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    low_O2

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    ブラッシュアップ前

    海遊記沿い描き殴り1、2 二1

     

     万国トットランド、カカオ島。

     麦わらの一味による破壊工作……もとい花婿奪還による被害が未だ残る中、一人の記者が広場に突っ立っていた。

     背丈は並の人間程度、大きな雑嚢を肩から掛けた彼女は、手元の手帳に只管文章を書き込んでいる。被ったベレー帽には羊の角とパイロットゴーグルのようなパーツが付いている。目元には瞳が見えないほどの瓶底眼鏡。首からはおそらく写真を撮るためであろう電伝虫を提げている。それ以外に特筆すべき点はないものの、どこから見ても万国の住人ではない。あくまで流れの記者然とした格好である。

     傍のベンチや生垣にでも腰掛ければ良いのに只管ペンを動かし続けるのは半ば狂乱的。ただしそれはこの半壊した街並みの中では目立たない。四皇の一角、ビッグマムの顔に泥を塗りたくったこの事件は世界を揺るがすもの。貴社の類はごまんとこの国にいたのだ。

     その隣を、一人の大男が通る。燃え盛る色の髪が特徴的な彼はシャーロット・オーブン。ビッグマムの三男である彼は海賊の支配するこの国において王族や役人のような立ち位置であり——今も重要品の運搬を行なっていた。彼が小脇に抱えている特大の本。それには、先の一乱でビッグマム海賊団に敵対したジェルマ王国の王子二人が綴じられていた。同じくビッグマムの子の一人であるモンドールの能力で、生きたまま標本のように死蔵されているのである。

    「あのぅ、もしかしてオーブン様ですかぁ」

    「おれは確かにオーブンだが……何の用だ」

     そんな彼に件の記者が声をかけたものだから、オーブンは警戒を声色に出して返答する。見たところ女は記者で非戦闘員。ただの記者をいきなり殴り飛ばすほどの非常識ではないものの、記者である以上ビッグマム海賊団に不利益となる情報をばら撒く可能性がある。それに記者の皮を被った斥候だった場合が厄介だ——そんな思考でもって、僅かに苛立ちさえ混ぜた声で返事をしたのだ。

    「わ、わたしはベッシュと申しますぅ。見ての通り一端の記者で……えへへ、本物のオーブン様だぁ……あの、これっ、受け取っていただけますかぁ」

     おどおど、しどろもどろ、どきどき。そんな擬態語が似合う女は、そう言いながら特大の茶封筒を彼へ差し出した。

     怪訝な顔をしながら、オーブンはそれを受け取った。この挙動を偽りでできる人間は限られる。ベッシュと名乗った女からはそんな強さは感じられないし、あくまで嬉しそうに言うその風貌はどこか彼に幼い弟妹のことを想起させた——仮にこれが危険物であったとしても自分はそれに十分対応できる。それは事実であり、確信であった。

    「これは?」

    「お手紙です! ああいや感想文と言いますかぁ……先日ヤキガシ島を観光しまして。オーブン様の指揮の下作られたという名物のマフィンに非常に感動しました! あと街にあった『オーブン様お墨付き!』のお菓子を食べたレポもありますぅ……これはその気持ちです!」

     まるでラブレターだな。そう思いながら、彼は分厚い封筒の封を開ける。中身は数十枚の原稿用紙。びっちりと綴られた文字は整っており、流し見しただけでも彼女がどれだけ菓子の類を好んでいるかがわかる代物だった。

    「この島には何を?」

     後ほどゆっくり読むとしよう。オーブンはその封筒を本に重ねて、ベッシュに問うた。自分に用事があったのならばヤキガシ島を探す方が得策だ。カカオ島にまで来たのはやはりビッグマム海賊団の失敗を記事にするためではないか。警戒は未だ解かれていない。

    「プリン様にもお手紙をお渡ししたくてぇ。わたしこう見えてスイーツオタクなので……」

     雑嚢の中から茶封筒を取り出したベッシュ。同じような分厚さにオーブンは舌を巻く。彼女が流れの記者でなければ、或いはこの時分でなければ広報として採用している。

    「プリンか……いや。妹は今体調が優れなくてな。おれが預かっておこう」

    「そ、そうですかぁ……その、すみません、ありがとうございます」

     目元は見えないながらも見るからに肩を落とし申し訳なさを滲ませた彼女。雑嚢の中には同じような封筒が多数あるあたり、彼女のスイーツオタクという自称は間違っていないようだ。

    「……お前は記者だと言っていたが……何を書くつもりだ」

     けれど問わねばならない。オーブンは彼女に質問する。彼女の人となりがどうであれ、ビッグマム海賊団の侮辱や凋落に繋がる記事を書くのであればこの国から放り出さねばならないからだ。

    「……万国は、世界中のお菓子好きの聖地です。それがこのように、荒らされてしまったのが悔しくてたまらない。だから記事を書くんです。被害の程度が判らねば支援のしようも、ないですから」

