折角だから君と見ることにした その夜、私はパイモンの提案に従い、新しい仲間と縁を繋げられるよう夢の中で祈願していた。
旅の途中で手に入れた虹色の種――紡がれた運命と呼ぶらしい、夢と希望の詰まった不思議な形の結晶――を手に、祈るような心地で両手の指先を合わせる。前に使ったのは水色の種だったけれど、此方の種はそれよりずっと珍しく、力のあるもののようだったから。
――今の私にとって、旅の進行はあまり芳しいものとは言えなかった。失われた力はなかなか戻ってこないし、敵はいつの間にかやたらと強くなってしまっているし、兄の情報も殆どなくて、どこへ行けばいいのかもあまり分からないし。今まで頭脳労働の面で散々兄の世話になってきていたために、私は旅のアレコレが得意という訳ではなかった。私が得意なのは、兄に頼まれたお使いのような頼まれ事を解決することだとか、ただひたすら敵と戦うことだとか、そういう部分で。仕掛けの解き方とか、工夫が必要な分野はこれまですべて、兄がどうにかしてくれていたのだ。
……お兄ちゃん、今どこで何してるのかな。
考えないようにしていても、どうしたって欠落感はつきまとってくる。
確かに、ガイドのパイモンはテイワットに関する色々なことを教えてくれるし、至らない私を沢山励ましてくれる。だから、寂し過ぎるということはない。けれどパイモンは、一緒にギミックを解いたり、戦ったりできる訳ではない。
せめて、共に肩を並べて戦える旅の仲間が欲しいのだ。欲を言うなら、身軽で、ちょっと高いところにも手が届くようなひとがいい。あのヒラヒラと手からすり抜け飛んでいってしまう晶蝶を、私の代わりに簡単に捕まえてくれるような、そんなひと。
私は天にある巨大な雲の穴の先から沢山の星々が降ってくるのを見ていた。そして私はその中に、今まで見たことがない程に目映い、金色に光る星を見つけた。あれは何だろう、そう考えている間にも、その星は私目掛けて一直線に降ってくる。天には、人影のようであり人形のようでもある不思議なイメージをもたらす六角形の星座が浮かんでいた。ぶつかる、と思った瞬間、私の耳に、優しく私を起こす誰かの声が届く。
――起きて。もう朝だよ。
それは、昔聞いた兄のものとはまったく違ったけれど。とてもよく似た温度をしていた。
「……なんて」
目を開くと、ちょっぴり意地悪そうな顔をした一人の綺麗な少年が私を見下ろしていた。彼の胸元には、まだ見たことがなかった意匠の枠に納められた、風元素の神の目があった。知らない国の男の子。彼はまるで敵に向けるような冷たい表情を隠してはいなかったけれど、その目の奥には、温い情が籠っている。
「まさか――」
「仲間だ!」
嬉しさのあまり彼に飛び付く。彼は驚いたように、体を硬直させていた。
「どうしたんだよ、蛍~。いきなり大きな声出したりして」
私の大声で目を覚ましたのだろう。パイモンはいつものようにゆらゆらと揺れながら、眠たげに目を擦っている。
「またこいつにいじめられたのか?」
そう言って、彼女が少年を指差す。
「へえ、君は僕がそんなことをすると思ってるんだ?」
「当たり前だろ! いーっつもオイラたちを馬鹿にして!」
パイモンは、小憎しい口振りの彼に向かい、口の両端を指で広げて、いー、という顔をする。まるで威嚇のようなそれは、しかしある種の気安さも含んでいる。それは、突然現れた彼の存在を、初めから共に旅する仲間として受け入れているようでもあった。
「パイモン、彼は……」
「蛍」
その違和感を指摘しようとする私を止めた彼は、物分かりの悪い子どもを諭すような表情で、意味深げな笑みを浮かべた。
「……何をやっているんだ」
「蒲公英の種を取りたいんだけど、なかなか綿毛が抜けなくて」
彼はこれ見よがしに肩を竦めながら首を振ると、呆れたように重い溜め息を吐く。それから、いつものように法器を取り出すと、軽い動きで風の刃を飛ばした。
すると、風を受けた種たちは、あんなに強かった結びつきが嘘のように解れる。私は散らばった綿毛を捕まえながら種を集めた。
