Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    @t_utumiiiii

    @t_utumiiiii

    ・オタクの二次
    ・文章の無断転載・引用・無許可の翻訳を禁じています。
    ・Don't use, repost or translate my Fanfiction Novel without my permission. If you do so, I ask for payment.

    ☆quiet follow Yell with Emoji 🍰 🎈 🎁 🍮
    POIPOI 148

    @t_utumiiiii

    ☆quiet follow

    ホワイトデーに「バレンタインデーのお礼」をくれるピアソンさんと何も渡した記憶がないウッズさんの話です

    with pearl earrings(泥庭医) エマが部屋で机に向かい、彼女が日頃つけている継ぎの当たったエプロンのポケットに入る程度に小ぶりなサイズのノートを開いて、日々の園芸の記録を付けていたところ、ドアをノックされた。
    「はーい」
     それに何気なく応えたエマが、さらに「どなた?」と続けると、「う、ウウ、ウッズさん! わっ、わた、私だ、ク、クリーチャーだ。その、い、いまいいか」と、ドアの向こうから男の裏返った声が返って来て、エマは微かに表情を曇らせながら、迂闊に返事をしたことを後悔した。
     彼女に用があるらしく、部屋の前まで来ているクリーチャー・ピアソンとの因縁――彼はエマにとって、荘園での初回のゲームで同席した三人の内の一人であり、そのゲームの参加者はいずれも、過去に彼女に対して酷い仕打ちをした者たちで構成されている――は兎も角として、今時点のエマはその男のことを、「絡まれたら面倒な人」程度に思っていた。何かと付きまとってきて鬱陶しいし、それで思うように行かないと癇癪を起こして喚き出すところなんかを、エマは(子供じゃないんだから!)と、呆れるぐらいに思っている。そっと息を殺して、いないふりをすれば良かったかもしれない………。
    (でも、試合の再現のことで、何か連絡に来たのかもしれないし)
     確かに、彼は何かとエマに付き纏っては来るものの、部屋にまで押しかけてくるのは珍しいことだった。やたらと絡んでくる癖に自分に自信があるという訳でもないようで、自分が部屋を訪ねたところで、居留守をつかわれるのがオチだろう……というところは弁えているのかもしれない。部屋を出たところで出待ちをされていたことはあっても、部屋にまで押しかけられたことはあまり記憶にない。
     そう思うと、何か本当に、まっとうな用事があるのかもしれないと思えて来て、気を取り直したエマがドアを開けると、そこには案の定ピアソンが、やたらにそわそわと落ち着かな気な態度で立っていた。彼は見るものに貧相な印象を与える自分の顎髭(というには、顎に生やしているだけの髭という風のそれ)を触ってみたり、通常衣装よりは破れ目の目立たない「無律の曲」衣装の鼠色のジャケットの、無い襟を正すように触ってみたり、青いハンチング帽の鍔(その付け根には、柄模様の帯が巻かれている)を触ってみたり――それでいて、エマが顔を出したことに気付くと、一拍遅れて自分の衣服の裾等を弄繰り回していた手を止め、わざとらしいぐらいに目を瞠ると、口角を引き攣らせて、笑うような角度にする。
    「あ、ああ、あのっ、その、ウッズさん、そ、その、こ、これを、ッ、クリーチャーは、あ、ああ、あ、あんたに、」
     言葉に詰まりながらそう続ける彼は、履いている青みの掛かったグレーに近いスラックスのポケットに手を突っ込むと、無造作としか言いようのない手つきで、真珠の連なりをじゃらじゃらと引っ張り出して来た。
     それにエマがぎょっとしている間に、ピアソンは彼女の手を掴んで、取り出してきた真珠の連なりを殆ど押し付けるように掴ませる。そうやって無理やり持たされたときに初めて、それが真珠を数珠繋ぎにしたネックレスと、金具に揃いの白い真珠を取り付けたピアスであることが分かった。

