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    審判に失望しシグしか信用できなくなっている刑期延長病み囚人セスリが支配するBADifメロ要(洪水前)と正規パレメルのトイレの扉が繋がってしまったので、パレメルを洪水の巻き添えから守るため、少し様子のおかしい通常セスリの勧めの下囚人セスリを七日間(中週休二日)で攻略する通常ヌヴィの話(予定)……の一日目。
    ※囚人リの世界はシグ→←←リオ( )ヌヴィ
    ※通常世界はヌヴィ→リオ
    ※旅人はsr
    ※~4.1

    「ヌ、ヌヌヌ、ヌヴィレット様、大変ですっ!!」
     慌てた様子のセドナが執務室の扉を叩いた時。丁度数分前に決済書類の山を一つ崩し終え小休憩を取っていたヌヴィレットは、先日旅人を訪ね彼の所有する塵歌壺で邂逅した際受け取ったモンドの清泉町で取れたらしい“聖水”を口にしながら、これは普通の水と何処が違うのだろうか、と、時に触角と揶揄される一房の髪の先がパッド入りの肩にベッタリつく程大きく首を傾げていた。
     しかし、日頃から礼節を重んじるしっかり者の彼女がこれ程までに慌てて自身の元へやって来る程の報告となれば、再度首を傾げることもあるだろう。丁度傾げていた首の角度をわざわざ戻すこともない、と判断したヌヴィレットは顔を少々傾けたまま、扉の前で律儀に自身の答えを待つメリュジーヌに入室許可を与えた。
    「失礼します! えっ」
    「何があった」
     重厚で格式高い扉をゆっくりと開き、するりと扉を抜けた後、メリュジーヌ特有の歩法で近づいてきた彼女は、ヌヴィレットを見て驚きの声をあげた。
    「……あの、寝違えた……わけではないですよね?」
    「ああ。問題ない」
    「それは良かったです、」
     何事もなかったかのように首の角度を戻せば、もう一つの驚きも落ち着いて来たのだろう、彼女を駆り立てた本命の驚きが戻ってくる。
    「……じゃ、ありません! ヌヴィレット様。私の報告が信じられないかもしれませんが、聞いていただけますか?」
     メリュジーヌは誠実で、純真な種族だ。だから無条件に信じる、というわけではないが、彼女がそこまで念押しするということは、余程荒唐無稽に聞こえることなのかもしれない。
    「聞こう。話してくれ」
     言葉を促すヌヴィレットの前で、セドナが口を開いた。
    「今、パレ・メルモニアの化粧室の掃除用具入れの扉が、メロピデ要塞内部に繋がっているんです」
    「……今、何と?」
    「パレ・メルモニアの化粧室の掃除用具入れの扉が、メロピデ要塞内部に繋がっているんです!」
     その言葉を聞いて、ヌヴィレットはまず、ひとより大きな己の耳を疑った。そして次に、四百年以上も酷使してきた自分の頭脳を疑った。
     自分が思っているより、自分は疲れているのかもしれない。遠い目をするヌヴィレットの手を、メリュジーヌのちいさく丸い手が掴まえ、くい、と引っ張る。
    「あの。信じがたい現象ですし、お手を煩わせることにはなりますが……見てもらった方が早いかと……」
    「分かった。向かおう」
     手慣れた案内に従い件の化粧室へ赴けば、なるほど、セドナの報告通り、扉の一つがメロピデ要塞に繋がっていた。閉じているときは、掃除用具入れであることがわかるような表示がなされている他は見た目上何事もなく見える個室の扉だったが、一度押し開くと向かい側に肝心の掃除用具の姿はなく、メロピデ要塞の景色が広がっているのだ。二つの空間は薄い膜のようなもので隔てられていて、二つのまったく異なる空気が混じり合うことはない。試しに腕を入れてみれば、膜の向こう側とこちら側で違う温度が同時に感じられた。あらゆる環境条件が適切な管理下にあるパレ・メルモニアとは異なり、厚い鉄で覆われたメロピデ要塞は、熱源近くとそうでない場所での温度差が激しい場所だ。そしてヌヴィレットが感じたのは、どこか底冷えするような空気だった。あまり人の立ち入った痕跡がなさそうな様子を見るに、恐らく廃棄された生産エリアの一角だろう。道中職員たちの証言を集めても、「まったく気付かなかった」という答えばかり返ってきたので、正確にいつから繋がっているのかは分からない。しかし直前の清掃時間でも特に異常報告はなかったので、開通してしまったのはここ数十分の話だろう。この様子で気付かないはずがない。
     意図せず第一発見者になってしまった不幸な女性職員は、個室と勘違いし偶然扉を開いた際、この異変に気付いたのだという。掃除用具入れはそうみだりに開かれるものではない。もし彼女が気付き、セドナ経由で迅速に報告を上げていなければ、この抜け穴は次の清掃時間まで放置されていたことだろう。男性体であり多忙でもあるヌヴィレットに情報を届けるため面会受付役のメリュジーヌであるセドナに言伝を頼んだのは合理的な判断といえる。少なくとも、“職員が気づくよりも前にメロピデ要塞の囚人が一見分かりづらい抜け穴の存在に密かに気づき、誰にも気付かれず脱獄していた”、という懸念は外れたとみなしていいはずだ。
     まるで秘境のような様相を見せるその扉に、ヌヴィレットは念のためセドナをパレ・メルモニア側に残したまま、一人で膜の向こう側に足を踏み入れた。異変はない。そしてメロピデ要塞側から扉を閉めれば、扉の上から見えていた白色の天井が一瞬のうちに黒く塗り潰された。水底特有の、大いなるものに力強く抱擁されているような感覚も襲ってくる。この時点で、完全にメロピデ要塞への転移が完了したらしい。再度扉を開けば、眉尻を下げたセドナの姿が見える。扉の真上を境に、天井色が二つに分かれていた。再び膜を潜り、パレ・メルモニア側から扉を閉じれば、何事もなかったかのような化粧室が戻ってくる。
    「セドナ」
    「はいっ!」
     確かにこれは、パレ・メルモニアの職員たちの手に余るだろう。この先に広がる空間の特殊性を思えば、ヌヴィレットもまた最適とは言えないかもしれないが……少なくとも、執律庭の人間を立ち入らせるよりはマシだ。
    「今日は審判がないので、この件は私が調査するとしよう。……念のため旅人と……こことは別の経路からリオセスリ殿にこの報せを送ってくれ。だが調査が終わるまで、この事実を知る者は多くない方がいいだろう」
    「では、メロピデ要塞への伝言は旅人さんに頼みましょう」
     ヌヴィレットは、どこか名状しがたい違和感を覚えている自分に気が付いていた。不正確になることを恐れず無理やり形容しようとするならば……まるで目の前のメロピデ要塞が、己の知るメロピデ要塞とはまったく異なる規則で支配されているかのような感覚があったのだ。ヌヴィレットは日頃から論理的により妥当な判断を下すことを心がけているが、しかし虫の知らせにも似た微細な感覚をまったく無視することが時に大きな問題をもたらすことをよく知っていた。大抵の場合このような感覚というものは、過去の長い人生――否、“龍”生経験からの警鐘であるために、その悪い予感がまったくの憂慮であることを確認するまで気を抜いてはいけないのだ。