「悪かったね、気が利かなくて。君がこんなに馬鹿だなんて思わなかったんだ」
「言い返せない……」
「君には僕の他にも優しいお仲間が沢山いるんだから、先に聞いておけばよかったのに。できるかどうかもわからないのに、引き受けるなんて、無謀だよ」
「いつも放浪者が助けてくれるから、何でも出来ると思ってたのかも」
「……君は、本当に……」
「嫌だった?」
甘えすぎだろうか。そう思って聞くと、彼は勢いよく顔を背ける。
「別に」
ひどく冷たい言葉だったけれど。不思議と温かさを感じた気がした。
曰く、彼は放浪者である。名前は未だない。……否、正確には“呼ばれるべき名前はあるが、今の私には知らせられない”らしい。理由を聞いた私に、彼は少し遠くを見るような目をすると、「夢を見る人間に他人が夢の自覚を促してはいけないように、この世には知るべきではない自分の運命が存在する」と語った。
彼は変わったひとだった。明らかに私の知らないことを多く知っていたし、私に干渉するつもりもなさそうだった。彼が言葉で答えを与えることはない。ただ、ギミックを解くところを見せながら考え方を学ばせてくれたり、間違いを(ちょっと冷たい言葉で)指摘してくれたりするだけ。
それでも、彼は何処へでも文句を言わず同道してくれたし、私が答えを出すのをいつまでも待ってくれた。如何にも意地悪そうなことばかり言うけれど、ちょこちょこと私の後ろをついてきてくれるところは、ちょっと可愛い感じもする。敵も一緒に倒してくれるし。
彼は強かった。それに、かなり好戦的だ。特にファデュイの精鋭たちを見かけたときなんて、私が手を出す前にあっという間に倒してしまう。そしてその度に、僕は役に立つだろう、と言わんばかりに得意気な顔をするので。私はすっかり彼のことを憎めなくなってしまったのだ。ついでに、ちょっと手が届かない場所にある神の瞳や、飛んでいってしまった晶蝶を、私の代わりに取ってもくれるし。
「どうして私と旅をしてくれるの?」
「君が僕と一緒に旅したい、と祈願したからだよ」
「それだけ?」
「祈られるのは悪い気分じゃない」
彼は目線を逸らしながら、笠の縁を引き下ろして、顔を隠した。それから、這うような声で、
「君たちが僕の最初の信者だったらよかったのかもね」
とぼやいた。
「放浪者!」
「……なんだい、旅人の横のちっこいの」
「わざわざそんな嫌みったらしい呼び方することないだろ! オイラはパイモンだぞ!」
「そう何度も言わずとも、分かってるよ。それとも、君は僕が君の名前ひとつ覚えられない程の無能だと思ってるの?」
「覚えてるなら、呼べばいいだろ」
「君だって、僕を立場で呼んでるじゃないか」
「確かに……。うぅ……名前がないのはやっぱり不便だぞ、だってオイラたちも旅人なんだから!」
そうボヤくパイモンを鼻で嗤った彼は、しかしそのまま目線を私に向けると、鷹揚な仕種を見せながら言った。
「君もそう思う?」
「そうかも。呼ばれたい名前はないの? 渾名とか」
言われてみれば、旅人である私が、共に旅する仲間である彼をいつまでも放浪者と呼んでいるというのも、可笑しな話だ。皆事情があるのかと、あまり踏み込んでは来なかったが、確かに呼べる名前はあった方がいい。私は彼の問いに頷きを返した。
「……あるよ」
「何?」
私の反応を受けた彼はまるで思考を巡らせているかのように、目線を細かく左右に動かしてから、目を閉じる。少し俯いたまま動きを止めた彼が答えを出すのを、私とパイモンはただ待っていた。
「君は、この世界で別れた双子の兄を探している。そうだろ?」
「そうだけど」
「君は彼の名前を覚えているかい?」
「勿論! 私のお兄ちゃんの名前は――」
「口に出さなくていい。……まだその時じゃないから」
「その時?」
「ああ」
「君になら、……ても構わない」
「えっ?」
「君になら、そう呼ばれてやっても構わない、と言ったんだ」
「なんで?」
「兄がいなくて、毎日めそめそ泣いてたんだろ? 僕が来るまで一人じゃ何にも出来なかった癖に」
「泣いてない」
「どうだか。とにかく、君の兄と同じ名前で僕を呼ぶといいよ」