全身を駆ける鋭い痛みで、ギコヤは目を覚ました。
それはすなわち、思念体であるギコヤが依り代とする肉体の本来の持ち主が意識を失ってしまった、という緊急事態である。
そのことを理解しているギコヤは、所有権を得た肉体を通して、眼球だけを動かして周囲を見渡す。
すると、すぐに答えが出た。
どういう経緯かまでは不明だが、肉体の本来の持ち主がよくつるんでいる人間に異常が起きているらしい。
猫を模したアーマーに身を包んだ人間は、上体を前屈みに、両腕をだらりと垂らし、ゆらゆらと不安定にゆれている。
普段から挙動が面白い部類の人間ではあるが、それを差し引いても様子がおかしい。
頭部は地面へと向いていたが、もとが獣であるギコヤには、猫型のメットの奥の眼光がこちらに向いていることに気がついていた。
「ったく、めんどうくせぇ………」
ギコヤは主導権を得た肉体を動かし、ゆっくりと起き上がる。
それと同時に、月明かりに光る黒猫のような色をした塊が、こちらに飛びかかって来た。
が、ギコヤはうろたえることなくその動きを見切り、勢いを殺すべく、猫の頭部に鋭い回し蹴りをお見舞いする。
すると、猫は一瞬、さもその場で飛んだかのような姿勢で停止した。
その刹那にギコヤは姿勢を整え、猫の比較的無防備な腹部に重い前蹴りをめり込ませる。
猫は、飛びかかってきた時と同じ速度で、廃墟と思しきコンクリートの壁にぶつかるまで一直線に飛んでいった。
コンクリートが爆発音とともに砂埃をあげる、その後に訪れる静寂の中、視認こそできなかったが瓦礫が遅れてガラガラと崩れる音が聞こえてきた。
だが、まだまだこんなものではないだろう。
そう確信して、ギコヤは自らがこしらえた銃を構える。
「こんど拾い食いはしたらいけねぇって教えてやらなきゃなぁ」
茶化しつつも、目は離さない。
気が抜けない状況に変わりはないのだ。
「小僧の手前、俺手ずから楽にしてやるわけにはいかねぇんでなぁ その代わり死ぬほど痛くしてやるからせいぜい気張れよ」
そう言って、ギコヤは引き金を引いた。