     気の抜けた話し方も忘れ、ベッシュは語る。なるほど、彼女はどうやらビッグマム海賊団側らしい。六割くらいの想像でオーブンは彼女を見下ろす。被害の程度などビッグマム海賊団の落ち度を事細かに伝えるようなものだが、これならば彼女に原稿を見せるように言い検閲すれば問題ないだろう。

    「そうか……どこの新聞社だ」

    「そっ、それは……えっと……まだ駆け出しでぇ……一応世経含め投稿しようとは思っているのですがぁ……」

    「寄稿か」

     片眉を吊り上げ、意外だという感情をあけすけにオーブンは言う。これほどの文才があってまだ駆け出しか。いや、彼女のことを考えればこの一件で記者になることを決意した、というところだろうか。実際、彼の想像は当たらずとも遠からずである。

    「世経は実績がなくとも良い記事ならば掲載するからな。後で検閲させてもらうが良いか」

    「っも、もちろんです! 恐悦至極です!」

     胸の前で握り拳を作りベッシュは感激、と声を荒げる。そしてやっと、彼の抱える大きな本に目を向けた。

    「と、ところでその大きな本は……? じゃ、ん……ジェルマ……?」

    「ジェルマ王国の王子二人だ。どうせなら全員綴じたかったが……世にも珍しい改造人間なのでな。今から調査をするところだ」

     本を一瞥しオーブンは言う。スイーツ以外には興味がないのか、或いは世間に疎いのか。文才はあれど記者としてのアンテナはまだまだだなと彼は思いながらひとつ、提案をする。

    「おれは今からホールケーキアイランドへ向かう。あそこが一番被害が凄まじい。取材をするならあそこが良いだろう……一緒に来るか」

    「あっ、ありがとうございます! えっと、でもそのぅ……輸送船が十五分後に出るのでそちらで。その方が一般市民目線で被害を確認できるかと、思って」

     オーブンはこれから件の本をホールケーキアイランドへ運ぶ。彼の妹であるシャーロット・ブリュレの鏡世界を通って。徒歩ではあるが鏡と鏡を繋ぐ能力なので通常の移動よりは遥かに早く到着できるはず。それをしかし、ベッシュは断った。確かに彼女はこれからホールケーキアイランドへ向かう予定だった。が、わざわざ一記者にそんな厚遇をしてもらうなんて恐れ多い。そんな冷や汗を垂らしながら、ベッシュはそんな返答をしたのだ。

    「……わかった。良い記事を頼むぞ」

    「もちろんですぅ」

     にへ、と笑いながらベッシュは言う。オーブンが大きな姿見に消えるのを見ながら、彼女はふ、と緊張の糸を解く息を吐いたのだった。

     

     ***

     

     コツコツ、コツン。

    「うーん……奇を衒いすぎかなァ……」

     独り言と、硬い何かを叩く音。

     カカオ島とホールケーキアイランドを結ぶ輸送船の中、休憩室のテーブルでベッシュは相変わらず紙にペンを走らせていた。

     コツン、コツン。

     硬い音は彼女が手持ち無沙汰に中指の爪で電伝虫の殻を叩く音。叩かれる側はたまったものじゃないだろうが、当の電伝虫は目を閉じ甘んじてその刺激を受けている。

     文章を綴り、取り消し線を引き、矢印で繋ぎ。その繰り返しと彼女の独り言、電伝虫を叩く音。それを引き裂いたのは、ホールケーキアイランド到着を告げる艦内アナウンスだった。

    「もうそんな時間かァ」

     ひとつ伸びをして、彼女は立ち上がる。テーブル上に広げた書類の類を整えて雑嚢に収め、甲板へと続く階段へ早足で歩き出す。

     船内に人は少ない。万国の国民は自らの居住区の復興作業で大忙しだし、彼女のような記者はまずホールケーキアイランドへ向かう。無人の甲板で甘い潮風を浴びながら、彼女はため息を吐いた。

    「よし、もう一仕事」

     ぱちん。頬を両手で叩き、ベッシュは眼鏡を外す。帽子からゴーグルをずり下ろして装着し、その目をグラスの奥で細めた。雑嚢の奥底から取り出した缶を一度空中に放り——

    「チェンジ、センチネル、5番」

     その独り言とともに、ばさりとマントのはためく音がした。

     その後には、彼女の残した原稿用紙が風に舞うだけである。

     

     
     二


    「フェムを見なかった? 侍女たちが探しているのよ」

     ジェルマ王国最後尾、城壁の上。海風をただ浴びているイチジに、レイジュはそう声をかけた。

     本来同盟国に等しい存在になるはずだったビッグマム海賊団を相手取った逃走戦。ジェルマ王国の国土、即ち艦は甚大な被害を受けていた。いくつかは轟沈したし、沈んでいない船も決して無事とは言い難い。石造りの城はあちこち砲弾で崩れており、常日頃クローン兵士が訓練をしているフィールドも抉れていた。国民の多くが復興作業を全力で推し進める中、第一王子であるイチジは海でも無感情に眺めているのだからレイジュは少しため息を吐いた。

