それはほんの手遊び「リオセスリ殿の手は綺麗だ」
突然、そうのたまったフォンテーヌの最高審判官様は二言目にその手に触れてもいいだろうか?とリオセスリが了承を言葉を紡ぐ前にひとりでに手を触り始めた。
おかしい。
俺はただマシナリーの今後の増産計画についての書類を届けにきただけのはずなんだが。
人並み外れた知力と容姿を持つ、最高審判官様ことヌヴィレットは極稀に突発的な行動を起こす。
この前は突然「君に使って欲しい茶葉がある」だの言われて街中で一緒に買い物に出かけることになったし、忙しい身であるにも関わらず直近では「世間話をしたくなった」だの言ってメロピデ要塞まで来てティータイムを共にした。
(世間話と言っても大半はメリュジーヌ達のことで、一緒にいたシグウィン看護師長は大変にご満悦だったことをここに記しておく)
そんな現実逃避じみた過去を回想している最中でもヌヴィレットは熱心に手を触っていた。
リオセスリとしては目に見えて傷やタコのついている無骨な己の手を触るより、綺麗に着飾った世の女性達の手のほうがよほど綺麗ですべらかであろうと思うのだが、ヌヴィレットの興味はつきないようで両手で優しく包まれる。
まるで彼が愛しく想っているメリュジーヌに触るが如く丹念に手に触れられる。
…密かにヌヴィレットに対して想いを寄せているリオセスリとしては、勘違いを起こしてしまいそうなので御免被りたい所である。
手と手が触れ合い、指を絡め取る。官能的なその仕草はまるで舞台のワンシーンのようだった。
そんな中、パキリッと不可解な音が2人の手遊びを中断させる。
「なぁ、ヌヴィレットさん。これは…」
「凍結反応のようだな」
「いや、それくらいはわかる」
凍結反応。
それは水元素と氷元素が合わさることで起こる、行動不能状態。
リオセスリとて、何年も神の目を所持しているいわば歴戦の猛者だ。元素反応の仕組み位頭に入っていて当然である。
そんな猛者にヌヴィレットは教師のような模範解答を寄越した。
いや、そうじゃない。そうじゃないんだヌヴィレットさん。
リオセスリが困惑しているのはそちらではなく…むしろ…
「…なんで、よりによってこの形なんだ」
そう、指と指が絡まるあの形。
「あぁ、所詮恋人繋ぎというものだな」
「恥ずかしげもなく言うなよ!」
世の愛しあう者たちがより深く相手を感じられるようにと繋ぐ仕草。何故か今、それが己とヌヴィレットの間で交わされていることに酷く混乱する。凍結というおまけ付きだが。
何度も言うが片想いをしている身としては勘違いしてしまうので勘弁して欲しい。
こんなのまるでヌヴィレットさんが俺と恋仲のようではないか。
「私から言えることは、これは偶然にもリオセスリ殿と私の手は指を絡めあったまま凍結反応が起こって手が動かせないという事実だけだ。幸い、そこまで強固なものではないので暫くすれば解けるだろう」
そう言いながらヌヴィレットはリオセスリの手にかける力を強めた。
「…凍結反応なら仕方ないな」
「あぁ、仕方ない。暫く様子をみよう」
常時より冷たい手が絡み合う。
今はまだこの気持ちを伝える気はないけれど、もし、いつか、想いが通じ合ったら。
こんな事をしなくても、彼は己と手を取り合ってくれるだろうか。
お互いにそんな事を考えていることなど露知らず。2人はただ、この氷が溶けるのを静かに待っているのであった。
「たまにはこのような事象も悪くはないな、リオセスリ殿」
「まぁ、たまには、な」