     男が言うには、これは「バレンタインデーの返礼」らしい。エマには全く身に覚えがなかった。
     あの日は、愛する人やお世話になっている人にチョコレート菓子を渡すと良いというのが荘園主の言葉だと、ナイチンゲールさんが案内していたから、エミリー先生と一緒にチョコレートケーキを焼いて、素敵な時間を過ごしたわ。そう言えば、「荘園主さんの計らい」で台所に用意されていた(と、エマたちはナイチンゲールさんから聞いた)製菓用のチョコレートが、思ったより少なかったような気がする。その時は、エマたちよりも前にチョコレートを使う人がいるのかもしれないと思ったけれど、もしかすると、この人が盗んだのかもしれない。
    「……ピアソンさん、何か、勘違いをしているんじゃないかしら?」
     エマは首を傾ぎながら困惑した具合にそう言ってはみたものの、「照れなくてもいい、クリーチャーにはわかっているから」と興奮した調子で返されると、それ以上会話を試みようという気分ではなくなった。
    「そう……」
     エマは溜息を吐く代わりに、一言だけ相槌を零した。
     今はエマの手の上に載せられている粒の整った真珠は、フィールドから拾い集めてこの人が作ったのか、それとも、より単純に盗品か。彼のことだから、正規の商品ということはまずないでしょう。でも、元あったところに戻してきてと言っても、この人が話を聞いてくれるとも思えないし……。
     握らされた真珠の連なりに視線を落としながら、エマがそうやって考え事をしていると、“返礼”を手渡して、もう自分の用事は終わっているだろうに、何を期待しているのか、まだ部屋の前から動こうとしない薄ら笑いの男から、「つ、つけてやろうか?」と声を掛けられる。
     そのぞっとするような声かけに顔を顰めたくなるのを堪えながら、エマは普段の愛想の良い微笑みを口元に浮かべたまま顔を上げると、「折角だから、似合うお洋服を探さなくちゃ」というようなことを言い、部屋の奥に引っ込んだ。


     その日の協力試合の最中、湖景村の浜辺近くにある暗号機を解読している彼女――鮮やかなブルーのボンネットを被り、胸元のリボンの他にもそこかしこにフリルのあしらわれたブラウス、そして、ボンネットと揃いの可愛らしいブルーのスカート、「少女たちの確執」と名付けられた衣装に袖を通している――の耳元に、見慣れない真珠の耳飾りがあることに気が付いたエミリーは、解読に意識をむけるべきところ、少し疎かになりながら「あら、」と声を漏らした。
    「可愛らしいわね」
     シンプルなブラウスとスカートを、首元に結んだ黒いリボンタイを残して覆う黄色いレインコートに揃いの帽子という格好の衣装(それには「雨に唄えば」というタイトルが付けられている)を携帯していたエミリーが何気なくそう言うと、エマはそれに「そうかしら?」と、白粉のうっすらと塗られて普段よりもそばかすが薄くなった頬をいっそう緩め、華やぐように笑って返した。
    「ピアソンさんから頂いたの」
     続いた予想外の言葉にエミリーの指先は思わず縺れ、調整に失敗した。解読進捗は少し後ろに巻き戻り、暗号機に触れていた指に僅かながらの痺れが走る。ごめんなさいね、と咄嗟に謝るエミリーの様子を気にするでもなく、エマはその頂き物の経緯について続けていた。

