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    レイチュリ🧂🦚
    ワンウィーク 8回目
    いっぱい食べる君が好き

    糧となるのは 大きな肉の塊だった。きれいな格子状の焼き目が付いたそれは香ばしい香りを漂わせていて、濃厚なデミグラスソースがその上でてらりと光っている。ナイフが差し込まれたそれからじゅわ、と透明な肉汁が溢れてソースと絡まって、持ち上げられたそれからもこぼれ落ちて。そしてついには、開かれた真っ赤な口の中へと放り込まれるのだ。
     口を一切汚すことなく見えなくなったそれは、大きな口の中でゆっくりと咀嚼される。もぐ、もぐ、一切急ぐことのないそれによってゆっくりとあの塊は小さくされて、そしてごくん、とついに飲み込まれた。空っぽになった口の中へ切り分けられたそれがまた放り込まれる。そしてまた、咀嚼。
    「……見過ぎだ」
    「え……あ、ごめん」
    「君も食べてくれ。いつまでたっても減らないだろう」
     言われてようやく、手元にあるハンバーグがきれいなまま残っているのに気が付いた。彼のものより半分以上小さくしてもらったそれは、未だに手を付けられることなく白い湯気を漂わせている。準備されていたナイフとフォークを手に取って、切り分けて、持ち上げて。
     そしてまた、ちらりと彼を見る。丁度大きな塊が吸い込まれたタイミングだった。ぱくん、と見えなくなったそれがまた、咀嚼されて飲み込まれて。
    「おい」
    「たべる、食べるって」
     じとりとその赤色が向けられて、ようやく持ち上げたまま放置していたそれを口へと押し込んだ。空気にさらされたそれは表面が冷えてしまっているものの、物はいいのだろう。口に入れた瞬間に広がった香りは濃厚で、ソースと絡んでいるのに重たくはない。軽く咀嚼すれば飲み込めるほどにばらばらになって、そのままにごくり、と飲み込んだ。
     おいしい、のだろう。そりゃ金はかなりかかっているし、使用している食材だって高級品だ。だというのに次の一口に手を付ける気にならなくて、もう一度視線を上げた。すでに彼の器は空っぽだ。最後の一口であろう塊がフォークの先にくっついていて、またそれが、飲まれて。
     あぁ、いいなぁ。何となくそう思った。彼に食べられたこの食材たちは消化されて、最終的には彼の血肉になることができるのだ。彼の一部になって身体の中を巡り続けたり、彼を作り上げる細胞のひとつになることが許される。このつよくてきれいな人の、一部に。
    「……アベンチュリン」
    「ぁ、」
     赤色が絡む。かちゃ、と小さな音を立てて置かれたカトラリーは、確か「おいしかった」という意味がある配置のはずだ。うん、そう。ジェイドから教わったことはまだ抜け落ちていない。なんて、向けられた視線とはまったく違うことを現実逃避の如く考えてしまう。
     はぁ、とひとつ落とされたため息にまた引き戻される。まずい、早く食べなければ。このコース料理は両者が食べ終えなければ次が運ばれてこないのだ。食事を遮るようなことをしたいわけじゃなくて、だからまだ半分以上残っている自分の皿を処理するためにフォークを握りなおして。
    「体調が悪いなら、今日はもう引き上げるか?」
    「え」
     感情を読ませない視線のままにそう言われて、焦る。違う。そうじゃないのだ。決して何かそういうことがあるわけじゃなくて、ただ、目が離せなくなってしまうだけで。慌てて切り分けたハンバーグを口の中へと押し込んでいく。それでも器の上にはまだ半分ほどのそれが残されているから終わりは遠そうだ。
     口の容量よりも少し大きかったのかもしれない。咀嚼する度に口から出そうになるのを必死にとどめて、ごくり、と無理矢理飲み込んだ。大きすぎる塊のせいで喉が非難の声を上げる。が、無視だ。今はそんなことよりもこれを食べきる方が先決だろう。
    「はぁ、」
    「え、おいレイシオ?」
    「半分よこせ。そのかわり、ちゃんと三十回は噛んでから飲み込むように」
     もう一口、それを口に押し込もうとした時だった。テーブルマナーでは許されないことが目の前で起きている。伸ばされた長い手と、その先に握られたフォーク。それが、さらに残った肉の塊をかっさらったのだ。アベンチュリンには大きかったその一口が、彼の口には酷く小さく見える。
     咀嚼しながらもじろり、と睨まれているようだった。フォークに突き刺さった大きな塊を一度戻して、さらに半分に切り分けてから口へ。丁度いい大きさになったそれは噛むのも簡単で、頭の中で言われたとおりに回数を、数えて。
    「何か別のことを考えていただろう」
    「んむ」
    「おい、飲み込んでからでいい」
     食べている最中に声をかけてきたのはそっちのくせに。幾つまで数えただろうか。分からなくなったそれをもう一度数えながら、食べ終わって口元を拭いている彼を見る。あぁ、本当にすべての動作が絵になる人だ。
    「……考えているって、何を」
    「それは君の方が分かっているはずだが? まぁ……食事中には、あまり似合わない視線だ」
    「えぇ……別に、何も考えていないんだけどな」
     残りの半分を口の中へ。また咀嚼を始めれば、彼の視線が絡みついた。一体何を考えているのだろう。観察に近いのかもしれない。アベンチュリンの食事風景なんて、会食で一緒になることも多いのだから飽きるほど見ているだろうに。
     しかしその視線は口元から、瞳、頭、そして耳へと移動し、そのまま手元まで落ちていく。最終的には机で見えないはずの腹部から足まで、まるで見えているかのようにたどっていく。そしてまた、瞳へと戻ってきて。
    「っ、」
     ぞわ、とまるでそれを示唆するような視線だった。まるで獲物を狙う猛禽類のような視線。これがいわゆる、蛇に睨まれた蛙という状態なのかもしれない。ごくり、飲み込んだものが食べ物なのか生唾なのか、もう分かったものじゃない。
    「僕が食べたものを羨むのは別に構わないが」
    「へ、」
    「君も例外ではないことを忘れないほうがいい」
     なに、を。羨んでいた、のだろうか。確かにそうかもしれない。彼の口に吸い込まれ、吸収される未来のあるそれらがうらやましいとは確かに思った。でも例外ではない、って? どういうことなのだろう。別に彼にカニバリズムの趣味はないはずだし、こちらとしても五体満足でいられないのは困る。
    「君のことも隅々まで食べつくしてやる。安心しろ」
    「……っ!?」
     言わんとしていることが分かってしまった。か、とまるで顔が燃えるように熱くて、なのに目の前の彼は涼しい顔だ。まさかこんな場所でそんなことを言われるとは思っていなくて、だからこそ酷く、憎らしい。
    「このやろ……っ」
    「ふ」
     満足気に笑う彼に、悪態をつくのを許してほしい。だってもう、この後の食事では何の味も分からなくなるだろう。そんなアベンチュリンを前にしながらも美しい所作のままに食事を終え、そしてその美しい所作のままこの身体を彼は食べつくすのだ。言葉の通り、隅々まで。
     それが嫌じゃないと思ってしまっている時点で、もう同じ穴の狢なのだろうけれど。早く、早く食事よ追われ。そうすれば時間をかけて食べてもらえる。彼の食事風景を特等席で見ることだけは、誰にも害されないひそかな楽しみなのだから。
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