いて、少しホッとする。

    「実くん?どうしたの?」
    と美奈子が見上げてくる。

    「エッ?いや、なんでもナイ。それより、寒くない?大丈夫?」
    「うん、平気だよ。実くんこそ、寒いの大丈夫?」

    あっためてあげようか?と小首を傾げて言ってくるので、体全体がかぁっと熱くなる。

    「イヤ…今ので、全身がポカポカしてきました…」
    んとに、このコは…!!!


    広場で天文台の職員さんから観測時の注意点や見やすい方角、望遠鏡の使い方など色々と説明を受ける。
    敷地内から出なければどこで観測してもOKとのことなので、ベンチのある高台に行くことにした。

    昼間は子どもたちがたくさん遊んでいるであろう場所だけど、今は俺たち以外誰もいない。

    見上げれば満天の星空。
    星以外、光るものは何もない真っ暗な世界。
    音もなく、ただ静かな闇の中で
    星だけがキラキラ輝いている。

    よく晴れていて空気も澄んでいる。
    月も出ていないから星の観測には
    うってつけの日だ。
    その分、空気も冷たい。

    「あ、美奈子。これ、上から穿いときな?」
    そう言って俺のスエットを渡す。
    裏起毛になってるやつで普段ならちょっと暑いくらいだ。

    「え?寒くないよ?」
    「ダメ。動かないで見るから、絶対冷える。それ汚れても大丈夫なやつだし、デカいから上から穿けるでしょ?」
    「でも…」
    「いいから。な?…ハイ、カイロも。」
    「うん、わかった。」

    大事な彼女に風邪なんか引かせられない。
    ダーホンが言ってたけど、冬場の観測は本当に寒さとの戦いだ。
    着込めるだけ着込んでカイロも忍ばせて。
    俺もモコモコするくらい着ている。
    正直、オシャレとは程遠い格好だが仕方ない。


    写真と動画、両方撮れるように
    機材をセッティングし撮影開始だ。

    俺たちは、丸太を半分にしたような形のベンチに腰掛ける。
    そのまま座ると冷えるので、キャンプで使う防寒用の銀のマットを敷く。
    美奈子に膝掛けを渡し、足先までかけるように伝えると俺は毛布を羽織るように被り、膝の上に彼女を乗せ、抱きかかえて座る。

    2人で包まってもまだ余裕のある大判の毛布にしておいてよかった。
    ダーホン、助言サンキュ。

    「み、実くん…。ちょっと恥ずかしいよ、この体勢…」
    「なんで?俺たち以外、誰もいないじゃん。寒いしくっついてないとダメ」
    「うう……顔、近い…。」
    「ナニ?恥ずかしいの?ドキドキしてんの?」
    「どっちも!」

    もういい加減、慣れてもいいはずなのに
    美奈子はいつも俺が顔を近づけると
    ゆでダコのように真っ赤になる。
    まぁそういうとこもカワイイんだけど。
    「冬の星空って、こんなキレイだったんだ…。明るい星がいっぱい!肉眼でもよく見えるね!」
    美奈子が感嘆の声を上げる。

    「ああ。ダーホンが言ってたけど、冬の星空が1番、1等星が多くて明るい星空なんだってさ。」
    「そうなんだ。普段空見上げることってあんまり無いから、知らなかった。」

    さすが本多くんだね?と美奈子が笑う。

    「で、これまたダーホン先生に教えてもらったんだけど。」
    「うん、何?」

    そう言って俺はある星を指差す。

    「俺の指差す方辿ってみて?あそこにある、3つ並んでる星。わかる?」
    「うん。あれってオリオン座だよね?」
    「そ。その三つ星の左上に明るい星、あるだろ?あれがベテルギウス。」
    「うん。」
    「それから--」

    ベテルギウスから左に指を移動させ指差した星はこいぬ座のプロキオン。
    そこから右下にある、この夜空で1番明るい星のおおいぬ座のシリウスを指差し、3つを指先で結ぶ。

    「この3つが『冬の大三角』って言うんだって。」
    「わ!ホントだ!正三角形に近いね?」
    「まぁプラネタリウムで見たし、知ってるか…。」
    「ううん、聞いたことはあったけど、実際見るの初めてだから。ありがとう、教えてくれて」

    にっこりと微笑む顔を見て
    美奈子の優しさを噛み締める。
    自分が知ってるからと言って話を遮ったり
    人のことバカにしたりしないとことか。
    いつもそういうトコに救われる。

