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    次回で無事ハッピーエンドの予定です。登場人物全員納得する形で終わりますように。

    #ばじふゆ
    bajifuyu

    胎告【中編】 例えば、かの有名な狼男と人間の女性から産まれた二人の狼人間のアニメ映画。その映画では二人の狼人間が狼として生きるべきなのか人間として生きるべきなのか姉弟の葛藤が描写されている。結局弟は狼として、姉は人間として生きることを選んだ。これは『二人』と言うのも憚られる結末だ。
     映画を圭介さんと見た時、圭介さんが隣で涙ぐんでいるのを感じていた。圭介さん、ああいう動物系の感動話に弱いから。
     オレは、というと。「結局半端者は半端者のままではいられない」という現実を見せつけられていた。
     姉弟は選択を強いられた。自分たちの母親ではなく、世間に、世界に、どちらか選ぶように強いられたのだ。
     映画では姉弟が自分達でそれぞれの人生を決めているようにも見えるが、世界が彼らの違いを受け入れる『覚悟』をしていたのなら、もっと違う選択をしていたのではないか。少なくともオレはそう思っていた。あれは己として生きるのを許される為の選択だったと。
     ならば今のオレは?今のオレはなんなんだ?
     男の体を持ちながら、何処から携えてきたのかもわからない子袋の中にガキを包めて。これが完全ではない、半端者ではないと言うなら何だと言うのだ。

    「夫と話をしてきました」

     もし、半端者でなくなる条件が許されることであるのなら。オレを『千冬』であって良いと許す人は、半端者でもいいと認めてくれる人は、場地圭介ただ一人でいい。それで、いい。




    「二ヶ月らしいです、お腹の子」

     先日診察してもらった病院の女医に産む旨を伝えに行き、前回よりも精密に体を見てもらった。子供は二ヶ月前からオレの体に住み着いているとのこと。

    「三ヶ月越えるまでは流産の可能性もあるみたいで、産むと決めたなら安静にしてろとのことです」
    「そっか…しばらくは千冬の代わりにオレがたくさん頑張らなきゃな」

     ぽん、と圭介さんの手がオレの丸い頭を撫でて世界一愛されていると自覚させられるような笑顔を向けてくる。
     あの日、ずっと一緒にいて気づくことができなかった圭介さんの本音を聞いてオレはこの腹の子を産むことを決意した。圭介さんが、オレを逃がさないという『覚悟』を見せてくれたから。

    「千冬」
    「はい?」
    「ありがと、産むって言ってくれて」

     この人はオレが優しいから子がいれば間違っても離れるようなことをしないと言っていた。
     離れるわけない。離れられるわけないのに、あんな不安を孕ませた独占欲のようなものでオレを縛ろうとするのだからそれに応えなければならない。
     ずっとずっとオレばかり不安になっていた。
     お揃いの指輪をつけて両親に挨拶しに行って、かつての仲間をお招きして式のようなものをして結婚同等の契りを交わしたとしても、所詮は婚姻の真似事。法に縛られることは無い代わりに世に認められることは無い。どこまでも自己満足で辞めようと思えばいつでも辞められる関係。途方も無く虚しい盛大なごっこ遊び。
     圭介さんだって、心の隙間では不安を抱えていたんだ。

    「オレと圭介さんの子なんですから圭介さんが望むなら、産みますよ」
    「でも千冬は産みたくないって言ったじゃん」
    「オレに離れてほしくないから産んでほしいんでしょう?」

    ならオレは圭介さんに離してほしくないからこの子を産むまでです。
     あーまた眉間に皺寄せてる。最近では仕舞うように頑張ってる八重歯も飛び出てるし。可愛くて眉間と八重歯をちょいちょいとつつけば慌てて表情を直すから愛しさで心臓がぐ〜っと締め付けられる。子供を素直に喜べなかった自分には母性が無いのではと一抹の不安があったが、この様子ならその心配は無いようだ。

    「絶対に離れませんよ。どこまでもアンタのお望みのままです」
    「オレも千冬の望み叶えなきゃ不公平だろ」
    「アンタに離されないことがオレの望みです」
    「もし千冬の望みのままにならなかったら?」
    「10万くらいの中古車にアンタとガキ縛り付けてトラックとチキンレースします」
    「お前度胸あるから絶対自分からじゃ止まらないだろ」
    「良かったですね、死ぬ直前まで一緒ですよ」
    「死んでも離さねぇよ」

     使い古された愛の言葉さえ本気に聞こえる。『死ぬ直前まで』の言葉を放った途端表情がごっそり抜け落ちてさも当たり前かのように「カラスは黒い」とでも言うように放つものだから照れる隙も与えられない。
     あの日から独占欲を隠さなくなってきたこの人は時々こんな、以前では見せることのなかった新たな表情を見せるようになっていた。