     何でも、渡した覚えのないバレンタインデーの“返礼”と言って渡されたもので、アクセサリーなんてここで、携帯品とは違うものとして渡されることなんてないから、ちょっと困ったし、ネックレスは流石に目立つから、試合には持ってこれないかなって思ったけど、耳飾りなら大丈夫かなと思って、付けてきてみた、とのことだった。
     “お礼”って言っても、やっぱり、エマには覚えがないから、ちょっと困るけど、あの人は、エマがちゃんと使ってるのを見て喜んでるみたいだったから、いいことをしたと思うわ。でもあの人、それで大騒ぎして、そのせいで、最初に二人のハンターさんに追いかけられる羽目になったのは、ちょっと、エマも迂闊だったかもって思うけれど……。
     普段通りに軽く微笑み、何気ない風に言葉を続けているエマに、エミリーは、「気を付けた方がいいんじゃないかしら」と、日頃から下がりがちの眉をいっそう懸念めいた角度にしながら告げた。
    「勿論、それがあなたの気に入っているのなら、私には何も、言うことはないわ……けれど、ほら、皮膚に直接つけるものでしょう? 耳飾りは特にね。ピアソンさんは、そういったところに、少し疎いでしょうから……」
     「ピアソンさんから頂いた」と聞いた時に、すぐさまエミリーの頭に過った懸念――それは、皮膚に直接身に付けるには衛生的な問題があるのではないか。そもそも盗品では? 外部犯の余地のないこの閉鎖空間(荘園)の中で、窃盗の片棒を担がされるリスクを受け入れられる程に、その“贈り物”が、あなたのお気に召すものだったというのなら、私に言えることは何もないけれど……それに、身に覚えのないことの“返礼”を受け取ってしまうというのは、あの人相手に借りを作るようで、ちょっと迂闊なんじゃないかしら、といった、諸々の事柄――を、敢えてはっきり単語にはせず、それとなく仄めかしてみると、円らな青の目(「少女たちの確執」の衣装を身に着ける時、エマの瞳の色はそれに合わせて、瑠璃のような青の色に変わる。荘園主から与えられた衣装が身体に変化を及ぼすことは、そう珍しいことでもない)を丸くしながら、エミリーが遠回しに表明する懸念を聞いていたエマは、不意に「そうね!」と言って噴き出すように笑った。
    「耳に付けるなら、きちんと清潔にしてからじゃないと良くないわ。エマ、うっかりしていたみたい……」
     そうして花の綻ぶような満面の笑顔のまま、彼女は自分の耳に着けていた真珠の耳飾りを手早く外すと、ロイヤルブルーのチェック生地が張られて可愛らしくなった工具箱の中に仕舞いながら、「試合が終わったら、エミリー先生の部屋に行ってもいいかしら」と言い出した。
    「消毒をお願いしたいの……もし、つけていたところからばい菌が入ったら良くないって、いつも教えてくれたでしょう?」
     はにかむように続けられるエマの言葉に、エミリーは思わず、ほっと胸をなでおろしていた。それは、彼女の身に降り掛かった懸念を適切に処理できる見込みが立った安堵でもあり、彼女の身体から得体の知れないものを外させることが出来たという安心でもあるようだが、エミリーは思わず胸をなでおろした自分の気分というものを、(ひとまず安心した)という気持ちとしてだけ捉え、それ以上のことは考えないまま、兎に角、残り僅かとなっていた暗号機の解読を完了させる。
     そして、電気が通った一瞬、それまでカタカタと歯車を回していた暗号機が最後に響かせる騒がしい音を聞き届けてから、「ええ勿論! いらして頂戴」と、“患者を安心させるような”という程に意図的なものでもない、自然な微笑みと共にそう返した。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🐽💝❤❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    @t_utumiiiii

    DOODLE公共マップ泥庭

    ※日記のないキャラクターの言動を背景推理等から捏造
    ※捏造荘園設定
    一曲分(泥庭) 大勢の招待客(サバイバー)を招待し、顔も見せずに長らく荘園に閉じ込めている張本人であるのだが、その荘園主の計らいとして時折門戸を開く公共マップと言う場所は、所謂試合のためのマップを流用した娯楽用のマップであり、そのマップの中にもハンターは現れるが、それらと遭遇したところで、普段の試合のように、氷でできた手で心臓をきつく握られるような不愉快な緊張が走ることもないし、向こうは向こうで、例のような攻撃を加えてくることはない。
     日々試合の再現と荘園との往復ばかりで、およそ気晴らしらしいものに飢えているサバイバーは、思い思いにそのマップを利用していた――期間中頻繁に繰り出して、支度されている様々な娯楽を熱狂的に楽しむものもいれば、電飾で彩られたそれを一頻り見回してから、もう十分とそれきり全く足を運ばないものもいる。荘園に囚われたサバイバーの一人であるピアソンは、公共マップの利用に伴うタスク報酬と、そこで提供される無料の飲食を目当てに時折足を運ぶ程度だった。無論気が向けば、そのマップで提供される他の娯楽に興じることもあったが、公共マップ内に設けられた大きな目玉の一つであるダンスホールに、彼が敢えて足を踏み入れることは殆どなかった。当然二人一組になって踊る社交ダンスのエリアは、二人一組でなければ立ち入ることもできないからである。
    5388