    「…そう言うトコ、ホントすき。」
    「?」
    「いや、なんでもないよ。でさ、またダーホン先生に教えてもらったヤツなんだけど。」
    「ふふっ。実くん、なんだかんだ言って本多くんのこと大好きだよね?」
    「えぇ?大好きっていうか…。いや、まぁ…そうだな。頼りにしてるし。…まぁ今、それはいいとして。で、教わったことなんだけど……」

    そういってまた空を指差す。

    「さっきの冬の大三角と重なるんだけどさ、オリオン座の1番右下の星、わかる?あれがリゲル。」
    「うん。」
    「そこから上に行くと…」

    おうし座のアルデバランを経由し
    さらに上にぎょしゃ座のカペラを指し示す。
    そこから左に指を移動させると
    ふたご座のポルックスが見えた。

    「で、下にいくと、さっきのプロキオンがあって、シリウスがある。」
    「うん。」
    「この6つを結んだ六角形を、冬のダイヤモンドって言うんだ。」
    「冬のダイヤモンドかぁ…!すごい…ステキだね?」

    目を輝かせて星を見つめる美奈子の横顔は、本当にキレイだ。
    この満点の星空よりも、ずっとずっとキレイで俺は思わず息をのむ。

    「…実くん?」
    「……エッ!?何?」
    「どうしたの?ぼんやりして」
    「イヤ、大丈夫。…それよりホラ、流星群見ようぜ?」
    「うん。」


    2人で今回の流星群の放射点である
    ふたご座のカストルの方向を見つめる。

    「あっ!今見えたね?」
    「ああ。あ、また流れた!」

    望遠鏡を借りたけど、それも必要ないくらい
    肉眼ではっきりと流れ星が確認できる。

    「すごいね…!次々と流れ星が…!」
    「ああ…。正直、こんなにたくさん見られるとは思わなかったわ。」

    あ、そういえばちゃんと撮影できてるかな?
    設置したカメラの映像を確認する。
    うん、大丈夫そうだ。

    「よかった、ちゃんと撮れてる。」
    「ふふっ。今回はそれが目的だもんね?」

    …目的。
    まぁ、美奈子にはそう言ってるけど。

    「…そうだな。うん。」
    「…?」
    「なんかさ、“冬のダイヤモンド“に向かって流れてるヤツ、たまにあるよな?」
    「あ、そうだね!ダイヤモンドになるために集まってるみたい?」
    「なる。ダイヤモンドのかけらって感じ?…なんか、手伸ばしたら1つくらい掴めそうな気がするな?」
    「ふふっ。実くん、掴んじゃうの?ダイヤモンドのかけら」

    「やってみようか?」

    そう言って俺は夜空に向かって手を伸ばす。
    ちょうど1つ、"冬のダイヤモンド"のほぼ中心にある、ベテルギウスに向かって星が流れた。
    星が消える瞬間、手のひらをギュっと握る。

    「…掴んだよ、ダイヤモンド。見たい?」
    「ふふっ。うん、見たい!」
    「よし。じゃちょっと準備するわ。」
    「?」

    美奈子を膝から下ろし、
    俺だけ毛布から抜け出す。
    ベンチから立ち上がると
    美奈子の前にひざまずいて
    ふぅ、と一つ息を吐き、
    真っ直ぐに彼女を見据える。

    「…?…実くん?」

    寒さと緊張で震える自分の右手を、コートのポケットに入れ小さなケースを取り出す。
    そのケースをそっと開けて美奈子の前に差し出した。

    「ホラ。さっき掴んだ、ダイヤモンド。」
    「えっ…。」

    「美奈子。」


    「俺と、結婚してくれ。」

    「……え…?あ、あの、これ…え?」

    突然のことに頭が混乱しているのか
    美奈子は俺を見つめたまま呆然としている。

    「…返事、聞かせてほしい。」
    「……。」

    「ま、"はい" か "YES" 以外、受け付けないけど?」
    と、いたずらっぽく言うと

    「……っ!うん。うん!!わ、私でよければ、喜んで…!」
    美奈子は、両手をぎゅっと握りながら何度も頷く。

    「俺、あんたじゃなきゃダメだよ。」

    ふっと笑って見つめると、美奈子はじわじわと感情が込み上げてきたのか、ポロポロと大粒の涙をこぼしながら

    “実くんの、お嫁さんにしてください。“

    彼女が震えながら口にしたその言葉は
    もう涙声になっていてうまく聞き取れない。
    俺は美奈子を思いっきり抱きしめて、腕の中に閉じ込める。

    「ありがとな…。絶対、幸せにするから。」



    そう絞り出した俺の声も涙声になっていた。

    ◆◆◆◆◆◆◆

    …に、しても。

    「“はい“ か “YES“っていったのに、“うん“って。そうくる?」
    「え、だ、だって…急にあんなこと言われたら…」

    モゴモゴと口ごもりながら、小さくなって肩までお湯に沈む美奈子。
    そんな彼女を俺は背後から抱きしめながら
    俺たちは今、コテージにある天然温泉の檜風呂に浸かっている。