    「子供ができたんだ」

     流産の可能性がある今の時期は人に言うのは控えようと思っていたがどうしても最初に伝えたい相手がいた。

    「…え?誰の?」
    「当たり前だろタケミっち。オレと圭介さんのだよ」
    「当たり前…かァ?」

     これまた長い付き合いになるタケミっちには最初に報告しておきたかった。と言うのも、ヒナちゃんも絶賛妊娠中で妊娠中の心得を最も得やすい。ヒナちゃんはもう安定期に入っていて、安定するまでどう過ごすべきか教えてほしかった。

    「オレも圭介さんも医者も原因はわからないけど確かにデキたんだよ」

     ほれ証拠とエコー写真を見せれば全く不思議なものを見たと言いたげな顔をされる。悪ふざけだとしたらタチが悪すぎるし本当ならば「嘘だろ」と言うのも失礼に当たるから、反応に困るのだろう。当たり前だ、有り得ない話をしているのだから。

    「これ、本当に…千冬のお腹に?」
    「おー、正真正銘、ここにいるんだよ」

     さす、と正体不明の子袋の辺りを撫でながら恐らくの経緯を話すもタケミっちは首を傾げるばかりだった。まあ、急に言われて納得するのは難しいだろう。圭介さんと医者の受け入れの早さが異常だった。医者の方はわからないが。

    「…じゃあ医者もそれは間違いなく子供だって言ってるんだよな?」
    「うん。時期とか症状とか見ても二ヶ月の赤ちゃんだって」
    「…千冬はいいの?」
    「なにが?」
    「あくまでオレの意見じゃなくて一般論として聞いてほしいんだけど、それはおかしな話だろう?」

     自然、ピクっと顳顬が動く。慣れたように「睨むな睨むな」と宥められる。

    「あくま世間一般になりきっての意見だよ。千冬は女性じゃなければ子供を産めるように手術した男でもない、ただの完全な男なんだよ。それで、ただの完全な男は子供を身篭るハズなんてない」
    「わかってる」
    「だろ?」
    「だから?」
    「世間は思ったより『違うもの』に対して厳しいよ」

     そんなのは、わかりきっている。男性同士の恋愛に興じてる時点で、痛いほど。
     学生の頃は今よりもっと人々の視野は狭く、オレと圭介さんの関係を知った者に「ホモだ」と茶化されることなどよくあることだった。デートの時も恋人繋ぎをするだけですれ違いざまに好奇の目に当てられた。男女なら至って普通のことを普通にさせてもらえなかった。
     今は同性愛とは何ら無縁の偽善者が声を上げているお陰で大きく目立った被害に遭うことは少なくなったが、軽蔑の代わりに余計なお世話を頂くことが増えたから全く迷惑な話だ。

    「タケミチ、誰だかわかんねー世間一般と圭介さん、崖の淵に立っていたらオレはどちらを助けると思う?」
    「場地くんを助ける」
    「いいや、オレは圭介さんと崖から落ちる」

     質問の答えになってねーじゃんと相棒は諦めたように薄く笑う。何を言っても無駄だと、彼の顔には祝福が浮かんでいる。

    「それに最近仕事も在宅に切り替えてさ、今は朝ドラにハマってる」
    「あ〜千冬好きそうだもんな。ヒナも最近見てるし」
    「ヒナちゃん朝ドラ女優ぽい顔してるよな」
    「意外とバイオレンスなとこあるよ〜?」
    「お前が近付いてくる女にすぐデレデレするからだろ、朝ドラ野郎」

     ヒデー言い草だと怒鳴られ、緊張から飲むのを忘れていた結露しきった水を飲み干す。今度花垣家にお邪魔してタケミっちに朝ドラの良さを布教することもヒナちゃんと計画しようじゃないか。




     子を身篭ったと自覚してからあっという間に三ヶ月が経ち、今オレは妊娠五ヶ月という立場に置かれている。体の違和感が消えずに毎日ぐるぐる過ごしていただけで葉の色が濃くなっているのだからびっくりだ。
     ピッタリした服を着るとお腹の膨らみが顕著になってきて、オーバーサイズの服を多く持っていることに少し救われた。
     圭介さんは、というとオレの体を過剰に心配している。

    「だァら!買い物とかはオレ行くから今は家事だけでいいって!」
    「妊夫だって動かなきゃ難産になるんですよ!」

     大きな買い物にあまり連れて行ってくれなくなった。妊夫だって動かなきゃと説得したらぐぅぅ…と唸りながら車に乗せてくれるがあまりにも心配しすぎではないだろうか、もう安定期だというのに。