     Day 1


     事前予告も受付も通ることなく、突如メロピデ要塞内部に現れたヌヴィレットの存在を、囚人たちは遠巻きにチラチラと見るだけだった。すべての審判に参加し彼らの判決を見てきたヌヴィレットは、たとえ自身が思っていたより彼らに恨まれていなかったのだとしても、あまりここに長居するべき存在ではないことに変わりなかった。
     メロピデ要塞の構造は複雑だが、ヌヴィレットは迷うことなくこのメロピデ要塞の支配者が利用する執務室へと向かうことができた。
     人通りの量に反し、不自然な程静まり返っているように見える執務室の前には、監視人の類が誰も居なかった。何かを言伝てる手段もなければ、来訪を報せる叩き金もなかった――というより、何らかの工具で留め具をねじ切られ、音を鳴らすため握る輪の部分が無理やり取り外されている――ので、扉を軽く突き抜ける程度の声で公爵リオセスリへの来訪を報せれば、暫くの沈黙の後、あっさりと開かれる。
    「はあ、煩いぞ。ここでそういう冗談を言っていいと誰が教え――は?」
     扉の向こうには、目を丸くするリオセスリがいた。
    「突然訪問してすまない」
    「審判官さま(your honour)?」
     心底不思議そうな顔でヌヴィレットを見る彼の肩に権威を分かりやすく表現するあの重厚な外套はなく、彼は囚人たちと同じような軽装を纏っていた。
    「……リオセスリ殿?」
     自ら扉を開けたまま固まった彼の表情は、まるで“まさか本物のヌヴィレットがここを訪れることなどないだろう”とつい先程まで思い込んでいたかのようだった。深く息を吸い心を鎮めたリオセスリは薄い笑みを浮かべ、仰々しく……極めて他人行儀な言葉を放った。
    「……いと尊き審判官様(Votre Honneur)。ああ、失敬。“最高”が抜けてるな。――いと尊き“最高”審判官様(Votre Honneur Suprême)。御自らこのメロピデ要塞を訪れるなんて、大層珍しいこともあるものだ。俺が知る限りじゃ、始めてのことじゃないか? 残念だがここじゃ上から下まで節制の毎日でね。ヴィンテージの一つも出せなくて申し訳ないが……」
    「いや、普段通りで構わない。本題を」
    「……へえ。なら遠慮なく。もしあんたが気に入らなければ、俺はここで最も血気盛んなやつらにさえ、今よりもっと長い敬称であんたを呼ばせなきゃならなくなるところだった」
     そこにあるのは、一度は越えていたはずの障壁だった。それを、ヌヴィレットは彼の前でもう一度越え直さなければならないのだろう。
     階段を登った先、執務机の置かれた空間に通されたヌヴィレットは、一人の男がソファに座っていることに気が付いた。丁度会談中だったのだろう。突然の来客に酷く萎縮している様子の男は、囚人服だけでなく、妙に印象に残る藍と茶のツートンカラーの帽子を被っていた。
    「……彼は?」
    「前に管理の経験があるらしくてね。俺の仕事を手伝ってくれてる模範囚だ」
     リオセスリは机上に広げられていた書類を乱雑に掴むと、そのすべてを目の前の男性囚人の胸元に押し付けた。
    「悪いが、見ての通り重要な来客だ。ここは席を外してくれ」
    「え、ええ。では、失礼します」
    「ああ、あとは人払いか。……そういえば、君がこの前連れてきた新人がいたな。そいつを張り紙代わりに扉の前に立たせておいてくれ」
    「分かりました」
     深々とした礼の後、逃げるように執務室から去っていく男を見送ってから。リオセスリは余裕綽々といった様子で、ずっと組んでいた両腕を開き、胸元を晒した。
    「で、あんたは一体誰なんだ?」
    「私もまたヌヴィレットだ。……恐らくリオセスリ殿の良く知る最高審判官とは異なるだろうが」
     その言葉に、リオセスリは片眉を上げた。
    「だろうな」
     やはり、彼はヌヴィレットの知るリオセスリとは別人なのだろう。この“メロピデ要塞”がヌヴィレットが存在しない世界に属しているのか、それとも、存在するが彼と個人的な関係を持つことがなかった世界に属しているのか、先程まで判断しかねていたが、彼の反応を見る限り、“ヌヴィレット”が最高審判官として存在するということは確かであるようだ。どちらにせよ、より詳細な違いについて、情報もなく容易に判断することはできないだろうが。
