雨とあなたぽつり、ぽつりと。
ひやりとした水滴が頭を叩く。
「……雨だ」
まさか買い出しの帰りに通り雨に襲われるとは。
悲しいかな手元に傘は、無い。
オレは忙しない足取りで近くに生えてる木の下に避難をした。
多少は濡れるだろうが、全身ずぶ濡れで帰るよりかはマシだと思いたい。
「早く止めばいいんだけど」
雨粒のようにぽつりと恨み言が零れたが、オレは雨が好きだ。
買い出しの道中で濡れ、洗濯物の乾きが遅く、玄関先が水浸しになり…と家司としては仕事が滞る事ばかりだが、個人的には嫌いじゃない。
雨が好きだ。
あの人を、思い出すから。
つぅっと滴が頬を伝う。
少し冷たいその一撫ではまるで彼に触れられたかのよう。
一定のリズムで頭を叩く雨粒は彼に撫でられた時を彷彿とさせる。
あぁ…早く会いたいな。
オレが一生を賭けて護ろうと、愛そうと決めたただ一人の人。
きっと奉行所で今日も働き詰めなのだろう。オレが出来るのは彼に温かいご飯と寝床を準備することくらいだ。
こうしちゃいられない。
早く帰らなくては。
ぱたり、ぱたり。
「…あれ?」
思考を飛ばしていて、雨音が変わったことに今更気づく。なんで?
同時に自分の身体が濡れていないことにも気づく。どうして??
「トーマ」
そして恋い焦がれて止まなかった大好きな人の声が隣から聞こえる。
「若…?どうしてここに?」
「どうして、とは。折角公務を終わらせたのに、家に帰ってはいけないのかい?」
そう言いながら、若は手に持っている傘をオレの方に寄せてくれた。ふとした時に優しさを見せてくるこの人は本当に狡いと思う。
「意地の悪い言い方をしないでくださいよ」
「ふふっトーマはからかい甲斐があるから、つい」
「もう!若!」
「ふふふ」
ぱたり、ぱたり
雨の音と若の笑い声。
大好きなものが混ざりあってオレの鼓膜に響き渡る。
幸せだ、とじんわり思う。
「このままだと風邪を引いてしまうかもしれないし、早く帰ろうか」
「…あの?若?」
「どうかしたのかい?」
「どうかした…と言うか、傘は1つしかないんですか?」
神里家に仕える者として、主の隣で歩くとは如何なものか。他の家の者がこの光景を見たら不敬極まりないと怒りだすだろう。
オレとしては若の一歩後ろを下がって歩きたい所なのだけど…
「勿論」
どうやら我が主君はそれを許してくれないらしい。
「ほら、トーマ。一緒に歩いて帰ろう」
若は嘘つきだ。
彼の周辺には見えないだけで必ず終末番の人間が付いている。
一声掛ければ傘の1つや2つ用意することなんて容易いはずなのに。
だけどそれをしようとしない。
どうやらオレの思惑はお見通しらしい。
「分かりました…。若、肩が濡れても知りませんよ?」
「それくらい訳ないさ」
ぱたり、ぱたり
好きな音と好きな人。
いつもよりも近い彼との距離。
肩を寄せあって帰路へつく。
肌寒さを感じるけども、それ以上の幸福がオレを包む。
やはりオレは、雨が好きだ。