空に祈る『オイ、暁人これ見てみろ』
「何?あ・・・・」
いつものようにふよふよとソファに浮かぶ霊体のKKが不意に暁人を呼んだ。
テレビに映るのは、今日花火大会が行われるというニュース。
「そっかあ。もうそんな季節なんだね」
『だな。・・・・・行ってみるか?』
「良いけど・・・・また、『いつもの』やるの?」
そう言って耳を指さす。
外に出るときいつもやる、「電話で話してる」を装うためのフェイク。
「人が多いとこじゃ難しいかも・・・・流石に違和感あるし。」
KKと・・・花火、見たいけど、なあ。
そう言ってそっと目を伏せる。
ったく、そんな寂しげな顔すんじゃねえよとKKが困ったように言う。
『じゃあ、人の居ないところならいいだろ?』
「って、ドコ行くつもり?大体の高いビルは人で埋まってると思うけど・・・」
こんな時あの力がまだ使えたらなあ、と暁人が右の掌を見つめる。
グラップルで天狗に普段はいけないようなビルの上まで引き上げてもらえたら、
それで問題解決なのに。
あの力はあの世と強く干渉してしまう。
それでなくとも、KKと融合したことであの世に近い存在になってしまった僕は、
彼らと関われば関わるだけ、この生者の世界で生きていくことが難しくなる身体になってしまった。
頭痛に幻覚、果ては霊力を失って気絶してしまうこともある。
だからと言って、KKを切り離してまで生きながらえようという気はさらさら無い。
それについては、最初は揉めたが今ではKKも理解してくれている。
そうするくらいなら、ともに生きる手立てを考えようと。
最期まで自分たちらしく二人で生き抜こうと、そうふたりで決めたんだ。
この人の多い街中では、マレビトの多い夜中に出歩くことも、
天狗に力を借りることも難しい。
でも、と暁人は思案する。マレビトは人の瘴気から生まれる化け物だ。なら、
「・・・・ね、KK。東京じゃなくても、」
『・・・・どっか行くか』
二人の言葉が重なる。ふふ、と笑って霊体の彼と見つめ合った。
「さすがKK。僕の考えなんてお見通しだったね」
『まぁな。さすがだろ?相棒』
ーそうだ。できるだけ人の少ないところなら、こっそりと二人きりの時間を過ごせるかもしれない。
たとえそれが叶わないとしても、良い気分転換にはなるだろう。
暗闇に紛れてなら、一人で喋る違和感も消せるかもしれないし。
『そうと決めたら、場所探しだな。ホラ暁人、パソコン立ち上げろ。今日中に予約するぞ』
「ええ!?もう気が早い・・・」
『こういうのは早けりゃ早いほどいいんだよ、ほらさっさとする!』
「もう・・・はいはい」
また体の中に潜り込んできたKKが、早くしろと右手を引っ張って急かす。
暁人も笑って、言われる通りにデスクの前に座り、ノートパソコンを開いた。
「ね。KK、これって・・・お泊りデート、ってやつになるのかな?」
『・・・・キスしたり抱きしめたりできねえのが寂しいがな。ま、それ以外は出来る』
「一緒に美味しいごはん食べて、美味しいね、って言えないのが一番つらいよ」
『その分オマエがたくさん食え。オレはそんなオマエを見てるだけで腹いっぱいだよ』
「うん、そうする。あー、やっぱり温泉かなあ・・・湯治っていうしちょっとは良い霊気吸って元気になれるかも」
『オイ目的忘れんなよ花火だろ花火!』
「あ、そうだった」
笑いながらそうしていくつかの候補を探し出す。話し合った結果、東京からほど近い熱海の宿を取ることにした。人はまあ多めだけれど、平日なら何とかなるだろう。
最初は一泊のつもりだったが、連泊割りのサービス付きのオーシャンビューの部屋が破格の値段で取れたので即決だった。
「へへ、海に行くのも久しぶりだ。さすがに水着までは・・・必要ないか」
『オイオイ、はしゃぎすぎてパンツまで濡らすなよ?』
「もう!外でエッチないたずらとか止めてよ・・・?」
かあ、と真っ赤に頬を染める暁人の声を聞いて、
本当なら今すぐその気にさせてやりてえんだがな、と笑う。
自由に動く体も持たないくせに、この男は暁人を蕩けさせることに関しては天才かというほどの才能を発揮するのだ。
さて宿が決まればあとは準備だけだ。幸いにも用意するべきは暁人ひとりの着替えと少しの持ち合わせやこまごましたものだけで済むのだから、バックパック1つで事足りる。
「こういう時、僕たちの場合は身軽でいいよね」
『まあな』
本当は二人で。1つの布団に抱き合って眠って、揃いの浴衣でも着てしっぽりと花火を眺めるなんていうお決まりのデートも楽しみたかったが、それが出来ないことを今更悔やんだとてどうしようもない。
それでも、弾む暁人の声が、そして胸にとどく熱い鼓動が、KKにはひどく心地よく嬉しかった。
顔は見えなくともほころぶような笑顔を浮かべていることが分かる。
「・・・・楽しみだね、旅行」
『・・・ああ』
ーところでその前に、”お楽しみ”をくれてもいいんじゃねえのか?ハニー?
