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    レイチュリ
    ワンウィーク4回目
    豪雨・快晴

    晴れ間までの連想ゲーム豪雨 快晴

     扉を閉じれば、滞留していたらしい湿気を纏った空気が身体にまとわりついてくる。しかしそれが外よりもましだと思えるのは、それほどまでに空を覆う雨雲が分厚いせいだろう。大学と自宅というそこまで長くもない距離を歩いただけで、つま先からひざ下までがしとどに濡れてしまうくらいには。
     今この身が欲しているのは、食事でも休息でもなく風呂だ。雨水という決してきれいではないものにまみれてしまった身体を洗い流し、さらには冷えた身体を温めることが必要なのだ。そんなのは帰宅中に出ていた結論でもあるため、真っ先にバスルームへと足を進める。進めようとした。
     些細な、しかし確かな違和感。ベリタス・レイシオは天才ではないが、決して愚鈍でもない。その功績から人に命を狙われるようなことは多々あったし、愚鈍の治療のために致し方なく武力行使をすることもあった。つまりは、一般人よりはそういった厄介ごとの対処に長けているのだ。この家に、一人暮らしであるはずのこの場所に、自分以外の誰かがいることに気付けるくらいには。
     風呂場に向いていた足を止める。この違和感、もとい他者の気配の出所はどこだろうか。例えば侵入者が物取りだとして、この家の中で最も価値があるものはレイシオの頭脳。次いでリビングに置かれた端末からも閲覧できる今の研究と、書斎にある論文だろうか。
     レイシオの頭脳が狙いなのだとすれば、無人の家に忍び込むことなどしないだろう。もしくは忍び込んだとして、帰宅時に奇襲をかけるはずだ。となればリビングか、書斎か。そう思ってそれぞれの扉を開いてみるが、その中に人の気配はない。となると、他に隠れられる部屋はどこだろうか。物取りであると仮定するからいけないのかもしれない。
     例えばレイシオに害成したいがために侵入していた場合、それに適する場所はバスルームだ。服を含めすべてを手放して向かう先であるし、ベリタス・レイシオというひととなりを知っているものの場合、今日みたいな日は帰宅後すぐに風呂へ向かうことなど想像に難くない。
    「……ここでもないか」
     しかし、その予想は外れていた。真っ暗なままのその場所は、湯を張っていないのも相まって少し肌寒いようにも感じる。違和感というのはただの気のせいだったのだろうか。もしくは、レイシオの帰宅音を聞いて一目散に逃げだしたか。思えば殺意や敵意といったものは、その違和感の中には含まれていなかった。
     気のせいなのであれば、そうではなくとも何か不都合や差しさわりがないのであれば、この時間を費やすのももったいないかもしれない。リビングにあるボタンで風呂桶に湯を張り始めつつ、すぐに向かったところで湯はたまりきっていないのだ。それならばとまだ確認していなかったベッドルームへと足を進めた。
     結論、件の侵入者はそこにいた。真っ暗な部屋の中でも分かる布団の盛り上がり、そして呼吸に合わせて上下するそれ。ここには価値のあるものなんて一切ないはずだ。揃えている家具も高級品というよりは使用感を重視して選んでいるし、そもそも盗み出すには大きすぎる。というより、盗みが目的の場合は布団の中になんてもぐりこむわけがないのだ。重たいため息が口からこぼれた。この中にいる人物にもとうに予想がついていて、すでに頭が痛い。
    「……まさか濡れたまま布団をかぶっているわけではないだろうな、ギャンブラー」
    「……ん、ぅ」
    「おい寝るな。潜るな。ここは僕の家のベッドであって、君の宿舎でもカンパニーの仮眠室でもない」
     電気をつけて布団を引っぺがせば、やはり想像通りの彼がいた。薄い金色、派手な色のシャツ。縋りつく布団を奪ってやろうとしたが、寝起きとは思えないほどそれに縋りつかれたせいでそれはかなわなかった。彼の身体の半分を隠す布団は、レイシオが選んだだけあって手触りも使い心地も一級品である。
    「れい、しお」