    「……で? あんたが入ってきた穴はどこに?」
    「放棄された生産エリアだ。パレ・メルモニアの化粧室と繋がっていた」
    「へえ。国内最高級のトイレに、メロピデ要塞自慢の芳香剤は刺激が強かったらしい。態々あんたがここまで降りてくるくらいだ、相当“漏れて”たんじゃないか?」
    「いや、まったく。タイミングが良かったのか……貴殿の手腕のお陰か」
     “リオセスリ”は案外婉曲的な表現を好む人物だ。それは変わりないらしい。彼もまた最も憂慮していただろう“囚人の脱走”を否定してやれば、刺々しい緊張が僅かに緩められる。
    「そりゃ良かった。上の方々に迷惑をかけるわけにはいかないからな」
    「既に対応を?」
    「特別な対応なら必要ない。自分たちの問題は自分たちで処理する……ここじゃそういう運営方針だ。いちいち他人の下の世話までしてたら、こっちの身が持たなくなるだろ?」
     彼は己の横に控える丸形の監視機器のツルリとした表面を、まるで愛おしむかのように撫でると、狼牙をむき出しにして、うっそりと笑った。
    「だから、俺は何もしない」
     ヌヴィレットには、その表情が、ひどくおぞましく、退廃的なものと感じられた。ヌヴィレットのよく知る生気に満ち溢れたものと同じ物質であるはずの鋭氷の瞳は、見ているだけで背筋が凍るような気配を色濃く纏っている。思わず、この瞳で刺されれば死んでしまうのではないかと錯覚してしまいそうになった。
     リオセスリはヌヴィレットが息を呑んだことに気付くと、ぱちり、と大きな瞬きをした。瞬間、絶対時間をも凍結させるほどの殺意がはたと消える。それと同時に、彼の考えが何も感じられなくなってしまった。
    「さて、好奇心に対する答えはこれで十分だろ。今日はお引き取り願おう」
    「リオセスリ殿」
    「俺は“何もしない”と言った。まさか最高審判官ともあろう御方が言葉の意味さえ理解できないとは言わないよな。二つの世界がこうして繋がっている以上、俺は扉を開けっぱなしにして、あんたたちを臭気で悩ませることだってできる」
     メロピデ要塞からの抜け道がパレ・メルモニアに直接繋がっているということは、囚人だけでなく、メロピデ要塞の支配者たるリオセスリにとっても大きな意味を持っている。彼がその気にさえなれば、今ここでヌヴィレットに噛みつくことさえできるし、こちらへと繋がってしまった扉を通して特に屈強な囚人たちを選んであえてこちら側に叩き出し、パレ・メルモニアに混乱を招くといったことさえできる。そのような点を鑑みれば、それは重要な表明だろう。何せ、このもうひとつのメロピデ要塞と繋がってしまったのは、フォンテーヌでもっとも重要な施設のひとつであるパレ・メルモニアの中枢部である。彼らの属するものとは異なる世界であるとはいえ、もし国家転覆を企む者が囚人たちの中にいたなら、またとない好機だろう。
     故に彼の宣言は、ヌヴィレットにとって都合のいいことをしない代わりに、都合の悪いこともしないという、完全な不干渉を意味している。
     目の前のリオセスリはヌヴィレットに悪意を持っているわけではなかった。ただ、今度こそ真の余所びとであるヌヴィレットを警戒しているだけ。この世界の水はヌヴィレットに属するものではなく、彼もまたヌヴィレットの知る公爵リオセスリとは別人だ。だとするならば、あまり彼の領域へと干渉しすぎるのはあまり適切とは言えないだろう。彼には彼の“ヌヴィレット”がいるのだから。
    「分かった」
     ヌヴィレットは物分かりのいい顔をしたまま、執務室から退出した。扉の前には先程見たのと同じ帽子を被った青年が立っていた。気弱そうな表情でただぼんやりと、ヌヴィレットに特別目を向けないことだけを意識しながら目の前の通路を眺めている彼に、労いの意味も込めて軽く会釈すれば、彼の身体がほんの僅かに緊張したのが分かった。汗として滲み出る薄い嫌悪は、ヌヴィレットがここ暫く感じていなかった感覚だった。