預けられたままの右手を腰に滑らせれば、もう!せっかくイイ感じで眠れると思ったのに!と暁人がぷうと頬を膨らませる。
「・・・・KKのえっち。やっぱり体無くてよかったよ。毎晩抱き潰されるとか洒落にならない」
『この体でもやろうと思えばできるんだぜ?確かめてみるか?』
「遠慮しておきます」
『そーかよ。残念だねえ』
くすくすと笑うKKと、胸の熱さにため息をつく暁人。
さあ、目が覚めたら出発だ。その前に体力が底を尽きないように、頼むからちゃんと手加減してよね、ダーリン?
ーーー
「ふぁ・・・・・・ねむ・・・・・」
『ーまあやっぱりこうなるよなぁ』
朝早いこともあり、幸いにも乗り込んだ電車は空いていて、暁人が乗り込んだ車両には人はまばらだった。
フェイクのスマホを耳に、こそこそと小声で話しながら、暁人がふわあと二度目の欠伸をする。
『しっかりしてくれよ、暁人。今だけ「中」変わるか?』
「まだだいじょぶ・・ってか、KKの所為なんだからねこれ」
『あー。まあ、な?』
そこに本人が居たなら軽くウィンクでもして腰を抱きながら許せ、なんて囁かれていただろう。
それがなくともやっぱり、すまん、オマエが可愛すぎて我慢とか無理だった。とか言われたらもう、そんなの許すも許さないもないのである。
ーこれで体力奪われるのが自分だけなのがほんっと納得いかないけどね!!?
心の中で文句を言いながら、それでものんきに鼻歌なんて歌っているKKにふふ、と笑う。
電車に乗って揺られていると本気で寝落ちてしまいそうだった。まあ、寝落ちたならKKが代わりに体を動かしてくれるのでそこは問題ないのだが。
『やっぱり少し寝とけ。代わってやる』
「ありがと。そうする」
言われるがままに目を閉じる。すう、と神経が切り離されて行く感覚。久しぶりに味わう、体の奥底に沈み込むような、心地よさに溶けていきそうだ。
(・・・花火、楽しみだな)
着いたらまず何食べよう、そんな事を考えながら暁人は眠りに落ちていく。
「・・・・おやすみ、暁人」
愛しい恋人を文字通り”体の中”に抱きしめて、KKも目を閉じる。
眠りはしなかったが、暁人の体の負担をできるだけ減らしておきたかった。
ーーー
「わー・・・・・!綺麗!!!」
『おー、絶景かな絶景かな』
熱海につくなりしゃきっと目を覚ました暁人は、おなか空いた!!とガイドブックで調べていたであろう店を探して駆け込み、見ているKKがうんざりするほどの量の昼食を平らげた。その後は散歩がてら海辺を歩き、ご機嫌で宿に向かう。
ホテルへのチェックインを済ませ、宛がわれた和室の窓を開ければ、オーシャンビューの名の通りそこにはどこまでも続く青い海が広がっていた。
「ここからでも充分花火は見られますよってフロントの人が言ってたけど、どうする?」
『せっかくだから外で見ようぜ。人が多くなりそうなら帰ってくればいい』
「そうだね。あー楽しみ!」
『それよか・・・着替えねえのか?ソレ』
言われて手に持った浴衣に目を落とす。いわゆる部屋着に使うものではなく、外出着用の薄い紺地に白い千鳥柄の入った上品な仕立てのそれは、今無料で浴衣の貸し出しサービスをやっていますよと言われて何気なく手に取ったものだった。
「・・・思わず手に取ってきちゃったけど、これってほんとに男性モノ?可愛すぎたかなあ・・・」
『いいじゃねえか、ぜってえ似合うって。着てみろよ』
言われるがままに服を脱ぎ、それを身に着ける。浴衣を着て出かけるなんて・・・いつぶりだろう。