    「今日は何も予定していなかったはずだが」
    「……っん、」
    「おい、アベンチュリン」
    「でんき、」
     けして。ぎゅう、と閉じられた瞳と瞳の間には、光を拒絶するように深いしわが刻まれていた。眩しいのだろう。今まで家主のいない部屋で勝手に惰眠を貪っていたのだから自業自得ではないかと思いつつも、その声があまりにも弱弱しい。仕方なしに常夜灯にしてやれば、そのしわが少しだけ緩和された気がした。
    「何をしに来たんだ」
     ため息交じりに問う。隠されていた特徴的な瞳がほんの少しだけ姿を現して、レイシオをとらえた。しかし常夜灯でさえ眩しいのか、その瞳は間もなく隠されてしまう。
     アベンチュリンとレイシオは、決してお互いの家を行き来するような仲ではない。いや、この家に仕方なしにあげたこともあるし、カンパニーも学会も関係ない個人的な付き合いとしての関係は少なからずあるのだけれど。セックスフレンド。この関係に名前をつけるとして、それ以上でもそれ以下でもない。
     そして今日は別に、それに関する約束はしていなかった。時折変な薬にやられたとかで押しかけられることこそあれど、そういう場合は扉を開ければとびかかられるような、そしてとっとと入れて擦って出させるような、そんな即物的な関係なのだ。ベッドの中でまどろみ寝息を立てるなんて、そんなことは今まで一度もなかった。
    「れいしお」
    「なんだ」
    「さむい」
     何を、口走っているのだろう。例えば酒をしこたま飲まされていた時、アベンチュリンはこんな風に、いやこれ以上に甘えるような声音でレイシオを誘ったことがある。しかしあれが演技であることは分かりきっていた。酒に弱いわけでもなく、猫なで声で甘えたところでレイシオがそれにそそられるわけでもない。彼もそれを分かった上でやっていた節がある。つまりあれは、いつもの行為に対してちょっとしたスパイスのつもりだったのだろう。
     では今回のこれはなんだろうか。甘えるわけでもない、行為に誘うわけでもない。いや、『寒い』という言葉を誘い文句としている可能性がなくはない。なくはないが、いつもはあからさまな言葉を使って誘うことしかないせいか、なんとも拙すぎるのだ。では本当に寒いだけだろうか。布団をかけなおしてやれば満足なのだろうか。レイシオとアベンチュリンは決して、抱きしめあって暖をとるような間柄ではないのだけれど。
    「……触れるぞ」
    「んぇ、う、」
     そしてその認識は、アベンチュリンも持っていたようだ。布団をかけるでもなく一言告げて彼の額に触れれば、想像していなかったらしい彼がその感覚にびくりと身体を震わせた。しかしながら、レイシオは彼のセフレである以前に医者である。寒いと言われれば、風邪か何かを真っ先に疑うのは仕方のないことだろう。
     熱は、ない。そのまま頬を伝って首へと手を滑らせて、扁桃腺が晴れていないことも確認する。ただ髪が濡れているのは問題だった。きっとシーツも、もしかしたらマットレスでさえ湿気を帯びてしまっている。そんな場所で眠るなど言語道断だ。ここはレイシオが疲れを癒すための場所のひとつでもあるというのに。
    「なに……」
    「熱はないな。寒い意外に不調は?」
    「……まぶしい」
    「これでもか? 真っ暗だと僕が何も見えない、我慢してくれ」
    「まぶしくて、頭が痛いんだ」
    「……頭痛持ちなのか、君」
     外ではいまだに、バケツをひっくり返したかのような雨が降り続けている。医学的にも天候によって不調をきたす人は一定数いることが分かっているし、彼がそれに該当したとしてもおかしくはない。ただ、であればおとなしく自分の寝床で寝ていればいいものを。カンパニーの仮眠室であれば幹部である彼にちょっかいを出す人はいないだろうし、自宅であればそれこそ誰に邪魔されることもない。どちらにせよ、今のようにレイシオに文句を言われながらも会話を強制させられることもなかったはずだ。
    「さむい、れいしお……」
