🔥『娘の行方をその“羊飼い”に聞いたのか』という探偵の言葉に背を押されるようにレオが電話をかけると、吃音の男が電話を取った。その男こそが“羊飼い”である。
羊飼いは身の回りの仕事を、もっぱら自分が養っている孤児にやらせているのだが、レオが電話を掛けたのは夜遅くと言ってもいい時分だった。あの子供らは眠っているのだろう、と、レオは何気なく思い、それから、胸が張り裂けるような心地になって、「なっ、な、何の、っよ、用だ? いっ、いたずらか!?」と、電話越しからも、訝って顔を顰める仕草が思い浮かぶほどありありと怪訝な声が聞こえてきているのにも関わらず、刺すような胸の痛みのあまり、数秒言葉が出なかった。
リサは、俺の娘は、どこに行ってしまったのか、今どこで何をしているのか、雨露を、冬の霜を凌げる場所にいるのか、恐ろしい思いをしていないか、リサ、リサは、
「リサが、いなくなったんだ、俺の娘が……先生、リサの居場所を……どうか、どうか…………」
レオがどうにか声を絞り出した瞬間、電話の向こうは不気味なほど静まり返った後、「それはそれは、一刻を争うでしょう。すぐに、き、祈祷所に、御出ください」と、先刻の拙い吃音の男とはどうにも似ても似つかない調子の、詰まりながらも奇妙に流暢な響きで言葉が続く。
それは、今となっては前後もわからない暗闇に――最愛の娘の姿が見えず、それがいつから続いているのかもわからない――放り出されたようなレオにも唯一見える、白く輝く糸のようだった。
生暖かい雨に泥濘む道を、不惑も過ぎたというのに年甲斐もなく小走りに駆け抜けたレオが、ひどい息切れに喘ぎながら、ホワイトサンドストリート59号の狭い階段を降りた先の扉を開けると、芳香剤とも煙ともつかない、甘たるく苦味のある香の臭いが噎せ返るような部屋の真ん中に、団体シンボルの“羊飼い”の十字架が聳えている。
部屋の隅に置かれたベンチで足を大きく開いて座っている黒い祭服の男は、背を丸めたまま顔をあげると、「っや、やっと、やぁっと来たか」と、黄ばんだ歯を見せて、サルの威嚇のように嗤った。
続けて「ま、待ちくたびれましたよ」とぼやく“羊飼い”は、いかにも聖職者めいた祭服を着て、それらしいベレー帽を被っていなければ、昼間から街の角でのんだくれてトランプゲームに興じるたぐいの、いかにも素行の悪いごろつきやチンピラにしか見えない。しかし、常に吃るその男が、何かの役に入り込んだように流暢に喋り始めるとき、レオはそこに「神の導き」というものを感じていた。
過去に、表面ばかりよく取り繕ったキツネ――もとい、ビジネスパートナーを名乗る者から裏切られた経験を持つレオにとって、「それらしくない風体」をしているということは、むしろ信頼の一要素にすら成り得た。しかもこの男は、医者が匙を投げたリサの頭痛を治してみせたのだ。故に、少なくともレオにとって、この“羊飼い”は一流の祈祷師であり、本物の預言者だった。