馬鹿力の底力「いいか?馬鹿力と腕力はイコールじゃない。お前はいつもそう言うな?」
「............ハイ」
「なら何故そこの壁に穴が空いている?説明出来るよな?ルイ」
「...............ホーリー・ボルダーに唆されマシタ」
「なんとぉ!?私はただ持ち上げるだけとしか!!」
言い訳無用!とサンクレッドの鋭い声が飛ぶ。
表向きの暁の血盟解散をあと数日に控えた頃、世界を救った英雄は暇を持て余していた。
日頃から馬鹿力と公言する彼は、並の木人をその拳から放たれるたった一撃で砕いてしまう。石の家にある木人の被害総数が二桁に差し掛かる頃、暁の金庫番から英雄に木人の使用禁止を言い渡されたのだ。当然本人は鍛錬が出来ないと反論したが、暁の血盟満場一致で決まってしまったのだ。
それからと言うもの鍛錬は対人格闘のみ、しかも並のヒューランでは容易く蹴り飛ばされてしまう為英雄の相手が務まるのはサンクレッドかホーリー・ボルダーだけ。
それも勝率は2:8で英雄の勝ち越しだ。
が、ここ最近は世界を駆け回っていたからか鬱憤が溜まっていた。人を救う為に振るう拳なのは間違いないが、たまには何も乗っていない純粋な拳を振るいたいものだ。
生きているのが不思議な程の大怪我から数週間、その気持ちは彼の中で大きくなるばかりだった。しかし木人を殴るのは禁止され、怪我のせいで派手な鍛錬も禁止されている。
だからホーリー・ボルダーにダンベルを差し出されて、まぁこれならいいかと思ったのだ。
重量は一本60kg。ルガディン族なら軽々持ち上げられるそれを、あろうことかこの英雄、勢い余って背後に投げ飛ばした。
ものすごい勢いで飛ぶダンベルはそのまま石の壁を砕き、持ち手が真っ二つに折れて哀れに転がっている。ちなみに投げ飛ばしたダンベルが英雄の頬を擦り、彼の顔には今赤い線が走っている。
「それよりお前、あと数日でここを出るっていうのにこれどうするんだ?」
「それは......あの........な?ほら、世界中駆け回っていい石でも探してくるさ」
「残念ながら、それは許可できません...。貴方がつい先日負った怪我の重大さ、まさかわからないなどと仰るつもりで?」
「ぐっ.....いや、そうは言ったってもう大丈夫だろう!?骨だって繋がった、内臓ももう元気だ!ちょっとツルハシを振るうぐらい造作も...」
「その怪我を治してくれたのは誰かって話だ。素直にウリエンジェの言う事に従っとけ」
「なら、手持ちの素材で...」
「冒険者さんのお手持ちの素材は、腐ったらいけないのでお休み中に改めさせて頂きまっした!」
散々ゴネた英雄もこれには目を見開いて驚く他なかった。
急いで鞄を開くと、コルシア島でしか採れない貴重なレモンや低地ドラヴァニア産のタマネギ、その他野菜がごっそり無くなっていた。それだけでは無く、鉱物の含まれた鉱石類は良質な物だけ回収されている。ギギギ、と壊れた魔導人形のように金庫番ーータタルを見れば、いつもと変わらず腰に手を当てているが、その顔は笑っていない。
「普段から色々壊している分でっす!」
英雄には思い当たる節しかなかった。結果出来た事は、壊れたように首を縦に振る事だけだった。
サンクレッドがたまらず噴き出す。ウリエンジェはカードで顔を隠しているが、全身が笑っていると物語っていた。
これは平和を勝ち取った英雄の日常だ。
おまけ
「ところであのダンベル、どうして折れてる?」
「聞くな」
「力を込めたらいとも容易く折っておられましたぞ」
「ホーリー・ボルダーお前!!!!!」
「折った!?ダンベルを!?!?おいお前他にも穴開けたんじゃないだろうな!!」
「ノーコメント!じゃ私第一世界でお茶会に呼ばれてるから。じゃあな!!」