    「二ヶ月のとき流産だどうとか言ってたからどうしても不安なんだよ…」
    「も〜今は大丈夫ですって…」
    「絶対ではないだろ…」
    「逆に凄い難産でオレに先に死なれても困るでしょ?」
    「困る…」
    「なら買い物に連れてってください」

     本当なら買い物と家事程度の運動じゃ全然足りないのだが。この間も圭介さんの仕事中に散歩しに出て、その途中に見かけた野良猫と写真を撮って送ったら

    「大人しくしてろって!」

    と電話がかかってきたくらいだ。
     帰ってきた圭介さんに体に異常は無いか転んだりしてないかすごい血相で詰められて今度からは連絡してから行きますねと言えば「家にいろってぇ…」と頭を抱えられた。
     六ヶ月になる頃にはだいぶ順応してきたようで、休みの日にウォーキングしに行くのが日課になっていた。いつものコースにいる野良猫に構いすぎて帰るとペケに睨まれることが増えた。
     腹の子供も順調に大きくなっていて最初あんなに冷たい対応していたとは思えないほど女医も嬉々として腹の子の様子を見てくれていた。

    「体重が少し増えすぎですね。お祝いで貰ったものを律儀に全て食べていませんか?」

     それは全くの図星だ。
     ほとんどの友人に妊娠したことを報告して、皆最初は「何を言っているんだか」という顔をするが最後にはおめでとうと祝福の言葉をオレ達二人に被せてくれた。祝福の言葉が形になって見えるのであれば、まるでティアラを与えられたような誇らしい気持ちになった。

    「圭介さん」
    「ん?」
    「次の休み、母ちゃんたちに報告しに行きましょう」

     ただ二人、自分たちの母親への報告はどうしても燻っているままだった。




     なんと反対されようとも抵抗されようとも互いの気持ちが変わることなど有り得ないと断言できる。なんとしてでも産むし、孕んだばかりの頃あんなに憎たらしかった腹の子が最近になっては可愛いかもしれないと思い始めてきたのだ。確かにオレ自身が変化していた。

    「千冬の母ちゃんと会うの、何年ぶりだろ」
    「さぁ…高校卒業してからは会ってないんじゃないですか?」
    「ちぃ」
    「はい」
    「吐きそう」
    「…オレも、自分の母親に会うのに、こんなに緊張したことないです」

     圭介さんの母親への報告はサックリと終わった。「おめでとう、ありがとう。」と言われて自分に男から産まれる孫ができることにも何ら抵抗を見せず、寧ろ…

    「もうほとんど諦めてたことだから、本当に嬉しいの。圭介には千冬くん以外いないってわかってたし、自分の息子をこんなに大切にしてくれる人がいて、圭介が一番大切にしたいっていう人に出会えて、それだけで本当に本当に嬉しかったの」

     でもね、

    「圭介が千冬くんしか見えてないからこそ、孫は諦めてたから、ただただ嬉しいの」

     その言葉を貰って救われるのはオレではなく子供のハズなのに、堪らなく、オレまで救われた気分になってしまった。
     元々結婚すると言った時も何の偏見も感じさせず後押しをしてくれた人だった。オレと圭介さんの為だけじゃなくてこの人の為にも産みたいと思ったし、オレの母ちゃんにもその輪の中に入ってほしいとひたすらに願った。
     オレの母ちゃんは結婚することに対して一度些細な抵抗を見せていた。偏見からではなく、どうしても彼のことを許せないからだ、と。

    「母ちゃん、ただいま。」
    「お邪魔します」

     彼と並んで玄関に立ち、廊下の先にいる母親に聞こえるように発声する。中学高校とほぼ毎日のように変わらず繰り返してきた。ひとつ違うのは、ショルダーバッグに付いたマタニティマーク。

    「あらお帰り。来るなら連絡しなさいよね〜」

     あくまで笑顔で、母親はどこまでもいつも通りで学生のときの記憶そのままの母がそこにいた。思い出すのはあの日の母ちゃんのこと。初めて見せたあの激情は夢だったのではないかというくらい落ち着き払っていて、とても同じ人とは思えなかった。

    「今日ちょっと、話したいことがあって」
    「その前に靴脱いで手洗ってきなさい」

     全てがいつも通りでかえってつれなさを感じたが、なんとなくこうすることが母にできる精一杯の歓迎だったのだろうと今なら思う。
     招き入れられた何度踏んだかわからない床の軋みで高鳴る心臓の音を誤魔化した。
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