は、な、め! 【フェヒュ】 大抵のことは独力でどうにかなる。いままで数多く行く手を阻んできた難題は、ときに回り道をし、ときに苦渋を舐めながらも最後には望む結果を手中に収めてきた。
謙虚さは挟まない。私は自分のやれるだけをし、常に最善の結果を出そうと邁進し続けた。
この努力を皇帝への諂いと、口さがない者たちは旅の踊り子の足取りよりも軽く、わざと届くよう囁いたものだ。
一方で私の成果を偉業と持て囃す者もいた。
私の背に続けば勝利と栄誉が戴けると、確証もないまま騎士団に入隊する者まで現れる始末。彼はどうなっただろうか。
いや他人など、どうでもよい。いま、よそ事に気を取られている余裕など、爪の先どころか毛の先程もないのだから。
寝台に腰掛ける恋人の瞳から、透明な雫が溢れ落ちている。
闇を飼う髪に沈む金緑月の流涕がやまない。
白い肌を温かな水滴が滑り落ちる光景を見た瞬間、雷撃を受けた気がした。
無論、物理的なことではない。だが確かに、青白くきらめく閃光が体を貫いたのだ。
開けた扉を些か乱暴に閉じて、寝台までの短い距離を駆けて近づき、膝をつく。
寝台にいるヒューベルトの手を取ると、彼は「大丈夫です」と言った。
何が大丈夫なものか。
強靭な顎を持つ魔獣に肩を噛み砕かれようとも、その美しい瞳を潤ませることは不可能だというのに。
どうすればいいのかなど、彼のことになるとすぐに空回りをする知恵を絞るが出てこなかった。
いま、己の財力と権力の全てを集結させ、瞳が濡れる理由を解き明かしたい。
万難を排してきた力を持って、君の涙を拭いたいと、思った時には動いていた。
片膝に力を入れて腰を浮かせ、彼に下から引き寄せられるようにして近づくと、目元に唇を寄せる。
両手が胸元に添えられたが、押し返してこない。
「フェルディナント殿。本当に」
「君にこのような仕打ちをした者を討ち滅ぼしてやりたいよ」
何を嘆くのか。涙の理由を教えてほしいと額をこすりつけて顔を覗き込むと、ヒューベルトが困ったように目を伏せた。
近くで見ると、意外に優しい目尻が、少しの後に弧を描く。
「それは、難しいかと」
「なぜだ! 私にはできないとでも言うのかね」
「そうでしょうな。なにせ」
――花粉症ですから。