そうだな、オールド・シャーレアンへ向かう4人を見送り、ラザハンへとテレポしていったエスティニアンを見届けた後、私を含めた残りの4人はイシュガルドへと向かっていった。
買い物をしたいと言ったアルフィノとアリゼー、ヤ・シュトラを連れて馴染みの宝杖通りを歩く。背の伸びた私に馴染みがある人は声をかけてくるが、目の色で私を見る人は"あの"ヴェルグラの家の息子だと後ろ指を指してくる。
...その度にアリゼーが睨みを効かせてくれたお陰で、歩き辛くは無かったが。
「こうやってイシュガルドの街を見て歩くのは初めてかもしれないね」
大きな紙袋を抱えたアルフィノが、不意に立ち止まって呟いた。その視線の先には、未だ高く聳え立つ教皇庁。今も聖職者達の集う場でありながら、竜詩戦争終結以来は神殿騎士団を率いるアイメリク卿が大きな決め事をする時に使っていると聞いている。
「竜詩戦争の時は来なかったの?」
「あのときは追われていた身だったからね...。それに、私たちにゆっくりする時間なんて無かったよ」
「本当にな。私は特に肩身が狭かったものだ」
あからさまに肩をすくめて見せると、より一層アリゼーの眉間に皺が寄る。イシュガルドに到着して以降影で話す声が絶えなかったんだ、無理はない。
「どこを歩いてもヴェルグラの、あれは、あの目はーって、世界を救った英雄に失礼じゃない?」
「良くも悪くも狭い国なんだよ。良い噂は一気に広まるし、悪い噂は根深く残り続ける。...だから、気が重いんだ」
実を言えば、実家に帰る気など無かった。モーグリ族の白亜の宮殿復興の手伝いにでも行くかな、と思っていた矢先にタタルさんから家に帰るべきだと言われたのだ。
...どんな手を使ったのか知らないが、「暁の血盟」相手に母様から手紙が届いたのだと言う。世界を救う為、息子が星外へ飛び立った事を神殿騎士団から直々に聞かされたらしい。
落ち着いたら帰ってらっしゃい、と文末に添えられてたのをグ・ラハに見られ、アリゼーに伝わり、気づいたら全員に顔を見せてやれと背中を押されてしまった。
半笑いのエスティニアンだけは一発殴っておいた。屠龍のエスティニアンともあろう者がたった一発で沈んで面白かったから笑い返してやったがな。
そうこう話してるうちに、もうイシュガルド・ランディングは目と鼻の先。3人が乗るべき飛空船も、ちょうど荷の積み込みをしているところだ。
「なら、荷物はここでいいか?」
「えぇ。ここからは自分で持っていくわ」
防寒具と食料を買った双子より明らかに小さい筈のヤ・シュトラの紙袋は、実際のところ手が震えるほど重かった。中に空間を拡張する魔法でも掛けたのだろうか?...ちょっとラグナロクに影響されてないか?