     * * *


     開いたままの道を通り元のパレ・メルモニアに戻れば、冒険者協会経由で連絡を受けた旅人がリオセスリを連れてきていた。リオセスリは偶々旅人の日課に同行していたようで、つい数刻前までは稲妻に連れ出されていたらしい。フォンテーヌとはまったく異なる水質を持つ海に囲まれた地を移動するのに、リオセスリの力は、各国に様々な知り合いを持つ旅人でさえ思わず感動してしまう程適しているらしい。それにしても、フォンテーヌから稲妻まで即座に捜索網を広げられるとは。冒険者協会の情報伝達力には感服するばかりだ。
     旅人と親しくなり、時々野外活動に同行することになってから。ヌヴィレットは、彼がこのテイワットの各地に存在する古代の遺物や秘境等を活性化し、利用できるようにする力を持っていたということを知った。彼らがワープポイントと呼ぶ細長いオブジェもその一つであり、ある程度以上の元素力を持つ者をポイントからポイントへと転移させる力を持つ。ヌヴィレットも彼らに同行した際このワープポイントを利用しているが、かなり便利なものと認識している。あまり長い間居所を空けられないヌヴィレットは、旅人と知り合ってから初めて稲妻の地を踏んだし、彼の友人であるという異国の神々や要人と引き合わされ、共に秘境攻略に励んだ経験は……何というか……あまりにも未知に溢れていた。一度は自らの足で直接赴いて登録しなければならず、あまり大人数では利用できないという不便さに目を瞑れば、遠距離移動にかかる時間を短縮する上で、それはとても有用な移動手段である。普段の公務では移動姿を見せるということも重要な要素であるから、ヌヴィレットがそれを必要とすることはないだろうが。
     ところで、ワープポイントやそれに類似した機能を持つ古代遺物はこのテイワットのあらゆる場所に存在したまま放置されており、それはメロピデ要塞内部にあっても例外ではない。噂によれば、先の“服役”中も時折異国で日々の依頼任務を達成していたらしいと聞く。こちらの都合で彼らを拘留していたことが問題の種にならないのは助かるが……彼のような人物を一所に留め置くことは、決して彼の同意無しには為し得なかったということだ。彼らと知り合う前からその力を知っていれば、ヌヴィレットはこれまで各国の様々な変化に立ち会ってきた、幅広い人脈を持つ傑物である……という以上に彼らのことを警戒しなければならなかっただろうことを思えば、彼が己の体質を限られた人物にしか知らせていないということの意義も理解できる。
     久方ぶりにパレ・メルモニアを訪れたリオセスリは、今回もいつの間にか貼り付けられていたらしいステッカーの端をカリカリと爪で引っ掻きながら――意外にもリオセスリの存在はメロピデ要塞をよく訪ねるメリュジーヌ以外にも知られており、こうして水の上に顔を出す度に、普段彼に会わない水上のメリュジーヌたちからもステッカーをこっそり貼り付けられているのだった――彼の知るメロピデ要塞の現状をヌヴィレットに報告した。
    「今のところ、こっちには特に何の問題も起こってないぜ。あっちのパレ・メルモニアと繋がってるってこともない」
    「そうか」
    「ところで、旅人はこういう現象に詳しいんだろ? 何か心当たりはないのか」
     リオセスリの問いかけに、旅人は自らの記憶を探りながら答えた。
    「確かに、特定の扉が異世界に繋がる事例は結構あるし、特に水回りが異界と繋がりやすいっていう話もある。それに、フォンテーヌの水は色々な感情と共鳴しやすいから……もしかすると本当に助けを求めている誰かが向こうの囚人たちの中にいるのかも」
    「それなら……!」
     旅人の言葉に、パイモンが声をあげる。彼女は食べ物に目がない点を除けば、メリュジーヌ同様純朴で心優しい生き物である。
     だがヌヴィレットは諸手を挙げて彼女の提案を受け入れることができなかった。
    「あまり干渉すべきではないのでは?」
     こことは異なるフォンテーヌ、そして特にメロピデ要塞という場所の特殊性を考えるなら、あちら側のリオセスリの見せた頑なな態度も納得がいく。
     しかしリオセスリはヌヴィレットの指摘に対し、首を大きく横に振った。
    「だがこうしてパレ・メルモニアと繋がってしまってる以上、不干渉というわけにもいかないだろ」
     ヌヴィレットが装具ごと二つの世界を問題なく行き来できたのだ。転移可能な物質の中、原始胎海の水だけは例外だと考える理由はない。二つの世界がこうして繋がっている以上、あちらの世界での津波が、こちらの世界で起こる津波と同じ……いや、距離が近い分、それ以上の意味を持つことになるかもしれない。
     もしそのようなことが起これば、パレ・メルモニアは壊滅的な被害を受けることになるだろう。先の大禍を最小限の被害で収められたのは、充分な備えと、原始胎海の水が溢れた瞬間から、一滴も部屋の外に漏らすことなく最前線で時間を稼ぎ続けたリオセスリとクロリンデの尽力が大きい。
    「それに……話を聞く限り、多分あっちの俺はあんたと個人的にやり取りしたことがないんだろう。もし俺があんたを信用していない場合、死んでもあんたやクロリンデさんを禁域には通さなかったはずだ。まあ、あんたの実力なら俺を倒してでもあの場所に辿り着けただろうが……完封とはいかなかっただろう」