    @t_utumiiiii

    DOODLE※日記のないキャラクターの言動を背景推理等から捏造
    ※捏造荘園設定

    マーサが香水使ってたらエブリンさん超怒りそう みたいな
    嫌いなもの:全ての香水の匂い(広義のウィラマサでエブマサ) チェス盤から逃れることを望んだ駒であった彼女は、空を飛び立つことを夢見た鷹の姿に身を包んでこの荘園を訪れ、その結果、煉獄のようなこの荘園に囚われることとなった。そこにあったのは、天国というにはあまりに苦痛が多く、しかし地獄というにはどうにも生ぬるい生活の繰り返しである。命を懸けた試合の末に絶命しようとも、次の瞬間には、荘園に用意された、自分の部屋の中に戻される――繰り返される試合の再現、訪れ続ける招待客(サバイバー)、未だに姿を見せない荘園主、荘園主からの通知を時折伝えに来る仮面の〝女〟(ナイチンゲールと名乗る〝それ〟は、一見して、特に上半身は女性の形を取ってはいるものの、鳥籠を模したスカートの骨組みの下には猛禽類の脚があり、常に嘴の付いた仮面で顔を隠している。招待客の殆どは、彼女のそれを「悪趣味な仮装」だと思って真剣に見ていなかったが、彼女には、それがメイクの類等ではないことがわかっていた。)――彼女はその内に、現状について生真面目に考えることを止め、考え方を変えることにした。考えてみれば、この荘園に囚われていることで、少なくとも、あのチェス盤の上から逃げおおせることには成功している。
    8097

    @t_utumiiiii

    DOODLEクリスマスシーズンだけど寮に残ってる傭兵とオフェンスの象牙衣装学パロ二次妄想ですが、デモリー学院イベントの設定に準じたものではないです。
    the Holdover's Party(傭兵とオフェンス ※学パロ) 冬休み期間を迎えた学園構内は火が消えたように静かで、小鳥が枝から飛び立つ時のささやかな羽ばたきが、窓の外からその木が見える寮の自室で、所持品の整理をしている――大事に持っている小刀で、丁寧に鉛筆を削って揃えていた。彼はあまり真面目に授業に出る性質ではなく、これらの尖った鉛筆はもっぱら、不良生徒に絡まれた時の飛び道具として活用される――ナワーブの耳にも、はっきりと聞こえてくる程だった。この時期になると、クリスマスや年越しの期間を家族と過ごすために、ほとんどの生徒が各々荷物をまとめて、学園から引き払う。普段は外泊のために届け出が必要な寮も、逆に「寮に残るための申請」を提出する必要がある。
     それほどまでに人数が減り、時に耳鳴りがするほど静まり返っている構内に対して、ナワーブはこれといった感慨を持たなかった――「帝国版図を広く視野に入れた学生を育成するため」というお題目から、毎年ごく少数入学を許可される「保護国からの留学生」である彼には、故郷に戻るための軍資金がなかった。それはナワーブにとっての悲劇でも何でもない。ありふれた事実としての貧乏である。それに、この時期にありがちな孤独というのも、彼にとっては大した問題でもなかった。毎年彼の先輩や、或いは優秀であった同輩、後輩といった留学生が、ここの“風潮”に押し潰され、ある時は素行の悪い生徒に搾取されるなどして、ひとり一人、廃人のようにされて戻されてくる様を目の当たりにしていた彼は、自分が「留学生」の枠としてこの学園に送り込まれることを知ったとき、ここでの「学友」と一定の距離を置くことを、戒律として己に課していたからだ。あらゆる人付き合いをフードを被ってやり過ごしていた彼にとって、学園での孤独はすっかり慣れっこだった。
    5375

