ちゅ に 【フェヒュ】 フェルディナントの眉間に皺が寄っている。彼は執務机に置いた納税報告書を読みふけり、皺を増やした。堂々と見えるように置いているので遠慮なく覗き込めば腰に腕が回り、彼の膝上に引き寄せられるが、こちらも背丈のある男だ。重いだろうと膝に力を入れて耐えたが、それでも引かれるので仕方なく尻を彼の大腿上に着地させた。
左膝を跨いで向き合う体勢は、少しの恥じらいをヒューベルトに植え付けたが、それよりも恋人の眉間に寄る皺が気に入らなかった。
指腹で押し広げれば失せるだろうが、そうしてしまえば眉間に皺を寄せた顔を晒したことを、フェルディナントは謝ってくるだろう。謝罪を聞きたい気分ではない。
身を捻って机上の納税書を見やり、上から読み解いていくと、数値が合わぬ箇所がちらほらと。なるほど横領に悩んでいるのか。密かに懐を肥やす豚の名を一言でも紡いでくれたなら、代わりに始末しておくのだが。さてどうしたものか。いやそれよりもまずは、彼の眉間の皺だ。これが気に入らない。
ヒューベルトは腕を恋人の肩に回して近づき、腕を折り曲げてフェルディナントの前髪をなでり、なでりと後頭部へ押しやる。
指通りのよい、温かなツグミの羽毛を撫でている気分になった。
「ヒューベルト?」
髪を梳かれる心地良さに、少しだけ皺が薄まったが、まだ残っていた。
頑固な皺めと齧りつきそうになって止まり、苛めてはいけないと、そっと唇を額に押しつける。ちゅ、っと可愛い音をわざと立てて唇を離す。
何をされたのかわからなかったのか、フェルディナントは数秒間固まり、続いてぷるぷると震えだし、ヒューベルトを抱き込んで破顔した。
薔薇色に染まる頬に指を這わせると、熱が伝番してきそうだ。
「……くく、しまりのない顔ですな」
「君が珍しいことをするからだろう」
「珍しいのは貴殿でしたが。ああ、ようやく失せましたな」
もう戻ってこなくていいですと言うと、何のことかわからないフェルディナントが首を傾げるので、次は皺が消えた眉間に唇を落とした。