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    はちのす

    @HAchinosu_crt

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    自創作メインストーリーそのいち。
    創作男女(女男?)もの。

    ##日之原市備忘録

     人生を、途切れのない巻物に描かれた絵と喩えるならば、この物語はその一場面に過ぎない。幸か不幸か、この巻物は未だ完成しておらず、後には白紙が続いている。空白にどんな人生が描かれるのかは、今の僕自身にもわからない。
     僕が語れるのは、すでに描かれた絵の追想だ。すでに巻物に刻まれてしまった過去のことだから、いまさら僕がじたばた足掻いたところで、この物語の過程も結末も、何一つ変わることはない。そもそも、結末も何もあったものではないだろう。なにせ、僕の物語は、まだ道半ばなのだから。
     僕の人生を紐解くにあたり、蛇足ながら一つだけ言うとすれば、この物語の主題は、何処にでもあるような恋愛譚だ。僕自身の人生を特別などと評するつもりはない。七十二億人も人間がいれば、似たような経験はごろごろ出てくるだろう。しかし残念なことに、僕が語れるのは僕自身が経験した過去だけだから、「そういう話は聞き飽きた」と苦情されても対応は致しかねる。それだけを、まずはお伝えしておこう。


     S県立日之原ひのはら高等学校の入学試験に無事合格した僕は、去る四月三日、日之原高校の生徒として桜吹雪の門をくぐった。周囲の新入生たちが、友人と語らい、ときには小学校以来の同級生と再会しては和気藹々と過ごすなか、僕は当然、お供ひとり連れず、一年一組の教室にまっすぐ向かった。
     日之原高校は市内でも進学率が高く、したがって生徒全体にも高水準の学力が求められる。とはいえ所詮は片田舎の高校に過ぎないが、僕が割り当てられた教室に、同じ中学の同級生はあまり見当たらなかった。たまたま僕のいた学級には少なかったのかもしれないし、そもそも僕自身、中学に親しい人間はほとんどいなかったので、僕が知らなかっただけかもしれない。とにかく、僕は、誰に声をかけることもかけられることもなく、自分の席に座った。
     進学校に入学したとはいえ、高水準の大学を目指すほどの熱意は特になく、三年間の高校生活を平穏無事に過ごすことを考えていた。そんな僕の曖昧模糊とした将来像が揺らいだのは、今思えば、この入学初日のことだった。
     頬杖をついてぼうっとしていた僕の席は、六列ある席の廊下側から二列目、前から三番目に位置していた。少し教員に目をつけられやすそうな位置ではあったものの、可もなく不可もなく、不満のない席だった。ただし、先頭でない以上、僕の前列には別の人間が座る。その人物の背格好如何では、高校生活の過ごしやすさも変動するだろう。そして、僕の目の前に座った生徒は、全く予想だにできない格好をしていた。
     国際化が声高に言われ始めて久しいが、この片田舎の高校には未だその声が届いていないのか、教室を埋めるのは、僕も含めて、黒や茶色の髪を生やした黄色人種ばかりだった。しかし、その生徒は、紅一点ならぬ黄一点と言わんばかりの輝かしい金色の髪を、高く結い上げていた。不良か、と真っ先に思い浮かんだあたり、僕はまだまだ世間の流行に乗れていない。そんな人物がよりにもよって僕のすぐ前の席に座ったのだから、僕としては、見慣れぬ色の後頭部をただただ見つめるしかなかった。外国人、という可能性に思い至ったのは、髪を引っ詰めたために顕わになった生え際が、毛先と同じ金色をしているのに気づいてからのことだった。
     唐突に紛れ込んだ異国的非日常に戸惑っているうち、入学式の時間になった。僕は、金髪の残像を視界にちらちら瞬かせながら体育館へ赴き、長い祝辞を聞き流した。新入生の名前が読み上げられたが、そのなかに、僕の知る名前もちらほら聞こえたことだけは覚えている。式を終えて教室に戻る途中、例の金髪もまた、一年一組へ向かう集団の中に紛れていた。金髪は身長も並外れており、黒や茶色の群れから頭が飛び出していた。それから、金髪が女子生徒であることも、膝丈まで裾の下りたスカートから判明した。
     教室に戻り、高校生活最初のホームルームで、自己紹介をする流れになった。「中学生じゃないんだからめんどくさいなあ」などとはもちろん口にしなかったが、目の前の金髪女子がいったい何を喋り出すのか、それだけは気になった。天然由来の金髪とくれば、思い浮かぶのは西洋諸国の情景である。英語教育が小学生にも義務化されたのは最近になってのことだが、きっと彼女は、日本国のお粗末な英語とは程遠い、スムース(スムーズでない)なイングリッシュをまくしたてることだろう。西洋の人々は日本人よりも自己主張が強いと小耳に挟んだが、さては浮かれた調子で、何を言っているのかさっぱりわからぬ小噺をぶち上げるかもしれない。外国語に非常な敵愾心を抱いていた僕は、被害妄想で勝手に苛立ちながら、同級生たちの自己紹介も右から左へと流していた。
     順番が回り、金髪が立ち上がったとき、一緒に身構えた僕は、またしても想定外に戸惑うことになる。
    「アメリカから来ました、魅琴聖亜みことせいあです。一年間、よろしくお願いします」
     魅琴と名乗った彼女は、英語訛りも感じさせない流暢な日本語で、無愛想に会釈したのち、何事もなかったかのように着席した。見慣れぬ格好の人間が聞き慣れたことばで喋る違和感に呆然としていた僕は、担任に名を呼ばれ、もたついた挙句に噛むという大失態を犯した。
     火が出そうな羞恥で顔を赤くした僕は、座る直前、振り返っていた彼女と目が合った。彼女の青い目は、凪いだ宵の口の空を溶かしたように、深く、静かに僕を見上げていた。