     決壊の瞬間に二人が既に現場にいて、すべての準備を終えていなければ……あそこまでの結果は得られなかった。ヌヴィレットがメロピデ要塞に常駐することの許されない立場にある以上、ヌヴィレットが到着するまでの間確実に持ちこたえられる人間が必要だった。いくらヌヴィレットに力があったとしても、それを振るう前に前線が崩壊していれば、何も救うことができないのだから。
    「何せ俺の氷元素は何かを塞き止めることに最も特化してる。それに……俺とクロリンデさんを殺し合わせるのはあんたの本意に反するだろうから、あんたはきっとクロリンデさんを送り込まない」
    「リオセスリ殿」
    「これは冗談じゃない。クロリンデさんの実力はあんたらもよく知ってるはずだ。手加減して足留めできるような相手じゃない。それはあっちにとっても同じだと……自惚れるくらいは許されるだろ?」
     リオセスリは、彼を少年時代から知っているヌヴィレットでさえ驚く程老練な考え方をしている。もしくは、達観している、ともいうべきだろうか。彼は水の下に居を構えながらも、水下のメロピデ要塞の中だけでなく、水上のフォンテーヌ廷やエピクレシス歌劇場で起こっている出来事さえ見通しているように見える。囚人たちの態度や収監登録リスト等の書類に現れる些細な違和感を読み取り、必要な情報を引き出し、それを利用することに長けているのだ。
    「クロリンデさんがフレミネくんを見つけてくれなきゃ彼は無事とはいかなかっただろうし、そうなればリネくんたちとは絶対に和解できない。俺は彼を完全に無力化させるまでろくに眠れない夜を過ごすことになるし……あいつらの“お父様”もその隙を絶対に見逃さない。『メロピデ要塞の管理者が壁炉の家の子供を獄中死させた』。しかも冤罪……とはいかないまでも、少し時間が立てば解放される程度の軽い罪だ。そこで有名人のリネくんが少し大袈裟に泣いてみせれば、スチームバード新聞の一面を飾るには充分すぎる醜聞の誕生だ」
     そう言うリオセスリの瞳は、その想定される物語の悲壮さに比べ、ひどく凪いでいた。
    「リネが、そんなことを?」
    「するさ、あの時の彼なら。旅人もそう思うだろ?」
    「そうだね。リネにとってより大事なのはあの二人だと思うから」
    「そんな! あれは……リオセスリにだって、どうしようもなかったことだろ?」
    「パイモン。俺が何故メロピデ要塞に入ったのか、忘れてないよな?」
    「ひっ!」
     きゅう、と複雑そうな感情と共に眉を下げたパイモンに、リオセスリが獰猛な意志を向ける。すると彼女は途端に怯え、旅人の背に隠れてしまった。旅人はパイモンを優しく、しかし確実な手つきで引き剥がすと、咎めるような目をリオセスリに向けた。 
    「ちょっと。パイモンを怖がらせないで」
    「悪い悪い。だが、分かってくれ。他に道がないということは免罪符にはならない」
     弟妹を奪われたリネは絶対にリオセスリを許さなかっただろう。彼の怒りと恨みを鎮めることができたのは、あの場に現れたクロリンデがフレミネを連れて戻ってくることができたからだ。リネは自分が今何をすべきか、自らの立場を常に意識している、聡明な少年だった。だから、フレミネの無事を喜ぶことを、リオセスリへの報復より優先させただけ。そして以後もまた、表立って噛みつくのではなく、リオセスリを利用した方が弟妹のためになると判断した。彼へ怒りを向けたという事実がなかったことになったわけではない。人の感情というものは、そう簡単に消えてなくなることが無いものだ。特に、恨み妬みといった感情は。
     リオセスリは、舞台役者のように大仰な仕草で人差し指を立てながら、囁き落とすように告げる。
    「しかし、まあ……これらの問題をすべて回避するシンプルな方法がたった一つある」
    「それって、何なんだ?」
     一際暗い目に、無理矢理上げられた口角。それらが、首を傾げるあどけない少女の眼前にさらけ出された。
    「――俺を籠絡すればいい」
    「リオセスリ!」
     ヌヴィレットが口を開く前に、旅人が鋭く叫んだ。明らかに、先程の言動は度を越えていた。しかしリオセスリが自らの発言を取り下げることはなかった。
    「それ以上の方法があるのか?」
     確かに、要塞の支配者たるリオセスリがヌヴィレットを信頼していれば、懸念された状況のすべては杞憂となる。リオセスリがヌヴィレットの手の者であるクロリンデを警戒することもなければ、ヌヴィレットの助力を拒むこともない。また、クロリンデが警戒されずメロピデ要塞に立ち入れれば、フレミネを救うこともできて、リネたちと敵対することもなくなる。良いこと尽くめだ。理論上は。
     それがわかっていても。まるで今の彼の在り方を否定するようなその物言いには、どうしても納得できなかった。周囲の相対湿度が上昇していくのが分かった。
     だがそんなことは露知らずといった顔で、リオセスリは言葉を続けた。
    「こっちからもあっちのパレ・メルモニアに繋がっていればもっと話は簡単だったんだろうが……そうじゃなかった以上、“俺”を口説き落として貰うしかない」
    「何をする気だ?」
    「あっちのあんたを説得する。俺たちの仲にどんな違いがあるにせよ、“ヌヴィレットさん”なら正しい判断をしてくれるはずだからな」
     本来なら、そのひたむきな信頼の深さを有り難く思うべきなのだろう。しかし今はそれが、どうしようもなく苦々しく、後味の悪いものに感じられてしまった。
