小鳥達の声に混ざって、子供達の囀る声が聞こえる。
閉じた瞼の先より漏れてくる光は、寒々しい此の頃らしく僅かに青みを帯びていた。
嗚呼、──退屈だ。成さねばならぬことがあるというのに、此の矮小な体躯では不可能に近い。徒然なるままに日暮、硯に向かひて心に移りゆくよしなしごとをそこはかとなく書きつく……れるならば良いものの、残念ながら此処には其の硯すらもない。
『追いかけっこ』なるものをする子供等程の体力も気力も無い。
故にこうして適当な木に腰掛け、全身を持ってして自然を感じるくらいしか──俗に言う『ぼーっと』するしか──成せることがないのだ。
己の此の姿を見留めたのか、近寄ってくる足音が一つ。そこいらでじゃれている子供等のものでも、戦場で身を潜めるような気の張り方をしたものでもない。ならば此れは化け猫、椴松のものだろう。
「ただいま!木の実、採ってきたよ〜。食べる?」
想定していた通りの声がした。瞼を押し上げ、彼の方を見やった。その手にあるのは要黐。僅かな甘みはあれど、果肉の少ない小さな赤い実だ。あまり、好ましくはない。
「おかえり。せっかくだから、そこの子供達が遊び疲れてから、皆で食べよ。」
そう適当を述べる。食べ盛りの彼等なら、如何なるものでも〝美味しく〟頂けるだろう。
「いいね、そうしよっか!」
此方の意図を知ってか知らずか、彼は此の話を軽く流し、依然辺りを駆け巡っている子供等の方へ視線を移した。
「それにしてもあのふたり、ボクが木の実採りに行く前から走り回ってたよね?いくら鬼と河童だからって体力ありすぎじゃない?」
「あのふたりは産まれ持った妖力が強い分、体力の補填が利くんでしょ。」
最も、此の理屈ならば此処で与太話に興じる我等すら脇目も振らず駆けずり回れるものだが。野暮は言うまい。
「弱小妖怪のおれたちには羨ましい話だよね」そう言って彼等よりも己共の妖力量が少ない事にする。彼処の和に混ざるよう告げられぬように。
「ちょっと、一緒にしないでよ!市松なんてまだ子供の癖にボクより全然妖力多いんだからさ〜」
直ぐ様反論した椴松に、冗談めかして笑いながら返す。
「これは失礼。おとな達の妖力量と比べたら兎に角ちっぽけなものしかないから、つい」
「そんなこと言っちゃって!」
多少声を張り上げながら反論を主張する椴松の、言葉の合間に子供等の声が響き渡る。
「つかまえた〜!おれのかち」
「わ〜つかまっちゃった〜!もういっかい!」
「え〜しょーがねーなー!」
「わ〜い!」
其の声を耳にして、椴松の表情に僅かな影が差した。
「『追いかけっこ』かー。ボクがあれくらいの頃はあんな遊び、できなかったよ。殺気立った妖怪から命からがら逃げてた事はあってもね」
「笑えない冗談だね」
「あはは。でも、本当にそうだったんだ。ボクが子供の時は、一緒に遊べる友達も、守ってくれる親ってやつもいなかったから……。」
其れだけ告げ、言葉に詰まる椴松に掛けてやれる適切なものは無いものかと思考を巡らせる。……参ったな、こういった事は苦手なのだが。
「椴松はあいつらが羨ましいの?」
其れを聞き届けた椴松は、小さく笑って返す。
「ふふっ、羨ましい、かー。そうかもね」
其の瞳に宿るものには覚えがあった。姿形だけは成熟してあれど、精神が其の発達に追いつかなかった者の眼差し。所謂、見た目はおとな、頭脳は子供という奴だ。
……転生の際の忘却の過程を経ず窮屈な子供の身体に成神の精神を捩じ込まれた此方としては、是非とも代わってやりたいものだが。其の様な事は到底叶いやしないので、今眼前に立つ彼を慰める方法を考えねばならない。
さて、どうするか。
〝一緒に遊んでくれる友達〟の代わりとして戯れるものとして、『追いかけっこ』は面倒だ。それに彼が望んでいるのは其れそのものではない。
ならば、〝守ってくれる親〟とやらの代わりか。生憎今現在、差し迫った危険は無いので守る事もできない。他の、親代わりと成れる方法は……彼を子供と見て、甘やかしてやることだろうか。
「それじゃあ、おれが代わりに甘やかしてあげるよ」
そう告げる。聞き届けた椴松は、驚愕した顔で此方を見つめて言った。
「……ん?ちょっと待って何でそうなるの」
「追いかけっこは長続きしないだろうし、だったら親代わりにでもなってやろうかと。」
「親代わりと甘やかすのが同義ってイマイチよく分かんないわ!それにボクより小さい君がどうやってボクを甘やかすの」
おっと、そうだった。外から見る分には完全に子供である此の姿の儘では、下手すれば彼に屈辱のようなものを与えかねない。一先ず大きさだけでも彼より上回らねば。ならば、
「椴松が獣化して縮小化すればいいよ。そうすれば、取り敢えず撫でることくらいはできる」
「わ〜確かに!ってそうじゃなーいいや、待てよ……ハッまさかただただ猫撫でたいだけ」
そう来たか。まあ面白いので良し。そうしてやることにした。寧ろ、告げられてみれば久々に猫を撫でたいような気がしてきた。こうなったら、意地でも撫で回してやろう。
「ばれちゃったか、まあいいや。ほら、両者両得って分かったんだから早いとこ変化宜しく。嫌なら強制変化させてあげよう」
「ちょっとぉボクの拒否権はぁ」
「無いよ 」
「ひどーっ」
逃げ惑う椴松を追い回し、強制的に猫へと変化させ撫でくりまわした結果、最終的に集まってきた子供らも合流し彼は随分と揉みくちゃにされてしまった。
詰まるところ、親代わりになってやる事はできなかったのだが、彼の気は紛れただろうからまあ、問題ないだろう。