     扁桃腺にあてていた手を、彼の手がとらえる。レイシオのものより二回りは小さい手のひらだ。そして、彼の言葉の通りそれは酷く冷え切っていた。さっきまで布団をかぶっていたはずなのに、だ。いや、濡れたままであれば布団に潜り込んでいたところで、温まることなどできはしない。
    「……はぁ、」
     無意識に落ちたため息は、彼の耳にも届いたようだった。それもそうだ。ここでは雨音以外の音がほとんどない。交わされる言葉がなくなれば、身じろぎした時の布すれ音くらいだろう。そしてそれを聞いた彼が、怯えるように手を引っ込めるのだ。気付かれないように、悟らせないように。それは決して、寒さで震えているわけではないだろうに。
    「ごめ……そう、だよね。今日は約束してないのに、なんで来たんだろ……忍び込んだりまで、して」
    「アベンチュリン」
    「お詫びの信用ポイントは送っておくから……あぁ、えっと……欲しい資料とか情報とか、実験体とか欲しかったら準備するし、」
    「おい、」
    「ご、ごめんね……っかえる、から」
     身体を起こした彼の口から、弱々しくも口を挟む隙を与えない言葉たちが吐き出されていく。声が震えているのに気付いていないのだろうか。それとも、レイシオが気付かないとでも思っているのだろうか。ただのセフレなのだから、そんなことを気にするわけもない。そう思われているのかもしれない。
     しかしながら、自他ともに潔癖であると認識しているレイシオだ。性交なんていうものを、ただのビジネスパートナーと繰り返せるほど淡白で奔放な考えは持っていない。
     レイシオが彼の腕をつかむのと、ぴろりんと気の抜けるような音が鳴るのはほぼ同時だった。丁度いい。今回ばかりは、運がレイシオの方に向いてくれているらしい。もしかしたら彼の幸運が故かもしれない。このまま帰らなくて済むように、レイシオの行動のひとつを決めさせるために、そうなっただけかもしれない。それでもかまわなかった。口実なんて、それくらいで十分なのだ。
    「寒いんだろう」
    「っぁ、」
    「行くぞ」

     二人仲良く、というと語弊があるが、アベンチュリンを逃がさないように抱えつつ湯舟へと浸かる。ベッドから引っこ抜いた彼は驚くことにズボンをはいておらず、もしかしてあれは本当に誘い文句だったのかと自分の考えを改めるべきか思案してしまった。結局のところ、濡れた上着とズボンだけでもと脱ぎ捨てただけらしい。及第点には遠く及ばないが、確かに濡れたままでいるよりはましではある。
     すでに観念しているのか、アベンチュリンはレイシオの腕の中におとなしくおさまっていた。時折ちゃぷん、と湯を手のひらの上で遊ばせている。眉間のしわも取れていて、その顔色もベッドの中にいたときよりはるかによくなっていた。バスルームの電気ではなく持ち込んだ簡易照明だけをつけているから、それのおかげもあるのだろう。
    「どうやって家に入ったかは聞かないが」
     びくり。素肌同士が触れ合っているせいで、その機微が手に取るように感じられる。緊張しているのだろうか。まぁやったことは不法侵入であるし、れっきとした犯罪である。別にレイシオは、彼に合い鍵を渡しているわけではないのだ。そもそも、今は合い鍵を渡すような間柄でもない。
    「来るなら一報くらい入れてくれ。君、雨の日はいつもこうなのか?」
    「……」
     そろり。こちらをうかがうように、恐る恐るその瞳が向けられる。それを真正面から受け止めれば、一度そらされてからまた戻ってくる。何かを考え、迷い、決意したように。今回は観念した、というほうが正しいかもしれないが。
    「いつもじゃない、けど、酷い日はよくなるかな」
    「今までどうしていたんだ」
    「ある程度は薬で誤魔化してる。あとは事前に分かってたら、別の星の仕事いれたり、とか」
    「それを知っているのは?」
    「ジェイド。トパーズも多分、仕事代わってもらったりしたことがあるから勘付いてるんじゃないかな。その二人から情報が回ってる可能性はあるけど、それ以上は僕は把握してないよ」
    「……では何故、今日はここに?」