    ふたご座流星群の観測会が終わり
    すっかり冷え切った体を温めていた。



    “俺と、結婚してくれ。“

    流星群を見ながら、俺は美奈子にプロポーズし
    無事にOKをもらった。

    ホント、めちゃくちゃ緊張した。

    十中八九、大丈夫とは思ってたけど
    万が一断られたらどうしよう、とか。
    “今そういう時期じゃない“とか言われたらどうしよう、とか。

    元々気の弱い俺は、ネガティブな気持ちや緊張とプレッシャーに押しつぶされそうになりながら
    ただシンプルに、気持ちを伝えた。

    「本番はもっと、愛をぶちまけますんで。」
    と、卒業式の帰り道に宣言したにも関わらず
    出てきた言葉は案外フツーの言葉だった。


    「ハァ…あー緊張した。マジで。」
    「えっ。緊張してたの?」
    「するよ。するに決まってるじゃん!プロポーズだぞ?」
    「だって実くん、ずっといつも通りっていうか、普通だったし…。私、全然気づかなかった…」
    「そんなことないよ。いつ言おうかって、そればっか考えてた」
    「そうなの?」
    「そうなの。てか、あんたニブすぎでしょ。」
    「うっ…」
    「おかげでコッチは助かったけど」

    一応サプライズのつもりだったし。
    美奈子はボンヤリしてると思えば
    妙に鋭い時あるし。
    バレないかヒヤヒヤだった。

    「ミッション、クリア。」
    「ミッション?」
    「そ。半年も前から考えてて、いろんな人にお世話になったからさ。」


    そう。
    このプロポーズは俺1人では到底達成できない
    人生最大のミッションだった。


    ◆◇◆◇

    6月。
    カザマとダーホンを呼び出し、年内に美奈子にプロポーズしようと思っていることを伝えた。

    ダーホンには12月の星のことを聞いた。
    おかげさまで、とんでもない寒さにも
    ちゃんと対策出来たし、星もたくさん見られたし
    写真と映像も撮れた。

    そしてカザマには美奈子に渡す指輪用の
    ダイヤモンドを探してもらった。
    カザマの親父さんの知り合いに宝石商の人がいて
    質の良いものを、相場よりかなり安く
    譲ってもらうことができた。

    「この品質で、しかも予算内。こんなの、なかなかないぞ?運がいいな。」

    カザマはそう言って俺に
    ダイヤモンドを見せてくれた。
    彼女の髪の色に似ている
    ピンクのダイヤモンド。
    大きすぎず小さすぎず
    本当に理想的なダイヤだった。

    「サンキュ!マジ理想通りだわ。」
    「そっか。よかった」

    カザマもホッとした表情を浮かべる。

    「で、肝心の指輪はどうするんだよ?石だけじゃ渡せないだろ?」
    「ああ、それなら…」

    ◆◇◆◇

    8月
    俺はいつもフリマに出店している
    あの人に指輪の製作を依頼した。
    カザマに見つけてもらったダイヤモンドを乗せた、シルバーのプロポーズリングの製作だ。

    “プロポーズリング“とは、その名の通り
    プロポーズのための指輪。
    婚約指輪は美奈子と一緒に選びたかったし
    なんなら結婚指輪と揃いにして
    普段からずっとつけていて欲しいから
    後で買うことは最初から決めていた。

    なので、プロポーズ専用の指輪を
    別で作ってもらうことにしたのだ。

    11月半ばに、その人から連絡があり、
    「事務所で渡すから、来てくれ」
    と言われた。
    早速俺はモデル事務所に向かう。
    事務所に着いたら会議室に通された。

    「言われてたやつ、できた。」

    そう言って彼が見せてくれたのは
    真ん中にピンクのダイヤと
    その左右に小さい緑と赤の石が
    配置されている指輪だった。
    彼女の髪の色と、俺の瞳の色。
    そして2人が好きな赤色。
    俺たち2人のためのプロポーズリング。

    「ダイヤは本当の婚約指輪で使えるように、後で外せるようにしてる。石を外した後はジルコニアを入れて、この指輪自体も普段使いできるようにするから。プロポーズ終わったら、また持ってこいよ。サイズも調整するし。」
    「あ、ありがとうございます!…うわ、マジ!?スゲーカワイイ。ん?コレにゃんこ…?」

