Dearここはプラント、参謀本部の入るビル。シホ・ハーネンフースはいつもの様に完成した報告書を上司に持っていこうとする最中、視界の端にキラリと光が見えた。
(…あれは?)
誰かの落とし物だろうか?
軍人として、いち個人として困っている人がいたら放っておけない質であるシホはその光る『何か』を拾うことにした。
それは手のひらに収まるサイズで、キラキラと光を反射する金の光沢を帯びた小さな輪っか。
そう、指輪だった。
滑らかな手触りと上品な色合いから街中のアクセサリーショップで見かけるファッションの為の安価なものではなく、給料何ヶ月分かを注ぎ込んだようなマリッジリングである事が見て取れる。明らかに安物とは材質が異なっていた
(何故こんな所に転がっていたのかしら?)
結婚指輪とは一般的にはパートナーがいることの証明であるが故、指につける人が大半である、とシホは認識していた。よっぽどの事がない限り外れる事はなさそうだけども…。
次々に疑問が浮かんできたが、内側を見た瞬間、そんな些細な考えは吹き飛んでしまった。
「……?!!?これ、って?」
高級そうな金のマリッジリングの内側にはアメジストが埋め込まれており、その反対側には『Dear Y』という刻印がなされていたのである。
Y…?ワイと書かれている…?まさか…??
…実を言うとシホはこの指輪をみた瞬間、ある人物に似ていると思っていた。敬愛する我が上司の副官である。
こうすると機嫌を損ねなくて済むぜ。
ブラックコーヒーの飲み過ぎで胃に穴を開けさせないためにもアイツのコーヒーを入れる時はミルクを入れてやってくれ。
などと上司の取り扱いマニュアルを叩き込んでくれたその副官の髪の色は、この指輪とそっくりのイエローブロンドなのだ。
そして彼の瞳は指輪に埋め込まれているアメジストと同じ色合いをしていたりする。
そして追い打ちとしてこの『Dear Y』という刻印である。
そう、このイニシャル。
我が上司のファーストネームなのである。
上司のイニシャルが刻印されている副官に似た指輪。
これはもう、『そう』なのだろう。
シホの中で一つの仮説が立ったちょうどその時、カツンカツンとフロアを歩く足音が聞こえた。
視線を上げるとそこにはプラチナブロンドを颯爽と靡かせながら規則正しく歩いてくる一人の男性がいた。
「ジュール中佐?!」
そう、敬愛する我が上司であり疑惑の人。イザーク・ジュールその人である。
今日は山のように積まれた書類を片付けるとかで執務室に籠もっているとの話だったが…。
「あぁ、シホか。どうしたんだこんな所で 」
イザークの視線は右往左往しており、それはまるで何かを探しているような仕草であった。
「私は中佐の執務室に向かう途中でしたけど…その、無礼を承知でお伺いますが、中佐は何か探しものをしておられるのですか?」
「あぁ、ソレがなくなっている事に先程気づいてな。執務室に行くまでに歩いた場所をくまなく探しているのだが…」
やはり探しものをしているらしい。余程大切なものなのか、平時であれば眼光鋭いアイスブルーの瞳はどことなく不安に揺れているようにシホの目には写った。
「…ん?まて、シホ。その手にあるのはまさか、」
イザークは周りに散らしていた視線をシホの手元に集中させていた。どうやら気づいたらしい。
「先程、そこの隅に落ちているのを見つけたのです。ジュール中佐の探しものはこちらでしたか 」
「い、いや…それはその…だな。これはオレのではなくディアッカの物でオレはだだ…奴の代わりに探していただけで…」
まくし立てるように早口で言い訳を重ねるイザークは仕事中では見たことがないくらいに動揺しており、上司の新たな一面をこんな所で知ることになるとは…とシホは少し感動していた。
敬愛している我が上司であるジュール中佐。
いつもであれば「あぁ、そうだったのですね 」と、このまま何事もなかったかのように返すのですが、このシホ・ハーネンフース、今回ばかりは先程の仮説を確信に変えたいので容赦はしません。
シホはひとつ、カマをかけることにした。
「へぇ、でもこの指輪の内側に彫られているイニシャルはDではなくYですよね?それに、サイズからしてエルスマン大尉の指には少々小さいのでは?」
「…ッッ!!!」
戦場では広い視野で状況を判断するイザークでも、殊の外プライベートで図星を付かれると言葉が出なくなるらしい。
シホはまた上司の新たな一面を垣間見ることになった。
それと同時に自分の中で立てた仮説…そう、イザークとディアッカがお付き合いしているという説が立証された瞬間でもあった。
「ジュール中佐 」
「…なんだ 」
自分で墓穴を掘ったことがショックなのか、イザークは額に手を当てて自己嫌悪に陥っている最中であった。
「私は別にお二人の事をとやかく言うつもりはありません。ただ、お二人を繋ぐこの指輪はもうなくさないように気をつけてくださいね 」
「シホ…」
自分の素直な気持ちを伝えつつ、シホはイザークの手に指輪を返した。
そう、シホは別に2人を差別したいわけでも嗤い者にしたい訳でもない。
ヤキン・ドゥーエ戦役、メサイア攻防戦と、大きな大戦を共にくぐり抜けてきた戦友でもある2人には幸せになって欲しいと心から願っているのだ。
「私はジュール中佐とエルスマン大尉の味方ですから。何かあったらお力になります!」
「…シホ、感謝する。オレは随分と良き部下に恵まれたものだ 」
「私こそ、頼れる上司に巡り会えて光栄です 」
いつか、対の指輪を指に嵌めるお二人の姿を見れることを楽しみにしていますからね。ジュール中佐。
シホはそんな未来が来ることを心から願っていた。
Dear
(親愛なる貴方へ)
(敬愛する貴方方へ)