それをひょいっと持ち上げていったヤ・シュトラは見なかった事にする。絶対エーテルの揺らぎでバレてるんだろうけど、向こうが何も言ってこないなら気にしない。
「...では、本当にここでお別れだ。Oyakataa、また会う日を楽しみにしているよ」
「次会うときは、自信を持って貴方の隣に立つわ。...元気でね、Oyakataa」
「世界を渡る術のヒントを見つけたら教えてちょうだい。その代わりに魔女の力が必要な時は、遠慮なく頼ってよくてよ?」
今生の別れでも無いんだ。それぞれと軽く言葉を交わし、無事に飛空船へ乗り込んだ3人をしばらく見送った。
飛空船が雪に紛れて見えなくなったが、まだここを離れる気にはなれない。...ルイ・ヴェルグラに戻る踏ん切りがつかないから。
ガラにも無い事をしてる自覚は十分にある。元々、暁に加入する際に適当に名乗っただけの名前だったのに、今じゃOyakataaって呼ばれるのが当たり前になってしまった。
それだけ長い時間を旅してきたんだ。たまたま呼称を借りた、あの海賊団は今も元気にしているだろうか。
...帰りたくないな。ゼルを誘って、今から下層に降りて呑みにでも、
「ルイくん?あぁやっぱり!ほら貴方、ルイくんよ!イシュガルドに帰ってきてたって噂は本当だったのね!」
背後から掛けられた声には聞き覚えがあった。優しくて柔らかい、旅に出る前となんら変わりのない暖かい声。
「奥様、旦那様も...。お久しぶりです」
ヴェルグラ家がお仕えする奥様と旦那様、それに奥様の影に隠れるように立つお嬢様だ。監視の目はあれど家の者は誰も付けずに歩いていらっしゃる。
「ルイくん、大きくなったわねぇ。イシュガルドを出る前よりうんと立派に見えるもの!」
「恐縮です。...失礼ながら、本日は如何されたのですか?」
「あぁ、娘が今年から学校へ通うことになってね。どうしても私たちと買い物に行きたいと言うんだ。まったく可愛いものだろう?」
「ご入学おめでとうございます、旦那様、奥様。」
奥様の後ろからの視線が妙に気になる。私がイシュガルドを出たのがダラガブが飛来してすぐ、あの大きな聖門が閉ざされる前日の事だ。あの時はまだ私の膝ほどの大きさだったお嬢様は、ちゃんと成長していれば今頃アリゼーと同じくらいになっているはず。
...だが、御本人が顔を見せて下さらないのだ。一時専属を務めたとは言えその地位を降ろされた身、あまり深く干渉するのも良くないだろう。
「これから、お家に帰るのかしら?」
「...えぇ、そのつもり、です」
「なら執事長をうんと安心させてちょうだいな。貴方があの星空へ旅立ったと告げられてからしばらくは、娘が心配するぐらいミスばかりしていてね?」
「父様、が?」
驚いた、家の外じゃ表情1つ崩さないあの父様が業務中にミスを?奥様も旦那様も、思い出したようにクスクス笑っておられるが...本当に?
「爺や、ロイヤルミルクティーを生クリームで作ってた。お洗濯ものを抱えて壁にぶつかってたり、扉の押し引きを間違えたり...」
ひょこ、と奥様の後ろから、すっかり大きくなられたお嬢様が顔を見せてくださった。ただその口から飛び出したのは、思わず笑ってしまうぐらいのミスばかり。
「..........あの、ルイ、あのね。小さいころ、貴方を見て怖かったこと、よく覚えてるの。あの時はただ、お父様より大きなエレゼン族に出会った事が無かったから。その、ね...。ごめんなさい、会うたびに泣いてしまって...」
「!いえ、いいのです。私もお嬢様を怖がらせてしまって、申し訳なく...」
「ううん、違うの。...貴方が戦争を終わらせてくれたからとか、偽神獣?からイシュガルドを守ってくれたとか、色々あるけど。あるけども、あの時のまま、優しい貴方に謝らないのは、いけないと思ったのよ」
「......そう、でしたか。ありがとうございます、お嬢様」
じんわり暖かさが胸に落ちる。寒い日に当たる暖炉よりも、ずっと暖かい。...そうか、私が守ったのは、こんな暖かさだったのか。
「さ、私たちもそろそろ行こう。グリダニアは近いとは言っても、遅く出たのでは帰りは夜中になってしまう」
「そうね。ルイくん、また会いましょうね」
「ルイ、ご機嫌よう」
「はい。行ってらっしゃいませ」
深く頭を下げ、上げる頃には旦那様方の姿は無かった。
しかしそうか、あの父様が。
...うん、帰ろう。ちゃんと、ルイ・ヴェルグラとして。
わざわざ着替えた私服を真っ白い旅服に変え、来た道を引き返す。どうせ帰るなら美味しいワインでも買って帰ろう。
母様の作るスパイスワインを片手に、雪が止むまで私が見てきた世界の話でもしよう。
今はもう、逸る足が雪を踏みしめる音しか聞こえない。