    よく見ると石座は、にゃんこがモチーフになっていて、ダイヤを大事そうに抱えているデザインになっている。

    「…気に入ったか?」
    「ハイ!とても…!俺も彼女も、にゃんこスキなんで。」
    「そうか…俺も好きだよ、猫。」

    ふっと微笑む彼はやっぱり美しかった。
    言葉は少ないけど、その端々に優しさや
    本当に真剣に指輪を作ってくれたのだという気持ちを感じることができて、俺は胸がいっぱいになってしまった。

    「じゃ、頑張れよ。」
    「ハイ…!ありがとうございます!!」

    彼が出て行った後も、俺は頭を上げることができず、しばらく扉に向かってお辞儀をしていた。


    ◆◇◆◇

    「ホント、あんたがOKしてくれて、マジでよかったわ。」

    断られてたらみんなに合わせる顔ナイし。
    そもそも美奈子のいない人生なんて…。
    考えるだけでも恐ろしい。

    「断るわけないよ!けど、本当にびっくりした。あんなふうにプロポーズされると思ってなかったから…」

    嬉しかったよ、と美奈子はくるりと振り向き、ぱしゃっとお湯を跳ねさせて俺にしがみついてくる。

    「ふふっ、実くん。すごくドキドキしてるね?心臓の音、早い。」

    俺の胸に耳を当ててじゃれついてくる。
    ホント、にゃんこみたいでカワイイ。
    けど…。コレは、マズイな。
    …主に俺が。イロイロと。

    「…あー、美奈子サン?ちょっと、ソレ。ヤバいから。」
    「え?」
    「その…イロイロ、当たってる…」
    「当ててるの!…って言ったら?」
    「っ…!あんたね…。ここじゃダメ。湯当たりする。」

    ミジンコレベルの理性を総動員して
    なんとかガマンする。
    まったく…エッチなにゃんこめ。

    「ふふっ。ここじゃなきゃ良いの?」
    と、上目遣いで美奈子がニヤリと笑う。
    こんな煽り方、どこで覚えてきたんだ…。

    「……イイの?そんなこと言って。今日はダメって言われても、イヤって泣かれても、ゼッタイ止めてやれないからな?」

    “覚悟、しろよ?“と耳元で囁くと
    美奈子は「しまった」という顔をして
    明らかに温泉のせいではない理由で
    全身をピンク色に染めていった。

    ◆◆◆◆◆◆◆

    朝。

    天井の観測ドームから差し込む
    朝日の眩しさで目を覚ます。

    枕元に置いたメガネをかけて
    ゆっくりと体を起こす。

    隣には規則正しい寝息を立てた美奈子がいる。
    深く眠っているようで、これはしばらく起きなさそうだ。
    まぁ、昨日は…。だいぶ、無理させたなと思うし。

    ちらりと見やると、その全身には昨晩の痕跡が無数に残っていて
    「流石にやりすぎたか…?」と、ほんの少しだけ反省した。
    コレは絶対「もうっ!」って怒られるヤツだな…。


    美奈子を起こさないように
    観測ドームの日差しを遮るため、
    備え付けのシェードを閉めた。


    1階に降り、冷蔵庫からミネラルウォーターを取り出す。
    一口煽って飲み込むと、その冷たさにだんだん目が覚めてくる。

    「そうだ、みんなに連絡しなきゃ。」

    協力者たちへ、無事成功したことと
    お礼を告げるためスマホを手に取った。


    ◇◆◇◆


    「…。ん…。」

    ゴソ、と手を動かす。
    隣にあるはずの温もりがないことに気づき
    私はゆっくりと目を開けた。

    「…実くん?」

    彼の名前を呼んでみるが、返事はない。
    ゆっくりと起き上がり、周りを見渡す。

    自分が何も身につけていないことに気づき
    ふと体を見ると、胸にもお腹にも、足にも腕にも。…ちょっとエッチなとこにも。
    昨晩、彼にこれでもかとつけられた痕が
    白い肌の上にくっきりと残っている。
    それを見て寝起きのボンヤリしていた頭が急に
    クリアになり同時に昨日のことを思い出して
    思わず「きゃっ!」と大きな声を出してしまった。

