あなたのお墓(五年後ぐらいのタビコとヴェントルー)「いいかヴェントルー、私の棺桶には、お前の靴下を入れるんだぞ」
そう言って高らかに笑うタビコに、ヴェントルーは、吸血鬼の青ざめた肌によってただの顰め面よりもいっそう厳めしい感じの増す、そうはいっても普段通りの渋面を晒しながら、黙り込むに留めた。
これに向かって、「我が輩はそうなる前にこの手に靴下を取り戻すのだ」等と意思表明をしようものなら、高等吸血鬼の鼻っ面をへし折ることに無上の快感を感じているらしいこの女は途端に興奮し、目の前でヴェントルーのものであったシルクの靴下を取り出してしゃぶり出しかねない。それが、「悪い意味で心に来る光景」という感想に収まるのであればまだしも、「何とは言わないが倒錯した光景」という感想が浮かぶことが、ヴェントルーにとっては遺憾なことだった。
しかしまあ、何とも、古き血の吸血鬼、日蝕の大鴉、青き血のヴェントルーの前に、人間、人間など! 同族ですらこの我が輩の前に物理的に立ちはだかろうということは難しいのに、事もあろうに、路地裏で害虫駆除に勤しんでいた人間、人間風情に! ヴェントルーが今更ながらに、己の牙で下唇を食い締めているのを知ってか知らずか、けらけらと笑うタビコはさらにきっぱりと続ける。
「お前には、そうだな、墓守でもして貰おうか」
つまり、靴下諸共荼毘に付してやる(この国においては火葬が一般的だという話を聞いたとき、ヴェントルーは微かに戦いたものだった。)と宣言する悪趣味なこの女に向かって、我が輩は敢えて、なんだその野蛮な口のきき方は、などと、物を言おうとも思わなかった。
何せ、我が輩が靴下を取り戻した暁には、この女が生きていようが、この際死んでいようが、必ず、その血を吸い尽くしてやると決めている。だが、そう決めていることだからといって、迂闊にも『おまえの墓は我が肚の裡に定まっている』などと言おうものなら、この女は余計に興奮し出して、さらに厄介なことになるだろう(上位の存在の鼻を挫くことに興奮する性質でありながら、一度挫いたものから気概を見せつけられることにもこの女は喜んだ。何かと厄介な癖を持って忙しいことだとヴェントルーは思うが、変態が猖獗を極める街ではそう珍しいことでもない。)。下手に口を出して、面倒なことにならない筈がない。
以前――靴下を得たタビコが、彼を家政夫としてこき使うようになった数年前のこと――よりもいっそうどこかふてぶてしいヴェントルーの渋面に、タビコは「何だその顔」と、眦の上がった猫のような目を瞬かせると、気を悪くした風はなく口角をにやっと上げて笑いながら、しかし不躾に言った。
「それ、くしゃみを我慢してる顔じゃないな?」