     というわけで、彼女の第一印象は最悪だった。無論、彼女に非はない。
     初日から(その大部分が自業自得だったとはいえ)情緒を乱されっぱなしだった僕は、彼女に対し、苦手意識と敵愾心とほんの少しの羞恥心を混ぜ込んだような、簡単に言えば負に大きく偏った感情を抱いていた。その偏見は、学校生活が本格的に始まってからも拭えず、僕は自然と彼女を避けるようになっていた。しかし、同級生かつ前後の位置関係にあれば、どうしても関わらざるを得なくなる。特に、英語の授業で聞こえてくる、彼女の流暢スムース英語イングリッシュを聞くたび、自分の中の劣等感が刺激されて、苦手意識が増した。
     彼女の来歴に興味を持った同級生による質問攻めも、当然僕の耳に入ってきたが、その尋問結果によると、彼女はどうやら帰国子女らしく、元は日之原市に住んでいたと云う。外見に反した日本人名も、流暢な日本語も、彼女の出自に由来するものだったようだ。ただし、文章の読み書きに関しては少々疎いようで、国語の授業で音読の順番に当たったときなどには、言葉を詰まらせる場面がしばしば見受けられた。彼女の日本語能力に対して優越感を覚える瞬間もあったが、日常生活どころか高等学校の学習内容についてこられている時点で上出来すぎるし、むしろ他人の短所をあげつらおうとする自分自身の根性に嫌悪を覚えた。
     いずれにせよ、入学一ヶ月目の僕が彼女に抱いていた心証は、間違っても恋愛感情など抱かぬ類のものでしかなかった。


     入学式からひと月ほど経ち、それなりに高校生活に慣れ始めた頃、交流を深めるための小旅行が企画されていた。その日一日は教室から飛び出し、学級ごとに外部へ遊びに出かけるという、遠足のようなものである。僕が所属する一年一組は市外の娯楽施設へ出かけることになっていたが、クラス旅行にあたり、仲のいいクラスメイトと班を組んで行動してよいとのお触れが出された。ホームルームの最中に班を決める時間が設けられ、教室は生徒の賑々しい声で溢れた。
     僕は当然、一緒に遊ぶべき友人などまったくもっていなかったので、さてどうしたものかと悩んだ。ある程度班が固まれば、人数の足りないところへ加わるよう呼びかけられるだろうが、機を逸すると、僕が誰にも誘われない人間であると周知されてしまうことになる。そういえば、目の前に座る彼女も教室内の交友関係は薄いはずだ、さりげなく組んでおけば、いざというときにも目立ちにくいのではなかろうか。そう考えた僕は、どんな喋り出しで始めようかと考えながら彼女に意識を向けたが、しかし、僕の予想は(またもや)大きく外れた。
     賑やかな教室のなかでひとり静観を決め込んでいるはずだった彼女は、以前、経歴を問いただされていた女子生徒に請われ、仲間を作ろうとしていた。礼山れいざんというらしい女子生徒と彼女は、なんと同じ部活に所属していたらしく、その縁で誘われたようだ。計算外の事態に、僕はやや焦りを覚えた。「兄さんは人づきあいが下手すぎる」と呆れる義妹の顔を思い出す。しかし、好きこそ物の上手なれと言うのだし、逆説的に考えて人間は好きでない事柄の上手にはなれぬと相場が決まっていよう。そんなふうに内心で言い訳を連ねていた僕は、名を呼ばれ、反射的に顔を上げた。
    「ね。光谷みつたにくんも、うちの班と組まない?」
    「えっ?」
     見上げれば、その礼山が僕を見ていた。
    「うち、いま女子三・男子一で、ちょっとバランス悪いんだよね。光谷くん、ほかに誰かと組む予定ある?」
    「いや、べつに」
    「じゃあ決まり。メンバーこの四人なんだけど、だいじょうぶ?」
     礼山が示したのは、目の前の彼女も含めた女子二人と、少し居心地の悪そうな男子一人だった。この男子、女三人組のなかによくもまあ参加しようと思ったものだ。もちろん面識はほとんどなかったので、僕は、自分が誘われたことに疑問を浮かべながらも、降って湧いた幸運に遠慮なく甘えた。
    「まあ。僕は、べつに」
    「うんうん。畠中ちゃんちもいい?」
     礼山の確認に、班員は各々反応を示した。そのなかで、席に座ったままだった彼女(礼山は彼女の席を中心に話を進めていた)が、僕を振り返った。僕は彼女の碧眼に見つめられ、いや睨めつけられ、いやさ見据えられ……とにかく、彼女の眠たげな双眸から感情を読み取るのは、人づきあいの下手くそな僕にはまったくもって無理な相談だった。