    「レイジュ」

     イチジが口を開く。隣に腰掛けたレイジュは、彼の手元に小さな電伝虫があることに気が付いた。彼はそんなもの持っていただろうか。通常、彼は通信を受け取ることがない。大体はそばに居る通信兵がその役目を果たすし、通信兵のいない場合はレイドスーツ付属のヘッドフォンに直接通信を入れる。それに今彼の持っている電伝虫は、この国ではまず使わない種類——対になる電伝虫からしか通信を受け取れない。そんな安価なものをどこから手に入れたのだろう。レイジュは首を傾げた。

    「何かしら」

    「……優秀な記者から通信が入った。出るぞ」

     その電伝虫の先にいるのが優秀な記者ねぇ。全く、姉の質問には答えず自分のことばかり……呆れながらレイジュは口を開き、

    「……いいわ」

     そう、返事をしたのだった。

     

     ***



     時は遡り、同じ城壁の上。

     海風にマントを靡かせ佇むフェムを見つけ、イチジは隣へ並び立った。

    「優秀な指揮官殿は、現場に立つ必要すら無いらしい」

     彼の揶揄を、しかしフェムは生返事で聞き流した。風に揺れる前髪の隙間から、感情のない瞳がただ一点を見つめ続けていた。普段なら数倍の言葉でもって返されていただろうに、イチジは少々面食らう——と言っても僅かに眉を動かしただけに過ぎなかったが。

     ニジとヨンジのことだなんて、両者言いはしなかった。言わずともここにいるなんかそれしか理由がない。わざわざ髪をベタつかせる海風を浴びてまで、復興作業をほっぽってまでただ佇んでいるのは彼らにとっても異常であった。

    「……これは?」

     感傷に付き合う必要も、傷の舐め合いも彼らには存在しない。が、ただ無言でいるのも悪くはないとイチジが思った矢先。彼の目の前に紙が差し出される。真っ白なそれは綺麗に三つ折りされており、うっすらとフェムのものらしき筆跡が透けて見えていた。

    「ジャッジ様はお休みになっておられるでしょう。総帥代理の王子殿下へ辞表を提出しようかと」

    「辞表?」

    「ええ。記者になって世経にでも拾ってもらおうかなァ」

     ぼんやり、そうひとりごつようにフェムは言う。

    「指揮官としてのプライドか? あのような作戦を是としたのが己の美学に反した、とか」

     彼に思い当たる点はたった一つ。先の撤退戦の作戦を、彼女は悔いているに違いない。そう考え、イチジは紙を受け取りながら言った。

     この国は、王子二人を切り捨てた。

     彼女一人の決定ではなかった。しかし、彼女はこの国の最高指揮官である。戦において総帥であるジャッジが良しとしたのならば、それは彼女の作戦とみなされる。

    「おや。あれを是としたのはこの国ですよ。国一つと王子二人なら喜んで前者を取る——この国はそういう国だ。それに疑義を持つのならばそれこそ出来損ないの証左ですよ。貴殿も、アタシも」

     ジェルマ王国は無感情な国。命二つで国の存亡を救えるのであれば、国を取るに決まっている。それが王子であったとしても。フェムは語る。この国の平常を、敢えて口に出した。普段ならば誰も意義を唱えなかった(ただ一人レイジュは黙って曖昧に笑うなどしていただろう)決定を、二人して僅かに飲み下せずにいた。けれどそれは——これまでならばあり得なかった。いや、ジェルマ王国がここまで窮地に陥ったことなど、二人は経験したことがなかったのだ。これまで幾度か「もしも誰かを切り捨てる作戦をするならば」を考えてきたけれど、それはあくまで机上の空論だったのだなァ。二人してそう思い、ただ視線をぶつけ合い、三秒。

    「なァんて、冗談。まあ……此方の興味がここに無いんですよ。アタシの執着すべきものが、ここには無い」

    「……そうか」

     イチジは言いながら、フェムの差し出した辞表を胸元のポケットに仕舞い込んだ。

    「止めないんですねェ、王子殿下」

    「お前にはもう一仕事頼みたかったが……仕方あるまい」

     意外そうな顔をして見せるフェムは、しばし考えるフリをする。そうして太腿のポケットから拳大のものを取り出してイチジに投げ渡した。

    「……私物か?」

    「ええ、はい。電伝虫を集めるのが好きでして。音声だけでなく画像も写真も送れる優れもの。まあ対になる相手からしか受け取れませんが……こちらに此方の記事を送ります。記者としての才はわかりませんから判断していただければ」

     にっこりと、けれど眉尻を下げながらフェムは言う。見えないはずのその表情が海風に明かされる。その真意を、イチジはわからない。フェム本人ですら、理解できない。

    「戻らないのか」

    「さあ、どうだか……大罪人として戻ってきたりして」

    「ハ、好きにしろ」

     もうどうだっていい、会話に意味はない。二人してそう思って、言葉は投げやりになっていた。

    「それでは、しばしのお暇を」

     今の今まで目を離さなかった海を背にして、レイドスーツのマントを綺麗にはためかせ、恭しく宮廷式典のときのように礼をして。フェムはとん、と爪先で城壁を蹴った。

     彼女が落下する様を眺め、踵を返したイチジは背後で浮遊装置の音を聞いていた。
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