Addicted to you*
一日の終わりに敢ちゃんに電話をかける、それがいつしか日課になっていた。寝る前に敢ちゃんの声を聞きたい!というわがままを、文句も言わずに叶えてくれて、疲れているはずなのに長々と話を聞いてくれる優しさに、好き!と言わずにはいられない。
「おやすみ、敢ちゃん。大好き」
「おー、早く寝ろよ」
許されるのなら夜通し敢ちゃんの声を聞いていたいけれど、残念ながら明日も仕事なので仕方なく電話を切って布団に入る。
幼い頃から恋をしていた敢ちゃんへの想いがようやく実を結び、恋人同士になって早数ヶ月。恋人になってからの敢ちゃんはとにかく甘くて、スキンシップも思いの外激しくて、キャパオーバーしてしまうことも多々…とにかく幸せな日々を過ごしていた。
だけど、たった1つだけ悩みがある。
敢ちゃんからの「好き」を1度も聞いたことがない。いつも私から好きを言うことはあっても、敢ちゃんは好きと返してくれることはなく、「おー」とかそんな返事ばかり。俺も好きだよ、なんて返してくれる日が来るのを心待ちにしているが、残念ながら今のところ望みが薄く、少しだけ寂しさを覚える。
「あの頃に比べれば、贅沢な悩みよね」
敢ちゃんが死んでしまったと思い、甲斐さんの事件を解決するために虎田家に嫁ぎ、想いを伝えることが許されなかったあの頃を思うと、好きと伝えられることがどれほど幸せなことか、痛いくらいにわかる。
好きと言われてないからと言って敢ちゃんの想いを疑うなんてことはない。それくらい、大事にされていると実感しているし、愛情だって伝わってくる。だけどやっぱり言葉にして欲しいと思うのは、わがままなのかな……
「よし、決めた…!」
次に敢ちゃんが家に泊まりに来たときは、絶対に敢ちゃんの口から好きを言わせてみせる!そう決意して、その日は眠りに就いた。
*
休日が被った前日の夜は、敢ちゃんが家に泊まりに来るのが2人の間で暗黙の了解になっていた。
敢ちゃんに料理を振る舞い、美味しそうに食べてくれる姿を見るのは大好き。ご飯の後に並んで後片付けをするのも大好き。全て終わってソファでほっと一息つき、ビールで乾杯するのも大好き。敢ちゃんと一緒にいると、1つ1つ宝箱にしまいたいくらい大好きな時間がどんどん増えていく。
今日もいつものように一日の用事を終えると、敢ちゃんに寄り添うようにソファに座った。
「ねぇ、敢ちゃん」
「あ?」
「私のこと、すき?」
「……はぁ?何言ってんだ急に」
「急じゃないもん。敢ちゃんに好きって言われたいなぁってずっと思ってたんだもん」
「……んなの、こうやって一緒にいんだから、言わなくてもわかるだろ」
「わかるけど!けど言ってほしいの!本当はおはようと同時に好きだって言ってほしいし、おやすみのときも言ってほしいし、毎日好きって言われたいの!」
私があまりに熱弁するから敢ちゃんが困惑しているのがわかる。だけどやめない。今日こそは絶対に引かない。
「敢ちゃんが私のことを大事にしてくれているのも好きでいてくれるのもわかるけど、ちゃんと言葉にしてくれないと嫌。私ばっかり好きって言ってるの、ちょっと寂しいのよ。ねぇ、駄目?お願い、敢ちゃん」
駄目押しでじっと敢ちゃんを見つめる。敢ちゃんが私のお願いに弱いことを実は気付いているので、目で訴え続けた。
「……あーもう!わーったよ!1回だけだぞ!?」
「!うんっ!!!」
1回だけじゃなく何度も言ってほしいけど、それを言ったら取り消されそうなので、今はこれで我慢しよう。期待に胸を膨らませ、絶対に聞き逃さないように敢ちゃんを真っ直ぐ見つめた。
「あー…その…なんだ……」
目を逸らして首の後ろを触り、恥ずかしそうにしている。照れてる敢ちゃん可愛いな、などと思っていると、不意に目が合った。
「……好きだ」
その言葉が耳に入って来た瞬間、時が止まった気がした。たった3文字の言葉を飲み込むのに時間がかかり、ようやく脳が理解したかと思うとぶわっと身体の熱が上がっていくのがわかった。だってこんなの…こんなの……
「…これで満足か?」
「……」
「おい、由衣?」
フリーズしてしまった私の顔を敢ちゃんが覗き込む。視界いっぱいに広がる敢ちゃんの顔に飛び上がり、つい背中を向けてしまった。
「や、やっぱりいい!毎日なんて言わなくていい!」
「あ?由衣が言えって言ったんだろ?」
「だって…これはあまりにも……は……は…」
「は?」
「は、破壊力が高すぎる!」
「……はぁ!?」
「無理無理!こんなの毎日聞いたら死んじゃう!だからもういい!言わなくても大丈夫!今まで通りの敢ちゃんでいて!」
火照った顔を隠すために、ソファの端に置いてあるクッションを抱きしめて必死に訴える。世の中のカップルたちはこんなに心臓に悪いことを毎日やっているの!?いや、全員が全員そうじゃないのはわかるけど、好きって言われて耐えられている人たちに、どんな秘訣があるのか聞いて回りたい。
「おい由衣、こっち向けよ」
「む、無理!…あっ!ちょっと!」
抱きしめていたクッションを奪われて振り返り敢ちゃんを見ると、敢ちゃんは口角を上げて楽しそうに笑っている。その意図が分からず、慌てて再び背中を向けた。
何かのスイッチが入ったのか、背を向けた私に敢ちゃんがジリジリと近づいてくる。ソファの端まで移動すると、それ以上は逃げようにも逃げる場所がなく、あっという間に捕まり後ろから抱きしめられた。
「由衣」
耳元で低い声で囁かれ、小さく身体が跳ねる。その声がダイレクトに耳に入ってきて、顔から火が出てしまうのではというくらい熱いし、心臓が壊れてしまいそうなくらい音を立ててうるさい。力強い腕に包まれているから離れることもできなくて、せめてもの抵抗として手で顔を隠す。
「…愛してる」
「っ」
思いもよらない言葉に勢い良く振り向くと、敢ちゃんは笑っていた。悪戯が成功して喜んでいる小さい男の子みたい。
「やっとこっち向いたな」
何その顔、ずるい、って言おうとしたら唇を塞がれ、その言葉を口にすることはできなかった。結局負けっぱなしだ…と思うと悔しい気持ちがないわけではないが、こんなにも甘いキスを贈られると、もうなんでもいいや、と思ってしまうのだった。
fin.