    その声を聞きつけて、バタバタと
    階段を駆け上がってくる足音がする。

    「美奈子!?」
    血相を変えた彼がベッドルームに飛び込んでくる。

    「どうした?なんかあった?大丈夫か?」
    すごく心配そうな顔をして覗き込んでくるけど…。

    「…実くん。ここに座ってください。」
    「ハイ…?」

    私はベッドで布団を抱き抱えたまま
    ぽんぽん、とベッドのマットを叩き
    有無を言わさずそこに彼を正座させた。

    「…これは、やりすぎです。」

    抱きしめた布団をちらりと下げ、肩や鎖骨、
    デコルテ部分を見せると
    なんのことか察したのか、罰が悪そうな顔をして
    「ゴメンナサーイ…」
    と目を逸らして謝ってくる。

    「もうっ、全然反省してないでしょ!」
    「イヤ、してるよ!流石に、“ちょっと“やりすぎたかなって…」
    「“ちょっと“?これのどこがちょっと!?」
    「あー、えっと…。んん…。ハイ。チョットじゃない、デス…。ゴメンナサイ。」

    身長185cmもある彼が、叱られてしょぼんとして、小さくなっている。
    心なしか髪の毛までシュン…と、しおれてるように見えて。

    「…プッ」

    その様子を見てなんだか可笑しくなって吹き出してしまった。

    「え?ナニ?そこ、ウケる?」
    「もう…ずるいんだから。」
    「ゴメンな?」
    「まぁ、今は冬だから、まだいいけど…。あんまり付けるの、ダメだからね?」

    本当に反省しているか微妙な彼にクギを刺しながら、しばらくはタートルネックしか着られないなぁ、と思った。


    ◆◇◆◇

    目を覚ました美奈子にシャワーを浴びるよう促し、俺は冷蔵庫を開けて簡単な朝ごはんを作る。
    作るって言っても、トースト焼いて目玉焼きとウインナーにちょっとサラダ盛り付けただけの、テキトーなものだけど。

    2人分用意してダイニングテーブルに並べたところで、ちょうどシャワーを浴び終わった美奈子が出てきた。

    「わ!作ってくれたんだ!ありがとう!」
    「イイエ。まぁサラダ以外、焼いただけなんだけど」
    「ううん、美味しそう!」

    そう言って美奈子はニコニコご機嫌な様子だ。
    さっきまでキスマーク付けすぎたこと
    プンスカ怒ってたのに…。
    朝ご飯目の前にしたらすっかり機嫌が直ってる。
    これは…よっぽどオナカ、空いてたな?

    まぁ、そういう子どもっぽいとこも
    カワイイと思ってしまう俺も大概なワケだけど。

    俺は自分用にコーヒーと、美奈子には
    紅茶を入れてテーブルに着く。

    「いただきます!」
    「いただきマス。」

    2人で朝食をとり、今日の予定を軽く決める。
    とは言っても帰るだけなんだけど。


    「あ、今日は無理だけど、来週時間ある?婚約指輪、一緒に見に行きたいんだけど。」
    「…っ!う、うん。大丈夫だよ」
    「ん?なんか今、間があったけど…ほんとに大丈夫?」
    「うん!もちろん大丈夫!ただ、その…」
    「?」
    「ほ、本当に実くんと結婚、するんだなぁって、思って…」

    急に恥ずかしくなったのか頬を赤らめて俯く美奈子。

    「そうだよ?昨日言ったでしょ?結婚してくれって。」
    「う、うん。そうだね。」
    そういうと美奈子は自分の薬指につけているリングをそっと撫でる。

    「あっ!そうだ。婚約指輪買いに行く前にその指輪の直し、してもらわないと」
    「えっ?直し?」
    「そ。そのプロポーズリングのピンクダイヤ、本当は婚約指輪用のなんだ。」
    「え…じゃこの指輪は真ん中のとこ石なくなるの?」
    ちょっと悲しそうな顔で美奈子がいう。

    「ううん、そこにジルコニア入れてもらって、普段使いできるようにしてもらうんだ。その直しだよ」
    「あ、そうなんだ。これネコちゃんがモチーフになってるよね?すごくカワイイから、できたらずっと付けてたいなって思ってたの」
    ホッとした表情で美奈子が微笑む。

    「そんなに気に入ってくれたんなら、作ってくれたあの人も喜ぶだろうな」
    「誰が作ってくれたの?」
    「それは…来週の指輪の直しの時のお楽しみだ。ゼッタイびっくりするよ?あんた。」
    「えぇっ?だ、誰だろう…GORO先生?」
    「ヒミツ。」
    「えぇ…」

    先方には既にアポ取得済みだ。
    美奈子を連れて会いに行く。

    来週が、楽しみだな。


    Fin.
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