     どうも、例の男子は、畠中とかいう女子生徒と一方ならぬ仲だったようだ。目的地に到着し、班行動の時間になると、ふたりはさりげなく(とはいえ傍から見ればあからさまだったが)距離を詰めていた。礼山はそれを見越していたのか、恋人たちがふたりきりの世界を味わえるよう、こちらもさりげなく距離を取っていた。僕と彼女はそれにつきあわされ、ジェットコースターではわざわざ一列空けて座り、売店では用もないのにメニューを眺めた(つまり冷やかし営業妨害である)。彼女が文句を言うそぶりは見られなかったし、僕は僕で、適当に時間を過ごせたので、悪いことではなかったと思う。
     平日にもかかわらず、園内はそれなりに混雑していた。我々日之原高校一年一組は、ちょうどゴールデンウィークに入る直前の平日にやってきたのだが、有給休暇でも取ったのだろうか、社会人らしき大人の姿もあちこちにあり、その多くは家族連れだった。日之原高校の面々も、交流を深めるための小旅行ということで、みな私服で訪れており、道行く一般人らと区別がつかなかった。
     かろうじて班としてまとまりながら混み合う通りを行く途中、ふと視線を巡らした先に、宝石のような煌めきを見つけて、僕は立ち止まった。
     硝子窓に面した棚に、古物めいた品々が並んでいた。古めかしい壺や木彫りのオルゴール、宝石を散りばめたような装飾の鏡、不思議な紋様をかたどった首飾り。骨董屋の様相を呈する建物は、屋内型のアトラクションだったようで、棚の隙間から、列を成す客の姿が見えた。列に並んで番を待つ彼らの視線は、いずれも窓際の小物たちには向いていなかった。
    「ミツタニ」
     声に振り返れば、彼女に見下ろされていた。行き交う人々から頭ひとつ抜けた金髪は、私服だろうとよく目立った。
    「行くよ」
     彼女は背後を顎でしゃくった。彼女が示した先は人混みに遮られて見えなかったが、「班員は先に向かっているぞ」という意味合いだったのだろう。たしか、次はお化け屋敷へ向かおうという話をしていたはずだ。行き先が決まっているのならば場所はわかるし、お化け屋敷に興味もなかったから、僕は曖昧に頷いたまま、その場から動かなかった。
    「こういうの、好きなの」
     近くなった彼女の影が、硝子に映った。
     骨董品を好んでいる自覚はなかった。ただ、アトラクションの世界観を補完するために作られた小物たちが、何故か僕の目を惹いたのだ。きっと、骨董的価値も何もない、見られるために作られたわけでもない、なくてもよい存在たち。しかし彼らは、求められて此処にある。そんな哲学的なことを、当時の僕が考えていたかどうかは覚えていない。
     感傷に浸るより前に、僕は現実に引き戻されていた。彼女が僕腕を引っ張り、人混みの中を歩き出したのである。
    「な──ちょっと、離してよ」
    「はぐれたら困るだろ」
     強引に腕を引かれた僕は、当然、抗議の声をあげる。しかし彼女は低い声で一蹴しただけで、僕を引っ張ってぐいぐいと先を歩むばかりだった。
     彼女の掌は存外熱かった。彼女の熱が、腕に馴染もうとする。触られた不快感が、混じり合う熱とともに溶け、僕と彼女の境を曖昧にする。腕を締めつける体温は、彼女に合わせて大きくなる歩幅よりも、向けられているかもしれない視線よりも、はるかに僕の脳裏を埋めた。
     彼女が立ち止まり、僕の腕を離したあとも、腕に残った熱は冷めやらなかった。班員と合流してからも幾つかアトラクションを巡ったはずだが、それどころか帰りのバスに揺られるさなかにも、僕の腕を引いて人混みを割っていく彼女の背中が、頭から消えなかった。


     はぐれたら困るというだけで他人の腕を引っ掴む彼女も無神経だし、そんなことで意識してしまう僕も僕だった。いまどきお姫さまでも、そんな恋の落ちかたはしないだろう。
     言い訳をするならば、そもそも他人と肌が触れ合うことさえ厭う僕にとって、彼女に手を引かれた数分間に心を乱されたのは当然と言える。彼女に抱いたわずかな不快感を恋心と混同してしまったというのは、好きな子ほどいじめたくなるという心理とまるで正反対に思えるが、人間の心模様の複雑さを思えば、この気持ちもまたあり得ない話ではないだろう。
     そして、いくら己が感情の推移をあげつらってみたところで、それ以降の僕が、彼女に対して憎からざる想いを抱き始めたことは、事実だった。

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