    「ならば前回同様旅人に向かってもらうのが一番かもしれない。前回とは違って、私から調査に適した身分を与えることはできないが……」
     逃避に近い言葉だとは分かっていた。リオセスリは何かを考えているような顔で下唇をなぞりながら、棚に収められた事件資料へとぼんやりとした目線を向けていた。 
     今回の事案について、ヌヴィレットが取れる手段は驚く程少ない。慣れない状況が続いていることもヌヴィレットの心を波立てる原因とはなっていたが……一番は、二人のリオセスリの様子のおかしさだ。あちら側のリオセスリだけでなく、先程あちらの世界のメロピデ要塞の話を聞いてからのリオセスリもまた、様々な色に濁り、心が分からなくなっている。
     ヌヴィレットの言葉が途切れたことに気がついたのだろう。リオセスリが目線をヌヴィレットに戻した。
    「先程から何かを考え込んでいたようだが、問題でも?」
    「ああ。俺は旅人たちを送るのには反対だ」
    「それは……どうして?」
    「勿論、あんたらの実力を信頼していないわけじゃない。だが、あっちの“俺”の状況を考えるなら、むしろヌヴィレットさんだけで通うのがベストだ」
    「何故だ?」
    「俺が旅人の調査を許そうと思ったのも、ヌヴィレットさんの策だと初めから分かっていたからだ。前提としてはクロリンデさんと変わりない」
    「確かに、そうかもしれないけど……」
     複雑そうな顔をするパイモンは、恐らくヌヴィレットの抱える日常業務の多さを気にしているのだろう。その事に気づいたリオセスリが、彼女の懸念を代弁する。
    「無論、多忙なら、無理にとは言わないが」
    「いや、幸い時間には余裕がある」
     先の氾濫を処理して以降、水の上は平和が続いていて、大きな審判の予定はない。面会予定はいくつか入っているものの、一日中というわけではないから、問題ないだろう。
     嵐の前の静けさではあるのだろうが……この平穏も、発散されそうになった憤怒を鎮めたことで、人々の心が一時的に穏やかになっているからかもしれない。エピクレシス歌劇場は本来の目的のために占用されているし、仕事の減ったクロリンデもナヴィアたちと茶会を楽しんでいるようだ。
     ヌヴィレットが自ら対応するだけの余裕はある。そうでなければ、そもそも今日の訪問すらなされなかっただろう。不幸中の幸いというべきか。……否、それも加味した上での提案か。
     ヌヴィレットの意志を慎重に確認していた統治者特有の雰囲気を纏った冷涼なアイスブルーが、己の仕事を終えたとばかりの輝きを放ちながら、今度は旅人たちへと向けられる。
    「あとは……こっちとの相違点について、気になる点がいくつかある。旅人にはこっち側の調査を頼みたい」
    「いいの?」
    「エティヌくんのゲームは楽しかっただろ?」
    「まあ……そうだけど。……全部知ってたの?」
    「大量の特別許可券が動くとき、“公爵”は必ずその理由を確認する。そこに収監中リストから消したばかりの名前があれば……な」
    「そっか」
     リオセスリの言葉に旅人は納得したように頷いた。それを確認して、また動く瞳。
    「ヌヴィレットさん。あんたがそっちで会った囚人ってのは、ドゥジェーくんたちだろう」
    「ドゥジェー?! まさか、そっちのリオセスリは……」
    「パイモン」
    「わ、わ、わ! オ、オイラ、何も知らないぞ……」
     旅人に咎められ、慌てて両手で口を塞いだパイモンの姿に、リオセスリは口角を上げた。
     記憶の中から、その人物に関する印象を引き出す。特別名指しされる程の問題のある人物のようには思えなかったが、メロピデ要塞のすべてを知るリオセスリがそのような確信を抱いているからには、それなりの理由があるのだろう。最近熱心にメロピデ要塞に通っているらしい旅人たちも、何かを知っているようだったが。
    「……彼に何か?」
     ヌヴィレットの問いに、旅人は無言のまま首を振る。口を塞いだままのパイモンから情報を引き出そうとするのは……あまり良いことではないだろう。
     眉尻を下げながらリオセスリへと視線を戻す。彼は、ふ、と小さく息を漏らした後、大袈裟に肩を竦めてみせた。
    「それも含めて。あんたの目で直接確かめた方がいい」
    「リオセスリ殿は……それで構わないのか?」
    「……大丈夫。いつも通りのヌヴィレットさんなら、問題ないはずだ」
    「何故そう言い切れる?」
    「その男が“リオセスリ”で、あんたが最高審判官の“ヌヴィレットさん”だからだ」
     リオセスリはいかにも最大限譲歩しているといったような表情で、首を横に振った。彼は柔和に見えて、かなり頑固な部分がある。このまま問いかけを続けてもこれ以上の答えを引き出すことはできないだろう。
     リオセスリ自身が問題ないというのなら。ヌヴィレットが足踏みをすることは、彼の決意に対する侮辱となってしまう。
    「明日また来る。結果を聞かせてくれ」
     そう言うとリオセスリはヌヴィレットに背を向け、部屋の外へと歩き出した。
     それでも。外では厚い雲が、太陽を覆い隠していた。
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    Psich_y

