夏の声
裏山に足を踏み入れたとき、いつもと違う声が聞こえるのに、功太郎は気づいた。
忙しない虫や獣の声は、功太郎にはその意味がわからぬものの、めいめいがことばなき声を張りあげて、まるで奔放なる生命の讃歌のようだから、功太郎は山に分け入ってそれを聞くのが好きだった。本能のまま高らかに歌う声のなかに、しかし今日は、号哭を押し殺したような打ち沈んだ声が、混じっていた。
石を抱いて入水するがごとく、暗くて冷たい声。功太郎は、沈みゆく声に手を伸ばすように、その声の聞こえるほうへ歩いた。
あまり整備されていない遊歩道を伝い、声を辿る。盛夏の蝉声に掻き消されそうなほど、低く小さな声だった。生い茂る蔓草をくぐり、彼我を仕切るロープを越え、転がる石を飛び越えた。
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