繋いだ手を離さないで*
熱に浮かされる日に見る夢はいつだって最悪だ。
何かに追い回される夢、道に迷ってぐるぐると彷徨っている夢…そして、敢ちゃんが私の前からいなくなる夢……
夢の中の私は必死に敢ちゃんの背中を追いかけるけど追いつけなくて、ようやく手が届きそうな距離に行くことができても、許さないというように反対から義郎さんが私の手を引くの。手を伸ばしても虚しく空を切り、「行かないで!」と叫んだところで目を覚ます。
目を覚ました私は必ず泣いていて、息苦しくて呼吸が浅くなる。夢で良かったという安堵と、その夢がいつか現実に起こるのではという不安で、しばらく涙が止まらなくなってしまう。
「由衣、大丈夫か?」
あぁ、これは幻聴だろうか…
私を呼ぶ敢ちゃんの声が聞こえて声のした方に顔を向けると、こちらを覗き込む彼がいた。
これは夢の続き?それとも……
「かん…ちゃん……?」
「おう、具合どうだ?随分魘されていたが…」
「ど…して……?今日帰れないって…本物の敢ちゃん…?」
「あ?お前が熱出して帰ったって聞いたから、急いで帰ってきたんだよ」
起きられるか?と聞かれたけど、体が重く起こす気になれなくて、ふるふると首を振る。
「そうか、もうちょっと寝るか?」
「…ん」
寝たらまたあの夢を見るのかな…そう思うと寝るのが怖くて、天井をじっと見つめてしまう。
「どうした?」
敢ちゃんの手が伸びてきて私の頭を撫でてくれる。そのまま頬を撫で、目元に触れると涙を拭ってくれた。
敢ちゃんの大きな手に優しく触れられると、あぁ、なくしたくないな、離れたくないな、という気持ちが強くなる。また涙が滲んて鼻の奥がツンと痛くなった。
「敢ちゃん、移っちゃうよ」
「大丈夫だ」
「でも……」
「しんどそうだな。熱計ったか?」
「はかってない…」
「ったく、…由衣、ちょっといいか?」
「ん?」
敢ちゃんの手が伸びてきて私の額にかかった髪をのけると、顔が近づいてきてコツとおでこをくっつけられた。
「!?」
突然のことに体が飛び上がりそうになるが、そんな体力はなく、されるがままになる。あまりの衝撃に余計に熱が上がった気がする…
「まだだいぶ高いな。ここにいてやるからゆっくり寝てろ」
「うん…」
「苦しくないか?」
「だいじょうぶ……」
「起きたらなにか食べられるもん作ってやるからな」
「ん…」
布団の上からとんとんと叩かれ、いつもなら子ども扱いされているみたいって拗ねるところだけど、今はずっと触れていてほしいとさえ思う。
「……敢ちゃん」
「どうした?」
「……手、握ってくれる…?」
布団から恐る恐る手を出すと、敢ちゃんがその手を取って握ってくれた。夢の中では遠かった敢ちゃんが、今私のそばにいる。届かなかった手が、今私の手を握ってくれている。
それがとても嬉しくて安心して、敢ちゃんの温かくて大きな手を握り返す。するとまた力を込められ、敢ちゃんのぬくもりをより感じることができて、止まっていた涙がまた溢れ出した。
「離さないでね」
「おう」
「私のこと、離さないでね…っ」
「離さねぇよ」
「っ…うぅ…」
「おら、熱上がっちまうだろ。どこにも行かねぇから、もう泣くな」
反対の手で涙を拭い、また優しく髪を撫でられると、次第に呼吸が落ち着き、触れられる心地良さに瞼が重くなってきた。あれだけ寝るのが怖かったのが嘘みたい。けれど、敢ちゃんがいてくれるから、もうあの夢を見ることはないだろうと思えた。
「頼まれたって、離してなんかやらねぇよ」
微睡みの中で、そう言う敢ちゃんの声が聞こえた気がした。
fin.