    @t_utumiiiii

    DOODLE象牙衣装泥庭二人とも怪我してるみたいで可愛いね🎶という趣旨の象牙衣装学パロ二次妄想(デモリー学院イベントの設定ではない)です
    可哀想な人(泥庭医 ※学パロ) 施設育ちのピアソンが、少なくとも両親の揃った中流階級以上の生徒が多いその学園に入学することになった経緯は、ある種“お恵み”のようなものであった。
     そこには施設へ多額の寄付したとある富豪の意向があり、また、学園側にもその富豪の意向と、「生徒たちの社会学習と寛容さを養う機会として」(露悪的な言い方になるが、要はひとつの「社会的な教材」として)という題目があり、かくして国内でも有数の貧困問題地区に位置するバイシャストリートの孤児院から、何人かの孤児の身柄を「特別給費生」として学園に預けることになったのだ。
     当然、そこには選抜が必須であり、学園側からの要求は「幼児教育の場ではない」のでつまりはハイティーン、少なくとも10代の、ある程度は文章を読み書きできるもの(学園には「アルファベットから教える余裕はない」のだ)であり、その時点で相当対象者が絞れてしまった――自活できる年齢になると、設備の悪い孤児院に子供がわざわざ留まる理由もない。彼らは勝手に出ていくか、そうでなければ大人に目をつけられ、誘惑ないしだまし討ちのようにして屋根の下から連れ出されるものだ。あとに残るのは自分の下の世話もおぼつかないウスノロか、自分の名前のスペルだけようやっと覚えた子供ばかり――兎も角、そういうわけでそもそも数少ない対象者の中で、学園側が課した小論文試験を通ったものの内の一人がピアソンだった。
    12853

    recommended works

    @t_utumiiiii

    DOODLE #不穏なお題30日チャレンジ 1(2).「お肉」(傭オフェ)
    ※あんまり気持ちよくない描写
    (傭オフェ) ウィリアム・ウェッブ・エリスは、同じく試合の招待客であるナワーブと共に、荘園の屋敷で試合開始の案内を待っていた。
     ここ数日の間、窓の外はいかにも12月らしい有様で吹雪いており、「試合が終わるまでの間、ここからは誰も出られない」という制約がなかろうが、とても外に出られる天候ではない。空は雪雲によって分厚く遮られ、薄暗い屋敷の中は昼間から薄暗く、日記を書くには蝋燭を灯かなければいけないほどだった。しかも、室内の空気は、窓を締め切っていても吐く息が白く染まる程に冷やされているため、招待客(サバイバー)自ら薪木を入れることのできるストーブのある台所に集まって寝泊まりをするようになっていた。
     果たして荘園主は、やがて行われるべき「試合」のことを――彼がウィリアムを招待し、ウィリアムが起死回生を掛けて挑む筈の試合のことを、覚えているのだろうか? という不安を、ウィリアムは、敢えてはっきりと口にしたことはない。(言ったところで仕方がない)と彼は鷹揚に振る舞うフリをするが、実のところ、その不安を口に出して、現実を改めて認識することが恐ろしいのだ。野人の“失踪”による欠員は速やかに補填されたにも関わらず、新しく誰かがここを訪れる気配もないどころか、屋敷に招かれたときには(姿は見えないのだが)使用人がやっていたのだろう館内のあらゆること――食事の提供や清掃、各部屋に暖気を行き渡らせる仕事等――の一切が滞り、屋敷からは、人の滞在しているらしい気配がまるで失せていた。
    3412