ちくん、と胸が痛んだ。母の浴衣を着てお祭りに行ったあの日の麻里を思い出す。
あの日麻里は嬉しそうに笑っていたけれど、本当にそれは本心だったのだろうか。
『ーーー暁人』
は、とKKの呼ぶ声で、帯を締める手が止まっていたことに気づく。
「ごめ、」
『今はせっかくのデートだろうが。楽しいことだけ考えろ』
「・・・・うん、そうだね」
こうしてあの時も、KKが引き上げてくれた。止まりそうな足を、心を、背中を押してくれたのは。KKだ。
だからこそ、喪わなくて済んだことに心の底から安堵した。もう、僕のこの体が終わりを迎えるまで、離れなくてもいいんだと。
それが同時に、彼以外との深い関わりを拒むことになろうとも、構わなかった。
僕はあの日死んだ。だから厳密にはこの僕はあの日の『伊月暁人』じゃない。
僕の中にはKKが居る。そして、KKの中にもー僕が居る。
KKが僕の心に気づいたのか、さあ、行こうぜ相棒、と右てのひらをぎゅっと握った。
ーーー
からん、と下駄の音が鳴る。ドーーーーン、と遠く花火の音が聞こえた。
「・・・始まったね」
『ああ・・・・良いもんだ、やっぱりな』
結局僕らはこっそりと天狗に力を貸してもらって、ホテルの屋上でひっそりと二人だけの花火を楽しんでいる。
「これ見られたら怒られるかなあ・・・」
『一応影になる部分だし見えねえよ、大体みんな花火しか見てねえって』
「そうだね・・・・ほんと、綺麗」
轟音と、夜空を彩る華やかな光たち。
もうこんな景色、二度と見られないと思ってた。
『・・・・なあ暁人。生きててよかったろ』
いつものように耳元に手を当てて、KKが囁く。そうだね、とキスするように手のひらギリギリまで唇を近づければ、ふ、と漏れる吐息のような声がした。
『クソ、襲っちまいてえ』
「したら本気で怒るよ?」
『わあってるよ流石にしねえって』
とは言え、普段と違う雰囲気に浴衣に花火。互いに欲に火を点けられない訳はない。
でも今日はもう少しだけ、我慢。
この景色を、目に焼き付けていたいから。
ぐおお、と色気のない苦悶の声を聞きながら、暁人は光が彩る空を見つめた。
(ーー願わくば来年も、こうして二人で花火が見られますように)
『暁人。・・・来年もまた来ような』
いつのまにか体から抜けでて霊体となったKKが目の前にいた。
そしてまた心を見透かすような言葉に、暁人は笑う。
「もちろん。・・・・KKと一緒なら、どこにだって行くよ」
ーなんせあの世まで一緒にいった仲だからね。
その言葉もきっと、何も言わずとも届いているだろう。
透けた身体の恋人に、そっと唇を寄せる。KKが笑って、キスしてえな、と呟いた。
いつかどうにかして彼に体が戻ったら、したいことはたくさんある。
けれどそんなことさえ些細なことだと思えるほどに、暁人はいまこのKKと一緒に居られることを、心から嬉しいと思うのだ。
『ほら暁人、花火終わる前に部屋戻ろうぜ。花火みながらヤリてえ』
「ほんっと、それしか考えてないのかよエロオヤジ」
『浴衣のオマエの乱れる姿なんてそう何度も見れねえんだから仕方ねえだろうが。ほら行くぞ』
結局早く早くと急かされるまま、ワイヤーを使って一気に地上まで降りる。誰も見てないよね?もう。力使い過ぎだってば。
そしてそのまま部屋になだれ込みー
暁人がぐしょぐしょになったシーツを抱えて「・・・泣きたい」とべそをかいたのは、翌朝の話。