    PROGRESS2024/2/11カヴェアルwebオンリー「Perfect Asymmetry 2」展示。

    遺跡探索中メラと入れ替わりでやってきた学生時代カヴェを持ち帰り甘やかすゼンと、情緒(と性癖)を滅茶苦茶にされている二人のカヴェの心が猛スピードですれ違ったりぶつかったりする話です。
    (未完:進捗展示)

    ※過去カヴェ+現カヴェ×現アル
    ※“メラ←→過去カヴェ”のため、カヴェの隣にメラが不在(重要)
    Won't be spoiler K-1

     カーヴェがこれまで経験してきた人生には、“最悪”と名付けられる出来事が既にいくつもある。そういった事実を鑑みたとしても。今のカーヴェの目の前に広がる光景は、間違いなく新たな最悪として数え上げられそうなものだった。
    「メラックをなくした?!!?」
    「手元にない、というだけだ。約束は三日だった」
    「本当に帰ってくるんだな?」
     妙に秘密主義なところのあるこのかわいくない後輩――アルハイゼンの、錆びついた沈黙に潤滑油をしこたま流し込み、どうしても調査したい遺跡があるらしいということを聞き出したまでは、多分、良かった。だから、問題はその後にある。……いや、“前”というべきか。まあ、前か後かはこの最重要じゃない。重要なのは、問題はそこにはないということだけだから。
    20174

    Psich_y

    MOURNING祈願でやってきた少し不思議なhorosy(ネームド)が新人妹旅人たちを草国までキャリーする話……になるはずだったものです。

    ※空放前提蛍放
    ※以前書いていたものなので、院祭以降の内容を含んでいません
    ※尻切れトンボの断片

    去年の実装時に細々書いていたものをせっかくなので供養。
    折角だから君と見ることにした その夜、私はパイモンの提案に従い、新しい仲間と縁を繋げられるよう夢の中で祈願していた。
     旅の途中で手に入れた虹色の種――紡がれた運命と呼ぶらしい、夢と希望の詰まった不思議な形の結晶――を手に、祈るような心地で両手の指先を合わせる。前に使ったのは水色の種だったけれど、此方の種はそれよりずっと珍しく、力のあるもののようだったから。
     ――今の私にとって、旅の進行はあまり芳しいものとは言えなかった。失われた力はなかなか戻ってこないし、敵はいつの間にかやたらと強くなってしまっているし、兄の情報も殆どなくて、どこへ行けばいいのかもあまり分からないし。今まで頭脳労働の面で散々兄の世話になってきていたために、私は旅のアレコレが得意という訳ではなかった。私が得意なのは、兄に頼まれたお使いのような頼まれ事を解決することだとか、ただひたすら敵と戦うことだとか、そういう部分で。仕掛けの解き方とか、工夫が必要な分野はこれまですべて、兄がどうにかしてくれていたのだ。
    3444