    「それ、は」
     ゆら、ゆら。その瞳がまた揺れる。迷っているというよりは、何かを探すようにさまよっている。普段のレイシオであれば、不法侵入者に対して情けをかけることなどないと分かっていたはずだ。今はともに風呂に浸かっているものの、少し違えばしかるべき場所に突き出されていてもおかしくはない。そんな危険を冒してまで、何故。
    「外、雨だろう?」
    「そうだな」
    「だから……えぇと、太陽が見たく、て?」
    「……は?」
     要領を得ない言葉に、それの理解が追い付かない。雨が降っていて、だから太陽が見たくなったというのだろうか。まぁ、わかる。いろいろ屈折した連想ゲームを続ければ、太陽が見えれば晴れる、つまりは雨が止む。そういう考えにたどり着くのは何となく。しかしそれが、何故レイシオの家を訪れることにつながるのだろうか。ここには太陽なんてものも何も、ありはしないのに。
    「晴れないかなって思って、太陽が出ないかなって思って……太陽だなぁって、思い出したんだよ」
     ひたり。濡れたままの手のひらがレイシオの頬に触れた。そして、その視線が向かうのは。
    「……似ても似つかないだろう、こんなものは」
    「そう、かもしれないけど。でもそれは僕が決めていいはずだろう? ただそう思った、ってだけなんだし……」
     つまり彼は、太陽が見たいと思った先で思いついたのがこれだったと。この顔にあしらわれた一対の赤。人によっては怯えの対象にもなるらしいそれ。
    「……ごめん、迷惑だっただろう」
     ぽすん。視線を外したアベンチュリンが、脱力してその身体を胸に預けてくる。難なく受け止めつつ、その言葉の意味を考えた。別に、迷惑ではない。確かに驚きはしたけれどその程度だ。
    「頭痛はましになったか?」
    「え……あぁ、うん」
    「寒気は?」
    「だいじょうぶ、だけど」
    「ならいい。上がるぞ」
    「え、っうわ!」
     軽い身体は、片腕でも簡単に持ち上げられた。一日三食ちゃんと食べているのだろうか。そう思いつつも身体を拭いて寝間着を着せる。目を白黒させている今の内だ。おそらく、彼は今正常ではない。いつも通りに頭が回るようになってしまえばのらりくらりと逃げられてしまうのだ。セフレという関係に落ち着いてしまった時のように、それを繰り返さざるを得なくなった時のように。こちらの言葉を、封じた時のように。
     髪を乾かして、湿ったシーツを取り換える。マットレスと枕は無事だ。そこに小さな身体を放り投げて、逃げられないようにと抱きすくめた。ベッド脇に彼の上着とズボンが落ちていたけれど、そんなのは無視だ。それまで整えてしまえば、彼の逃走経路がひとつ増えてしまうのだから。
    「れ、レイシオ? するの?」
    「僕に病人を抱く趣味はない」
    「頭痛も寒気も大丈夫になった、けど」
    「病み上がりという言葉を一から説明する必要があるか?」
     もぞもぞと動くそれさえ抑え込むように、両腕に力を込める。下から見上げてくる瞳はレイシオの瞳をとらえていて、未だに揺れるそれがぱちりと瞬いて。
    「僕の瞳が君に晴れ間をもたらせるなら、また来るといい」
    「……また?」
    「次は晴れ間ではなく、快晴まで持っていきたいものだが」
    「……あは、なにそれ」
     晴れと快晴の違いを事細かに説明しようかと考えて、やめる。動くのをやめた身体がゆっくりと脱力して、その瞳がゆっくりと見えなくなって。寝息が聞こえるようになれば、この拘束は必要ないだろう。腕の力を緩めれば年相応の寝顔がそこにある。
     同じベッドに入って、しかし何もせずに眠るのは今日が初めてだ。初めて、一度目。つまりは今後、増えていくのだ。彼にその気がなくとも増やしてみせる。そんな決意を心に秘めつつ、彼の体温を感じながら目を閉じた。次に目を開ける頃に、その温度がまだ腕の中にあることを願って。
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