    Psich_y

    DOODLE自分の前世が要塞管理者だったと思い込んでいるやけに行動力のある少年と、前世の家族を今世でも探している手先の器用な少年と、前世で五百年以上水神役をしていた少女が、最悪な地獄を脱出し、子供たちだけの劇団を作る話です。
    ※無倫理系少年兵器開発施設への転生パロ
    ※フリリネリオ不健康共依存(CP未満)
    ※フリに対し過保護な水龍、に食らいつくセスリと弟妹以外わりとどうでも良いリn
    ※脱出まで。
    ※~4.2
    La nymphe et les bêtes Side: FSide: F

    「さあ! 僕についてきて。君たちがまだ見ぬ世界を見せてあげよう!」
     フリーナ、と。かつて歩んだ永い永い孤独な神生と、その後の自由な人生を通し、唯一変わらず己と共にあった響きにより己を再定義した少女は、指先まで魂を込めた右手をネズミ色の天井へ真っ直ぐピンと伸ばし、高らかに宣言した。
    「君たちはただ、僕という神を信じればいい」
     すべての意識を周囲へと傾ければ、ほら。息を呑む音まで聞こえる。フリーナは思い通りの反応に、少し大袈裟に、笑みを深めてみせた。
     目の前の小さな観客たちは、フリーナの燃えるような瞳の中にある青の雫しか知らない。いくら多くの言葉をかき集めて自然を賛美してみせたところで、生まれた頃から薄汚れた白灰色の壁に囲まれながら育ち、冷たく固い床の上で寝ることしか知らない、哀れな子供たちには想像すらできないことだろう。
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    Psich_y

    PROGRESS刑期延長病み囚人セスリが支配するBADifメロ要(洪水前)と正規パレメルのトイレの扉が繋がってしまったので、少し様子のおかしい通常セスリの勧めの下囚人セスリを七日間(中週休二日)で攻略する通常ヌヴィの話(予定)……の二日目。よしよし不穏シグリオ回。
    ※囚人リの世界はシグ→←←リオ( )ヌヴィ
    ※通常世界はヌヴィ→リオ
    ※旅人はsr
    ※~4.1
    ※呼び名捏造あり
     Day 2

    「公爵? そっちのリオセスリくんは、公爵なの?」
    「ああ」
     次に訪問したとき。ヌヴィレットを出迎えたのは、主不在の執務室でティーセットを広げ、お茶会を嗜んでいたシグウィンだった。
     彼女にねだられるまま用件を話せば、彼女は人のそれによく似た手で、彼女に合わせられたのだろう小さく可愛らしい柄のカップと小麦色の焼菓子を差し出してきた。
    「ごめんね、これしか用意がなくて」
    「こちらこそ、連絡もなく訪ねて申し訳ない」
    「謝らなくていいのよ。ウチ、ヌヴィレットさんの顔が久し振りに見られてとっても嬉しく思っているの」
     そう言って微笑むシグウィンの表情には、どこか翳りのようなものが見られる。ヌヴィレットとメリュジーヌの間の距離は、ヌヴィレットと普通の人間との間の距離よりもずっと近いから。彼女もまたこのヌヴィレットが彼女たちの“ヌヴィレット”ではないことを、よく理解しているのだろう。
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    Psich_y

    PROGRESS審判に失望しシグしか信用できなくなっている刑期延長病み囚人セスリが支配するBADifメロ要(洪水前)と正規パレメルのトイレの扉が繋がってしまったので、パレメルを洪水の巻き添えから守るため、少し様子のおかしい通常セスリの勧めの下囚人セスリを七日間(中週休二日)で攻略する通常ヌヴィの話(予定)……の一日目。
    ※囚人リの世界はシグ→←←リオ( )ヌヴィ
    ※通常世界はヌヴィ→リオ
    ※旅人はsr
    ※~4.1
    「ヌ、ヌヌヌ、ヌヴィレット様、大変ですっ!!」
     慌てた様子のセドナが執務室の扉を叩いた時。丁度数分前に決済書類の山を一つ崩し終え小休憩を取っていたヌヴィレットは、先日旅人を訪ね彼の所有する塵歌壺で邂逅した際受け取ったモンドの清泉町で取れたらしい“聖水”を口にしながら、これは普通の水と何処が違うのだろうか、と、時に触角と揶揄される一房の髪の先がパッド入りの肩にベッタリつく程大きく首を傾げていた。
     しかし、日頃から礼節を重んじるしっかり者の彼女がこれ程までに慌てて自身の元へやって来る程の報告となれば、再度首を傾げることもあるだろう。丁度傾げていた首の角度をわざわざ戻すこともない、と判断したヌヴィレットは顔を少々傾けたまま、扉の前で律儀に自身の答えを待つメリュジーヌに入室許可を与えた。
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